英雄にはまだ早い
ダンジョンの中に岩と金属がぶつかり合う硬質な音が響く。ティアナ嬢が非装甲の部分も硬い事が解ったことで、正確に狙うよりも手数で強引に押し切る方針に切り替えたからだ。生憎と耐久力重視で選んでいるといっても量産品の剣を使っている俺には真似出来ないため、こちらは相変わらず装甲の隙間をちまちまと殴っている。
「少しは!こっちも見なさい!!」
攻撃頻度の問題だろう。段々とロックドラゴンはティアナ嬢の方へと集中し始める。元気よく殴っているが彼女の防御力はまだ人間の範疇だから、ドラゴンの攻撃が当たれば致命傷は免れない。だから注意を分散させる必要があるのだが。
「ライトニング!」
切りつけるのと同時に魔法を発動する。装甲部分に比べれば多少は効くようだがそれでも多少痛がらせるのが精々だ。
(オウルベアの時みたいに目を狙うか?)
そんな考えが脳裏を過るが直ぐにそれは困難だと諦める。体躯の割にロックドラゴンの目は小さく、嫌らしい事に瞼もしっかりと装甲で覆われている。あまりの生物としての格差にこの世界をクリエイトしたであろう神様に文句を言ってやりたい気分だ。少しはバランスってものを考えろ、バランスを。
「舐めてましたね、ダンジョンを」
今の俺なら大抵のことは何とかなるなんて根拠の無い自信を持ってダンジョンに来た自分が恨めしい。偉そうにティアナ嬢へ指揮官の責任なんて語っておいてこの体たらくだ。クソダサいにも程がある。
「違う角だ!角を狙えっ!」
俺達がそう攻めあぐねていると後ろから声が飛んできた。角?あの鼻先のでっかいのを狙えって?正直滅茶苦茶危険そうなのだが、今のやり方では倒せそうにない。ならば彼等の言葉に賭けてみよう。
「アイスバインド!」
俺は初級の拘束魔法をロックドラゴンに向かって放つ。これはその名どおりに氷をまとわりつかせて動きを阻害する魔法だ。ただ初級だけあってドラゴンの動きを制限出来る程の拘束力はない。だから俺はこいつを奴の顔面に向かって放った。
「GOAAAA!!」
一瞬で生み出された氷塊が奴の顔を覆う。当然ダメージなんて無いが重要なのはその場だ。四足獣、それもサイやカバみたいな体躯をしているコイツは顔に付いた氷塊を簡単に剥がすことが出来ない。つまり僅かな間とは言え視界を奪うことが出来る。
「ティアナ!」
「マイトストレングス!」
俺の呼びかけに彼女は即座に応じて身体強化魔法を発動、俺も同じ魔法を唱えて奴の鼻先へと飛びかかる。
「いっけぇええ!!」
俺の剣とティアナ嬢のハルバートがロックドラゴンの角の付け根で交差する。手に返ってきたのは相変わらず硬質な感触。だが今までとは少しだけ違う。
「全力です!」
俺が使っている剣は所謂山刀と呼ばれるものに近い、と言うかただの鉈だ。切れ味は無いに等しく取り回しも悪い。なんでこんなのを選んだかと言えば、単純に普通の剣では脆すぎて俺の腕力に耐えられないからだ。子供用の武器では強度が足りず、かといって大人用の武器は指の長さが足りずしっかり握れない。そうした妥協の結果がこれなのである。だがそんな剣でも本音を言えば多少力を込めても壊れないという程度なのだ。だがそんな加減をしていてはドラゴンの外殻なんて破壊することは不可能だ。だから後先は考えずこの一撃に賭ける!
「はああああ!!」
俺の意図を察したティアナ嬢も裂帛の気合いと共にハルバートへ力を込める。そして永遠にも思えた一瞬が過ぎ、手元に加わる感触に変化が起きた。刃先が前へとめり込んでいく感覚と共に、柄から限界を伝える音が手のひらを通して伝わってくる。これで倒せなければ俺は素手だ、魔法も効かない以上戦力外になってしまう。そして遂に限界を迎えた剣が柄から壊れて大きく歪む。だが同時に俺は見た、奴の角にティアナ嬢のハルバートがしっかりと食い込み、そこから亀裂が広がって行くのを。
「ま、だ、ま、だぁ!!」
俺は体を捻ってその場で回転すると、左腕にくくりつけていたシールドで角の根元を思い切り殴りつける。それが決定打になったかは解らないが亀裂は広がり、遂にティアナ嬢のハルバートが振り抜かれた。
「おっと」
勢い余って顔面に迫り来るハルバートを強引にのけぞって躱す。ちょっと背筋が悲鳴を上げているが死ぬよりはマシだ。そしてそんな間抜けなやりとりをしていると、目の前でロックドラゴンが絶叫した。
「GAGYAAAA!?!?!?」
やべえ超うるせえ!?だが効果は抜群だったようで奴は一度竿立ちになると頭を振り回してその場で暴れ始める。
「ちょっ、ちょっ!?」
振り回される尾を避けて距離を取る。見ればティアナ嬢も渋い顔で逃げていた。
「死なないじゃない?」
冷静に考えれば鼻先の角折ったくらいで死ぬ生き物はおらんよね、いやファンタジー世界だし絶対とはいいきれないか?そんな事を考えている内に一頻り暴れたロックドラゴンはうなり声を上げながら後退りを始めた。
「あっ!?」
そして十分に距離が開いたと見るや、踵を返して一目散に逃げ出したのである。ティアナ嬢は不満げな声を上げたが、彼女を除く全員は一様に安堵の溜息を漏らす。
「今の内に撤退しよう。この件は一刻も早く伝えるべきだ」
「それはそうだが、信じて貰えるか?ロックドラゴンが出たなんて…」
「大丈夫だろ?あれだけ確かな証拠があれば」
そう言ってハンターのお兄さんが指さした先には、ティアナ嬢が切り落としたロックドラゴンの角が転がっていた。
「成る程、それで調査を打ち切ったと」
「はい、最低限の監視を残し撤退しました」
ダンジョンから撤退した俺達は急ぎ街へ戻り男爵様へ報告に向かった。正直俺は要らん気がするのだが、何故かティアナ嬢に命じられてお供をしている。因みに指揮官さんは拠点に精鋭パーティーと居残りでダンジョンの監視を続けている。折ったロックドラゴンの角を見せた時は顔を青ざめさせていたが。
「ご苦労だった、一階層でその様な魔物が出るのであれば国も納得するだろう」
言いながら男爵様は書類を書き始める。恐らく軍への出動要請だろう、これで今回の厄介ごとは終わりという訳だ。折角ダンジョンに潜ったのにレベルは上がらなかったし、緊急用に備蓄していた種なんかも消費してしまった。正直収支としてはマイナスな気もするが、ダンジョンが如何に油断ならない場所か知れただけ良しとしよう。
「貴様もご苦労だったな。報酬を用意しておくので後で受け取っていけ」
「はい、ありがとうございます」
事務的ではあるが幾分険のとれた声音で男爵様が俺にそう声を掛けて来る。少し意外に思いながらも俺は素直に礼を口にした。割と命がけだったからな、報酬を貰うくらいで罰は当たるまい。予想外の臨時収入に顔を綻ばせていたら、それを見ていたティアナ嬢が何やら考え込み始め、そして徐に口を開いた。
「お父様、今回の一件について私も褒美を頂きたく思います」
「褒美?…ふむ、言ってみろ」
そう問い返す男爵様を見て、俺は案外この親子仲が悪くないのかなんて考える。まあ貴族の価値観や倫理観なんて良く解らんから俺の思い違いという線もある訳だが。勝手に部屋から出る訳にもいかず成り行きを見守っていると、ティアナ嬢が要求を伝える。
「アルスを許嫁にして下さい」
…は?
「愛人ではなくか?」
「はい、夫に迎えます」
いやいやいや、何言ってんのこの子!?んで男爵様も平然と確認してんの!?我庶民、庶民ぞ!?
「解った。ではその様にしろ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!?」
あっさりと認める男爵様に俺は思わず待ったを掛けてしまう。不敬?今それ所じゃねえんだよ!
「なんだ?」
なんだじゃねえよ、お前らがなんなんだよ。
「僕はただの平民です。その様な輩を婿にするなど男爵家にとって問題ではないのですか?」
あれだろ?伯爵家から旦那貰ってくる位には家格とか体面とか重要なんだろ?次期当主の許嫁が庶民とか馬鹿にされるんじゃねえの?
「と言っているが?」
「大丈夫です。実力で黙らせます」
蛮族かよ。男爵様も重々しく頷いてんじゃねえよ。アンタ才能ある庶民嫌いって設定じゃねえのかよ!?
「ならば良かろう」
良くねえよ。
「お考え直し下さい。ティアナ様ならばもっと相応しい方が居る筈です」
「ほう?」
視線をこちらに向けてくる男爵様。ここだ、ここしかない。
「ダンジョンから戻られて気が昂ぶっておられるのでしょう。何度も申しますが僕はただの平民です。ティアナ様は先程実力で黙らせると仰いましたが、僕程度の者など貴族様方には幾らでもいらっしゃるでしょう」
そう俺が言うと、男爵様は愉快そうに頬を歪めた。
「そうか、貴様程度は幾らでもいるか。齢九つにしてダンジョンに潜り、ロックドラゴンと戦って生きて帰る者がそこらに転がっていると。我が国の未来は明るいな?」
…探せば居るんじゃないかな?ほら、英雄候補とかに。
「それとも我が家の娘と許嫁になるのがそれ程嫌なのか?」
おっま、その言い方は汚えぞ!?
「イエ。ソンナコトハアリマセン」
二人の貴族様の視線を受けそう答えることしか出来ない。かくして俺は9歳にして貴族の許嫁を持つ庶民などという、厄介この上ない肩書きを得るに至ったのだった。
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