異世界でスキルで
「では、契約の水晶へ手を当てなさい」
何時もは温和な司教様が厳かにそう告げてくる。すると親と共に列んでいた子供達が緊張した面持ちで、一人また一人と教卓に安置されたでかくて丸い水晶に触る。そして彼等が触れる度に水晶は淡く光を発し、その光が子供達に吸い込まれていく。5歳となった子供達に神様からの贈り物、スキルが与えられているのだ。
「さ、アルスの番だよ」
父さんにそう促された俺は笑顔で頷くと、自信満々で水晶に触れた。他の子供達みたいな不安、ハズレのスキルを授けられてしまったらどうしようなんて恐怖が俺には無いからだ。
(さあ来い!)
他の子供と同じように淡い光が俺の中に流れ込んで、俺はスキルを手に入れた。
「異世界、どうでしょう?」
「いやどんなノリだよ」
如何にも安物という事務机に腰掛けた冴えないおっさんがそう尋ねて来た。飛び出した子供を助けるためにトラックに轢かれるというベッタベタな死に方をした俺は、気が付くとそれ以外存在しない殺風景な場所に立っていた。
「こっちの部署は不景気でして」
そう言うとおっさんは使い込まれたファイルを取り出し説明をしてくれた。どうも死んだ人間は次の行き先を決められるらしい。尤もそれは生前に善行を行っていた量に比例するらしく、当然ながら悪行ばかりだとそんな機会は与えられない。また善行の量が多ければ多いほど、より良い条件の転生が出来るらしいのだが。
「今の貴方のポイントですと、同じ世界に転生すると結構厳しい状況になりますね」
曰く同じ時代と世界だと、紛争地帯の孤児辺りになれたらラッキーという位だそうだ。まあこれと言った善行なんて積んだ覚えも無いからな。
「で、そんな方にオススメするのがこちらのプランです」
貧すれば鈍するとはよく言ったもので、これまで善行を積んでた人でも環境が過酷になると悪事に手を染めるなんてのは茶飯事らしい。そしてそうなるとこの魂を管理しているらしい人達も都合が悪いのだそうな。そんな訳でちょっと世界のグレードを下げる一方で転生特典を与えて正しく生きて貰おうというのが昨今の異世界転生ブームに繋がっているそうだ。そう説明された俺は二つ返事で頷いてしまう。だってチートを貰って異世界転生と紛争地帯で孤児スタートだったら考えるまでもない。そんな訳で異世界に目出度く赤子として俺は転生したのである。
光が収まって、俺の中に新しい力が湧き上がるのを感じる。後は司教様が水晶に浮かんだスキル名を宣言すれば恩恵の儀式は無事終了だ。そう思って顔を上げると、司教様が困った顔をしていた。え、なんぞ?
「…気を落とさないで下さいね、アルス」
そう小声で司教様は言うと、もう一度厳かな顔になって口を開いた。
「アルス、貴方のスキルは“種生産”です」
ファンタジー世界の御多分に漏れず。この世界も剣と魔法と冒険な世界である。町や村から一歩踏み出せば素敵な魔物とエンカウント、冒険者なんて職業が肩で風を切るのが当たり前な世間では、やはり戦闘に関連したスキルが持て囃されるのが一般的だ。いつの間にか戦闘に使えるのはアンコモン、目に見えて強力なものはレア、そして“腕力強化”や“魔力向上”なんて副次的なものがコモンなんて呼ばれるようになった。そして戦闘に関係の無いスキルはと言えば、ハズレ扱いでコモンにすら数えられない。勿論俺の“種生産”なんてのはハズレだ。父さんは悲しそうにこちらを見ているし、司教様も同情したような目で見ている。そして周囲の変化はそれ以上だ。特に戦闘系のスキルを手に入れた子供は露骨にこちらを見下した目で見ている。
「アルス…」
「種生産かぁ…。畑って買うのにどの位かかるかな、父さん?」
そんな空気を気にしていないように俺は父さんにそう聞いた。
「っ!ああ、どうかな?帰ったら調べてみようか」
俺達が住んでいるのは王都から少し離れたところにあるそれなりに大きな街だ。父さんは所謂雇いの労働者で、当然土地なんて持っていない。だから周りの変化を気にしていないように俺は敢えてそう聞いたように見えただろう。だが本音は荒れ狂う興奮を隠すのに精一杯で気にする余裕なんて微塵も無かったのだ。
(オイオイオイ、マジカマジカマジカ!?)
スキル名が宣言されて魂に定着すると、自然とそのスキルの能力や使い方が理解出来る。水晶に浮かぶのは名前だけだから読み上げる司教様もその能力までは把握出来ていない。尤も能力の内容を読んでも反応に大した差は無かっただろう。何せこの能力はあらゆる種を生み出せる能力としか説明されていないからだ。その位戦闘用のスキルとそうで無いスキルには価値の差があると誰もが思っている。だからこんな壊れスキルを引いた俺を哀れむなんて事が出来るのだ。
(ま、良いけどね)
実害があればともかく、軽んじられたり哀れまれる程度どうという事は無い。そんなものはこの能力があれば後からどうにでもなるからだ。
「その、アルス。なんて言うか」
俺の手を引きながら父さんが悲しそうな顔でこちらを見る。アルスという名前は古い英雄の名前だ。ぶっちゃけ10人に声を掛ければ一人くらいは居る名前だったりする。両親としてはそんな英雄みたいな人になって欲しいという思いがあったのかもしれないし、大抵の子供は戦闘用のスキルを欲しがるのだ。だからどう慰めたら良いかなんて考えているのだろう。
「大丈夫だよ父さん。僕、このスキルを使いこなしてみせるから!」
「ああ、そうだな。神様が下さったスキルに無駄なものなんて一つも無いんだからな」
痛々しい笑顔でそう励ましてくれる父さん。多分ハズレスキルを授けられたのに気丈に振る舞う我が子に見えているんだろう。特に困りはしないので俺は笑顔で頷いて帰路についたのだった。
「さてと、やりますか」
家に帰ると俺は早速部屋に籠もり机に向かって腕まくりをした。普段なら家事の手伝いなんかをするのだが、今日は特別に免除である。戦闘スキル重用様々だな。
「っと、こんな、感じかな?」
剣と魔法の世界であるからにして、当然ながら魔力なんてものも存在する。この力はどんな人にも宿っているらしい。と言うか魔力が無いと極端に抵抗力とかそう言うものが落ちるらしく、赤ん坊の段階で亡くなってしまうそうだ。必然、どんな人でも生きるのに必要な最低限の魔力は持っている事になる。俺?もうめっちゃ普通。これでも魔力が増えると信じられている鍛錬なんかはしているが効果の程はさっぱりだ。だから最初にすることは家に着いたときから決まっていた。
「うっふ、おぇ。これ、結構キツ…」
手の先に魔力を集中させ、欲しい種を思い浮かべる。すると手のひらが光ると同時に体から魔力が吸い出される。そして強い貧血みたいな不快感のなか机の上に小さな音を立てて一粒の種が転がった。それを見て俺は改めてこのスキルが壊れている事をはっきりと自覚する。
「いやぁ、イイねぇチート主人公。異世界転生の醍醐味だよねぇ」
不快感に屈して机に突っ伏しながら、目の前に転がる種をニヤニヤと眺める。魔力増加の種。某国民的RPGでは定番のステータスアップアイテムだ。勿論この世界にそんな都合の良いものは存在しない。いや、もしかしたらあるのかも知れないが、少なくとも平民が知るほどには認知されていない。もし知っていればこのスキルがハズレなんて思う奴は一人も居なかっただろう。
「では早速」
生み出したばかりのそれを俺は躊躇なく口に放り込む。味はなんて言うかクルミに近い気がする。ガリガリとかみ砕き飲み込むと、早速効果が現れた。
「お、おお?」
体の中で何かが膨れ上がる感じが一瞬起こりそして直ぐに消えた。
「増えてる…のかな?」
非常に残念ながらステータスオープン的な便利機能はこの世界に無い。だから今の自分がどの位の魔力量で、種一個でどの位上がるかも良く解らないのだ。
「むむむ。力とかの方が可視化しやすかったかな?」
ぐってりと机にへばりつきながらそんな事を考える。だが魔力を変換して種を生み出す以上、魔力量の強化は最優先課題だ。
「暫くはこんな感じ…かなぁ。やべ、眠い」
瞼が重くなるのを感じた俺は、のそのそとベッドに潜り込む。何とか靴を脱いだ頃には、完全に睡魔に負けていた。
(そういや、魔力の回復量って、どう、なんだ、ろ…)
そんな事を考えながら、俺は意識を手放した。
人生の一大イベントも過ぎれば昨日である。ショックでふて寝をしたと思われたようで翌朝まで放置されたが、普通に起きてきて朝食を強請ったら両親は安堵した表情で昨日までと変わらない日常を繰り返してくれた。早速魔力が増えたか試してみたかったが、朝から寝落ちは不健全であるので夜まで我慢する。変に両親を心配させて面倒ごとになるのは避けたいからだ。俺は賢いのである。
「じゃあ、行ってきます」
父さんが仕事に行くのを見送って、朝食の後片付けを手伝ったら俺もそう言って家を出る。貴族様程裕福では無いが、我が家は子供を働かせなければならないほど逼迫もしていない。なので手伝える家事が食器の後片付け程度の俺は基本的に昼間は自由時間だ。遊び呆けるのも魅力的だが、今後のスゴクツヨイ異世界転生主人公計画の為に教会が開いてくれている私塾で勉強をさせて貰っている。以前の世界における中世と違って魔物と言うより大きい脅威があるせいか、平民に対する教育について貴族様も割と寛容だ。まあ兵隊の教育も読み書きが出来るかどうかで難易度が全然変わるからな。まあ兵隊にならなくても普通に働くのに有利だから、割と同じように勉強に来ている子供は多い。やる気は正直お察しではあるが。
「あ、おはようアルス」
鼻歌交じりで教室代わりの部屋に入ると、既に座っていた子の一人がそう挨拶をしてきた。亜麻色の肩に掛かるくらいのセミロングを飾り気の無い紐で束ねた少女は隣に住んでいるハパルさん家の娘さんだ。
「おはよう、シアちゃん」
昨日の件があったから正直普通に話しかけられたのは意外だった。取りあえず挨拶を返しつつ定位置の席に座ると、何故かシアちゃんが横に移動して来る。普段からそれなりに良好なご近所付き合いをさせて頂いていたが、彼女からこうした行動があるのは酷く珍しい。
「昨日は残念だったね」
そう彼女が口を開く。スキルの事だとは直ぐに解った。まあそう言われても仕方の無い事だが、心配されるのは本意じゃ無い。だから俺は素直に思ったことを口にする。
「まあでも何かを失った訳では無いですし、昨日までより出来ることが増えているならそこまで悲しむことでも無いかなと」
実際は壊れスキルだしな。戦闘スキルのような即効性はないが伸び代では確実にこちらの方が上だろう。
「…そっか、そうだね」
だがどうやら俺は間違えたらしい。俺の返事に対してシアちゃんは悲しそうに表情を曇らせたのだ。そうして更に彼女は言葉を続ける。
「ハズレなんて言われても、別に死ぬ訳じゃないものね」
死ぬ?何だよ、何でそんな重い話がいきなり飛び出す?
「シアちゃん。シアちゃんはどんなスキルを授かったんですか?」
嫌な予感を覚えつつそう聞けば、想像通りにクソッタレな現実が彼女の口から飛び出した。
「魔力放出強化。凄いでしょ?」
魔力放出強化は魔法系でも特に重宝されるスキルだ。このスキルはその名の通り魔力の放出量を増やすことであらゆる能力を底上げしてくれる。特に攻撃魔法とは相性が良く、このスキルの有無で威力が倍は違うとまで言われているのだ。
「そんな、確かシアちゃんは…」
呻くように発した俺の言葉に彼女は静かに頷く。魔力放出強化は優秀だが厄介な点がある。それはスキルが発現したら強制的に魔力の消費量が増大する事だ。これによって細かい魔力の制御が難しくなり付与魔術との相性が悪くなったりするが、それよりも問題なのは普通に生活する上での基礎消費も増えてしまうのだ。勿論大抵の人にとっては多少燃費が悪くなる程度の問題なのだが、中にはそれが致命的な問題に発展する人も居る。それがシアちゃんと同じ先天的に魔力量が少ない人達だ。生きるのに必要な魔力が不足している子は生きられない。だが逆に言えば生きられる最低限の魔力が備わっていれば生きられてしまうと言うことだ。事実シアちゃんは他の子よりも体が弱く運動もあまり得意じゃない。そんな彼女の魔力消費量が増えてしまえば、その先に待っている結果は火を見るよりも明らかだ。
「多分1年も生きられないんだって。酷いよね、私の前で言うんだよ?」
震える声で彼女はそう言った。
「今日はね、皆にお別れを言いに来たの。もう私、家から出られないから」
多分ハパルさん達の苦肉の決断なのだろう。動き回るより安静にしていれば多少は魔力の消費が穏やかになる。そうして少しでも娘に長く生きて貰おうというのだろう。でもそれは僅かな延命でしかない。なにより魔力量の不足には根本的な解決方法が存在しないのだ。何しろこの世界にはステータスを恒常的に伸ばすアイテムなんて存在しないのだから。…俺という存在を除いて。
「……」
こんなのはこの世界ではありふれた不幸だ。魔力が足りなくて死ぬ人なんて、この世界には数え切れない程存在している。たまたま彼女は隣に住んでいて、同い年の子と言うだけだ。自己満足の為に彼女を救って、もしこの力が今ばれれば?多分俺は死ぬまで魔力増加の種を生み出し続ける道具として扱われる事だろう。
…だからなんだ?
だからこの子を見捨てるのか?異世界チート野郎がそんな保身で幼なじみの死を黙って見過ごすって?そんなクソダサい奴がチート主人公を名乗れる訳が無いよなぁ!?
「シアちゃん。お話があります。だからさよならするのはちょっと待って下さい」
「え?」
彼女に向き直り、俺は真剣な顔で告げる。
「僕なら何とかしてあげられるかもしれない。でもそれにはシアちゃんの協力が要ります。僕を信じてくれますか?」
思わず彼女の手を握りながらそう聞いていたら、ドアが勢いよく開かれる。
「オハヨー皆!お勉強の時間デース!ってまだ早かったデスかね?」
ご機嫌なテンションで教室に入ってきたのはシスターバレッタ。この教会の修道女さんである。王国の中でも南よりの田舎出身とのことで、ちょっとイントネーションが独特だがその明るさと人懐っこさ、そして何処とは言わないが圧倒的物量によって男性から絶大な人気を誇っている。
「フム?フムム?オー、お邪魔しチャイましたカ?」
そんなシスターは俺がシアちゃんの手を握っているのを見て楽しそうにそう聞いてくる。一瞬固まっていた俺は、慌ててシアちゃんの手を解放する。
「いえ!いえ大丈夫ですシスターバレッタ!?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるシスターバレッタにそう言いつつ部屋の脇に積まれている砂箱を二つ持ってくる。そしてシアちゃんに渡しながら小声で彼女に告げる。
「後で僕の部屋に来て下さい」
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