俺このおっさん嫌いだな!
貴族様と言えば豪邸と言うイメージだが、ゴルプ男爵家はそういった印象を受けない佇まいだった。広いし庭とかもちゃんとあるのだがどう見ても屋敷が侵入者の迎撃を目的とした構造だし、庭に植えられた植物はどれも食用になるものだ。
(砦かな?)
この屋敷を見ているとティアナ嬢が実は凄くちゃんと貴族令嬢をしているのだなと理解出来る。他の貴族様がどんな家に住んでいる見たことは無いが、入り婿である男爵様の服装からすれば絶対こっちが異端側だ。案内役の従者さんに連れられて屋敷の中へと入る。内装はかなり気を遣っていたが、やはりなんというか設計と意匠に乖離を感じる。この屋敷を造った奴は間違いなく頭武家だ。
「サニアン様、お連れしました」
「入れ」
そんな事を考えている間にどうやら目的地に着いたらしく、扉の向こうから聞いたことのある声がした。その声に応じて従者さんは部屋へと入っていく。この場合どうすんのが正しいんだ?そのままついてっちゃって良いの?賢くなっているとはいえ、流石にマナーについては知らなければどうしようもない。そんな感じで扉の前で立ち止まっていたら従者さんが早く入れと視線で促してくる。畜生、無礼打ちとかになりそうになったら全力で逃げるからな?
「……」
俺が入室すると書類に視線を落としていたティアナパパが睨め付けてくる。庶民の子供に対する仕打ちか、これが?
「確か、アルスと言ったな?」
「はい」
「…何をした?」
何をってなんだよ?会話を楽しみたいとは微塵も思わんが、せめて理解出来る話題を提供しろ。俺が思った通りの表情を浮かべていると、男爵様は舌打ちをして再度口を開く。
「ティアナに何をした?」
お困りのようでしたのでチートを使って強化しました。なーんて言う馬鹿が居るわけねえだろう。
「何もしていません」
賢くても所詮子供、となればこの位の回答が妥当だろう。変に言い訳をするよりも真実味があるだろう。さてどう出るかと窺っていると、男爵様は益々眼光を鋭くしていたがやがて無駄だと悟ったのか鼻を鳴らして口を開いた。
「ふん、良かろう。男爵家に利となるなら見逃してやる。代わりにエリクも鍛えろ」
エリクと言うのは確かティアナ嬢の弟だ。次期当主はティアナ嬢に戻ったらしいが、そういえば彼はどうしているのだろう?
「多少は使えるようにならねば家に置いておけん」
この男爵すぐ追放したがるな。何かの病気なんじゃねえか?
「鍛えろと言われましても、僕はティアナ様に訓練頂いている身なのですが」
「ならばその訓練にエリクも加えろ。拒否するなら今までのことは男爵家の支援にする」
そう言い返せば男爵様は露骨に顔を顰めて指示してきた。貴族が有力な庶民に目を付けて支援する代わりに後で家臣に格安で取り込んだり、対価に成果物を要求するなんてのは割とある話だ。つまり要求を呑まなきゃ今までのことは借金として取り立てるぞと言っている訳である。うん、俺この人嫌いだな!
「承知しました。ですが」
「ですが、なんだ?」
「鍛えれば必ず強くなるとは言えません。個人の才能もありますから」
勿論種チートを使えば才能なんて関係なく優秀な人材に育つだろう。だがそんな事をしてしまえば俺が何か特殊なことをしていますと自白するようなものだ。ティアナ嬢はともかく、この男爵様は微塵も信用出来ない。
「だろうな。だから命ずる、エリクを鍛えろ」
俺は内心で中指を立てながら恭しく頭を下げた。本っ当にこの人嫌いだな!
「その、父がご免なさいね?」
「大丈夫ですよ」
いつも通りの昼下がり、我が家の裏庭にやってきたティアナ嬢が口を開くなりそう謝ってきた。そんな彼女の後ろにはそのまま彼女を二回りほど小さくしたような美少年が不安そうに隠れている。成る程、これが噂のエリク君ですか。ドレスでも着せたら美少女って言われても騙される顔だな。
「初めまして、エリク様。僕はアルス、ティアナ様の…えーと、訓練仲間、ですかね?」
「そこは私の顔を立てて弟子とか言いなさいな」
「えー、これから一緒に稽古をするのでしょう?そうしたらすぐに力関係なんて解っちゃうじゃないですか。弟子と互角の師匠とか滅茶苦茶格好悪くありません?」
そうおちょくってやると良い笑顔でティアナ嬢は木剣を振り回してくる。はっはっは、この程度の挑発に心を乱していてはまだまだだぞう?
「仲が良いのですね」
種チートのせいでティアナ嬢の斬撃は鋭く重くなっているから当たるとすげえ痛いので、割と本気で避けているとエリク君が可笑しそうに俺達の仲を評する。そだね、気安い関係にはなれていると思う。
「エリク、騙されては駄目よ。これは気安いではなく不敬と言うの」
そんな姉弟の会話の合間にも素晴らしい風切り音と共に俺に襲いかかってくる木剣。なんかなあ、ティアナ嬢のステータスの伸びが俺より良い気がするんだよね。シアちゃんの時はあまり考えなかったけれど、物理系同士で比べると差があるように感じる。…あれ?もしかして俺、物理系も適性低い?
「ところで稽古ですけれど、エリク様も同じようにするんですか?」
ティアナ嬢は頑なに稽古と言い張っているが、やっているのは当初から変わらず木剣での殴り合いだ。子供がやるには野蛮すぎる気がするんだが。
「当然でしょう?痛くなければ覚えないわ」
相変わらず蛮族みたいな事を平然と宣うティアナ嬢に、素直に頷いているエリク君。素直か、なんなの異世界。
「いや、やっぱり駄目ですよ」
多分この訓練って即戦力を作るための方法な気がするんだよな。しっかりと技術を身に付けさせるというよりは、戦場に出して即座に死んでしまわない最低限の技術を叩き込んでいるように感じる。まあ魔物と生存競争を繰り広げている状況では余程余裕がある人間くらいしかそんな悠長な事をしていられないと言うことだろう。さて、その上で男爵様のリクエストはどうだろう。ティアナ嬢と同じように鍛えろというのは同等あるいはそれに近い成長を期待しているとの意味だ。種チートで殴り合うだけでその技術の意味が理解出来る俺やティアナ嬢と違って、エリク君はちゃんと教えなければ同等の成長など望めるものではない。かと言って彼に才能が無かったなんて答えを出せばあのクソ男爵の事である。平然と我が家に取り立てを行うだろうし、最悪エリク君を追放するかもしれない。そんな事になればまるで追放の片棒を担いだようで大変気分が宜しくなくなる事は明白である。
「小さい頃に変な癖が付くと直すのが難しいと聞きます。逆に言えばここで正しいやり方を体に覚えさせれば、それは大きな助けになるでしょう。エリク様にはちゃんと剣を学んで貰います」
その代わりエリク君への種チートはなしだ。ほいほい渡す相手を増やしていたら俺自身の強化が滞ってしまうからな。尤も最悪の状況になった場合はその限りではないし、今後のレベルアップと生産能力の向上如何では、エリク君への使用も考える。姉弟揃って取り込めれば、男爵家の乗っ取りだって視野に入れられるからだ。
「仕方ないわね。エリク、こちらにいらっしゃい。先ずは剣の握り方からよ」
俺の下衆い意図を知ってか知らずかは解らないが、ティアナ嬢は一度小さく息を吐くとそう言ってエリク君に指導を始める。え、ちょっと待て。
「ティアナ様、指導出来るんですか?」
「当たり前でしょう。家で指南役に学んでいるもの」
何を言っているのかしらこの庶民、的な態度を取りやがるティアナ嬢。いや、それはそうなんだろうけど。
「じゃあ僕との稽古は?」
「アルス相手にそんな遠回りは必要ないと判断したわ。事実要らなかったでしょう?」
人はそれを結果論と申します。ドヤ顔のティアナ嬢を見ていると沸々と湧き上がるものを感じ、俺はその衝動に身を任せる事にする。
「そこまで高く買って頂いていたなんて光栄です」
そう言って笑顔を向けると、察しの良い彼女は表情を引きつらせる。はっはっは、もう遅いわ。
「ティアナ様のご厚意に気付かずにいた不明を恥じるばかりです。その様な方に今まで手加減などという不義理を働いていたなんて」
「あ、アルス?」
「ティアナ様のご期待に本日は全力でお応えしようと思います。さ、構えろティアナ様」
「ちょ、敬語!敬語忘れてるわよアルス!?」
言いたいことはそれだけか?
「問答無用、参ります」
俺は久方ぶりに全力で踏み込んだ。
評価・感想お待ちしております。