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厄介ごと、来襲

「良かったんですか?」


遠ざかる馬車を見送りながら俺は隣に立つ少女に問いかけた。


「ええ、箔を付けるのが目的だもの、一人入れば十分だわ。それならエリクの方が適任よ」


あれから二年が経ち、エリク様が七歳になると英雄候補として学園に向かうことになった。その際ティアナ嬢にも声が掛かったのだが彼女はこれを辞退している。庶民に関しては強制――と言うよりそもそも栄達の道を辞退する事があり得ないのだが――であるが貴族だとその辺りはかなり融通が利くらしい。特に今回はティアナ嬢が次期当主に指名されていたことが大きな決め手となったようだ。


「それに貴方としても私がいた方が都合が良いでしょう?」


「まあそうですが」


この二年で幾度か狩りに同行させて貰ったおかげで俺は二回目のレベルアップをする事が出来た。エリク君が英雄候補に選ばれたのはその副次的効果と言うか、まあぶっちゃけると種を食わせた。但しあくまで常識的な範囲内でである。結果としてギリギリでエリク君が受かった時には自分を褒めてやりたいくらいだった。


「私やエリクのことも良いけれど、アルスはこれからどうするのかしら?」


俺も今年で九歳だ、職人の家ならもう家業を手伝っていてもおかしくない。魔法のおかげで病死や事故死なんかは殆ど無いが、かといって成人するまで暢気に出来るほど人類に余裕はない。俺の家みたいな雇われ労働者の家なら親類の職人や父親の勤め先なんかに手伝いとして入り、そのまま就職なんてのが一般的だ。


「やっぱりハンターを目指すのかしら?」


そして一般的でない選択肢が、ティアナ嬢の言う通りハンターを目指すである。主に戦闘系スキルを持ちながら英雄候補になれず、更に国軍への入隊も出来なかった様な連中が行き着く先だ。ただ字面に比べて社会的な評価はそれ程悪くはない。魔物と戦える人間は多くて困る事は無いし、何より英雄や軍は強力だがその分動かす事に国が慎重だから、どうしても小規模な魔物被害への対処が遅くなる。そしてその小規模な被害で小さな農村なんかは深刻な打撃を受けてしまうのだ。だから辺境の開拓村やそれに近い農村なんかでは良く来てくれるハンターの方が英雄よりも人気があるなんて事もあるらしい。そしてパーティーなどで実績を上げれば、男爵家の護衛さん達の様に貴族や街のお抱えなんかにもなれたりするので立身出世を目指す連中の最後の希望になっていたりするのだ。


「僕としてはそのつもりですね。まあ両親に反対されているんですが」


普通に考えれば息子がヤクザな職業に就こうとしてるんだからな、そら反対されるわ。


「解らなくないわね。アルスはスキルがスキルだし」


ハンターになる奴の実力なんて殆どは大した事は無いしその差も僅かだ。じゃあ何処で判断するかと言えば解りやすいスキルの性能である。こちらも殆ど同じ様なものだが、戦闘系か否かはやはり大きな差だ。俺自身もこの能力は基本的に隠すつもりだから、そうなるとパーティーが組めるかすら怪しい。ぶっちゃけ俺の実力ならソロでも全然構わないのだが。


「僕としては登録さえしてしまえば後はどうとでもなるんですけどね」


「…いっその事男爵家に来てみてはどう?エリクの事もあるし、今ならお父様も貴方を厚遇すると思うわ」


唐突にそう切り出してくるティアナ嬢。


「ほら、ハンターだとランクの制限とかもあるでしょう?好きにするには時間が掛かるんじゃないかしら。その点うちに仕えれば融通が利くわ。効率を考えれば良い手だと思うのだけれど」


こちらが口を開く前に彼女はそうまくし立てる。一見すればまるで俺と別れ難くて引き留めているように思える。うんうん。ちょっと頬を染めていたり視線を合わせないところとかポイント高いですよ、ツンデレ系幼なじみ枠とかだったら高得点をたたき出していた事でしょう。


「いやそう言いつつ囲い込む気満々ですよね?」


二年も付き合えば流石に人となりだって判る。ティアナ嬢はツンデレではなく確実に策士系の人間だ。それも自分の容姿や行動を躊躇無く計算に織り込めるタイプである。特にここ一年は特にその傾向が強い。美少女って狡いなぁなどと思いつつも、籠絡しようとしてくるその仕草につい鼻の下を伸ばしてしまうのは悲しい男の性であって、断じて俺がチョロい訳ではない。ないのだ。


「全く強情ね。頷いてしまえば楽になるのに」


その楽は考えるのを止めた的な楽なんだよなぁ。


「自分で選べるという自由は手放せないものですよ」


「…そうね」


俺の軽口に彼女は微笑んでそう返してくる。馬車が遠ざかり完全に見えなくなったのを確認し、俺は一度体を伸ばすとティアナ嬢に問いかける。


「さて、今日はどうしましょう?」


普段ならば俺は教会の手伝いをしているし、ティアナ嬢は男爵家の仕事をしている時間だ。だが今日は見送りと言うことで休ませて貰っているから、微妙に時間が空いてしまった。


「そうね、折角だから軽く稽古でもしましょうか?」


どうやらティアナ嬢も同じらしくそう提案してきた。練習用の木剣は俺の家に置きっぱなしだから帰ればすぐに始められる。早い時間だが昼食に向けて体を動かすのも悪くないだろう。そんな事を考えながら口を開こうとした俺の耳朶を馬蹄の音が打った。


「ティアナ様!」


視線を向けるとそこには見知った男性が慌てた表情で馬を駆っていた。男爵家お抱えハンターの一人で、リーダーのキースさんだ。


「どうしたのです?」


その様子から何かを感じたのか直ぐに問いかけるティアナ嬢。こりゃ稽古は中止だな、なんて他人事のように眺めていたら、何故かキースさんはこちらにも視線を向けてきた。


「ご当主様がお呼びです。至急屋敷へお戻り下さい。アルス君、君にも同行願いたい」


「僕もですか?」


なんだよ、ここの所存在感を消してたくせに急に呼び出しとか。何考えてやがるあのおっさん?


「アルスも?一体何があったのです?」


そうティアナ嬢が続けて問うが、キースさんは表情を曇らせながら言葉を濁す。


「俺の口からはちょっと。済みませんがご当主様から直接お聴き下さい」


「解りました。行きましょう」


「アルス?」


俺が返事をするとティアナ嬢が眉を顰めた。おっさんの事を俺が嫌っているのは彼女も知っているし、この呼び出しがろくでもない事なのは大凡察しが付くからだろう。だがこうも考えられる。正直男爵のおっさんも俺に対して好感は抱いていない。にもかかわらず俺も呼び出したと言うことは、俺の力を必要として頼りたい状況なのだろう。ならばこれは明確な貸しになる。レベルアップのおかげで俺は大抵の問題を暴力で解決出来るようになったから、今なら男爵とでも交渉が成り立つだろう。


「ここで言い争っても時間を無駄にするだけです。それなら話を聞いた方が皆にとって有益だと思います」


尤も話を聞いて、それに頷くかは別問題だがな。


「解ったわ、戻りましょう」


そう言うと彼女は直ぐに馬車へと乗り込む。そして手招きをしてくれたので俺も相席させて貰った。正直馬車より自分で走った方が圧倒的に速いのだが、流石に衆人環視の中でそんな姿をさらす訳にはいかない。少しじれったい思いをしながら、俺達は男爵邸へと向かったのだった。





「来たか」


屋敷に着くと俺達は直ぐに男爵様の書斎へ通された。普段なら従者さん辺りが控えているのだが、今日はおっさん一人きりである。


「ただいま戻りました。…如何なさいましたか、お父様?」


父親の様子がおかしい事に気付いたティアナ嬢がそう問いかける。久しぶりに見たおっさんはなんというか憔悴していた。相変わらず無愛想な顔だが、若干頬がこけているようだし、何より目の下の隈が凄い。明らかにトラブルを抱えている人間のそれだ。


「お前達が二年前、ロメーヌの森でオウルベアを討伐したことは覚えているな?」


「それは…」


「隠す必要は無い。あのハンター達では無傷でオウルベアを仕留めることは不可能だ。特に前衛が足りん状況ではな」


ああ、そこで不審に思われてたのか。口裏を合わせていたから完全に油断してた。で、それが今の状況とどう繋がるのかな?


「まあそれは良い。問題はロメーヌの森だ」


「あの後の調査で問題は無かったと思いますが?」


「正確には問題を見つけられなかっただ。昨日までな」


そう言って男爵様は溜息を吐きながら眉間を指で揉む。


「結論を言おう、昨日森に入ったハンターが森の奥でダンジョンを見つけた」


男爵様の言葉にティアナ嬢が表情を険しいものに変える。ダンジョンとは魔力が集まって出来る魔物の巣の様なものだ。出来る場所も規模も様々であるが、共通しているのは徐々に成長し、ある時中から魔物があふれ出すと言うことだ。好条件が揃えば魔物産資源の供給元として利用される場合もあるが、今回のように既に生活基盤の確立している場所に出るものは邪魔でしかない。


「あの一件が兆候だとしたら、そのダンジョンは二年間放置されていたことになります」


ティアナ嬢の言う通りだとしたらロメーヌの森のダンジョンは非常に面倒なものの可能性が高い。放置されている時間で成長している分、大量の魔物をため込んでいる可能性が高いからだ。最悪の場合軍や英雄の出番になるかもしれない。


「国に連絡するにしても正確な規模を確認したい。ティアナ、お前にはその調査隊の隊長を命ずる」


は?


「私が、ですか?」


「そうだ、お前の実力ならば十分にやり遂げられると判断した。そこのも加えれば戦力は十分だろう」


おっと、さらっと巻き込みましたね。とは言うもののダンジョンとなれば他人事ではない。森で魔物が氾濫すれば、真っ先に襲われるのはこの街だからだ。こりゃ交渉だなんだなんて言ってる場合じゃないかな。


「質問はそれだけか?なら調査隊が裏手で準備をしている。そこへ行け」


困惑の表情を浮かべてこちらを見てくるティアナ嬢。おいおいなんて顔してんだよ、そんなんじゃ俺のハーレムには入れないぜ?俺は苦笑しながら彼女の顔を見ながら頷く。するとティアナ嬢は一瞬驚いた顔をするが、僅かに微笑んで見せると男爵様に向かって真剣な表情で言い放った。


「承知しました。調査の任、見事成し遂げて参ります」


その姿は悔しいが非常に絵になっていた。

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[良い点] 展開がスピーディーかつスムーズで読んでいて気持ちがいいです [一言] いよいよ異世界ファンタジーのお約束にして醍醐味のダンジョン探索ですか、能力的に不安は無さそうですが同行者次第では苦戦も…
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