アリだー!
「不思議ですね、地面の中でも明るいなんて」
「ああ、話には聞いてたが気味の悪いところだぜ」
「ダンジョンは魔族が侵略するための前線拠点だって話だから、それなりに使いやすいように出来てるんじゃないかしら?」
青白く光る壁を見ながら俺がそう口にすると、近くにいたロニさんとネアさんが口々にそう答えてくれた。ダンジョン内に入る事に一悶着あったものの、結局指揮官さんはティアナ嬢に押し切られてしまい俺達は穴蔵の中である。侵入して直ぐにティアナ嬢が探査の魔法を使い、彼女の先導の下で探索中である。
「結構広いわね」
「武器を気にせず振り回せるのは有り難い、と言いたいが嫌な予感しかしないな」
周囲を見渡しながらそうティアナ嬢が呟けば、キースさんが苦い表情で応じた。正直俺もそう思う。通路がでかいのは大抵でかいモノが通るからだ。
「オウルベア位は余裕で通れるわよね」
「俺としては大量に小さいのが出てくる方が嫌だな」
キースさんの言葉にパーティーの面々が自分の考える嫌な相手を口に出す。ちょいちょいちょい、待ちなよおにーさん達。そんなフラグを建てると!?
「…あ、マズイかも」
内心突っ込みを入れている側からティアナ嬢が不穏な事を口走り、同時に駆け出してしまう。
「あ、オイ待てお嬢!?」
嫌な予感を覚えた俺はパーティーの意識がティアナ嬢に集中したのを感じ、慌てて探査の魔法を使った。そして直ぐに彼女が走り出した理由についても理解した。
「他のパーティーが襲われてます!」
そう俺が叫ぶと全員が表情を強ばらせる。今回はあくまで調査だから戦闘は極力控えるように通達されていた。なのに戦っていると言うことは逃げ切れないと判断したか、既に逃げられない状況に陥っているかだ。そしてはっきり言ってこのパーティーは今回の調査に参加しているメンバーの中で一番弱いから、他のパーティーが苦戦しているような相手は荷が重いのだ。
「クソッ!」
だが護衛対象であるティアナ嬢が向かってしまっている以上、俺達に行かないという選択肢は無い。悪態を吐きながらケネスさんが走り出しそれにキースさん達が続く。問題は俺と同じく種強化されたティアナ嬢が非常に素早く追いつけない事だろう。あの脳筋お嬢様め、チームワークと言うのを考えろや!
「はぁぁぁっ!!」
そんな事を内心毒吐いている内に前の方から気合いのこもった声が響いた。
「うわ、アリだっ!」
続けて聞こえてくる滅茶苦茶硬い果物でも割ったような音に紛れてロニさんが嫌そうな声を上げる。ダンジョンワーカー、ワーカーあるいは先程のようにその容姿からアリと呼ばれる魔物だ。習性はアリと大差ないのだが二つほど大きな違いがある。一つは大きさ、小型の個体でも犬くらいのサイズがあり一般的には大型犬と同じくらいになる。そしてもう一つ重要なのが。
「こっち来んな!?」
人間を積極的に襲って捕食する事である。デカく発達した顎をガチガチと打ち鳴らしながらこちらに寄ってくるのを嫌そうにケネスさんが剣で払う。動き自体はそれ程速くないのだが、問題は数が多くかつ力が非常に強いことだ。万一取り付かれてしまったら、あっという間に集られて魔物のエサに仲間入りだ。おまけに外殻も硬く弓などを弾きやすいから接近戦を強要される実に厄介な魔物と言える。まあ尤も、
「邪魔!」
あくまでそれは一般人や普通のハンターにとってはである。どうやら襲われているパーティーもダンジョンに慣れていない組だったようだ。包囲しようとするダンジョンワーカーに対して迎撃を選んでしまっていた。多分最初に出会ったのが少数で直ぐに倒してしまえば良いとか考えたのだろう。だがこいつらは生きていれば警戒音を発して仲間を呼ぶし、死んだら死んだでフェロモンをばらまいて仲間を呼ぶ。だから倒す場合でも素早く体液が飛び散らない方法で仕留める必要があるんだが。
「この程度?面白い冗談ね!!」
ダンジョンワーカーのド真ん中に躍り込み、嬉々としてハルバートをぶん回しているティアナ嬢。周囲にはミキサーにでも掛けられた様なグロい連中の死体が積み上がっている。当然体中奴らの体液まみれであり、それに釣られて別のパーティーを襲っていた奴らまで吸い寄せられている。うーん、結果としては助かっているから良しとすべきか?
「今のうちに!ネアさん、水魔法の準備を!」
「ええ!」
俺の声に反応して包囲が手薄になった部分を突いて襲われていたパーティーがこちらに逃げてくる。そして俺達の後ろに回り込んだ瞬間、ネアさんが頭の上に水球を生み出し彼等にぶっかける。
「「うぶぁっ!?」」
多少咽せたようだが命があっただけ良しとして貰おう。それを見ながら俺は腰の剣を抜き放ち、元気に暴れているティアナ嬢に接近する。
「ちょっと!?」
「はしゃぎすぎですよ、ティアナ様」
独楽みたいに回っていてもちゃんと周囲は見えていたらしく、俺が割り込んだ事で彼女は旋回を止める。抗議の声を上げてくるが、俺は一言だけ返すと襟首を掴んでキースさん達の方へ思い切り放り投げた。装備を含めても丸太より全然軽いティアナ嬢が綺麗な放物線を描いて洞窟内を飛翔、しかし持ち前の身体能力によって空中で体を捻ると見事に足から着地してみせる。そしてもう一度何かを言う前に頭から水球をぶつけられる。
「ウインド!」
それを確認した俺は風魔法を発動する。初級魔法のこいつは突風を発生させて相手を吹き飛ばすというものだ。まあ実際には飛行しているような軽い連中じゃない限りよろめかせるのが精々なのだが、俺には魔力ぶっ込みの裏技がある。積み上がっていた連中の死骸ごとダンジョン内を押し流すような風が吹きダンジョンワーカー共を吹き飛ばす。良し、距離は稼いだ。
「逃げますよ!」
ついでに水魔法で馬鹿でかい水球を生み出し、連中の方へ投げつける。ダンジョンワーカーは匂いや音以外の探知能力はそれ程高くない。だから距離を取って匂いを消してしまえば逃げることは難しくないのだ。まだ不満気なティアナ嬢の手を引っ張りながら、俺達は元来た道を一気に戻るのだった。
「ええと、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にしなくて良いわ、その為に複数のパーティーが調査しているのだもの」
リーダーらしき男性が戸惑いながら感謝の言葉を告げてくる。まあしょうがない、パーティーのリーダーはキースさんなのに救出の際に指示していたのは俺。んで調査隊の指揮官であるティアナ嬢が居るのだ。迷った末彼はティアナ嬢にそう述べると、彼女はドヤ顔でそう応じた。尚服は俺が魔法で乾かした。初級魔法は応用次第で生活にも使えて実に便利である。
「それにしてもどうしてあんな状況になっていたのかしら?」
「その、少数だったので素早く倒せば問題ないと考えたんです。それが直ぐに大量に集まってきて…」
「ダンジョンは個体差が大きいからセオリーなんて無いと聞いていたけれど?」
「通路の規模と群れている魔物の数で大凡ではありますが予想出来るんですよ。このダンジョンは異常です」
ハンター達の豆知識ってやつだろうか。でもこうして失敗することもあるから基礎知識として教えないのかもしれないな。
「つまりこの規模にしては数が多い?」
「少なくともこの通路のサイズであの規模のワーカーが出てくるのは異常です。俺達は一旦戻ってこの事を報告したいと思います」
「ティアナ様」
リーダーさんの言葉を聞いて、キースさんがそうティアナ嬢に話しかける。自分達も一緒に戻るべきだと言いたいのだろう。そしてその意見に俺も賛成だ。あくまで調査なのだから情報は確実に共有すべきだからだ。
「…そうね。まだ初日だし無理をするところではないわね。一度撤退しましょう」
先程暴れたおかげで多少理性が戻ってきたのか素直に頷くティアナ嬢、普段からこの血圧を維持出来れば、もしかしたら辛うじて名将とかになれたりする可能性が存在するかもしれない。
「アルス、貴方今失礼な事を考えていたでしょう?」
「いえ、客観的な考察をしていただけですね」
そんな事を言い合いながら拠点まで戻る。するとそこには既に何組かのパーティーが戻ってきていた。
「おお。ティアナ様、ご無事で」
露骨に安堵した声で指揮官さんがそう言いながらこちらに近付いて来る。
「他のパーティーも異変を感じて戻って来たのかしら?」
ティアナ嬢がそう問いかければ、指揮官さんは重々しい表情で頷きながら口を開く。
「はい、皆明らかに大量の魔物と遭遇したと。それから気になる点が」
「何かしら」
「種類がどうにも雑多なのです。普段は同時に現れない様な魔物が発見されています」
「魔物の組み合わせなんてあるんですか?」
「魔物同士というよりはダンジョンと魔物の組み合わせだな。土地に貯まる魔力に属性の偏りがあるから、どうしても発生した場所で魔物に偏りが出るんだ。何処にでも生まれる種類もいるがね」
ファンタジー雑魚の代表であるゴブリンなんかがそれに該当するらしい。
「今のところ特に強力な種などは確認出来ていませんが…」
通常と違うなら居ないと判断するのは危険だと指揮官さんは言う。勿論居そうだからで調査を中止には出来ない。
「ですから戦力を纏めましょう。最低でも二組以上のパーティーで潜らせます」
今回参加しているのは男爵家と懇意にしているハンター達で、大規模な討伐などで連携した経験があるパーティーも何組か居るとのこと。彼等にそうした経験の無いパーティーを付けて潜らせるとのことだ。
「異論無いわ。でも最低限の連携のために今日の探索は中止して訓練に割り当てましょう」
ティアナ嬢がそう決定したことで本日の調査は終了となった。こりゃレベルアップは難しいかな?
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