着々と戦果を拡張中なり
「ロニ!」
「おうさ!」
キースさんの声に応じたロニさんが弓を放つ。魔物の素材で作られたと言う短弓は重い弦音と共に信じられない速度の矢が飛び出し、その矢は見事にゴブリンの眉間を撃ち抜いた。
「はっ!」
更にケネスさんが剣を振るい別のゴブリンの首を刎ねる。頭を失った胴体が数歩よろめきその場に倒れたところで戦闘は終了した。
「なんだか皆調子が良いわね?」
ネアさんが息を吐きながらそう口にした。ゴブリン、ファンタジー世界の定番魔物にしてスライムと並ぶ危険な魔物だ。見た目は人相を邪悪にしたチンパンジーという感じだが連中はその身体能力に加えて武器の使用や簡単な戦術を駆使するような知性まで持ち合わせているのだ。環境への適応力も人間並みでそれこそ世界中何処にでも居る上生命力も高く、深手を負った位だと死ぬまで襲って来たりする。なのでロニさんがしたように一撃で脳を破壊するとか、ケネスさんみたいに素早く首を落とすのが望ましいのだが、素早く動き回り盾まで使うこいつの弱点を突くのは簡単では無い。一人でゴブリンを無傷で倒せれば一人前のハンターなんて言われる位だ。
「お嬢にばっかり良い格好はさせられねえからな」
「どうもダンジョンに潜ってから調子が良いんだ」
ロニさんは得意気に、ケネスさんは少し戸惑った様子でそうネアさんに答える。でしょうね。ダンジョンに潜り始めて今日で三日目、ダンジョン内で食べる携帯食を除いた朝晩の食事に俺が種を混ぜ込んでいるからな。種生産のスキルで大量の豆を生産し一品増やしたのだ。体力資本の調査隊では好評で、ティアナ嬢の連れてきた変なガキから無事に新鮮な豆製造機に評価を上げている。尤もこれは前述の通りキースさん達に能力強化の種を食わせる為のカモフラージュである。テントの中で追加と称して料理に混ぜ込んで食わせているのだ。なのでネアさんとティアナ嬢はこの恩恵に与れていなかったりする。
「漸く慣れてきて調子が出てきたのかもな」
剣に付いた血を払いながらキースさんがそう評する。流石にリーダーを任されるだけあって、どうも彼は薄々俺が何かしていると気が付いているようだ。ただ確たる証拠は無いし、今俺を問い詰めたらどうなるかは想像が出来るだろう。何せここはダンジョンだ、パーティーが何時全滅しても不思議では無いのだ。
「ま、お嬢には負けるけどな」
そう言いながらケネスさんが視線を向けた先には、大量の死体に囲まれながら涼しい顔で立っているティアナ嬢がいた。周囲のゴブリンはどれも真っ二つにされているが、それでいて彼女は返り血一つ浴びていない。今も力こそ抜いているものの、探査の魔法で周辺への警戒も怠っていなかった。このお嬢様何処を目指しているんですかね?
「少し先に別の集団が居るわ。気付かれない内に移動しましょう」
ティアナ嬢の言葉に周囲のハンターは真剣な表情で頷くと直ぐに移動を開始する。今臨時編成されたパーティーには俺も含めて探査の魔法を使える人間が四人居るが、一番信頼されているのがティアナ嬢だ。能力的には俺も同等かそれ以上の精度で探査出来るのだが、英雄もかくやと言う無双振りを見せているティアナ嬢と妖怪豆小僧の俺では地の信頼が違いすぎる。尤もその方が俺には都合が良いから特に張り合ったりするつもりは無い。時折彼女から怠けてないでお前もちゃんとやれ的な視線を感じるが。
「しかし、一階層でこれか…」
「やっぱり異常だな」
そう言いながら歩いているのは先日アリから救出したパーティーの面々だった。再編したパーティーは戦力を均質化せず、敢えて能力の高いパーティーと低いパーティーに分けられている。というよりは強い奴らを集中させて余った連中でパーティーを組んだ結果がそうなったと言うべきか。実力者の揃った所には積極的に奥へと進んで貰い、それ以外は地形の確認や連絡線の確保を行っている。俺達のパーティーは最も実力が低いと評価された組で、ダンジョンのマッピングを担当している。とは言うものの先程のように戦闘が発生しない訳ではないから決して油断出来る内容ではない。
「主力も苦戦しているみたいだな、漸く二階層に到達したって話だ」
「もう軍へ投げちまえば良いのに」
「難しいだろうな」
彼等は雑談をしながら溜息を吐く。何でも領内や管理を担当している区域でダンジョンが発生した場合調査を行うのはその責任者である貴族になるのだが、この時どれだけ正確な調査が出来たかでその貴族が評価されてしまうらしい。これが内政手腕を買われている貴族ならば良かったが、男爵家の様に武力で国に奉公している家の場合ろくにダンジョンの調査も出来ない程戦力が無いか統率の出来ない無能と評されるらしい。んで、当然ながら貴族にとって面子は絶対に守らねばならない。特に武門なんてのは舐められたらその後の功績にも大きく響いてしまい没落の原因にもなりかねないから、適当に調査して国に丸投げするなんて真似は絶対に出来ないのだ。少なくとも異常でも十分調査したか、男爵家の手に余る状況である事を納得させられるだけの結果は出さなければならない。ちなみに後者の場合、調査隊が全滅する魔物の出現なんかが割と一般的なんだそうな。
「貧乏くじ、引いちまったなぁ」
ロニさんが心底嫌そうな顔でそう口にした。貴族のお抱えハンターでもその立場は様々だ。高い実力を買われて側近の様な扱いを受ける者も居れば、彼等のように戦力にも使える雑用係として扱われる者もいる。それでもお抱えになりたがるハンターは多い。実力があって稼ぐのに困らないハンターなどごく一部であり、大多数は日銭に色が付くか付かないか位の稼ぎにしかならないからだ。装備も物資も自己負担で仕事で死んでしまっても自己責任。それに比べれば定期的に安定した報酬の得られるお抱えは遙かに魅力的だ。
「男爵様も別に全滅なんて望んでいないでしょう。それならティアナ様に指揮なんて命じないでしょうし」
俺が言い返すとロニさんが近付いてきて小声で話す。
「解らんぜ?次期当主に指名は戻されたが、男爵サマは一度お嬢を追放しようとしてる。その上エリク坊ちゃんは英雄候補になったろ?大人しくて手綱を握れるエリク坊ちゃんに当主を戻したいと思っていても不思議じゃねぇ」
だからここでティアナ嬢に不幸な事故に遭って貰おうって?そりゃ想像が豊かすぎるんじゃないかな?
「男爵様だってこのダンジョンが異常だなんて知らなかったでしょうし、普通のダンジョン調査を指揮する位の事でティアナ嬢は死ぬような玉ではありません。となれば男爵家の人間が陣頭指揮を執ったという実績狙いでしょう。考えすぎです――」
そうロニさんの推測を笑い飛ばそうとした瞬間、背筋が粟立つのを感じる。咄嗟に周囲を見渡せばネアさんともう一人の探査魔法を使えるお兄さんが顔を真っ青に、ティアナ嬢は獰猛な笑みを浮かべていた。バーサーカーかな?
「どうしたっ!?」
声を掛けながらロニさん達勘の良い人達は迫ってくる重圧に気が付いたらしい。俺はと言えば既に腰の剣を抜いて臨戦態勢だ。何しろ探査魔法に引っかかった特大の反応が、真っ直ぐこちらに向かっていたからだ。これ、完全に見つかってるわ。
「な、なんでだよ!?」
そう叫んだのは誰だろうか、既にそいつしか見ていなかった俺には解らなかった。ずんぐりとした胴体に大きい頭と長い尾。似た動物を上げるとすれば、地球ではとうに滅びた大型は虫類の中から人気者の彼を思い出す。トリケラトプス、尤も目の前の奴は鼻先に長い一本の角しか生やしていないし、その全身は鎧のように岩が張り付いている。
「ロックドラゴン!?こんな所になんで!?」
実に名が体を表した魔物がゆっくりとこちらを睥睨する。山岳地帯なんかに生息するとされているコイツは飛べないものの、ドラゴンの名に相応しい戦闘能力を持つ凶悪な魔物だ。岩のように見えてそれよりも遙かに硬い外殻に、高い走力から繰り出される体当たりは食らえばまず人間では助からない。そのくせ口からは衝撃波のブレスを吐くという、本当に同じ生命体というカテゴリーに入れて良いか悩む奴なのだ。少なくともこんな街の近所にぽっと出来たダンジョンの、それもゴブリンやらワーカーやらが居る階層で出会って良い相手じゃ無い。
「に、逃げ…」
そう言いながら周囲を見渡した剣士っぽいお姉さんが自らの意見が不可能である事を察して絶望する。なにせここまでは結構長い一直線だった、そしてロックドラゴンは人間よりも足が速い。
「アルス!」
声がしたと思った瞬間にはもうティアナ嬢は走り出していた。その行動が俺への信頼のように見えて、場違いと思いつつも苦笑してしまう。
「ドラゴン殺しとか、こんな初期に消化するイベントじゃないでしょうに」
言いながら俺は身体強化の魔法を発動、更に武器へも強化の魔法を掛ける。このドラゴンの厄介な点として、外殻が極めて高い魔法耐性を持っていることが挙げられる。読んだ魔物図鑑によれば上級の攻撃魔法を連発、強引に外殻を破壊してぶっ殺したとされていた。当然ながら今のパーティーに上級魔法を使える人間はいない。
「かったぁ!?」
岩と金属がぶつかる様なでかい音がして、直後にそんな声がする。ティアナ嬢が外殻の部分を思い切り殴りつけたのだ。このお嬢様魔物見ると知能指数下がってねえか?大丈夫かこれ?
「硬いのは見れば解るでしょう!」
「小さいしまだ行けるかと思ったのよ!」
吹っ飛んで戻って来たティアナ嬢に文句を言えばそう言い返してきた。言われてみれば図鑑に記載されていたサイズより二回りは小さいだろうか?確かに子供や小さい方が弱いというのは定番だが、それでも人間より理不尽な存在である事には変わりないと思うのである。
「脚を!」
「解った!」
それだけ言うと即座に駆け出す彼女と同じくロックドラゴンを挟むように俺も走る。攻撃を集中させるのが理想だが、何しろこっちは一撃を貰えば死ぬ身である。少しでも判断を迷わせて動きを鈍くする必要がある。案の定ドラゴンはその場に留まって迎撃を選んだ。
「幾ら装甲が厚くたって!」
隙間のある関節はそうもいくまい!と、思っていた時期が俺にもありました。
「硬ぁっ!?」
正確に隙間へ剣を振るったのだが、鈍い音を立てただけで爪先程の傷すら負わせる事すら出来なかった。手に返ってきたのはなんというか無茶苦茶硬いゴムを殴ったような感触。そうですよね、硬くて重い体を俊敏に動かすんですから、中身だって相応にみっちり詰まってますよね。畜生非装甲の部分まで硬いとかインチキじゃねえか!?
「っ!?ストーンバレット!」
但し傷つかないからといって殴られて気分の良いものではないらしい。殴った俺を確認するようにロックドラゴンはこちらへ視線を向けてくる。俺は咄嗟に攻撃魔法を奴の目に放ち、その間に死角へ潜り込む。
「硬いじゃない!!」
反対側では同じように関節を殴ったティアナ嬢が不満を口にしている。どうも彼女のハルバートでも無理なようだ。ドラゴンの意識が彼女に集中してしまわないようにもう一度切りつけるがやはり先程と結果は変わらなかった。いかん、これちょっと詰んだかもしれない。
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