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いつかきっとまた会える

作者: カモノハシヤナギ

 上原恵子は、この4月から地元の高校に通っている。田舎のため実家から通える高校は、ほとんど選択肢がないため恵子もここに決めた。家から6キロメートルなので自転車で、通学する。恵子は、そこそこ成績も良かったため成績の良いものだけが、集まったクラスになった。このクラスに入った者は、勉強を最優先にされるので、部活をするにも担任の許可が、必要だった。入学式を終えた時に先輩の西見百名に会った。

「恵子入学おめでとう。もちろん剣道部に入ってくれるよね? 」

「それが、担任の先生の許可が、いるんです。それに剣道部は、かなり厳しいと聞いてますし……」

「大丈夫よ。私でも担任の許可は、もらえたから」

「先輩は、頭いいし剣道も強いから簡単に許可されるんですよ。私は、多分ギリギリで、あのクラスに入れたと思うし剣道も向いてないみたいで、全然強くなれません」

「どっちも私が、教えてあげる。それに剣道部の顧問は、確かに厳しいけど、稽古の時だけだよ」

「そう言われましても……。私は、向いてないと思いますし……。どっちも中途半端な成績ですので」

「大丈夫。じゃあ担任の先生には、私から話してみようか? それで、ダメだったら顧問の先生に頼んでみてもらう」

「私は、中学生の時から先輩に憧れてますが、何一つ追いつけません。先輩のためになるならマネージャーをやらせてもらえませんか? 」

「マネージャーか……。確かに今いないけど、先生に聞いてみる」


 百名は、早速顧問の佐野蓮名先生に会いに行った。

「佐野先生、中学の時の剣道部の後輩の上原恵子を勧誘しましたが、担任の先生の許可が、必要ですしマネージャーをやりたいそうです」

「西見。お前は、キャプテンなのに本気で、勧誘する気があるのか? 選手を増やさないと団体戦に出られないんだぞ。まあ、上原ってやつには、私が、話してみる」

「すみませんでした」

 百名は、俯いて職員室を後にした。去年のキャプテンつまり百名の1学年上の先輩が、新入生つまり1学年下の後輩を1人しか勧誘することが、出来ず何度も叱られ泣かされていたのを見てきたからだ。少子化が、進んだ今の時代に人気のない部は、存続させることも大変だった。剣道場へ向かう時に校内放送が、聞こえた。

「1年生の上原恵子さん。職員室の佐野のところへ来てください」


 一方の恵子は、入学早々の呼び出しに少々緊張しながら職員室に向かう。職員室に着いてノックしてドアを開ける。

「佐野先生いらっしゃいますか? 上原恵子と申します」

 入ったところから少し離れたところで、手を挙げている方が、いる。そこへ行って、

「上原恵子と申します。何かありましたか? 」

「お前の担任は、小田先生か? 」

「はい」

「ちょっと、来い」

 そう言って小田先生のところへ連れて行かれた。恵子は、何だろうと思っていると松野先生は、

「小田先生。この、上原の剣道部の入部を認めてもらえませんか? 」

「えっと……」

 小田先生は、何かファイルを取り出し、

「上原は、決してクラス内の成績が、良い方ではありません。佐野先生のお願いですので、認めますが、今以上に成績が、悪くなったら退部してもらいます」

「わかりました。ありがとうございます」

 そのやりとりを恵子は、黙って見ていると佐野先生から、

「上原。お前は、何突っ立ってるんだ」

 と言って恵子の後頭部を押さえて強引に頭を下げさせた。そして慌てて言った。

「ありがとうございます」

 そして今度は、個室に連れて行かれて入部届に記入させられた。書き終えると、

「3年間辞めることは、許さない。盆も正月もないと思え。今日から早速剣道場に来てもらおう」

「今日は、親を待たせていますので……」

「じゃあ、親御さんにも会っておこう」

 そう言って親のところへ案内させられた。

「上原さんはじめまして。剣道部の顧問をしております佐野と申します。よろしくお願いします。今日から早速部活に出てもらいます。今日は、遅くなりますが、責任を持って送りますので、お帰りください。うちの剣道部は、休みはありませんので例えばゴールデンウィークにどこか行く予定を立てていらっしゃるならキャンセルしてください」

「はい。わかりました。じゃあ、恵子頑張ってね」

 そう言って帰っていった。

「よし剣道場へ行こう」

 佐野先生は、今度は、剣道場へ連れて行くようだ。剣道場に着くと部室に恵子を入れた。そして、

「とりあえず正座しなさい」

 佐野先生は、竹刀を持って床を叩く。恵子は、何が、始まるのかと思い怯えながらその場に正座した。すると、

「上原。お前は、マネージャーになりたいだと。わかった。マネージャーの仕事もやらせてやるよ。ただし、選手として普通に練習もやらせてやる。まずは、部員のお茶を準備してからさっさと練習に参加しろ。それと、絶対にやめさせないからな」

 そう言ってまた床に竹刀を叩きつける。すっかり怯えきっている恵子は、小声で、

「私は、剣道をいくらやっても上手くなりません。ですからマネージャーだけをやらせてください。それに……」

「何ぶつぶつ言ってんだよ。さっさとお茶の準備に行け。場所が、わからないのか? 今日だけ特別に案内してやる」

 そう言って再び恵子の腕を掴んで引っ張って行く。恵子は、小声で抗議を続けているが、佐野先生は、全く聞いてくれない。途中、

「やかましい。さっさと歩け」

 と佐野先生は、言って竹刀で、恵子のお尻を5回叩いた。

「いつまでもぶつぶつ言ってると部員のいるところで、もっと叩くぞ」

 佐野先生は、怖い。どうしよう。お尻が、痛い。恵子は、黙って佐野先生に付いて行くしかなかった。湯沸室に着くと剣道部と書かれた引き出しを開け水出し麦茶のパックを取り出しキーパーに入れ氷と水を入れる。その様子を眺めていると再び恵子のお尻目がけて竹刀が、振られた。

「何ボーーっとしてる。さっさと運べ」

 キーパーを持つと結構な重さ。剣道場まで、運ぶのは、辛いが、

「よろよろするな。早くしろ」

 と佐野先生からの竹刀は、容赦なく恵子のお尻に振られる。その度に早くなるのを見て佐野先生は、

「お前は、ケツを叩かれないと怠けるんだな。明日からも朝練と放課後の練習前にもこれをしないといけないが、練習が、始まるまでには、必ず終わらせておけ。遅れたら怠けたとみなす」

 と言う。恵子は、もう気持ちが、折れそうだった。剣道場に着きキーパーを置くとすぐに佐野先生は、恵子の腕を引っ張って部室に連れて行く。その様子を見た稽古中の百名は、慌てて部室に行く。そしてドアを開けて、

「先生、恵子は、上原さんは、マネージャーで、入部したんです」

「わかってる。だから上原の望み通りマネージャーの仕事もしてもらっている。西見、お前は、稽古を抜けて何を言ってるんだ。さっさと戻れ」

 百名は、まだ言い出したい気持ちを抑え稽古に戻って行った。

「お前もさっさと着替えて稽古に参加しろ」

「道着も防具も用意してないです」

「道着や防具は、その辺にあるのを使え」

 見ると黄ばんだ白道着、袴、ぼろぼろの防具が、ある。恐る恐る聞いてみる。

「この道着とか洗濯はしてありますか? 」

「知らないよ。そもそも何も準備してこないのが、悪いだろ。そんなにここにある道着が、嫌ならその制服の上から防具付けてしまうか? 」

「そんな……」

「もう怒った。つべこべやかましい。その制服のまま防具を付けてしまえ。さっさとしろ」

 またお尻を叩かれる。もうとっくに怒ってたくせに……。あきらめて着替えようと制服を脱ごうとするとまたお尻に竹刀が、振られて、

「お前が、制服のまま防具を付けたいと言ったんだろう。全く世話がかかる」

 と言って埃をかぶった防具を恵子の制服の上に付け始めた。

「やめてください。こんな格好で、稽古が、できるわけないじゃないですか」

「お前が、早くしないからだ。靴下を脱いで、小手を付けろ」

 恵子は、涙を流しながら従った。終わると佐野先生に胴の後ろの紐を引っ張られた。

「泣くようならいちいち反抗しなかったらいいんだよ」

 道場に入ると百名が、駆け寄ってきて、

「先生、ひどいじゃないですか。制服で、稽古させようとするなんて。上原さんは、今日は、入学式だったんだから稽古までさせなくても……」

「西見、お前まで反抗するのか。剣道部に入部するつもりで、準備もしてないなんて寝ぼけたこと言うからだ」

「上原さんは、マネージャーになってくれると言ったんです」

「だいたいお前が、キャプテンのくせにちゃんと勧誘しないからだろう」

「まだ新入生は、入学したばかりなんですよ」

「やかましい。お前は、自分の立場が、わかってないのか? さっさと稽古続けろ」

「今は、そんな場合じゃないです。行こう」

 百名は、恵子を優しく引いて部室に連れて行った。後から佐野先生が、入ってきて、

「西見。お前は、今まで素直な優等生だと思っていたのに……。上原には、今日も必ず稽古をさせる。こいつは、怠け癖があって甘やかすとろくな人間にならんぞ」

「今日は、上原さんは、帰らせます。私は、稽古が、終わったら罰を受けますので先生は、出て行ってください」

「この野郎。覚えとけよ」

 そう言って佐野先生は、出て行った。

「ごめんね。恵子。まさかこんなことするなんて……」

 と言いながら百名は、恵子の防具を取っている。

「あーー。新しい制服が、埃だらけじゃない。可哀想に」

「先輩。私、先生が、怖い」

「本当にごめんなさい。私は、もうどうなってもいい。恵子を守る」

「そんな……。私、今日も稽古します。ただ、制服では、嫌」

「まあ、本当は、その方がいいと思う。今日帰ってしまうと明日以降もなんだかんだ言われそうだし……。そこの棚に私の試合用の道着とか一式入っているから使って」

「先輩の試合用のなんてそんな大事なのは、使えません」

「いいの。どっちみちそれしかないし……」

 恵子が、着替えるまで百名は、恵子の制服の埃を払ったり水をかけて手揉みしたりしていた。百名は、手の匂いを嗅ぎ、

「しまった。手揉みして私の匂いが、制服についてしまったかも……。どう? 」

 と言って制服を恵子の前に差し出す。

「ありがとうございます。きれいになりました」

「匂いは? 」

「少しついてますが、ほとんど気になりません」

「ごめんね。じゃあ、気が、重いけど行こうか? 」

 道場に入ると休憩中だった。佐野先生は、すぐにやって来て2人のお尻を竹刀で一発ずつ叩いた。

「今は、休憩中だが、上原は、まだ全く練習してないから2人で、練習しろ」

 恵子が、打って百名が、受ける。恵子は、百名の構えが、中学生の時より一層迫力が、増したと感じていた。

「次は、突き。中学までは、なかったけど外れた時のことは、考えずに思い切ってやってみて」

 いつでもいいから来てという雰囲気が、百名から感じられる。その時またお尻を叩かれる。

「さっさと打て。何やってるんだ」

「先生、今から上原さんは、初めて突きをやるんですよ。緊張もしますし集中力も必要なんです。邪魔しないでください」

「西見。お前私が、したことを邪魔と言ったな」

 佐野先生は、百名の背後に回り胴紐を掴んで竹刀でお尻を何回か叩いた。

「もういい。休憩終わり」

 その声で全体の稽古が、再開された。恵子は、百名に罪悪感を感じていた。私のせいで何回百名は、叩かれただろう。終わってからも罰を受けると言っていたのでおそらくまた叩かれるだろう。そんなことを思いながらやっていた稽古が、終わったのは、日がだいぶ西に傾いた頃だった。女子部員は、佐野先生の前で横一列になって正座する。黙想を終えると佐野先生のお言葉。

「今日は、本当は、新入部員を迎えて喜ぶべきですが、上原は、問題児です。西見までおかしくなってしまった。2人には、居残り練習をしてもらいます。2人の反抗期が、早く終わるよう他の部員も厳しく接してください。以上」

 百名は、屈辱的だったが、他の部員を帰らせないといけないので、

「ありがとうございました」

 と大声で言い他の部員も続いた。そして、他の部員が、道場から出たのを確認すると佐野先生は、

「西見。お前からだ。壁に手をついてケツを突きだせ」

 百名は、素直に言われたとおりにする。

「行くぞ。覚悟しろ」

 百名のお尻に竹刀が、何回も振り下ろされた。思わず百名は、膝から崩れ落ちた。

「何やってる。さっさと立て。まだまだだぞ」

「はい。すみませんでした」

「上原。よく見とけよ。次は、お前だからな」

 百名は、立ち上がり壁に手を付けた。それを見て佐野先生は、また竹刀で百名のお尻を叩く。そしてまた膝から崩れ落ちた。よく見ると百名の目からは、涙も落ちていた。おそらく小さいながらも会社の社長のお嬢様で、勉強もスポーツも良くできる百名には、初めて味わう屈辱だろう。佐野先生は、

「泣くようなら今までのように素直で、従順にしていればいいだろ。よし、次は、上原の番だ。さっき、西見が、やっていたようにしろ」

 恵子が、立ち上がり壁に手を付けると後ろから百名が、抱きつくようにして、

「上原さんは、叩かないでください。代わりに私が、受けますので」

「西見。邪魔だ。どけ」

 その間も百名のお尻は、竹刀で、叩かれている。

「どきません。上原さんには、お願いですからやめてください」

「西見。お前が、甘やかすから上原は、怠けるんだ。どけ」

「絶対にどきません。上原さんは、叩かせません」

「この野郎。さっきまでは、また今までの西見に戻ったかと思ってたのに」

 そう言って佐野先生は、バシバシと百名を叩く。何回か叩いたところで、

「もういい。2人は、今日の稽古を怠けたから今からやれ。いつも放課後やっているメニューの最初からだ」

「わかりました」

 百名はこれには、素直に従った。

「ごめんね、恵子。辛いだろうけど頑張ろう」

 素振りから始まり基本の打ち込み。百名は、恵子に優しくアドバイスしながらメニューを進めていく。そして問題の突きの練習。

「恵子。大丈夫だから。私のこと憎んでるでしょ? その気持ちで、やってみて」

「私が、先輩のこと憎んだりするわけないじゃないですか」

「ありがとう。じゃあやってみて」

 恵子は、躊躇してなかなかできない。すると黙って見ていた佐野先生が、恵子のお尻を竹刀で叩き恵子に突きをした。恵子は、バランスを崩して倒れた。そしてもう一度突きをしようとするのを百名の竹刀が、払った。

「先生。お願いですからやめてください。上原さんは、初めてで、優しいから躊躇してしまうんです。先生にも遅くまで、付き合っていただき申し訳ありませんが、少しだけ待ってください」

「今まで、随分待ったじゃないか。打とうとしないなら受けるだけにさせてやる。立て」

「先生、お願いです。黙って見ていてください」

 百名のお尻を竹刀で、一回だけ叩いて佐野先生は、離れていった。

「恵子。大丈夫だから自信持って思い切りやってみて」

 もうこれ以上先生を怒らせて百名にも迷惑かけるわけにはいかない。やるしかない。

「突きっ」

「うっ」

 やばい。今外れてしまったよね。

「先輩。すみません」

「どうしたのよ。いい突きだったよ。ちゃんと当たったよ」

 絶対嘘だ。

「ほら今みたいにあと5本」

 さっきのが、頭をよぎる。つい手抜きをしてしまう。

「突きっ」

「恵子。今のは、ダメ。わかった。正直に言うと確かに最初のは、外れたよ。でも他の所でも同じ。お互い様でしょ。いちいち謝ってたらキリがない。外れても当たったって思いなさい」

「はい」

 その言葉で、気持ちを切り替えて思い切りやるとちゃんと当たる。しかし、次は、受ける番。

「私を信用して動かないで」

 怖い。でもさすが百名。全て一番いい所に当たっているみたいで心地よく感じる。打ち終わり、

「休憩しよ」

 と言って面を取ってお茶を飲みに行く。その近くに佐野先生が、竹刀を持って座っている。恵子は、百名に隠れるように後に続く。よく見ると百名の首にあざが、できている。

「先輩。すみませんでした」

「何が? 」

「首にあざが……」

「気にするなって言っているのに……。わざとじゃないんだから。私の受け方が、悪かったの。さて、時間も遅いし恵子さえよかったら再開しようか? 」

「はい。私は、かまいません」 

 全てのメニューを終え佐野先生の前に正座する。先生は、

「お前ら問題児をどうしてやろうか考えたんだが、明日から2人は、当分の間合宿をさせてやろう。剣道と勉強に思う存分打ち込ませてやる。準備をして来るように。明日の朝練も遅れるなよ。以上」

「ありがとうございました」

 恵子は、合宿、剣道、勉強というキーワードが、頭の中でぐるぐる回っていた。百名からだいぶ遅れて、

「ありがとうございました」

 というと佐野先生は、

「どうした。上原。せっかく2人で、合宿をやらせてやると言っているのにありがたくないのか? 」

「先生。いきなりそんなことを言うから上原さんは、戸惑っているんです。私は、明日から合宿をやらせてもらいますので、上原さんにはもう少し落ち着いてから参加してもらったらいかがでしょうか? 」

「西見。また反抗か? お前は、剣道も勉強もきちんと成績を残しているが、上原は、どっちもダメな上怠け者で、反抗もするどうしようもないやつだから早めに手を打ってやろうと思っているのに」

「上原さんは、そんな人間じゃありません。上原さんは、明日からの合宿には、参加させません」

「いい加減にしろ。お前まだ叩かれたいのか? また、泣かされたいか? 」

 恵子は、百名が、また叩かれては……。と思い勇気を出して言った。

「私は、明日から合宿に参加させていただきます。ですからもう西見先輩を叩かないでください」

「よし。少しは、ダメ人間から脱却する気があったんだな。明日から2人には、ビシバシやってやるから今日は、片付けをして帰れ」

 片付けをやって帰る頃には、20時が、近かった。

「そう言えば先生うちの親に今日は、責任持って送ります。って言ってたのに」

「そんなことしてくれるわけないよ。女子部員は、全員徒歩通学だよ。車どころか自転車で、通っているのが、佐野先生に見つかったら今日みたいに何発も叩かれる」

「明日荷物が、多いのに……。どうしよう」

「私が、恵子の家に寄って手伝ってあげる」

「先輩にそんなことさせられません」

「いいの。そもそも恵子を剣道部に入れさせてしまったし……。ごめんなさい。反省してる」

「いいえ。私が、不甲斐ないから先生を何度も怒らせてその度先輩に庇ってもらって……。しかも先輩まで、合宿させられるなんて……」

「私のことは、本当に気にしなくていいから……」

「ところで、合宿ってどんな感じですか? 」

「まず今日みたいに居残り練習させられてそのあと2時間勉強。息抜きで1時間稽古してまた2時間勉強。それからようやく先生方の監視が、なくなる。その間本当にビシバシやられるよ。なるべく恵子には、手を出させないようにするから頑張ろう」

「先生方? 」

「そう。先生は、交代制で、男子部の荒久先生だったり担任の先生だったり。普段は、そんなに怒らない先生もビシバシやってくるよ。ほぼ憂さ晴らしにされる」

「やだなぁ」

「授業中と寝るとき以外は、汗だくの道着を着ていないといけないし……」

「最悪」

「いきなりそんな合宿を新入部員にさせるなんて……。だから勧誘とかしたくないのに……」


 翌朝から地獄の合宿が、始まった。百名は、マネージャーの仕事も手伝ってくれる。ピッチャーも運んで、床の掃除まで恵子の負担をなるべく減らすようにせっせとやった。そして佐野先生と他の部員もやって来る。先生は、いきなり機嫌悪そうに、

「上原。お前みたいな怠け者が、練習前までに全部終わらせているわけないだろ。西見に手伝わせただろう。正直に言え」

 すかさず百名が、

「私は、何もしていません。全部上原さんが、やっていました」

「お前は、黙ってろ。上原。どうなんだ? 」

「どうして先生は、上原さんがやったと認めないんですか? 朝から上原さんを疑うようなことはやめてください。さあみんな朝練始めるよ」

「よし。じゃあ上原の相手は、私が、やってやろう」

「先生が、入ると人数が、合わなくなってしまいますので、黙ってみていてください」

 佐野先生は、まだ何か言いたそうだったが、百名が、号令を掛けて練習を始めてしまったので、諦めて椅子に座った。

 朝練のメニューを終え先生の前に正座する。先生は、

「放課後の練習では、上原の相手をしてやる。西見は、荒久先生に相手してもらえ。お前らは、合宿中だから普段と同じ練習では、つまらないだろう。以上」

「先生は、私の相手をしてください。ありがとうございました」

「西見。練習後の私の言葉に対しては、感謝の言葉以外は、言わないことになっているだろう。昨日、あれだけ叩いてやったのにまだ反省してないのか? 壁に手をつけてケツを突き出せ」

「ちょっと待ってください。みんな、朝礼がありますので一旦解散しましょう」

「ダメだ。お前が、さっさとすれば朝礼には、間に合う」

 百名は、立ち上がり佐野先生に言われた通りにする。お尻に何回か竹刀で叩かれた。そして、元の位置に戻って、

「ありがとうございました」

 それに他の部員も続き朝練が、終わった。みんな朝礼に間に合うように急いだ。百名は、着替えながら部員に謝罪をした。


 放課後の部活の時間になった。やはり百名の手伝いもあり恵子は、マネージャーの仕事を練習までに終え稽古の準備をした。すると佐野先生が、来て、

「上原。また西見に手伝わせただろう。正直に言え」

「どうして先生は、上原さんを信用しないんですか? 上原さんは、先生が、思っているような怠け者じゃありません」

「西見。何で、お前は、上原みたいなのを庇うんだ。お前は、もっと優秀な新入部員でも連れて来い」

「上原さん以上の優秀な新入部員を探すのは、困難です。なのでもう新入部員を探すのは、諦めました」

「大概誰を連れてきても上原よりは、ずっと優秀だ。こんなやつだけで、諦めるな」

「私が、期待している上原さんに対しての先生の言動を見ていると他の新入部員に入ってもらおうとは、思えません」

「何だと。まだ叩かれたりないようだな。普通にやっても効果が、ないようだから今日は、更に屈辱を与えてやろう」

 荒久先生や男子部員、女子部員も揃ったところで、佐野先生は、

「みんな。いいもの見せてやるから注目。さあ、西見。袴を取って壁に手をついてケツを突き出せ」

「何言ってるんですか? 練習の時間が、もったいないですので、早く練習始めましょう」

「お前が、言われた通りにさっさとすれば練習をすぐに始められる」

 さすがに百名も躊躇したが、意を決したように袴を緩め始めた。

「先輩。やめてください」

 そう叫んで、恵子が、止めようとする。

「恵子。ありがとう。でも下がってて。お願い」

 そういって袴を下ろすと下着を着けていないため百名の下半身が露わになった。昨日も何回も叩かれたので、百名のお尻は、ミミズ腫れになっていた。佐野先生は、

「こんなケツになってもまだ反抗するとは……。よしみんなよく見とけ」

 と言って百名のお尻を竹刀で、叩き始めた。何発も叩かれ膝から崩れる。その体制のまま、

「みんな。練習始めるよ」

「まだ、終わりとは、言ってないぞ」

「みんなの貴重な練習時間をくだらないことに使わないでください」

「何だと。お前は、まだ懲りてないのか? よしじゃあ今日は、その格好で、練習させてやる」

「わかりました。早く練習始めましょう。先生は、私の相手をしていただけるんでしたよね? 」

「よしやってやろう」

 ようやく練習が、始まった。佐野先生は、いつもは、勝てないが、今日の百名ならさすがに恥じらいで、集中できず叩き飲めせると思っていた。しかし今日の百名は、いつも以上に強くお尻を叩こうと狙っても竹刀で、受け止め逆に面などを打ち込まれた。鍔迫り合いで、倒そうとすると逆に倒され、

「早く立ち上がってください」

 と言って佐野先生のお尻を何回か竹刀で叩いた。怒って立ち上がるとまた突きなどで、攻めてまた倒す。そして、

「先生。ちゃんと剣道をやってください。お尻なんて技は、剣道には、ありません。先生が、みんなにするようにお尻を叩きましょうか? だいたい稽古中に私のお尻を狙ってもわざとじゃない限り当たるわけないです。本気で、集中してやらないと怪我をしますよ。私が、先生のお尻に叩き込んで、教えてあげましょうか? 」

 荒久先生も止めに入る。

「荒久先生は、私のお尻を見て叩かれても黙って見てましたよね? 今止めに入るのは、どうしてですか? 」

 荒久先生は、何も答えられずにいた。

「私は、剣士ですよ。まだまだ修行中で、弱いですが、剣士なんです。他人に怪我させたりするわけないじゃないですか。信用されてないですね」

 それだけいうと百名は、佐野先生を起こし、

「先生。お願いですから稽古中は、集中してください。余計なことばかり考えてやっておられるので、大振りになって練習相手になりません」

「くそっ」

 佐野先生は、立ち上がって百名と対峙する。しかし、悔しさからかまだ大振りになっていて百名の攻撃に再び倒される。

「私のお尻を狙っても当たるわけないって言ってるじゃないですか」

 そういって佐野先生のお尻を竹刀で叩く。

「痛い。止めろ」

 百名は、素直に叩くのをやめて、

「みんな。休憩にします」

 そう言ってから佐野先生を起こしお茶を渡した。

「少しは、冷静になっていただけましたか? 」

「ふざけるな。ちょっと剣道が、強いからっていい気になりやがって。私のケツを叩いただろう」

「はい。すみませんでした。先生が、私のお尻を狙われるので、私もやってみました」

「お前は、教師に向かって何やったかわかってるのか? 」

「はい。すみませんでしたと言ってるじゃないですか。少しは、冷静になっていただけるかと思いまして……。そうでないと私の練習相手になりませんので……」

「だったらいつものように壁に手をついてケツを突き出せ」

「それで、私のお尻を叩けば冷静になっていただけますか? 」

「おそらくな」

「わかりました」

 百名は、またお尻をさらけ出し叩かれる体制になった。

「先輩。もうやめてください。先生は、私を叩きたいですよね? もう先輩は、叩かないでください」

「それが、いい。そうすれば冷静になれる」

「恵子は、離れてて。危ないよ」

「嫌だ。もう先輩が、叩かれるのを見たくない」

「よし。上原。さっさと叩かれる体制になれ」

「先生。上原さんは、何も悪くない。上原さんを叩いたらまた先生のお尻を狙います」

「じゃあ休憩後は、上原の相手をさせろ」

「ダメです。今日の先生は、防具が、ないところしか狙わないじゃないですか」

「先輩。私は、先生の相手をやります」

「ほら。上原が、珍しく素直にそう言っているんだ。私を上原とやらせろ」

「じゃあ絶対に防具がないところは、狙わないと約束してください。私は、荒久先生お願いできますか? 」

「わかった」

 稽古再開。百名は、荒久先生と対峙しながら佐野先生の様子を見ている。やはり佐野先生は、恵子のお尻を狙っている。そして恵子のお尻に竹刀が、当たる寸前で、百名のそれが、払う。百名は、見事に荒久先生の攻撃をかわし攻めながらも佐野先生の攻撃も防いでいる。

「チッ」

 という佐野先生の舌打ちが、聞こえる。そして再び恵子のお尻を狙って竹刀を振り上げた瞬間に百名は、突きを決め佐野先生は、バランスを崩して倒れた。更に荒久先生にも攻撃をして倒す。佐野先生のお尻に竹刀で叩き、

「先生。全然約束を守ってくれないじゃないですか。もう一度言いますが、剣道にお尻なんて技はありません。上原さんの相手は、私が、します。剣道をやる気がないなら座って見ていてください」

 恵子は、百名の強さに改めて驚かされた。中学の時も校内では、敵なしだったが、先生を2人まとめて倒してしまうなんて……。百名に手を引かれて先生から離れた場所に連れて行かれた。

「先生は、強いんだけど冷静じゃないときは、振りが、すごく大きくなるの。恵子は、遠慮して突きは、あまりしようとしないね。認められた技なんだからやればいいのに……」

「やっぱり怖いんです。打つのも打たれるのも」

「昨日いいのを打ってたじゃない。思い切って打てば大丈夫だから。私にやってみて」

 恵子は、恐る恐るやってみる。

「ダメ。びびるな。思い切ってやって」

 困ったな。でも百名なら上手に受けてくれるはず。

「突き」

 クリーンヒットした。

「ほらね。恵子は、上手いんだから自信持って打てばいい」

 合宿初日は、百名に守られて充実していた。百名は、勉強もとてもわかりやすく教えてくれる。恵子は、これなら合宿もいいなと思えてきた。寝不足になるのを除いて。百名にとっては、全然良くないだろうが……。

 翌朝の練習も恵子のお尻を佐野先生は、狙っていたが、百名の睨みによって不発。結局今朝は、2人のお尻は、無事だった。

 授業後の休憩時間。同じクラスの子に声をかけられた。

「上原さん。剣道部ってどう? 」

「どうっていうと……」

「私は、井田志乃。忘れた? ここの近くの中学で、剣道部だった。試合で当たったこともあったのに……。入部したんでしょ? 」

「そうだけど……。何で、わかったの? 」

「その匂い」

「えっ。匂う? ショック」

「うん。私も入部したいけど顧問の先生が、厳しいって有名でしょ? それで、迷ってるの」

「うん。厳しい。怖い。でも中学の時の先輩が、全力で守ってくれるから……」

「まさか西見先輩? 」

「そう。知ってるの? 」

「一方的に。中学の時試合で、当たって立った瞬間これは、やばい人と当たったと思った。それからは、憧れてた。そうしたら高校でも続けておられて全国大会の常連でしょ? 」

「そうなの? 」

「知らないんだ。県内では、敵なしって感じだよ」

「うん。たしかに強い。先生でも歯が、立たない」

「さすが。いいな。とりあえず西見先輩に会ってみたい」

「昼休みぐらいしか時間ないと思うよ」

「いいよ。昼休みに会ってみる」

 そして昼休み。昼食を急いで食べて百名の教室に2人で、向かう。そこから出てきた人に尋ねる。

「西見先輩いらっしゃいますか? 」

「ちょっと待って」

 すぐに百名が、出てきた。

「先輩。同じクラスの井田志乃さんです。彼女は、中学の時に剣道部だったそうで、高校でもやりたいけど先生が、厳しいって聞くので、なかなか入部する決心が、つかないそうです。それで、中学の時から憧れてた先輩ととりあえず話してみたいそうです」

「はじめまして。井田さん。西見百名です」

「はじめまして。井田志乃です。先輩のこと中学の時から憧れていました」

「何で、私なんかに……? 剣道やりたかったら待ってる。そうだね。先生ね……」

「私は、中学の時に先輩と初めて試合で、当たって美人なうえ強くてすぐに憧れの人になったんです。同じ部に入りたいですが、先生のことを噂で、聞いて私みたいな下手くそは、入部したらどうなってしまうだろうかと考えたら怖くて……」

「私は、恵子を入部させたことを後悔している。でももうどうしようもないので、先生から入部してくれた後輩には、守りたいと思っている。やりたいことをやらないのはもったいないよ。入部したくなったら剣道が、できる準備をして歩いて登校してきて」

「わかりました。ありがとうございました」

 百名と別れてから志乃は、

「やっぱり先輩素敵。先輩と一緒に稽古したい。私やっぱり入部する。今日は、ありがとう。恵子ちゃん明日からよろしく」

 恵子は、同級生が、入部するのを嬉しく思う反面百名を半分取られるような寂しい気もした。放課後部活の準備をしながら百名が、聞いた。

「今日の志乃ちゃんは、どうするって? 」

「明日にも入部するって言ってました」

「良かった。恵子ありがとう」

「私は、何もしていません。やっぱり先輩は、私が、そうだったようにみんなに憧れられるんだなって思いました。私は、志乃の実力が、わからないけど私のこと見捨てないでください」

「そんなことするわけないでしょ」


 翌日の放課後志乃は、佐野先生に連れられて剣道場にきた。先生は、

「新入部員だ。上原の同級生だから期待できない。ただ上原よりは、賢いみたいだから少しはマシだ。今日は、私が、相手になってやろう」

「先生。冷静にお願いしますよ」

「何が、言いたいんだ。西見。わかった。中だとお前がごちゃごちゃ喧しいから外で、練習する。井田。外に出ろ」

「何で、外なんかで、練習しないといけないんですか? 中でもそんなに狭いわけじゃないですから……。井田さん。外なんかに出なくていいよ」

「井田は、今日初めてうちの部の練習に参加するわけだからついていけないと可哀想だから別のメニューにしてやろうとしてるだろう。お前は、この優しさがわからんのか? 」

「じゃあ中で、いつもとは、違うメニューでやりましょう。先生。号令お願いします。みんな練習始めるよ」

 佐野先生は、全員が、どんなメニューをやるのかと待っているのを感じて仕方なく普段通りのメニューで、やっている。面や小手を付けてからは、ついに志乃と対峙する。もちろん百名は、佐野先生の動きにも注意していた。するとやはり志乃のお尻を狙っているのが、わかった。普通の技を打つときも振りが、大きい。しかし百名が、目を光らせているのは、佐野先生もわかっているので、簡単にはお尻を叩こうとはしない。先生は、

「次は、突き。井田は、初めてだろうからいつもより多くしよう」

 まずは、これを待っていたんだ。百名は、

「先生。それなら井田さんは、私が、打ち方を教えてあげたいと思います。先生は、上原さんのを受けて私の教え方の評価をしてください。先生のは、私が、受けます」

「西見。何で、お前が、そんなことを決める」

「先生が、冷静じゃなくなってきてるからです。先生は、私にうてるからいいじゃないですか? 」

「まあいい。覚悟しとけよ」

 百名は、早速志乃に恵子にしたのと同じように優しくわかりやすく教える。

「思い切って打って。躊躇したりするとダメだよ」

 志乃が、百名に言われた通り打ったとき佐野先生は、恵子に突きをして倒しお尻を叩き始めた。百名は、慌てて止めに入った。

「先生。何やってるんですか。先生のを受けるのは、私です。どうして上原さんに打つんですか? 」

「上原の打つ番が、終わったんだ。そうしたらお前らは、終わってなかったから上原のために私が、打ってやったんだ」

「そこまではまだしも倒してからどうしてお尻を叩かないといけないんですか? 稽古が、終わったら私のお尻なら叩かせてあげますので、稽古中は、やめてください」

「よし。いいだろう。たっぷり叩いてやろう」

「ごめん。ちょっと4人で、やってて。志乃には、まだ受けはさせないで。志乃思い切りが、大事だよ。さっきもいいのを打てたから大丈夫」

 そう言って百名は、佐野先生の受けに行った。先生の突きは、力もあって重そうだ。しかし百名は、少し後ろに下がる程度で、全くバランスも崩さない。それが、気に食わないのか佐野先生が、突きにきた竹刀を百名は、叩き落とす。

「先生。どうしてわざと外そうとするんですか? 後で、叩かせてあげますって言ったじゃないですか? 部員に怪我をさせたいのですか? もう他の部員を先生には、当てれません。私が、相手します」

「よほど自信が、あるようだが、お前だって私には、いつも勝てるわけじゃないぞ」

「はい。わかっています。だから余計なことは、考えず稽古に集中してください」

「よし。じゃあやってやろう」

 その後2人は、本気で打ち合っていた。百名の言う通り集中した佐野先生は、たしかに強い。ちょっとだけと思って見るとつい見入ってしまいそうになる。佐野先生は、さすがに疲れたのか隙を見て、

「休憩」

 と言った。百名は、佐野先生に言った。

「ありがとうございました。久しぶりに強い先生と対戦できた気が、します」

「くそ。余裕ぶりやがって。私だってお前から何本かは、取ってるぞ」

「はい。やられました。先生との稽古で、こんなに楽しめたのは、久しぶりです」

 百名は、お茶を飲みながら志乃に、

「さっきは、教えてる途中で、抜けてごめんなさい。志乃さえ良ければ居残り練習に少しだけ付き合ってくれない? 続きを教えてあげなくちゃ」

「はい。よろしくお願いします」

 休憩が、終わって稽古を再開する。百名と佐野先生も再び本気で打ち合う。30分くらい経った頃佐野先生は、

「もう無理。練習終わり」

 と言った。解散後、佐野先生は、

「西見。お前は、忘れたわけじゃないだろうな」

「はい。わかっています。恵子と志乃は、2人で、打ち合ってて」

「嫌だ。先生お願いです。先輩を叩かないでください」

「恵子。私は、先生と約束したんだから……。絶対に邪魔しないで。ほら志乃が、待ってるよ」

 恵子は、渋々志乃の元へ行った。百名は、叩かれる体制になる。そして佐野先生は、竹刀を振り上げ百名のお尻に打ち付ける。何回か叩かれると百名は、崩れ落ちた。

「よし。今日は、これくらいで、勘弁してやろう」

「ありがとうございました」

 そう言って百名は、何事もなかったように志乃の元へ行き、

「お待たせ。とりあえず志乃。突きをやってみて」

 志乃は、今日言われたことを思い出しながらやってみた。

「うん。いいよ。恵子もやってみよう」

 2人が、交互に打つのを百名が、受ける。何本か打ったところで、百名が、

「明日からもこんな感じで……。さあもう遅いから志乃は、帰っていいよ」

「えっ。2人は……? 」

「私たちは、できが、悪いから合宿中なの」

「先輩の何のできが、悪いんですか? 」

「全てにおいてよ」

「私も参加させてください」

「私が、決めることじゃないから……」

「先生。私も合宿に参加させてください」

「ダメだ。今の合宿は、悪いことした罰でやっている。邪魔だから今日は、帰れ」

 志乃は、残念そうに帰って行った。


 翌朝の練習に志乃は、泊まる準備をしてきた。佐野先生が、来ると、

「私も合宿の準備をしてきましたので、参加させてください」

「ダメだと言っただろう。何で、合宿なんかに参加したいんだ? 」

「憧れの西見先輩と少しでも長く稽古したいです」

「何が、憧れだ。西見なんかまだまだ未熟だ」

「どこが、未熟なんですか? 」

「全部だ。あんなやつに憧れたりするんじゃない」

「私は、西見先輩が、いるから剣道部に入ったんです」

「とにかくダメだ。稽古始めろ」

 志乃も渋々稽古を始めようとした。百名は、

「先生も入っていただけませんか? 人数が、合いません」

「お前らはいいが、何で、私まで朝っぱらからしなくちゃいけないんだよ。1年が、入るまでも3人で、やってただろう」

「それでは、仕方ないですね。私は、合宿中の恵子とやるから3人は、交代で、やって」

 志乃は、不服そうだったが、従った。

 朝練が、終わって教室へ向かうとき志乃は、

「恵子。合宿ってどうなの? 」

「私には、先輩から剣道も勉強も教えてもらえてすごく充実してる」

「いいな。私も参加したい」

「でも先生が、監視しているから気が、抜けない。夜は、遅くなるから眠くなるしお腹も空くし……」

 放課後も志乃は、先生に合宿に参加したいと訴えていたが、断られた。

 明日は、入部して初めての土曜日だ。少しは、ゆっくりできるかと思っていたが、朝練は、いつも通りあるようだ。そして男子部員の練習に付き合って終了後に昼食を食べて男子が帰ったら男子の部室やトイレ掃除をするそうだ。それが、終わると女子部員だけの練習。何で、道場も毎日女子が、掃除しているのに練習時間が、短い男子の部室まで、掃除しないといけないんだと思っているとそれが、当たり前みたいに佐野先生は、言っていた。

 翌日掃除の時間が、やってきた。くじで、恵子は、男子部室にあたった。入った瞬間匂いが、すごい。練習を終えて間もなくだから仕方ないが……。しかも汗を吸った道着が、床に落ちてたりする。そこを避けて掃除をする。佐野先生が、点検にきて、

「こらっ。上原。これで、終わったなんてよく言えたな。西見。ちょっとこい」

 女子部室をやっていた百名がきて、

「どうしたんですか? 」

「上原は、これで終わったと言っている。叩いてもいいよな? 」

「これは、叩かれても仕方ないです。でも指導が、悪かった私の責任もありますので、上原さんと私に半分ずつお願いします」

「よし西見。ようやく少しはマシなこと言ったな。上原叩かれる体制になれ」

 恵子は、仕方なく応じると佐野先生は、竹刀で、お尻を叩き始めた。恵子が、崩れ落ちると、

「よし西見。お前の番だ」

 百名も同じように叩かれた。

「ありがとうございました」

「あれ? そう言えば上原からお礼を言われてない。西見。もう一回でもいいよな? 」

「私に続いて言うはずが、先生が、先に喋り出したからです。上原さんお礼を言って」

「ありがとうございました」

 先生が、出て行くと百名は、

「この床に落ちてる道着は、ハンガーで、かけておいて。足りなかったら女子部員のを提供する」

「何で、そこまでしないといけないんですか? 」

「今日は、男子部員にたくさん打ち込んでもらって勉強になったでしょ? 感謝しなきゃ」

 恵子は、百名には、返事をしたが、全く納得できなかった。男子の練習の時に女子は、打たずに受けるだけ。しかも男子に打たれると痛かったりする。いろいろ考えを巡らせていると今度は、トイレから佐野先生の怒鳴り声が、聞こえた。トイレは、志乃が、担当していた。恵子が、こっそり覗いて見るとどうやら男子の小便器をやらなかったようだった。百名は、恵子の時と同じように自分の指導が、悪かったと志乃の分を半分かぶって叩かれていた。百名は、それが、終わると志乃に、

「自分は、こっちは、使うことは、ないだろうけど男子が、使うでしょ? 今日男子に打ち込んでもらって勉強になったんだから感謝して掃除をしなきゃ」

 と言っていた。志乃も納得いかない表情だったが、百名に言われたら仕方ないといった感じで、再びトイレ掃除を始めた。

 女子の練習が、終わってから百名は、恵子と志乃に、

「2人とも今日の掃除について納得していないよね? 何で、男子のためにって思ってるよね? でも今日男子にいっぱい打ち込んでもらったでしょ? これは、すごくいい勉強になってるんだよ。男子の技は、速くて強い。痛いことも怖いこともある。女子だけで、練習してもそんな技を受けることはない。逆に女子が、男子に打ってもほとんど何も得られない。だからその感謝の意味も込めて掃除するの。わかった? 明日からもよろしくね」

 2人は、返事をした。

「じゃあ志乃は、帰っていいよ」

 志乃は、佐野先生にまた合宿の参加について交渉しているが、断られた。しかし今日は、休みの日だからもう少しだけなら付き合ってもいいと言われた。百名は、佐野先生に相手をお願いした。今日も佐野先生は、恵子と志乃を叩くことが、できたからか稽古に集中しておられた。百名とすごい打ち合いが、始まる。練習再開から1時間が、経った頃百名が、

「休憩しよう」

 と言った。

「西見。もうバテたか? 」

「私たちは、朝からやっているんです。休憩もしなきゃいけないです。ところで、先生。もう一回全国大会目指されませんか? 私たちと一緒に……」

「私は、一般の大会でしか出られないんだ。お前らみたいな高校のとは、レベルが、違う」

「たしかにそうですが、先生も以前は、出られたことが、あるじゃないですか? 」

「私はお前と違って全国大会で、勝ったことがない」

「でも私は、所詮高校の大会ですから……。一般の大会に出れるだけでもすごいと思います。私は、先生のこと尊敬してますよ。なかなかそんな人に指導してもらえることはないですし……」

「よく言うわ。反抗ばかりするくせに」

「さて。休憩終わり」

 再開しようとした時に百名は、恵子と志乃にそれぞれ悪かった点や良かった点を伝えた。あれだけ激しい練習をしていてもそれぞれのことを見ていたことに2人とも驚いた。

 翌日も前日と同じような稽古の日程だった。この日は、恵子と志乃も掃除を頑張った。百名からもよくやったと褒められた。


 百名と恵子の合宿は、続いていた。特に2人に大きな問題はなかったが、合宿の終了を決める先生方からは、なかなか許可してもらえなかった。ちょっとしたことで、叩かれることはあったが……。

 ゴールデンウィークが、近くなり部員全員での合宿になった。そんな時に新入部員が、やってきた。恵子や志乃と同じクラスの木崎飛鳥だ。飛鳥は、授業についてこれずクラスの中でも問題児になりつつあった。どうやら中学では、剣道部だったらしく小田先生からの推薦で、入部してきた。というと聞こえはいいが、要するに小田先生に匙を投げられ我が剣道部が、受け入れる事になったらしい。飛鳥は、剣道場に来た時からふてくされていた。恵子と志乃が、

「よろしくね」

 と言っても無視。さらに百名が、

「キャプテンをやっている西見です。よろしくお願いします」

 と言って握手を求めると、

「あんた臭い。近寄るな」

「ごめんなさい。でも飛鳥も同じ匂いが、するようになるんだよ。臭いかもしれないけど頑張ろう」

 というと、

「私は、あんたみたいに臭くはならない」

 さすがに佐野先生も黙ってはいなかった。

「木崎。ちょっとこい。同じ匂いにさせてやるよ。みんなは、練習始めろ」

 と言って飛鳥を部室に連れて行く。百名も後を追うが、みんなに止められ仕方なく練習を始めた。しばらくして飛鳥が、制服の上に防具を付けて佐野先生に連れられて道場に現れた。百名は、練習を抜けて、

「先生。またそんな可哀想なことを……」

 と言って飛鳥を部室に連れて行く。みんなは、そのままでいいのに。みたいなことを言っていたが、以前の恵子にしたのと同じように防具をとって自分の試合用の道着と防具を差し出して、

「これは、少しは、匂いもマシなはずよ。早く着替えて」

 と言って制服を脱がして埃を払う。飛鳥は、渋々百名の道着と防具をまとった。そして道場に戻ると佐野先生の機嫌が悪い。

「西見。またお前が、余計なことをする。そんなやつにお前の大事な試合用のを貸すなんて……。2人とも壁に手をついてケツを突き出せ」

「私は、罰を受けますが、木崎さんには、やめてください」

 百名が、叩かれようとした時恵子と志乃が、飛鳥を押さえ百名は、他の2人にそこから離れた場所に連れて行かれた。佐野先生は、それを見て飛鳥を叩こうとしている。百名は、

「先生。やめてください。みんなもやめて。そんなことしちゃダメ」

 そう叫んだが、飛鳥のお尻は、佐野先生の竹刀で何発も叩かれた。百名は、泣き出した。

「何で、同じ部員にいじめみたいなことするの? 恵子も志乃も同級生で、三年間クラスでも部活でも一緒に頑張る仲間でしょ? 」

「先輩。甘やかしすぎです。こいつは、先輩に臭いとか言ったんですよ」

「事実だから仕方ないでしょ」

 百名は、飛鳥に近寄ると、

「守ってあげられなくてごめんなさい。痛かったね。臭いかもしれないけど私と一緒に稽古しよう」

 百名は、その日は、飛鳥につきっきりだった。剣道も勉強も……。飛鳥は、少しずつ表情も和らぎ百名には、笑顔も見せるようになった。しかし他の部員とは、距離がある。その夜は、百名と飛鳥は、他の部員とは、別の部屋で、寝た。

 翌日も百名は、恵子の手伝いで、ピッチャーを運ぶ。飛鳥は、恵子が、いるため距離を置いてついてくる。

「先輩は、どうしてあんな子にまで、優しくするんですか? 」

「謝ってくれたよ。臭いって言ったことは……。恵子も飛鳥をそんなふうに言うな」

「だって……」

「恵子もそうだったように他人から強制されて剣道やっていた時はあんな感じだったでしょ? まあそれが、私だったからいけないんだけど……」

「私は、あんなに捻くれてなかったです」

「恵子は、今剣道はどう? 」

「先輩のおかげで、厳しい中に楽しさも感じてます」

「私のおかげではないけどそれは、良かった。飛鳥もそうなってくれたら……。だからいじめみたいなことは、絶対にしないで」

「頑張ります」

「飛鳥ちょっとここまできて」

 飛鳥は、走って追いつく。

「飛鳥より少し先輩の恵子に挨拶」

「おはようございます」

「おはよう」

「2人ともよくできました。恵子は、飛鳥と仲良くなりたいそうなのでよろしく」

「ちょっと先輩」

「今は、まだライバルって感情が、優ってるみたい。さあ着替えてから道場の掃除よ」

 部室に入ると志乃もいた。百名は、

「志乃もお願い。飛鳥と仲良くしてやって。みんな仲間でしょ? 」

「努力します。あっ。こいつまた先輩の試合用のを……」

「合宿中で、取りに帰れないから仕方ないでしょ? 」

「その辺の棚にあるのを使えばいいじゃない」

「志乃。そんなこと言わないで」

 飛鳥は、棚に置いてある道着や防具に手を伸ばす。

「飛鳥。私の使っていいから」

「ありがとうございます」

「着替え終わったらそこの雑巾を持って道場にきて」

 掃除が、終わると間もなく佐野先生が、来た。百名と飛鳥は、事前に打ち合わせていたらしく佐野先生の前に正座して飛鳥が、

「昨日は、大変申し訳ありませんでした。心を入れ替えて頑張りますので、よろしくお願いします」

 とお辞儀した。佐野先生は、飛鳥の後頭部を足で踏んづけ、

「反省してるんだったら何で、また西見のを……」

「わかりました。着替えます」

「先生それは、私が、許可しているからいいじゃないですか? また着替えるのも時間の無駄ですし……」

「木崎。お前馬鹿なキャプテンが、守ってくれるからっていい気になるなよ」

「先輩は、立派なキャプテンです」

「どこが、立派なんだよ。パフォーマンスばかりで、全然反省してないな。ケツを叩いてやる」

「先生。やめてください。お願いします」

 百名は、必死に止めようとする。

「先生。木崎さんには、やめてください。私が、代わりに受けます」

 そうなるとまた昨日と同じ展開になってしまった。百名は、抵抗し叫ぶ。

「恵子。志乃。飛鳥を叩かしたらダメ。2人とも約束してくれたでしょ? 」

「私たちは、先輩に憧れているんです。何も悪くない憧れの先輩が、叩かれるのは、見たくありません」

「じゃあ見えないところで、叩かれるから」

「そういう問題じゃありません」

 百名の抵抗虚しく飛鳥のお尻が、叩かれてしまった。ようやく解放された百名は、飛鳥の元へ行って抱きしめて、

「ごめんなさい。痛かったね。また守ってあげられなかった。みんな何でわかってくれないの? 先生もあんな状況で何で、叩くんですか? 同じ部の仲間にこんな事していいの? 」

 百名はみんなを睨みつけていた。

「先輩。私が、悪かったんです」

 飛鳥は、立ち上がり部室に向かった。百名は、追いかけようとしたが、部員に止められた。

「じゃあ練習始めるよ」

 百名の声は、元気がない。しばらくして薄汚れた道着と防具で飛鳥が、戻ってきた。そして佐野先生の前で正座して、

「先程は、申し訳ありませんでした。部室に置いてあったのと変えました。練習に参加させてください」

「お前は、やっぱりそういうのが、一番似合う。西見の指示を仰いでくれ」

 と言った。百名の近寄ると、

「私は、飛鳥の相手をするので、みんなは、続けて」

 そう言ってから飛鳥を見て、

「可哀想に。相当臭そうだね? 」

「一番臭そうなのを選びました」

「じゃあ練習始めるよ」

 その日も男子との練習以外は、百名は、飛鳥につきっきりだった。稽古中以外は、2人で、別の場所に行ってしまう。恵子は、今まで稽古も勉強も百名に見てもらい教えてもらっていたので、今やっていることが、身になっているか不安だった。恵子は、その夜志乃に今の気持ちを相談した。すると志乃も同じ気持ちだった。そして百名と飛鳥に謝って飛鳥と仲良くするように……。

 翌朝、恵子の手伝いをしてくれている百名の元に志乃も現れた。そして、

「先輩。すみませんでした。私たち飛鳥と仲良くしますので、剣道も勉強も教えてください」

「あなたたちが、謝るのは、私じゃないでしょ? あなたたちが、傷つけたのは、誰? 私が、今飛鳥につきっきりみたいになっているのは、他に誰も心を開いてくれないからだよ。あと私は、あなたたちが、何か聞いてきたら今まで通り教えてあげるよ。謝る相手が、あそこにいるよ」

 と少し離れた場所で立っている飛鳥の方を見た。そしてピッチャーを運んでいく。飛鳥は、それを見て、

「先輩。私が、運びます」

 そう言って駆け寄ってきた。

「いいから2人の話を聞いてあげて」

「いやです。昨日も先輩から2人に話してくれて少しは、マシになるかと思っていたのに……」

「ごめんなさい。私が、きちんと2人に伝わるように話さなかったかも……」

 2人が、後ろからやって来て、

「飛鳥」

 と声を掛けると飛鳥は、逃げるように先に行ってしまった。

「どう思いますか? 先輩。無視ですよ」

「何言ってるの。あなたたちが、したことで、飛鳥は、傷ついているんだよ。しかも謝罪するのに背後から声かけるなんて……」

 道場に着くと飛鳥は、着替えて掃除をしていた。百名は、

「飛鳥。早かったね。4分の1だけで、いいよ」

「先輩は、本来なら掃除は、しなくていいんじゃないですか? 3分の1やります」

「私だって道場使うから掃除ぐらいしなきゃ」

 そう言って部室に入って行った。部室では、恵子と志乃も着替えていた。

「もう飛鳥は、掃除しているよ。まず入ったら挨拶と感謝は、忘れちゃダメよ。そして謝罪。わかった」

 百名が、道場に入ると険悪な雰囲気。

「ちょっと。何があったの? 」

「こいつが、いきなり説教なんてするから」

「恵子。落ち着きなさい。飛鳥。何があったの? 」

「恵子は、毎日先輩にピッチャー持たせた上掃除も先輩を入れた人数分しかやってないから……」

「飛鳥。私もお茶飲むし道場使うからいいじゃない? 」

「いいえ。3人も一年生が、いるんだから……。先輩の優しさに甘え過ぎだと言ったところです」

「だったら一番後から入った飛鳥が、もっと頑張ればいいんじゃない? 」

「ちょっと。あんたたちもうやめて。私が、怠け過ぎてた」

 そこへ佐野先生と他の部員が、入ってきた。

「どうしたんだ。まさかまだ掃除が、終わってないのか? 」

 百名が、掃除をしながら、

「すみませんでした。私の指導が、悪かったんです」

「また木崎が、怠けたんだろう」

 百名は、掃除を続けながら、

「木崎さんは、もう終わっていました。私が、怠けてしまいました」

「だったらどうしてこんなことになるんだ」

「木崎さんに邪魔されました」

「恵子。違うでしょ。私が、邪魔したでしょ」

「よくわからん。自分が、悪いと思う者。こっちへ来い」

「私です。もうすぐ掃除が、終わりますので待ってください」

「じゃあ木崎。西見の前に叩いてやる」

 佐野先生は、飛鳥を引っ張る。

「先生。やめてください。恵子、志乃止めて」

 百名は、掃除を終え飛鳥の元へ走ったが、間に合わず飛鳥は、2発ほど叩かれた。

「先生。悪いのは、私だと言ったじゃないですか。お願いします」

 百名は、お尻を突き出す。百名のお尻が、叩かれ始めると飛鳥が、

「先生。西見先輩は、何も悪くありません。やめてください」

「ほう。唯一お前を助けてくれる西見を叩くといけないか? もうどっちでもいい」

 また佐野先生が、飛鳥のお尻に標的を変えたのを察して百名が、先生から竹刀を取り上げる。

「先生。悪いのは、私です。木崎さんは、何も悪くありません。もう稽古始めましょう」

 百名は、飛鳥を起こして、

「ごめんなさい。いつも助けてあげられないダメな先輩ね。稽古しよ」

「よろしくお願いします。先輩いつも助けていただいてありがとうございます」

「助けようとするけどいつも失敗するね」

 この日以来百名は、3人の関係修復をしなくなった。朝のお茶入れや掃除もそれまでより早く起きてやるようになった。部員全員が、集まる頃には、飛鳥と一緒に稽古をしていた。恵子と志乃は、自分たちが、百名から見捨てられ避けられているように感じていた。

 ゴールデンウィーク最終日は、全員での合宿の最終日でもあった。これからは、試合も多くなるためこの日の午後は、部内の試合をするとのことだった。百名の強さはずば抜けているので、仕方ないが、他の部員には、飛鳥の存在が、不気味だった。この合宿中他の部員と打ち合うこともなく百名が、つきっきりで、教えていたからだ。最初は、本気で打ち合ってもボコボコにされていたが、最近は、百名を相手にしても全く臆することなくすごく気迫のこもった稽古をしていた。部内大会は、全員総当たりのリーグで、佐野先生が、審判。いきなり百名と飛鳥の対戦。もちろん百名が、勝ったが、飛鳥も一本取ったかと思えるような惜しい場面もあった。試合後2人は、並んで座り百名が、飛鳥に握手を求めた。そして百名は、よくやったというように飛鳥の背中を軽くポンポン叩いてから抱きしめた。

 優勝候補筆頭の百名は、入部経験の浅い方からの対戦。その後は、余裕で、全勝した。

 そして入部経験の長い方からの対戦となった飛鳥は、2戦目以降は、普段百名に鍛え上げられた成果か思い切りよく技を使って勝ち続けた。4勝1敗。見事に2位になった。

 百名は、再び飛鳥を抱きしめ、

「飛鳥。すごい。よくやった。頑張った」

 と褒めちぎった。そして、

「みんなは、いじめていた飛鳥に負けたんだよ。お茶も準備させて道場の掃除もさせて。もういじめたりできないよね? くだらないことしてないで、お互い切磋琢磨して頑張ろうよ。今までのことは、水に流して……。先生。飛鳥。そしてみんな。それでいいよね? 」

「木崎。よくやった。そして西見。よくこの短期間で、お荷物部員かと思っていた木崎を育てた」

「私は、育てたりはしていません。ただ木崎さんは、恐れず思い切りよく打ち込むなと思ったので、それを少し伸ばしただけです」

「先輩と飛鳥。今まで本当にごめんなさい。明日から一緒に稽古させてください」


 全員での合宿は、終わっても百名と恵子の合宿は、終わってない。

「先輩。本当に申し訳ありませんでした」

「明日からは、本当に飛鳥のことよろしくね」

「わかりました。ところで先輩は、私も飛鳥のように強くできますか? 」

「言ったように飛鳥は、私と本気で、打ち合っても怖い者なしみたいにどんどん攻めてくる。恵子が、そこまでできるかどうか。できないなら違ったタイプを目指せばいい」

「私にも本気の打ち合いをさせてください」

「いいよ」

 久しぶりに百名との時間が、増えて剣道も勉強も教えてもらえる。恵子は、幸せを感じていた。やっぱり百名は、自分の側にいて欲しい。そして少しでも百名に近づきたい。

 翌朝恵子は、百名にいつもより早く起こされた。

「ごめん。いつもより早くなったけど多分飛鳥は、変わらずこの時間から活動すると思う」

 お茶の準備をやっていると予想通り飛鳥が、来た。

「おはよう。合宿も終わったしそんなに早くから活動しなくていいのに」

「おはようございます。先輩も早いじゃないですか」

「おはよう。飛鳥。今日から私を鍛えてください。よろしくお願いします」

「何で、私が、恵子を鍛えなくちゃいけないの? 恵子には、先輩が、いるじゃない」

「だって私昨日完敗したし……」

「たまたまだよ。先輩と打ち合っていたら何も怖くなくなっただけ。先輩怖いよ。力も強いし速いし……。本当に殺されるって思った」

「何言っているのよ。私はそんなに強くないよ」

「でも私剣道嫌いだったけど先輩とやって好きになった。面白い」

「それはよかった。嫌いなままだと苦痛だからね」

 部室に入って着替える。

「飛鳥。自分の道着や防具は? 」

「私これでいい。匂いも先輩と同じだと思うと耐えられる。むしろ嬉しい」

「失礼ね。私そんなに臭い? 」

「いいえ。大好きな先輩の匂いです」

 部室を出た時志乃がきた。

「おはようございます。いつもより早くきたのにみんなもう来てたんだ。飛鳥。昨日までは、ごめんなさい。今日から改めてよろしくお願いします」

「おはよう。ようやく一年生が、まとまってくれたね? 」

「はい。先輩のおかげです。迷惑かけてすみませんでした」

 道場の掃除をして全員が、来るまでに百名が、

「少し打ってみよう。まず恵子。2人は、見てて」

 百名は、状況を説明してその通り恵子が、打つ。

「何か気になったところがなかった? 」

 志乃や飛鳥が、あれこれ言う。

「そうね。昨日の試合で、気になった。今日からの練習では、意識して。それとあそこは、良かったよ」

 次は、志乃。そして飛鳥。恵子と志乃は、自分らの試合もきちんと見てくれていたのが、嬉しかった。そして先生と他の部員も入ってきた。

「ようやく通常通りの練習をするんだな」

「はい。よろしくお願いします」

「おや。木崎は、その道着や防具が、気に入ったか? 似合うからな」

「はい。今まで、わがまま言ってすみませんでした」

「よし。じゃあ練習始めろ」

 この日の居残り練習。恵子は、百名に本気の打ち合いを挑んだ。やられっぱなし。打ち込もうとするとあっさり返される。

「恵子。本気で来い。何やってる」

 そんなこと言われても隙はないし……。

「休憩しよう」

 あれ。私の不甲斐なさに先輩を怒らせた? 恐る恐る面を取る。

「恵子」

 そう言ってお茶を差し出した。

「もう少し足を動かせ。隙がなくてじっとしてても状況は、変わらない。それを打破するためにとにかく一か八かで、飛鳥は、打ち込もうとする。そのため何回も私の突きが、当たっても……。どうするのが、自分に合ってるか考えてみて」

「ありがとうございます。やっぱり先輩の指導は、いいな」

「お尻が、元気なら先生に指導受けるともっとわかりやすいよ」

「西見。余計なこと言わなくてもいい」

「じゃあ始めよう」

 いろいろ試す。まずは、動いてみる。次は、竹刀を払ってみる。そして一か八か打ち込む。当たる寸前で百名の竹刀が、恵子の突きを捉える。

「うっ」

「恵子。諦めるな。ここからでも飛鳥は、打ち込んでくるよ」

「うえっ」

 また同じように突きを食らう。

「まだまだ。恵子の根性は、そんなもの? 」

 何回か同じ事を繰り返していると綺麗に当たった。

「よし。いいのが当たったから居残り練習終了」

「本当に当たったわけじゃなかったんですね? 」

「当たったよ」

「嘘です。先輩に私が、あんなに綺麗に一本取れるわけないじゃないですか」

「一本。恵子の勝ち。勉強の時間だよ」

 恵子は、不服そうに勉強を始める。恵子の手が止まると、

「どうしたの? 」

「これが……」

 百名は、わかりやすく教えてくれる。2人の合宿は、最高。


 中間テストが終わり恵子もある程度の順位だったので第一関門突破。百名と恵子の合宿も終わりになった。百名はまた1位だったらしい。志乃は、5位。飛鳥は、恵子より3位悪かった。

「一年生の3人。まずは、中間テストの結果も良かったようで、おめでとう。いよいよインターハイに向けた大会が、始まるので、頑張ろう。私は、団体戦で、出場したいので、そのためには、一年生のレベルアップを期待してるよ」

「一年生。お前らが、大好きな西見が、期待してるぞ。死ぬ気でやれ。気合いが、足りなかったらいつでも叩いてやるぞ」

 恵子は、入学式の日以来の自宅へ帰るがあまり嬉しくなかった。

「明日から家から歩いて朝練に間に合うように行くんですよね? 不安です。時間もさらに早くなったし……」

「私が、迎えに行くから……」

「寝坊したりすると先輩にも迷惑かけるじゃないですか」

「一緒に叩かれよう」

「そんなの嫌です」

 翌朝百名が、迎えに行くと恵子は、いつでも出かけられる状態だった。

「ちゃんと起きれたね」

「何とか……です」

「早く慣れるようにしてね。私が、一緒に登校できるのもインターハイ予選までかもしれないからね」

「先輩ならインターハイ行けますよ」

「そんなのわからないよ。3人が、団体戦で、連れて行ってくれたらいいけど……」

「その可能性よりは、先輩が、個人戦で、行く方が、現実的です」

「恵子は、諦めてるんだ」

「そんなことはないですが、私は、レギュラーになれるかどうかだし……」

「頑張れ。みんなが、レギュラー争いすれば全体のレベルアップになるし。私が、補欠になるかもしれないし……」

「いくら何でも先輩が、補欠になることはないと思います」

「恵子ね。私と初めて本気でやった時のこと憶えてる? 」

「はい。ボコボコにされました」

「そうじゃなくて隙を作るためにいろいろ試したでしょ? 足を使いなさい。それが一番合ってる。駆け引きしながら動くの。前後左右」

「はい。頑張ってみます。ところで先輩は、何になろうとしておられます? 」

「というと職業? 」

「はい」

「一応医師を目指してる」

「さすがですね。先輩なら目指したものになれるからいいですね」

「そんなことないよ。まだまだ頑張らないと……」


 インターハイまでの小さな大会では、百名たちの学校は、優秀な成績を残していた。団体戦では、三年生は、確実に勝ちを収め交代で入る一年生が、誰が出ても予想以上に活躍した。個人戦では、百名は、全部の大会で優勝した。さらに他の部員もほとんどチームメートと当たるまでは、負けなかった。百名は、一年生の活躍を毎回喜んだ。

「私もうかうかしていられないね」

「いつも余裕で勝たれるじゃないですか」

「私も必死よ。だから前から言ってたじゃない。一年生の3人は、みんな素直ないい子ばかりだから力を合わせれば強くなるって……」

 佐野先生が、集合をかけた。部員全員が、横一列になって正座する。

「いよいよ次は、インターハイの一次予選だ。お前らが、実力以上の結果で浮かれているので明日から合宿させてやる。それと毎日交代で気合いを注入してやる。明日は、西見だ」

「ありがとうございました」

 百名と恵子は、今日も一緒に帰宅する。

「いよいよ私は、次の試合で最後になるのかな」

「先輩が、こんな大会で負けるわけないじゃないですか」

「わからないよ。チームメートと当たるとそろそろ負けるって覚悟してる」

「私以外ですね? 」

「恵子との時も同じだよ。みんな強くなった」

「先輩のおかげですよ。先輩が、いなかったら私たちの学年は、崩壊していたしそもそも成績が、悪くて退部になってたかもしれない」

「そっちはこれからも安心できないからね。私も他人のこと言えないけど……」

「先輩は、そっちは、全く問題ないじゃないですか。1位なんてどうやったらなれるんですか? 」

「わからない。特別なことはしてないけどね。気合い注入が、いいのかな? 」

「先生嬉しそうでしたね。毎日交代で、気合いを注入してやるって……。またお尻痛くなる」

 翌朝。合宿が、始まる。先生は、朝から嬉しそうだった。来て百名の顔を見て、

「西見。いつがいい? 」

「私は、いつでもいいです」

「じゃあ早い方が、いいか。今からにするか」

「その前にお願いが……」

「またなんだかんだ理由つけて逃げるのか? 」

「私は、叩いてください。ただ他の人の日は、一年生に本気の稽古をしてやる日に変えてもらえませんか? 」

「まだ私は、一年生なんかに負けるわけないだろ」

「そうです。だからやってもらえませんか? ボコボコにしてもいいんです。ただ防具が、ないところへ打ったら私は、黙ってませんが……」

「よし。いいだろう。じゃあケツを出せ」

 百名は、素直に叩かれた。

「先輩。大丈夫ですか? 」

「大丈夫だよ。それより一年生。先生は、本当に強いからね。いい勉強になるよ。じゃあ稽古始めよう」

 今日から百名は、今までと違って怖い表情に変わった気がした。

 放課後の練習前に百名は、一年生の3人に言った。

「この後の居残り練習で、3人は、先生と稽古してもらうから。今からの練習も絶対に集中してね。そうじゃないと怪我するよ。じゃあ稽古始めよう」

 3人は、緊張した表情に変わった。どういうことなのかわからないが、百名と本気で打ち合いをするのを見たことはある。たしかに強いがそれ以上に百名の方が、強かった。ただみんなが、百名と本気で戦っても怪我するような場面はなくいつのまにか決められるみたいな巧さだった。

 そして居残り練習になった。百名は、改めて、

「大事な時期だから怪我だけは、気をつけて。中途半端なことは、絶対にしないように。誰から行く? 」

 誰も行こうとしない。

「恵子。行ってこい。普段通り動き回れば大丈夫」

 気は、進まなかったが、恵子が、立ち上がる。

「先生。準備はいいですか? 」

「いつでもいいぞ。なんだ最初は、上原か? 弱い順か? 」

「そんなことないです。脅しみたいなことはやめてください」

 そしていよいよ始まる。構えたところ隙がない。でもこれは、百名と変わらない。まずは、動いてみる。牽制しようと前に少し動いたところ先生が、打ちに来る。しっかり受けたつもりだったが、面を決められた。

「恵子。今取られたよ。中途半端にするな」

 なるほど。男子に打たれた時と同じくらいの力だ。しっかり受けないと意味がないのか……。考えているとどんどん打ち込まれる。今度はしっかり受けたが、どうやって技を出したらいいの?

「恵子。守ってばかりじゃダメ。もっと足を使って打ち込め」

 百名の声が、聞こえる。わかってる。でもどうすれば……。足を使って一か八か打ってみる。受け止められぶつかっていくが、押せない。逆に押し返され後ろによろよろしながら下げられる。そこに先生から重い打ち込みが、何度も防具に当たる。思わず防御しようとするとバランスを崩して倒れてしまった。それからも先生は、容赦なく面や小手を打つ。

「先生。もうやめてください」

 百名が、必死で止めに入る。

「防具がないところは、叩いてないぞ」

「わかってます。今、怪我でもされたら困るんです」

「こんな弱い奴は、怪我しても何の影響もない」

「そんなことないです。恵子。早く立って」

 礼をして恵子の番は、終了した。

「先生。少し時間空けますか? 」

「馬鹿にするな。あんな手答えない奴とやっても全然疲れない」

「じゃあ次は、志乃」

 志乃は、竹刀を払って打ち込もうとするがびくともしない。逆に打ち込まれるが、恵子のを見ていたからだろう。しっかり受けた。しかしそこから攻めることはできない。

「志乃。工夫して払って打ち込め」

 いろいろ試すが、やはりびくともしない。思わず大きく払いに行ってしまい交わされた。そこに先生から打ち込みラッシュが……。バランスを崩して倒された。そしてその後も叩かれる。百名が、必死で止める。

「西見。続けていいぞ」

 最後になった飛鳥はいつも通り思い切って打ち込んでいくが、強烈な突きを浴びバランスを崩して倒された。

「西見。3人とも試合でそこそこの成績だったので使えるかと思ったが、まぐれだったみたいだな。気合い注入が、必要じゃないか? 」

「まだ先生のように力で、攻める相手に当たったことがないからです。だからお願いしたんです。まだ体力があるなら私ともやってもらえませんか? 」

「それなら少し休ませろ」

 百名は、3人を集めた。

「どうだった? 」

「すごいパワー」

「そうだね。さっき言ったけど今までに試合で当たったことないタイプでしょ? でも必ずいつか信じられないくらい力が、強い人と当たる。私は、この後3人のタイプに合った対処方法だったり2人を組み合わせたタイプとか出していくから参考にして。もしかしたら失敗してボコボコになるかも……」

「西見。いいぞ」

「はい。よろしくお願いします」

 百名は、言っていた通りこれは、誰のためにというのをわかりやすく実践していた。途中、

「きゃーー。失敗」

 とか言ってバランスを崩しそうになるが、倒れることはなく打ち込まれるのを防いだり逆に切り返して打ち込んだ。3人には、とても勉強になった。何分か続いたところで、佐野先生が、

「そろそろやめるか」

「そうですね」

 そして3人に、

「少しは、ヒントになった? 途中で、何回か失敗もしちゃったけど……」

「自分が、すぐに実践できるかはわかりませんが、勉強になりました」

 翌日からは、3人も徐々に攻めることができるようになった。

 大会前日の昼休みに佐野先生は、百名を呼び出した。

「おい西見。一年生のうち誰を団体で使ったらいいんだ? レベルが、低過ぎてわからん」

「レベルはそんなに低くはないと思いますが……。でも成長は、認めてください。先生も気づいておられますよね? 思い切って3人とも使ってみませんか? 」

「誰を外すんだ? 」

「とりあえず団体は、2次予選に出場できますので、試合によってメンバーを変えてみてもいいかなと思います。わかっている相手ならそのタイプに合わせてとか……」

「なるほどな。お前は、一年生の中で誰が、一番上手だと思っているんだ? 」

「それ聞きますか? みんな私について来てくれたかわいい後輩たちですよ。タイプは、違うけど同じくらいのレベルに育て上げたつもりですが……。先生は、どう思いますか? 」

「木崎は、校内大会が、よかったのでいけるかと思ったら私とやると話にならない」

「うちの学校には、私を含めてあまり隙がないところでも打ってみるなんてことしないからみんなが、不意を突かれたって感じでやられたけど先生には、通用しないですね」

「調子に乗ればって感じだな」

「はい。全て先生にお任せします。みんなそう簡単には、負けないと思います」

 放課後の練習では、佐野先生がみんなを集めた。

「今日まで団体戦をどういうメンバーで出るかレベルが、低過ぎて迷っている。ということでみんなの中ではほんの少しだけレベルが、上の西見は、決定でいいか? 」

 みんなが、声を揃えて、

「はい」

「西見は、決定だ。という事で居残り練習では、みんなに西見と試合をしてもらう。西見。手を抜いたりすればお前でも外すからな。本当の試合だと思ってやれ。それと例え今日の結果が、悪くても2試合目に出すかもしれない。メンバーは、固定しない。6人で少しでも上を目指してみろ」


 居残り練習の時間。百名以外は、ジャンケンで順番を決める。勝ったのは、志乃。

「私は、一番がいい」

 と嬉しそうに言う。佐野先生は、

「西見。お前も舐められたな。体力があるうちでも倒せるみたいだぞ」

「そんな自信はないですが、自分を試してみたいです」

 そのあともみんなが、勝った順番に当たるようになった。百名は、本当モードでいつもの優しい雰囲気は、全くなくむしろ佐野先生より怖いくらいだ。志乃は、少し怯んだ。しかしやるしかない。いつも通りまずは、竹刀を払ってみる。あれ。佐野先生と違って動く。よし今だ。打ち込もうとしたが、返され一本取られてしまった。やはり上手い。どうしよう。普通にやってもダメだ。恵子のように動いてから払う。そして打ち込む。また返され一本。しまった。これで補欠決定だな。そう思っていたが、超本気モードの百名には、全員あっさりやられてしまった。

「なんだ。誰一人善戦もできないじゃないか? 西見如きに……。気合い注入してやろうか? 」

「先生。結果的に勝てましたが、私も誰とやっても負けてもおかしくありませんでした。大丈夫です。誰が出ても必ず結果を出してくれます」

「結局これでは、団体のメンバーを決められないんだよ」

「じゃあ今日のジャンケンの順番とか……。志乃が、勝って一番を選んだ。その心意気を信じてみてはどうでしょうか? 」


 大会当日。今日は、個人戦だ。トーナメント表を見てみんなが、一喜一憂。恵子は、勝ち上がれば一番最初に百名と当たる。

「最悪。私が、一番最初に負けるのか」

「私ばかり見てると足下掬われるよ。それに私だってそこまで勝ち上がれるかわからないし……」

「そんなことあり得ません」

「油断大敵。いかに平常心で戦うかよ」

 みんなが、順当に勝ち上がりチームメートでの争いになった。百名は、準々決勝で恵子を破り準決勝は、飛鳥をそして決勝で志乃に勝って見事に優勝した。驚くのは、飛鳥は、二年生の蘭子に志乃は、三年生の百合に勝ったことだった。百名は、自分の事以上に一年生の活躍を喜んだ。そして翌日の団体戦でも一年生の活躍で見事に優勝した。百名は、

「先生。みんな頑張ったので何か奢ってください」

「そんなことしている暇はない。まだ一次予選だ。浮かれてないで、帰って練習だ」

 少し撫然とした百名だったが、学校に帰ると先に帰っていた男子部員が、肉を焼いていた。みんなが、「おめでとう」とか祝福の声を掛けてきた。百名が、

「いいな。男子部員は、バーベキューなんだ」

 というと荒久先生が、

「これは、女子部員のために佐野先生が、買って焼いておいてほしいと言われたので君たちのだよ」

「ありがとうございます。早速いただきます。あっ。佐野先生は? 」

「もうすぐ来られると思う。先に食べていいと言っておられたので、早く食べなさい」

 女子部員は、全員、

「いただきます」

 と言って食べ始めた。「おいしいね」とか言いながら貪っていると佐野先生が、

「奢ってやったぞ。二次予選も頑張れよ」

「ありがとうございます。おいしいです」

 百名がいうと百合と蘭子が、先生のところへ行き、

「先生。今まで、すみませんでした」

 佐野先生は、百名と百合が、入学する前年に赴任したが、その厳しさについていけず体罰反対派の当時のキャプテンと強くなるためにはある程度の体罰も仕方ないという先生派に分かれてしまったのだ。百名は、体罰には、反対だが、全国大会にも出場経験のある佐野先生に教えてもらうのを楽しみに入部したどちらかと言えば先生派だった。しかし百合は、キャプテン派だったため佐野先生や百名とは、見えない壁があった。蘭子は、百合の熱烈な誘いで、旧キャプテン派になった。百名は、流れ的には、キャプテンになれるわけなかったが、さすがに全国大会に出場したということで外せなかった。百名は、必死で、中立の立場を守ろうとしたが、2人は、先生との距離を縮めようとはしなかった。そのことをこのような大会の結果を踏まえて謝罪したのだ。

「私は、西見と同じでこの辺りでは有名な厳しい道場に通っていた。だからこういう指導のやり方しかわからないんだ。でもお前らは、幸せだぞ。西見は、そんな指導しか受けてないはずなのに根気よく優しく教えることができる。全国の女子高生でも屈指の剣士だぞ。西見のいうことは、信用してやってくれ」

「やった。先生に初めて褒められた。一年生の活躍のおかげだ」

「私たちが、こんなに勝てたのは、先輩のおかげです」

「みんなが、頑張って練習したからだよ。私は、今まで他人に教えたことなんてなかったのに……。よく私なんかについてきてくれた」

「先輩は、私たちの憧れの人なんですよ。ついていきますよ」

「それなら私は、個人戦なんてどうでもいい。団体戦で、全国大会に行きたい。みんなで、頑張ろう」

「先輩は、個人戦も頑張ってください。順当に行けば全国制覇も夢じゃないのに……」

「どうして私が、全国制覇するのが、順当なのよ? そんなに連勝できるわけないでしょ? 」

「だって去年ベスト8に残った人で、二年生は、先輩だけだったから……」

「去年は、たまたま運が、良かっただけだよ」

「運が、良いだけで、全国のベスト8になれますか? 出れるだけでもすごいのに……」

「出てみたかったから出たことある先生に教わりたくてこの学校の剣道部に入部した。そうしたら一年生の時に初めて出て去年は、運良く勝てたってだけだよ」

「だから先輩は、誰でもそうなるように言われますが、全国大会に出たいってだけで出れる人は、いないですよ」

「さてお前ら。食ったら帰れると思ったら大間違いだ。そろそろ稽古しろ」

「わかりました。みんなやるよ」


 この日からは、6人の練習が、活気あるものに変わった。それまでの百合と蘭子は、百名と打ち合うことは、ほとんどなかったが、百名にかかっていくだけでなくアドバイスを求めるようになった。また部員全員が、自分で、納得いく練習が、できていないと感じた時は、佐野先生に気合いを入れてもらうようになったが、先生も以前と違い2、3発お尻を叩いて「頑張れよ」という程度に変わった。さらに居残り練習は、誰も強制されたわけでもないのに全員が、残って佐野先生と百名にかかっていった。さすがに毎日全員を相手にするのは、佐野先生も百名もきついため1日に交代で3人までにした。5人のうちその日に佐野先生と百名両方にかかっていける1人は、ラッキーデーと言われるようになった。

 そして再び合宿になった。朝練からなぜかみんな嬉しそう。百名は、

「みんな今まで以上に張り切っているけど私だけにかかってくるなんて言い出さないでね。そんなのを毎日やっていたら私は、試合までに倒れてしまう」

「先輩は、タフだから大丈夫ですよ。そのあと先生とやっても余裕ですよね? 」

「そんなわけないでしょ。最近だとみんなが、強くなったから3人を相手するだけでもきついのに。私だけの合宿じゃないからそんなに鍛えてくれなくていいから」

 しかし百名の恐れていたことになってしまった。佐野先生は、

「この合宿では、西見に勝て。毎日全員が、かかっていけ」

「先生。それは、勘弁してもらえませんか? 私の体力が、持ちません」

「お前の目標の団体戦でのインターハイ出場のためには、西見は、どんなに疲れようが、負けてもらったら困る。そのためにも必要な練習だ」

「わからなくはないですが……」

「やかましい。私が、稽古後に話すことには、否定するな。不足ならそのあと私が、相手してやる」

「ありがとうございました」

 いつもより元気なく百名の声が、聞こえた。

 放課後の練習後の居残り練習。今日は、飛鳥からのようだ。百名は、飛鳥の先制攻撃を予想していたが、以前と違い最初から仕掛けることは、滅多にしなくなった。それならと百名はある程度その積極性も忘れるなという意味を込め先制攻撃に行ってみる。飛鳥は、不意をつかれて一本取られてしまった。二本目。今度は、先制攻撃されないように警戒している。百名は、今度は、行くと見せかけて行かなかった。そして飛鳥が、攻撃に来た瞬間返し技を決める。百名の集中力は、見事だった。他の4人もあっという間に倒してしまった。佐野先生は、

「今日は、私ともやらないといけないな。他の5人は、今日の反省を踏まえて練習しとけ」

「先生。お願いします。ほんの少し休憩させてください」

「あんなにすぐ片付けておきながら休憩させろだと」

「すみません。時間じゃないです。みんなタイプが、違うので神経使うんです。お願いします」

「じゃあお茶を一杯だけだぞ」

「ありがとうございます」

 お茶を一気に飲み干し、

「じゃあ先生。よろしくお願いします」

「ちょっと待て。お前は、気合い注入してやる」

「はい。よろしくお願いします」

 百名は、素直にお尻を突き出す。

「この程度で、バテやがって」

 そう言って百名のお尻に3回竹刀で、打ち込む。それからの稽古。佐野先生は、今日の百名には、やられる気は、全くしなかった。表情もいつもの引き締まった感じではなく鋭い目つきも影を潜めていた。立ち上がりから攻めて行く。しかし百名は、反射的に返し技を決めてくる。しかし接近して力で、押せば簡単に倒せるような気がした。なんとか接近戦になり押そうとするとやはり簡単に押せたが、百名は、後ろに下がりながらも見事な引き技を決めた。佐野先生は、確信した。高校生で百名に勝てるやつはいない。どんなに疲れて集中力が、なくなっても頭と体が、勝手に剣道で勝てるように技が、出てくるんだ。こんなすごいやつが、世の中にはいるんだということを知らされた。

「もういい。お前が、疲れ切って技にキレがないからまともに相手する気にならない」

「すみません。ちゃんとやりますから相手してください」

「今日は、終わりだ。いくら疲れても勉強も怠けるなよ」

 翌日の居残り練習の前に百名は、

「先生。お願いします。私は、今のチームメートとやるのが、時間の問題じゃなく一番疲れます。間に休憩を入れてください」

「お前は、スタミナが、ないのか……。ダメだなあ」

「はい。インターハイまでには、少しは、克服しますので、お願いします」

「まあいいだろう。みんなも西見のスタミナ不足を補うために今日は、勝てないと思ったらとにかく粘れ。そのために守り一辺倒になるのは、許す」

「ありがとうございます。みんなも協力してくれるなら本当にありがとう」

 休憩を入れた百名は、最強だった。今日は、恵子からだったが、粘れと言われても全く歯が、立たない。とにかく百名が、打ってくるのをきっちり守ったつもりでもフェイントを使って決められた。他のチームメートも同じだった。さらに先生とやる時も昨日とは、全く違ってキレのいい技を次々決めた。それを見ていると百名は、一段と強くなったのは、誰の目から見ても明らかだった。さらに弱点克服と言って勉強の合間には、走ってくると言って出かけて行った。

 翌日から徐々に居残り練習での休憩の回数も減らされたが、バテるようなことはなくなった。こうなるとチームメートには、百名に勝つなんて夢のような話だった。百名が、走っている間にみんなで、作戦を立てようとするが、手がかりすらない。こうなると先生に聞くしかない。

 翌日の昼休み。百名以外で、佐野先生の元を訪ねて、

「先生。百名に勝つにはどうしたらいいですか? 」

「お前らがぞろぞろ押しかけてきて何を言うかと思えば……。はっきり言ってまず無理だ。私もこの合宿に入ってから西見から全く一本取れてない。あのヘロヘロだった時も含めてだぞ。あの時に思った。こいつは、最強だ。インターハイで、優勝するって」

「それでも毎日5人でかかっていってもあっさり負けてしまいます。せめて負けるにしても一本取るとか粘って善戦するとか……。やっぱり私たちは、一次予選はまぐれだったと思えてしまいます」

「お前らは、間違いなく強くなった。でも西見は、強くなったお前らとやることで、さらに強くなった。でもそのなんとかしようと思う気持ちを忘れるな。そう思ってかかっていけば確実に強くなる。調子には、乗るなよ。それだけだ」

「私たちが、敵う相手じゃないんですね? 」

「そうだな。西見は、センスがあるとは、思っていたがあそこまでとは……。西見にもこんなこと絶対に言うなよ。調子に乗るから」

「百名に限ってそんなことは、ないと思いますが……」


 二次予選当日。やはり先生が、言った通り昨日まで百名から一本どころか善戦もできなかった。佐野先生は、出発前に気を引き締めるため、

「今日は、個人戦だが、期待はしてない。西見は、レベルが、低い奴らに全勝して調子に乗っているし他のやつはすっかり負け癖がついてしまった。今日は、私は、行くのやめようか? 恥かかされそうだし……」

「私は、調子に乗って結果が、出せないかもしれませんがみんなは、必ず結果を出してくれるはずですので一緒に来てください」

「本当だろうな。もしそうならなかったら覚悟しておけ」

 会場についてトーナメント表を見る。さすがに今日は、百名が、どこに入っていても誰も気にしてない。

「みんな緊張してるね? 大丈夫だよ。いつも通りやれば」

「さすがに先輩は、余裕そうですね? 」

「そんなことないよ。緊張で心臓バクバク」

「全然そんな感じじゃないです」

 大会役員が、百名を見つけて近づいてきた。優勝旗返還について話している。百名が、

「はい。わかりました。よろしくお願いします」

 と言うと大会役員は、急いでどこかヘ行った。佐野先生が、

「また西見が、調子に乗る要素が、増えた」

「そうですよね。私にこんなことさせなくてもいいのに……」

「去年の優勝者だから仕方ないじゃないですか? 」

「こんなの持って出たらみんながあいつを倒せってなるでしょ? しかもうちより強豪校もいっぱいあるのに……」」

 百名は、慣れているせいか優勝旗返還を難なくやった。そして試合が、始まり百名だけでなくチームの全員が、勝ち上がった。百名は、

「みんな強いね。ここからチームメートによる私包囲網だね」

「先輩だけ余裕の勝ち上がりじゃないですか? 」

「そんなことないよ。さすがにインターハイへの道のりは、険しい」

 とか言って準々決勝で蘭子。準決勝で恵子。決勝で百合を降して優勝した。試合後のうちの部恒例の佐野先生に試合結果の報告をするために百名と百合が、佐野先生の前で正座すると新聞などマスコミに囲まれた。百名は、

「マスコミの皆様。先生にまだ報告していませんのでお待ちください。佐野先生のおかげで優勝させて頂きました。ありがとうございました」

 百合が、続けて、

「決勝で百名に負けてしまいましたが、インターハイでも2人で切磋琢磨して少しでもいい成績を残したいと思います。これからもよろしくお願いします」

 言い終わるとまだ先生の言葉を聞く前にインタビューが、始まってしまった。まず百名から、

「西見さん優勝おめでとうございます。一言今の気持ちをお聞かせください」

「私は、団体戦でインターハイに行くことを目標にしていますので、今は、個人戦の結果について浮かれている場合じゃありません」

「団体戦も今日の個人戦の結果を見れば上位独占ということで期待できるんじゃないですか? 」

「周りは、強豪校ばかりですしうちのような6人しかいない弱小校で一年生に頼るしかない学校が、簡単に勝てるわけありません」

 次は、佐野先生に振られる。

「西見を含めて今日は、全員まぐれで勝ちました。明日は、奇跡でも起きない限り勝てません。西見を始め部員が、浮かれるので今日はもう勘弁していただけませんか? 」

「そんなに西見さんが、浮かれているようには、見えませんが……」

「私の前だからそんなふりをしているんです。と言うことで失礼します」

「失礼します」

 佐野先生に続いてみんなが、会場を後にした。

 学校に帰るとまた軽く稽古をした。そのあと佐野先生は、

「今日の個人戦は、明日の団体戦のための練習試合だった。明日結果を残せなかったら個人戦のことしか考えないダメなやつだと言うことで罰を与えてやろう。それと期末テストも待ってるから勉強も必ずやれ」

「ありがとうございました」

 翌朝の出発前に佐野先生は、

「お前らの目標は、何だ? 西見」

「団体戦でインターハイに行くことです」

「他の部員も同じか? 」

「はい」

「じゃあ全員でやってこい」

「ありがとうございました」

 みんなで会場へ向かう。昨日よりみんな口数が、少なく緊張している。百名は、

「みんなリラックスして。最悪私と百合は、個人戦がある。他のみんなは、来年もあるんだから」

「先輩が、いなくなる来年はそんなチャンスほとんどないです」

「みんなが、目標を高く持っていれば大丈夫」

「いいえ。先輩がいる今年です」

「ありがとう。頑張ろう」

 準々決勝までは、危なげなく勝ち上がった。しかしこれからは、強豪校ばかり残っている。体格も同じ高校生かと思うほど違う。準決勝を前に百名は、

「先生とやったときを思い出して。多分パワーを使って強引に攻めてくるから……」

 と言って先鋒の飛鳥を送り出す。相手はやはり百名の言った通り強引に力で攻めてくる。しかし飛鳥は、佐野先生との稽古の甲斐あって動いて相手の力を使わせない。粘っていたが、間も無く時間というときに捕まってしまった。押されてバランスを崩して倒される寸前に相手の技を食らってしまった。そのまま時間切れになった。飛鳥は、泣いていた。そして百名に、

「先輩。すみませんでした」

「よくやったよ。私より先に先生のところへ行って」

 続いて恵子。飛鳥の相手よりは、少しだけ小さく力も弱そう。しかし動きはいいようだ。百名は、

「恵子。動き負けるな」

 その声が、届いたのか動き回って相手を翻弄して勝った。そのあと蘭子が、敗れ後がなくなったが、百合が、勝利を収めて大将同士の決戦。百名は、落ち着いて相手からあっさり勝って決勝に進出した。百名は、

「冷や汗かいたね? 」

 と言っていたがそんな感じには、見えなかった。

 決勝戦。準決勝と同じで体格がいい。しかも先程の相手よりさらに……。佐野先生は、飛鳥を外して先鋒に恵子。蘭子を次鋒にして志乃を中堅に入れた。そして始まった。

「恵子。さっきと同じだよ。動き回って打ち込め」

 恵子も頭ではわかっていたが、先程の試合の疲れからか足の動きが、悪い。相手に接近され押されるとそのまま後ろに飛ばされ倒される。待てがかかる前に一本取られた。さらにもう一本も同じ展開で取られた。恵子も泣いていた。

「先輩」

 そのあとも何か言っていたがよく聞き取れなかった。

「先に先生に報告して」

 続いて蘭子。粘って粘って相手からの決定打を許さずしかも力技を封じて引き分けに持ち込んだ。志乃は、先程の試合を出なかったため動きがいい。相手の力を交わして決めて勝った。これで三年生の登場だから勝てる。そう思っていたが、百合も疲れからかそれまでの調子ではない。相手の力技をなんとか堪えていたが、時間が、経つにつれ堪えきれなくなった。相手はこのチャンスを見逃さず押してからの技で一本取る。百合は、自分にはもう耐える力は、残っていないと感じ攻めて行くが、今度は、相手にうまく交わされて決められてしまった。ガッカリしたように戻って百名に、

「ごめん。後はよろしく」

 と言った。百名は、プレッシャーとかまるで感じてないようにあっさり二本をとって勝った。そして代表戦。百名は、

「先生。私に行かせてもらえませんか? みんながいいって言えば……」

 もちろん誰も反対するはずない。佐野先生も、

「西見。行ってこい。負けたら承知しないぞ」

 百名は、相手より先に自分が、出ます。というように立っていた。相手は、蘭子に勝った者だった。百名はある程度余裕を持っていた。誰が、出てきても同じタイプだよね。ウォーミングアップ完了してます。と言った感じだ。そして始まった。百名はなぜか今までのようにすぐに決めに行かない。相手に攻めさせよく見て受け押してくるのを待っているような感じだ。そして押されるとその力を利用するように素早く下がって引き技を出す。しかしあえて決めにいかずまるで遊んでいるようだ。佐野先生はみんなに、

「よく見とけ。西見はこういうタイプの攻略法を見せているんだ。こんな場面で何やっているんだか……」

 2分くらい経った頃相手は、百名に対して決められない焦りとプレッシャーもあっただろうが、足が、動かなくなってきた。百名はこれ以上続けても意味がないと思ったのか決めに行く。あっさり二本取って優勝を決めた。全員で整列して礼が、終わるとみんなが、百名を囲んだ。

「待って。先生に報告してからね」

 百名が、佐野先生の前で正座すると、

「お前は、こんな時に何やってるんだ。相手に失礼だろう。帰ってからたくさんケツを叩いてやる」

「何の事ですか? うちの学校にいないタイプの上プレッシャーで苦戦しました」

「嘘つけ。今まで何度となく対戦したタイプで苦戦もしたことないだろ」

「じゃあやっぱりこれが、優勝のプレッシャーってやつですね? 」

 そんなやりとりをしているとマスコミに囲まれた。

「西見さん昨日の個人戦に続いて念願の団体戦での優勝ですが、今の気持ちをお聞かせください」

「せっかく喜ぼうと思っていたら先生に叱られて不機嫌です」

「先生は、西見さんの何がいけなかったんですか? 」

「余裕で勝てる相手にわざともたもた試合を長引かせたからです」

「ということですがそうなんですか? 」

「優勝のプレッシャーで思うように体が、動かなかったんですが、信じてもらえません」

「ということですが……」

「嘘に決まってます。西見は……」

「どうされましたか? 」

「西見。絶対に浮かれて怠けるなよ。西見はおそらく今年インターハイで優勝争いをするでしょう。こんな大会は、勝って当然なんです」

「だそうですが」

「嬉しいです。浮かれてしまいます」

「やっぱりインターハイで個人優勝を狙ってらっしゃいますか? 」

「少しでも勝ち上がれたらとは、思いますが、優勝なんて全く頭にありません」

「今日の団体戦についてお聞きしたいのですが? 」

「嬉しいですが、先生に叱られたのを思い出すのでチームメートに聞いてください。それでは、失礼します」

 百名は、チームメートの元へ行き改めてみんなで抱き合って喜んだ。

「みんな。ありがとう」

「すみませんでした。先輩に厳しい場面で回してしまって……」

「そうだった? 」

「さすがです。優勝がかかった代表戦でみんなにパワーで押してくる相手にどうやったら勝てるかを手本として戦われるなんて……」

「負けたらいけない場面だったから丁寧に戦っただけだよ。一体誰が、私が、遊んでいるようなこと言ったの? 先生にはいきなり叱られるし……」

「先生が、先輩はみんなにこういうタイプの相手にどうやったら勝てるかを教えているところだからしっかり見とけって……」

「そうなんだ。どっちが本当なんだろうね? 」

 表彰式が、終わると写真撮影が、待っていた。何回も入れ替わり立ち替わり撮影者が、来て何枚も撮る。立ち位置を変えたりいろいろなポーズも要求される。チームメートとの撮影が、終わっても百名と百合は、個人戦の方の写真を撮られた。

 ようやく解放されて学校に帰る。すると多くの先生や生徒が、学校にいて祝福された。そして校長先生からお祝いの言葉を頂き佐野先生と百名の謝辞。そしてそれが、終わるとみんなが、少しずつお金を出し合って肉を買ったのでバーベキューをしようという事になった。百名は、

「とりあえずシャワー浴びて来ていいですか? 」

「すぐに焼けるわけじゃないのでそうしてください」

 急いで寮へ行きシャワーを浴びる。時間をかけるわけにもいかないのでみんな一緒。

「とりあえずシャワー浴びれてよかった」

「ですよね。あんなに人がいるのに臭いままいたら乙女心が……」

 再び学校に戻ると佐野先生は、椅子に座っていた。どうやら部員にも用意されているらしく佐野先生のところから横に6脚並んでる。百名は、佐野先生の隣は、避けたかったが、キャプテンだからとそこに座らせられた。佐野先生は、

「何で私の隣を避けようとする。やっぱりあの試合は、遊んだってことだな? 」

「違います。決勝のあんなに大事な試合で遊ぶなんてできません」

「いきなりどうされましたか? 」

 最初から険悪な雰囲気を見かねて校長先生が、尋ねる。

「こいつは、決勝の大事な試合で本気を出さなかったんですよ」

「確か西見さんでしたね? 学業の方でも大変成績がよくて剣道も強いんですね? 学校の誇りです」

「はい。ありがとうございます。学校の誇りの西見です」

「また調子に乗って……。校長先生やめてください。こいつはすぐ調子に乗って怠けるんですよ。お前は、ゴミの方の埃だ」

「もういいじゃないですか? 百名がいなかったら優勝なんてできなかった。それは、間違いないですから」

 百合が、救いの言葉をかけてくれた。

「そうですよ。祝勝会だから今日は、楽しんでください」

 男子部長の赤部賢がそう言って肉をとってくれた。

「西見はすごいね。ずっと分裂していた女子部をまとめた上に優勝なんて……。人数も少なくて廃部になるかと思っていた」

「たまたま即戦力の一年生が、入ってくれたからだよ」

「入部した時はどう考えても即戦力じゃなかった」

「みんな素直で私の事を信じてついて来てくれた。素晴らしい戦力だよ。ところでみんなの弱点克服のために練習に協力してくれない? 」

「どうすればいいの? 」

「みんなが、パワーのある相手に弱いの。うちの部にはそういうタイプいないし……」

「わかった。なるべくみんなに協力するよう言っておくよ」

 賢の後ろで話をしようとしている人がいる。

「どうされました? 木田先生」

「西見さん。木崎さんをありがとう。あの子が、立ち直ってくれるとは、思わなかった。剣道ではまだ役に立たないかもしれないけどとりあえず成績も少し上がってやる気も出たみたい」

「剣道も頑張って充分な戦力です。この大会も結構勝ちましたよ。もともと素直ないい子だったんです」

「西見さん先生になったら? 」

「私は、他の職業を目指しているんです。申し訳ありません」

 一年生の3人が、百名のところへきた。

「どうしたの? 」

「写真です。みんなが、先輩を撮りたいって言うから……」

「だったらみんなが、来なくてもいいじゃない」

「ダメです。先輩だけの写真なんて撮らせません」

「だったらみんなで撮ってもらおう。百合、蘭子。写真だって」

 何回もシャッターが、切られた。それに気づいた佐野先生が、百名に、

「たくさん食べたか? 全員揃ったところでそろそろ稽古の時間だな」

「先生。今日はみんな疲れているんです。私はしますので他の部員は、今日は、勘弁してやってください」

「何が、疲れただ。そんな時こそ稽古だ」

「今日は、苦手なタイプの人との対戦で体力も神経も擦り減ってます。こんな時に稽古したら怪我します。私だけで許してください」

「じゃあちゃんとお礼を言って退席だ」

 部員に立って整列するように促すと百名は、

「今日は、私たちのためにこのように盛大な祝勝会を開催して頂きありがとうございました。インターハイでは、学校の代表として恥ずかしくない試合ができるよう稽古に精進して参りますので引き続きご声援をお願いします。まだ食べ物も残っていますので時間の許す限りお楽しみください」

 百合が、

「どこ行くの? 」

 と聞くと、

「トイレ」

 と百名は、答えた。しかしなかなか帰ってこない。よく見ると佐野先生もいない。百合は蘭子に、

「どうしよう。先生と百名がいない。おそらく剣道場よ。私はもう動けないよ」

「私ももう動けません」

 その話が、聞こえた恵子が、

「どうしたんですか? 」

 志乃と飛鳥も何かあったように感じて集まってくる。百合が、

「百名が、トイレに行くって言って帰ってこない。それと先生もいない。おそらく剣道場で稽古じゃないかと思うけど私も蘭子も今日は、疲れてて動けないから困っているの」

「みんなで行きましょう。先生と先輩は、今日あれだけ言い合いしてたのでお尻叩かれます。あんなに頑張られたのに可哀想です」

 みんなで剣道場に向かう。剣道場からは、バシバシと竹刀で叩かれる音が、聞こえた。急いで扉を開けると百名は、叩かれて崩れ落ちていた。そしてみんなが、入ってきたのを見て、

「何でみんなここにいるの。主役がいなくなったらダメじゃない。早く戻ってあげて」

「先生。やめてください。先輩は、不甲斐ない私たちのために勝ち方を教えてくれてきっちり勝たれたじゃないですか」

「私はそんなことしてないから。いいから戻ってあげて」

「お前らも稽古したくなったならさっさと着替えろ。シャワー浴びてからなんて色気づきやがって」

「先生。今日は、私だけです。みんなは、今日はもう稽古はしなくていいから戻ってあげて。私は、大丈夫だから」

「先生。私にはよくわからないけど百名みたいに負けることが、許されない場面で戦ってきっちり勝つって相当体力も神経も使うんじゃないですか? しかも今日も準決勝までは、中堅で出てるから全く気が休まる試合はないのに。今日は、全員稽古以上に疲れてます。明日から頑張りますので今日はもうやめさせてください」

「百合。私のことは、気にしなくていいから」

「先輩は、私たち5人とは、1人の価値が、違うんです。私たちは、誰と代わっても力の差がないですが、先輩の代わりは、誰もいないんです。今日はもうやめてください」

「もうやめた。明日からビシバシやってやるからな」

「何でみんながくるの? 私だけが、叩かれて稽古すれば先生も満足したのに……」

「もう先輩だけで背負わないでください。試合では、私たちにはどうすることもできないですがそれ以外では、私たちを悪者にしたっていいじゃないですか? いつも先輩は、私たちのために犠牲になってきたじゃないですか。私は、先輩に出会えてなかったら今ここに間違いなくいなかった。少しでも恩返ししたいって思うのに全然そうさせてくれないじゃないですか」

 飛鳥が、泣きながら百名に抱きついてそういった。百名は、

「ごめんね。ありがとう」

 そう囁いてから、

「まだみんないるかな? 片付けは、手伝わないといけないね。私は、着替えてから行くので先に行って」

 みんなで片付けを手伝い寮に帰るとすぐに百名は、寝てしまった。百合が、

「百名。勉強の時間だ。起きろ」

 と百合が、起こそうとすると今日の監視の木田先生は、

「いいよ。今日は、特別。みんなも疲れたなら寝ていいよ」

「やっぱり百名でも疲れていたんだな」

 そう言ってみんなが、眠りについた。


 翌日からの練習では、パワーのある相手に対しての練習が、多くなった。インターハイに行けなかった三年生の男子部員が、放課後の2時間だけ女子部の稽古に協力してくれることになった。佐野先生は、

「今日から引退した男子部員が、練習を手伝ってくれることになった。ありがとう。女子部は、非力な者ばかりだから男の力で押して押して倒しまくってやってくれ。それで倒れても立ち上がるまで絶対に攻撃の手を緩めないでくれ。憂さ晴らしにしてくれてもいい。徹底的にしごいてくれ。あと道着は、女子部員に毎日洗わせるから帰る時にまとめて置いといてくれ」

 なんて言うから放課後の練習は、以前とは比べ物にならないほどハードになった。佐野先生はまだ甘いと考えたのか休日の練習と同じように男子と当たった時には、女子は、打つのを禁止にした。そして男子は、打ったら必ず女子にぶつかってくれと頼んだ。毎日女子は、何度も倒された。しかも早く立たないと何回も男子に打たれる。百名でも何回かは、倒された。佐野先生は、完全に男子の味方。女子が、倒され攻撃されているととても嬉しそう。

 2時間の練習が、終わる頃には、女子は、息が、上がっていた。佐野先生と男子の前で正座する。佐野先生は、

「やっぱり男子は、力が、強くて素晴らしい。非常に良い練習だ。ところが、女子。お前らは、バタバタ倒れやがって。やる気があるのか? せっかく男子が、協力してくれてるのに」

「ありがとうございました」

 この後の居残り練習はさすがに辛かった。

 毎日男子は、女子の練習に来てくれた。女子は、毎日倒されるがそのあと立ち上がるのは、確実に早くなって叩かれる回数は、少なくなった。

 期末テストが、近づいて部活もなくなるかと思ったが、佐野先生は、

「お前らは、部活をなくすより合宿を続けた方が、勉強もたくさんできていいだろう。息抜きに剣道もできるし……」

 と言って普段より居残り練習がなくなり勉強に変わっただけのスケジュールをみんなに渡した。

「忘れてはいないだろうが、西見と一年生は、成績が、悪かったら退部になる。西見は、一年生の勉強を見てやってくれ。今退部になられるとみんなに迷惑をかける」

 一年生は、百名に勉強を教えてもらえるなら家で1人でするよりずっといいと思っていた。案の定百名は、丁寧に教えてくれるのでわかりやすい。3人のうち一番成績のいい志乃も百名が、教える時には必ず聞いている。

「やっぱり先輩の授業は、最高です。本当なら先生にもう一度聞いてみたいと思っても部活には、遅れると怒られるしどうしようと思っていたことまで解決する。毎日の授業も先輩が、先生になればいいのに……」

「私はまだ高校生だよ。先生は、大学を卒業されているから私なんかが、知らないことをたくさん知っておられるんだよ」

「先輩にわからないことなんてあるんですか? 」

「わからないことだらけだよ。授業で習って初めて知ることばかり」

「そうなんですか? 学年でトップになるような天才は、授業で習うことなんてとっくに知ってましたって感じだと思ってました」

 

 今回のテストでも退部になるようなことはなかった。百名は、当然のようにトップになり志乃は、5位をキープして恵子と飛鳥は、20位代。これで6人でインターハイに挑める。また試験も終わり放課後は、男子も女子の練習に協力してくれる。佐野先生は、

「女子部員はこのテスト期間チンタラやってたから男子には、喝を入れてくれることを期待してる。思い切り押し倒してぶっ叩いてやってくれ」

 久しぶりに受けるためまた女子は、倒されることが、多くなった。テスト前より蒸し暑さも比べ物にならない。体力の消耗も激しい。休憩時間に百名が、

「みんなまだ倒されないことしか考えられないかもしれないけど自分が、攻撃するとしたらどのタイミングで何を打つかイメージしながらやってね。そうしないと意味のない練習になるから」

「でも辛すぎる。一方的に打たれて押されて倒されて叩かれる」

「私も辛いよ。力の強い人の技をまともに受けるなんて特に試合では、避けてきたから。そのうちみんなが、簡単には、倒されないようになれば攻撃もさせてもらうようにお願いするから」

 一方の男子は、部室で話していた。

「なぁ賢。いくらなんでも女子部員が、可哀想じゃないか? 毎日倒されてそれでも攻撃するなんて……」

「俺も嫌だよ。でも西見に頼まれたんだ。二次予選の翌日の昼休みに西見が、俺を佐野先生のところへ連れて行ってどんな練習にするか話し合ったんだ。それで西見はとにかく男子には、力を使って押して欲しいと言った。ただこっちが打つのは、受けるか交わすかにしたいと言ってたけど佐野先生が、今の形にしてしまった」

「でもこのままだとそのうち怪我してしまわないか? 」

「それに関しても女子部員にこのままだと危険だと思われる状態になれば練習方法を変えるからって言われてる。うちの女子にはいないけど上の大会に出たら必ずすごい力で倒そうとしてくるやつとやらなければいけないからだそうだ」

「西見は、団体も出るだけでは満足じゃないんだ」

「今年は、初めてだから出れただけで満足だけど来年以降全国でも勝てるようになってほしいんだって。さあ行ってやるか」

 男子は、女子の意気込みがわかり今まで以上に強くぶつかるようになった。しかし女子は、休憩での百名の話を聞いてこっちが、打てるようになったらいくらでも攻撃してやるぞという雰囲気が、上がった。倒される時も寸前まで技を出そうというのが伝わる。倒れてから立ち上がるのも早くなった。

 それでも何日か続くと女子の疲労は、明らかだった。明日は、土曜日。男子部員は、土曜日も日曜日も協力してくれると言った。佐野先生は、

「ありがとう。一日中いてくれるとありがたいがそれも気の毒なので午後から来てほしい」

 百名は、

「そろそろ男子の打ち込みを受けるか切り返して女子も打てるようにさせてもらえないかな? 」

 とお願いするが、佐野先生が、

「それはまだ早すぎる」

 という。百名は、

「休みの日は、時間も長いし午前中にも男子の打ち込まれるのに午後もとなると……。みんなの疲労も考えると怪我も怖いし……。そろそろ女子も技を……」

「まだダメだ。お前だって何回かは、倒されるじゃないか? 」

「倒されないことだけが、目的の練習ではありません。力のある相手にも怯まず技を出せるようになるための最初のステップです」

「まだ次に行く段階ではない。とにかく明日は、今まで通りだ」

「明後日からは、絶対に変えてもらえますか? 」

「そんなことは、明日の練習を見てからだ」

「大事なインターハイに怪我して出られないなんてことになってはいけません。明日から変えましょう」

「俺もそろそろ打たせてみたらって思います。女子部員がどのように返してくるか見てみたい」

 賢も百名の意見に賛同してくれた。佐野先生は、

「じゃあ明日上手く返すことができなかったら当分打つのを禁止にしてやるからな」

 と言った。

 百名は、翌日の午前の男子部員との練習前に午後の練習から受けたり切り返して打ち込むのを解禁することをみんなに伝えた。だから午前中の男子との練習も相手が、打ち込む時にどのタイミングでどの技を出すかイメージしながらやるようにと。

 この日の午後の練習。その前に百名が、男子を含め全員集めて、

「じゃあ女子も攻撃解禁。男子はなんでもいいので打ち込んで女子にぶつかる。攻撃のみ。女子はどの段階でもいいので倒されないよう防御するか攻撃する」

 女子部員は、今までイメージしていた返し技を試してみる。最初のうちは、上手くいかず倒されることも多かったが、徐々に決まりだす。そうなると女子部員の疲労も少し解消されやる気も取り戻しつつあった。百名は、休憩の時間に男子部員にみんなの状況を聞く。

「一年生も上手でびっくりした。タイミングよく攻めてくるし男子と試合しても結構やるんじゃない? 」

「そこまでかな。そうだといいけど……」

「明日でもやってみない。もちろん俺たちだけじゃなくて男子の一、二年生も含めて」

「ありがたい話だけど先生が、許してくれるかな。女子が、勝っても負けてもあとで散々言われて叩かれそうだし……」

「やってみようぜ」

 佐野先生が、百名たちのところへ来て、

「何の話をしてるんだ? 」

 と聞いてくるので男子部員が、

「女子部員と試合してみたいと言ってました」

 なんて言うから案の定佐野先生が、怒り出す。

「西見。お前いい気になるなよ。この前の大会で優勝して強いと思っているかもしれないが、女子を相手にかろうじて勝ってるようでは、男子になんて勝てるわけないだろ。あとでケツ叩いてやる」

「すみませんでした。西見が、言ったんではなく俺たちが、言い出したんです」

「それで西見は、受けて立つとか言ったんだろ? 」

「西見はそんなこと言っていません。それに実際やってみたいと思わせる魅力的なチームじゃないですか? 」

「どこが魅力的なんだ? 問題児の寄せ集めなのに……」

「そんなこと言わないでください。私は、確かに時々反抗もしますが、他の部員は、素直ですよ」

「女子は、インターハイに出るだけあって上手いです。男子部員も試合をしてみれば刺激にもなりますし得るものも多いと思います」

「考えとく。時間だ。稽古再開」

 

 翌日。男子部員の熱意に負け佐野先生はこの日の午後に男子と女子の対抗戦をすることに合意した。午前中の練習に出ている一、二年生の男子部員に三年生の男子部員が、声を掛けて男子は、団体が2チームできる。百名は、恵子と飛鳥を連れて寮へカレーを作りに行く。

「不味いものを作りそうな組み合わせだな。腹痛でも起こさせてみろ。その何倍もケツ痛にさせてやるからな」

 佐野先生は、百名たちにそう言った。

 寮には、合宿中の女子部員のための食材は、用意してあるが、所詮女子の6人分だ。

「食材足りなくないですか? 」

「そうだよね。今夜から断食になるかも……」

「え〜〜。嫌だ」

「今夜買いに行こう」

「また汗臭いままスーパーに行くんですか? 結構恥ずかしいですよね」

「仕方ないでしょ」

 そんなことを言いながら具が、少ないカレーが、出来上がった。ちょうど昼になった。男子部員も寮へやって来た。

「いい匂い。美味そう」

 とか男子部員が、言っているので百名は、

「申し訳ないけど食材が、足りなかったので具は、少ないよ」

 とあらかじめ断った。

 みんなが、食べ終えいよいよ男子と女子の対抗戦。どうせなら女子は、全員が、出た方がいいということで荒久先生と佐野先生も出て6人ずつということになった。まずは男子の二軍と佐野先生との対戦。審判は、荒久先生。女子は、一年生は、飛鳥、志乃、恵子の順で学年順。最後は、百名にした。すると男子も同じような順だったため一年生同士の対戦になった。結果は、女子が、勝った。3人とも昨日の練習の成果が、出て相手が、攻めてくるタイミングで返し技を見事に決めた。続く蘭子も二年生対決を制した。百合も二年生に勝った。百名は、佐野先生とだったがほぼ思い通りの攻めで勝利した。続く一軍との対戦。さっきと同じオーダーで挑む。飛鳥は、二年生とだったが、思い切り攻め何度も決まったと思わせるが、審判をしている佐野先生は、旗を上げない。逆に男子の偶然当たったような技を一本にされた。そして二本目も同じように取られてしまった。飛鳥は、泣いていた。百名は、佐野先生に抗議した。

「先生。おかしな判定はやめてください。今のは、明らかに飛鳥が、勝っています」

「西見。お前も経験あるだろう。大きい大会では、弱小校への判定はとても辛い。そんな審判から一本取るには、思わず旗を上げてしまうような完璧な技を決めるしかない」

「今は、練習の一環ですのでそんなのは、必要ありません」

「いつまでもやかましい。お前は、インターハイでも審判に抗議したりするつもりか? そんな恥ずかしいこと絶対にするなよ」

「審判に抗議するなんてどんな大会でも今まで一度もしたことないですしこれからもするつもりありません」

「だったら何で今日はごちゃごちゃ言う。さっさと次の試合を始めろ」

 飛鳥と志乃がもういいと言うように百名を下がらせる。志乃は、

「完璧な技を決めてみせます」

 と百名に言った。そして志乃は、三年生を相手に完璧な技を決めたかに思えるが、佐野先生の手は、ピクリとも動かない。男子が、技を出して志乃はきちんと受けているにも関わらず一本にしてしまった。二本目も同じだった。そして誰が、出て行っても結果は、同じだった。最後に登場した百名も同じかと思われたが、荒久先生は、

「さっきのは、決まっていません」

 と言うと佐野先生は、

「そうでしたか? 思わず一本にしてしまいました」

 こんな時は、相手の技をとにかく逃れて完璧に決めるしかない。そう思った百名は、一段と集中し一撃を放った。しかし佐野先生の旗は、動かない。荒久先生は、

「今は、完璧に決められました。一本です。佐野先生は、今のでも思わず旗をあげたりしないのですね? 」

「すみません。ちょっと油断した時だったので……。剣道もVRを導入しないといけませんね」

 二本目も百名は、完璧な技を決めて荒久先生が、負けを認めた。佐野先生は、

「荒久先生。西見なんかに勝たせたら調子に乗ってしまいます。もう一度本気でやってください」

「いいえ。私は、本気でやりましたが、負けました。やっぱり西見さんは、強いです。インターハイも期待できます」

「西見。聞いてないよな」

「はい。インターハイでも期待に応えてみせます」

「女子がまだできるならもう一度対戦してもらえませんか? 今度は、私が、審判します」

「みんなもちろんやるよね? 」

「はい。よろしくお願いします」

「お前ら荒久先生が男子ともう一度やってくれると言ってもらってるんだぞ。整列して正座して礼。そんなこともできないのか? 」

 百名は、男子の前でみんなを整列させ正座して、

「よろしくお願いします」

 と言って礼をしみんなも、礼をして

「よろしくお願いします」

 と言った。それを見て荒久先生は、佐野先生に

「女子はいいチームですね? 」

 と言ったが、佐野先生は、反対側を見て舌打ちした。

 第二戦は、佐野先生にオーダーを任せるとさっきと逆順にしたため百名と百合は、二年生と当たり他は、三年生と当たるようになった。多分一年生に試練を与えるためだと百名は、思った。

 百名と百合は、危なげなく勝ち蘭子は、一本取られたものの勝った。しかし一年生は、昨日の練習で特徴を見抜かれキャリアの差を見せつけられ破れた。そして代表戦をしようということになって男子は、賢が、準備している。女子は、百名が、

「私が、行きます」

 と言ったが、佐野先生は、

「木崎。お前が、行け」

「何で私なんですか? 西見先輩にしてください」

「私が、言っているんだからさっさと行け」

「先輩」

「飛鳥。いつものように思い切りやってこい」

 飛鳥は、仕方なく立ち上がった。すると荒久先生が、

「佐野先生。西見さんを出してもらえませんか? 男子は、一番強い赤部です。女子も一番強い西見さんを出すのが、礼儀じゃないですか? 」

「西見。行け」

 佐野先生は、悔しそうに言った。飛鳥はほっとした表情で、

「先輩。よろしくお願いします。頑張ってください」

 と言った。

 百名は、賢と向かい合った。賢は、昨日の練習での百名の技のタイミングを思い出そうとするが、思い出せない。と言うか百名は、練習の時からさまざまな返し技をいろんなタイミングでやっていた。どうすればいいか考えをまとめられず立つと見透かされたように最初から打ち込まれる。ギリギリで踏み留まり離れる。今度はこっちから打つしかないと思い技を出そうとした瞬間に決められてしまう。二本目。迂闊に攻めてはいけないと見ていると百名が、攻めるような気がして返し技に行こうとするとそれを読まれていて逆に決められた。強い。礼をした後百名に、

「さすがだな。こっちのやること全てお見通しか? 」

「そんなわけないじゃない。他人がやることがわかれば最強だろうけど……」

「本当にわかってないの? 」

「多分。試合ってアドレナリンが、出るみたいでほとんど覚えてないよね」

 賢が、不思議に思っていると荒久先生が、

「西見さんはおそらく頭とか読みではなくて体が、勝手に反応するんじゃないかな」

「そんなことがあるんですか? 」

「私にもよくわからないが、以前女子の練習を覗いてみると西見さんが、女子全員と試合をしてその後佐野先生とやっていた。さすがにそれは、無謀だと思っていたら先生とやる時が、最強だった。普通でも強いんだが、疲れた時とか絶対に負けられないようなギリギリの状態になるとここしかないというタイミングで綺麗な技を出すんだ。さっきの赤部との試合もまさにその状態だったと思う」

「どうすればそんなふうになれるんですか? 」

「知らない。そんなふうになったことがない」

「じゃあ二次予選の決勝の代表戦で佐野先生から手を抜いたとか言われて揉めてたのも西見は、本気だったのか……」

「相手がなかなか隙を見せなくて長くなってしまったのかもな。いつもあっさり勝ってしまうから少し長くなっただけでそう思われてしまう。可哀想に」


 それ以来夏休みになっても男子と女子の対抗戦は、毎日のようにやった。一年生の女子も三年生の男子にも互角に戦えることも増えてきた。そしてみんなが、パワーのある相手にも自信を持って挑めるようになった。いよいよ明後日からインターハイ。今日の朝練が、終わったら出発だ。校長先生や男子部員も見送ってくれた。百名には、楽しみにしていることがある。百名と同じ一年生の時からインターハイで会って一緒に練習した大野遊佐だ。佐野先生が、

「今年も大野は、出るのかな」

「遊佐が、予選で負けたりしないんじゃないですか」

「あの子は、誰かと違ってとてもいい子だよな」

「私と比べているんですか? 私もいい子だけど遊佐には、少し劣るかもしれません」

「お前はだいぶ劣るわ」

「それって誰なんですか? 」

「私が、一年生でインターハイに出た時に同じく一年生で出ていて練習相手がお互いいなかったから一緒に練習した。去年も同じ状況だったらので練習した。国体でも。すごく強くて性格も私より少しだけ良くて佐野先生のお気に入り。大野遊佐って子」

「先輩のライバルですね? 」

「西見のライバルではない。お手本にすべきなのに全然見習おうとしない」

「私は、遊佐の学校の先生には、気に入ってもらえますよ」

「お前のことをよく知らないだけだ」

「先生だって遊佐のことよく知らないじゃないですか? 」

「あの子はお前とは、全く違って素直ないい子だってことは、見た目でわかる」

「ただの贔屓じゃないですか? 」

「お前らも会えば西見なんかじゃなく大野が、同じ学校の先輩だったらどんなに良かっただろうと思うはずだ」

 会場に到着すると遊佐はもう到着していた。

「あっ百名。久しぶり。今年はうちの学校は、団体でも出場できたよ」

「おめでとう。実はうちもなんだ」

「じゃあ今年は、団体で練習しようよ」

「いいけど……。うち6人しかいないんだ」

「6人で勝ち上がったんだ。さすが、百名だね」

「西見さん久しぶり」

「お久しぶりです。浅川監督」

「今年は、百名の学校も団体でも出るそうですよ」

「じゃあ今年も合同稽古の相手をお願いさせてください」

「こちらこそお相手をお願いできれば幸いです。佐野先生。みんな。こっち来て」

 みんなが、集まってきて挨拶をする。遊佐の学校は、近くの体育館を借りたそうなのでみんなで移動する。そして自己紹介をすると百名が、

「みんな。浅川監督と遊佐が、指導した人だから強いと思う。今更だけどいろいろ教わってね。勉強になるよ」

「よく言うわ。佐野先生や百名に教わった人に私が、教えられることなんてないよ。百名にせっかく強くなったチームを弱くしたって怒られてしまう」

「私より強い遊佐が、教えてくれるなら弱くなったりしないよ」

「私が、百名より強くはないでしょ。まあお互いに気がついたことが有れば指摘して少しでも両チームともいい成績が、残せるようにしよう」

 そして稽古を始める。遊佐は、対峙しただけで強いのがわかる。本気の百名とやる時と同じで隙がなくいつでもどこでも打って来そうな雰囲気。百名と遊佐が、試合をするとどんな展開になるか想像できなかった。そしてどうせなら練習試合をしようということになったが、

「佐野先生はうちには、厳しく相手に甘いから審判には、相応しくない」

 と百名が、言うと遊佐も、

「浅川先生もそうなんだ」

「どっちの監督も自分に厳しく他人に優しくなんて人間の鑑だね。お互いセルフジャッジでやられたと思ったら申告するってことにしよう。変則だけど6人でお願いさせて」

 ということで試合開始。まずは、志乃に託す。志乃は、返し技を警戒しながらも積極的に攻めるが、決め手を欠き引き分けかと思ったらタイムアップ寸前に決められた。恵子と飛鳥も惜敗して後がなくなる。蘭子と百合は、勝ちそして百名と遊佐の勝負になった。遊佐がまずは、一本取って追い込まれるが、百名も取り返す。間もなくタイムアップというところで再び百名が、一本取ってタイに持ち込んだ。

「悔しい。百名。代表戦やろう」

 遊佐の提案を受けて代表戦をやる。百名が、先に一本取ったが、遊佐も取り返す。タイムアップを迎え延長戦。またタイムアップを迎えるかと思ったら百名が、決めた。お茶を飲みながら遊佐が、

「やっぱり百名には、勝てないな。私の技って読み切られてる? 決められた時はいつも完璧に返される」

「そんなことないと思うけど覚えてない」

「覚えてないの? 」

「私やばいかな。絶対に勝たないといけないって試合は、大体そう。頭打たれすぎるからかな」

「そんなに打たれないじゃない。わかった。そういう試合で百名とやると私に勝ち目はないのか。早く当たった方がいいんだ」

「遊佐はそんなことないの? 」

「私はそんなことになったことない」

「やっぱり西見さんはすごいな。だからもっと練習しろって言ったんだ」

「結構やったじゃないですか。百名は、超人なんです」

「一昨年のように坊主頭にして帰るか? 今度は、西見さんまで付き合わさせるなよ」

 遊佐の学校の剣道部は、以前からどんな大会でも一回戦で負けたら坊主にするという伝統があり一昨年のインターハイで遊佐も屈辱を味わった。そして同じく一回戦で敗退した百名も佐野先生からの命令で同じ床屋に連れて行かれて坊主頭になった。そのあと2人並んでお互いの監督に撮られた写真は、誰にも見られたくない。

「一回戦で負けたら潔く坊主になりますよ」

「西見。お前は、優勝出来なかったら坊主になれ」

「嫌です。何でそんなにハードルが、上がるんですか? 」

「お前は、似合っていたからいいじゃないか。2人が、並んだ写真も大野さんだけ可哀想だ」

「いや。大野は、似合っているが、西見さんは、可哀想だ」

「ところで遊佐。うちのチームの感想は? 辛口でいいよ」

「一年生が、上手いね。百名が、指導したっていうのがよくわかる」

「何で? 3人とも特長が、違うでしょ? 」

「それでもみんなそこそこのレベルになってる。百名にしかできないよ。経験積めば楽しみ」

「ありがとう。このインターハイが、来年以降に繋がってくれたらいいなって思っている」

「半分が、一年生だといいね。うちはまだ一年生は、出られないから……。百名みたいに上手く育てられないし……」

「みんなが、私と一緒で素直ないい子だったから……。ね。先生」

「お前らのどこが素直ないい子なんだよ」

 両チームの合同稽古は、翌日も行いお互いに良い刺激になった。


 インターハイが、始まりまずは、個人戦が、行われる。百合は、一回戦で負けてしまったが、百名と遊佐は、勝ち上がり決勝での対決になった。一昨日と同じで熱戦になる。2人とも一本が、取れないまま延長戦になった。ここで百名の顔つきが、変わった。遊佐は、簡単に攻撃に行けなくなりそれを見透かしたかのように百名が、打って出ると待望の一本を取って優勝を決めた。会場に拍手が、鳴り響く中2人は、握手してお互いの健闘を讃えあった。

「また負けちゃった。百名強すぎる」

「遊佐がいたから私は、強くなれた。毎年遊佐と稽古するのを楽しみにしてた」

「私もだよ。いつか決勝で百名とやることを目標にしてきた。ありがとう」

「こちらこそありがとう。ごめんなさい。まだ監督に報告してなかった。また後で」

「あっ。私もだ。じゃあ後で」

 百名は、佐野先生のところへ行って正座すると、

「先生のおかげで優勝できました。ありがとうございました」

「西見。よくやった。でも調子に乗って大野さんを傷つけたりするような言動は、絶対にするなよ。それと団体戦があるということも忘れるな」

「はい。本当にありがとうございました」

 佐野先生への報告が、終わるとチームのみんなが、集まってきた。

「百名やったな」

「先輩すごいですね。優勝ですよ」

「みんなありがとう」

 そして報道関係の人に囲まれる。

「今の気持ちを教えてください」

「思えば一年生の時初めてインターハイに出て遊佐じゃなくて大野さんと出会い稽古した。強くて衝撃を受けたけど共に一回戦で負けて屈辱を味わった。一年に一回しか会わないけどお互いに次に会う時にはもっと強くならなくてはと場所は、違うけど稽古に励んでついに今年は、決勝で戦えた。それが一番嬉しかったです」

「2人にはそんなことがあったんですね? それが、試合後の握手だったんですね? 」

「今年も一昨日と昨日一緒に稽古して大野さんは、決勝まで進むと確信しました。でも私が、決勝の相手になれるとは、全く思っていませんでした」

 そこに遊佐がやってきた。

「百名。改めておめでとう」

「ありがとう。遊佐も準優勝おめでとう」

「ありがとう。優勝した人から言われるのは、複雑だけど」

「でも一昨年の2人の屈辱が、私たちの今年の結果に繋がった」

「お二人がこんなに仲がいいとは、思いませんでした。お互いの印象を教えてもらえますか? まずは、西見さん」

「剣道はすごく強くて性格はすごくいい。憧れです」

「大野さんは? 」

「西見さんは、私の方が、強いように話しますが、今年は、ついに一回も勝てませんでした。謙虚な素晴らしい人です」

「今日の決勝戦について教えてください。西見さんから」

「立ち上がりに大野さんが、怒涛の攻撃をしてきて意表を突かれたと思って防戦一方になって……。それからは、申し訳ありませんが、覚えていません」

 遊佐が、吹き出して、

「私は、一昨日に知ったのですが、西見さんは、4つの顔を持っています。普段はこんなかわいい顔。剣道になるとこれにちょっと戦闘モードが、加わるのですが、負けられない試合だとカッコいい顔。さらに進化すると怖い顔になるんです。カッコいい顔からは、記憶がないみたいです。そしてその顔の時に私には、勝てるチャンスはありません。立ち上がりに西見さんはその顔ではなかったので攻めていきました。しかしそこで一本取れず西見さんの顔つきが、ランクアップしました。そこで相打ち狙いでこっちの旗が、上がれば儲け物と思ったのですが、ダメでした。延長になるとついに怖い顔になってしまい距離を取ろうとしたところ決められてしまいました。西見さんは、普通でも強いのにさらに2つもレベルアップできるんです。反則ですよね? 」

「だそうですがいかがですか? 」

「よくわかりません。すみません」

 遊佐がまた吹き出した。

「本当に覚えてないみたいですので試合内容については、何を聞いても無駄ですよ」

 今日のインタビューはほとんど遊佐にペースを握られて終わった。百名は、

「遊佐。今日もこの後稽古してくれるよね? 」

「今日もするの? 本当に稽古好きだね」

「遊佐とやるからだよ。遊佐とだとすごく楽しい」

「私も百名とやると楽しいよ。今夜この辺りで花火が、上がるって聞いたから一緒に行こうと思ったけど諦める」

「じゃあ少し早めに切り上げて花火行こう」

 百名は、佐野先生にそのことを言うと、

「行っていいぞ。ただ大野さんに迷惑かけるなよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 2人で稽古をしているとみんなもやってきた。

「どうして決勝まで進んだ2人が、稽古しているんですか? 」

「私たちは、今夜は、早めに切り上げて出かけるから……」

「そんなことじゃなくて今日一番試合を多くした人がまた稽古しているのか? ってことです」

「遊佐とやると楽しいよ」

「2人には、呆れます。私たちが、邪魔させてもらいます」

 結局両チームとも全員が、集まっての稽古になった。こうなるとだんだん熱がこもってくる。

「百名。もう抜けるよ」

「もうこんな時間だったんだ。急ごう」

 すぐに着替えて花火を見に行く。

「シャワー浴びてから出かけようと思ってたのに……。汗臭い」

「お互いに夢中になりすぎたから仕方ないでしょ? 」

「お腹すいた」

「花火見ながら何か食べよう」

 そんなことを話しながら歩いていると花火が、上がり始めた。

「綺麗。百名の優勝を祝っているみたい」

「遊佐の準優勝を祝っているんだよ」

「じゃあ2人のためだったんだ」

「今までの優勝者と準優勝者も仲が良かったのかな。遊佐と出会えて良かった」

「私も百名と会えて良かった。とりあえず次は、国体だね? 」

「でももう一つ大会があるのは、良かったのかな? 後輩に迷惑に思われないかな? 」

「百名は、監督が、相手してくれるでしょ? 」

「多分ね。遊佐は、監督が、相手してくれないの? 」

「うちの監督は、機嫌が、良かったら……」

「うちの監督もだよ。機嫌が、悪かったら何されるかわからない。殺されるかも」

 約1時間花火を見て話して食べた。満足して体育館に戻るとみんなはまだ稽古していた。両チームの監督が、2人に気づいてこっちへくる。百名は、

「稽古を怠けて申し訳ありませんでした」

「楽しめたか? 」

「はい。久しぶりに花火を見てとてもよかったです。本当にありがとうございました」


 翌日の団体戦は、両チームとも予選リーグは、突破したものの決勝トーナメントの初戦で破れてしまった。佐野先生は、怒っているのか何も言わない。遊佐の学校の試合を見て、

「帰るぞ」

 と言った。着替えながら飛鳥が、

「先輩。私は、帰りたくない。絶対に怒られる。どうしよう」

「よくやったじゃない。負けないように食らいつく姿勢は、伝わったよ」

「でも今日一つも勝てず2敗ですよ。想像しただけでお尻が、痛くなってきた」

「私と先生の作戦が、悪かった。ごめんなさい」

「先輩に謝られると余計に辛いじゃないですか」

 宿に着くと佐野先生がみんなを集めて、

「みんなインターハイではよくやった。もう帰る時間だ。お前ら5人で帰ってくれ。私と西見は、居残り練習だ」

「先生。先輩は、個人戦で優勝して団体でも負けてないんですよ。今日の敗因は、私です。先輩には、何もしないでください」

「やかましいやつだ。西見は、本当によくやった。だから今から優勝記念旅行をさせてやるからお前らだけで帰ってくれ。明日と明後日は、自主練習だ」

「先生。私もみんなと一緒に帰ります」

「もうそういう手配がしてあるんだ。よほどのことがない限りケツも叩かねえよ。安心したらさっさと帰れ」

「わかりました。帰ります。それでは、先輩。楽しんできてください」

 飛鳥は、帰る準備を始めた。みんなも帰る準備に取り掛かる。

「お前も荷物を全部用意しておけ。今夜から泊まるところも違うぞ」

 百名は、戸惑いながらも荷物の準備をした。宿を出るとすでにみんなは、駅に向かって歩いていた。

「みんな。気をつけてね。また学校で」

 百名が、大声でいうと振り返って手を振ってくれた。佐野先生が、愛車のワンボックスの荷室のドアを開け、

「さっさと荷物を載せろ」

 というので慌てて荷物を積んで2列目シートに座る。

「お前は、臭いからもう一つ後ろへ座れ」

「こんな広い車に2人だけ乗るのにそんなに離れるんですか? 」

 百名は、渋々3列目シートに移動する。こんな車に乗っているのに部員が、試合に行くのにも誰も乗せようとしない。独身で恋人がいるわけでもない。何のために買ったのだろう。

「先生。これじゃ話もできないですよ」

「何? 聞こえない」

 百名は、2列目シートに移動して、

「先生も話もできないようじゃ寂しいですよね? 」

「またお前がそんなところに。後ろへ座れ」

「はい。私のことそんなに嫌っているんですね? 」

 そう言ってから移動すると車が、止まった。そしてドアが、開いて浅川先生と遊佐が、乗り込んできた。

「遊佐。まさか旅行って遊佐も一緒? 」

「そうだよ。百名は、私もいること知らなかったの? 」

「うん。何も聞いてない」

「何でそんなところに座っているの? 」

「先生が、私は、臭いから後ろに行けって。遊佐も怒られるよ」

 佐野先生は、聞こえたらしく、

「大野さんはお前と違って臭くない」

「私も遊佐も同じです」

 と言って2列目シートに遊佐と並んで座る。

「あっまたお前が……。臭いって言っているだろう」

「じゃあ2人で同じ匂いになる」

 と言って百名は、遊佐に抱きついた。

「西見さん。大野の方が、臭いのにそんなことするから……」


 車は、立派な温泉旅館に到着した。

「西見。ここで少しは、匂いを落とせ」

「今夜はここで泊まるんですか? 嬉しい」

 4人が、同じ部屋に通される。

「西見。温泉に入ってくるがお前は、後だ。臭いから」

「わかりました。待ってます」

「じゃあ私も後にします」

「大野さんは、臭くないから一緒でもいいのに」

 2人が、温泉に入っている間に話をする。

「この旅行のこといつ聞いた? 」

「私は、宿に帰ってすぐ。先生が、百名を祝福しないといけない。って誘われた」

「私もそうだったけど遊佐たちも一緒とは、言われなかった。だからかなり警戒した」

「先生と2人じゃ嫌だね」

「しかも臭いって散々言われるし……。それならシャワーでも浴びさせてくれればいいのに。いつもシャワー浴びるとか言うと色気付くなって怒られるのに……」

「うちの先生と似てる」

 百名と遊佐が、温泉に入ると豪華な食事が、待っていた。2人は、ビールを飲んでいた。

「西見。早く座って浅川先生に注いであげなさい」

「どうぞ」

「ありがとう。西見さんに注いでもらえるなんて……」

「お前は、私には、注がないつもりか? 」

「どうぞ」

「私たちは、食べていいですか? 」

「大野さん。食べていいよ。西見はずっとお酌でもしてろ」

「この旅行の主役は、百名ですよね? 」

「そうだったな」

 この後も佐野先生の百名に対する悪態は、続いたが、遊佐と一緒だから楽しめた。


 百名は、国体に向けて部活を続けていたが、放課後以降は、佐野先生を相手に稽古していた。新人戦に向けて練習している一、二年生の邪魔してはいけないという百名と佐野先生の配慮だった。もちろん新キャプテンの蘭子への気遣いでもあった。しかしちょっと見てほしいとか教えてほしいと言われたら快くそうした。また以前のように佐野先生と稽古しながらも後輩たちの練習も見ていた。

 夏休みが、終わり二学期になると百名は、少し元気がないように見えた。恵子は、

「先輩。最近少し元気がないですね? 以前より痩せられたように見えます」

「そんなことないよ。元気だし体重も変わらないよ」

「気のせいならいいんですが……」

「恵子は、人の心配している場合じゃないでしょ」

 しかし百名は、国体が、近づくにつれ元気がなくなっていた。佐野先生も異変に気づいて、

「おい西見。お前大丈夫なのか? 気合いが、足りないんじゃないか? 」

「はい。そうですね。叩いてもらえますか? 」

 と言ってお尻を突き出す。佐野先生は、竹刀で百名のお尻を叩いた。

「ありがとうございました」

「国体でお前は、インターハイの優勝者として出るんだぞ。やる気のないような試合をしたら承知しないからな」

「わかりました。また旅行に連れて行ってもらえるように頑張ります」

「そんなにいつも旅行なんてさせてやるか」

「わかっています。先生は、サプライズが、好きなんですよね」

「そんなことない。どっちにしてもお前が、優勝しない限り何もない」

「ありがとうございます。少しは、頑張れそうです」


 いよいよ百名が、国体に向けて出発する日になった。朝練をしても本当に元気がなかった。

「先輩。大丈夫かな」

 後輩たちも心配していた。今回は、百名の様子がおかしいので佐野先生の車に乗せて行くことになった。みんなで見送ると百名の目から涙が、落ちるのを見た。

 会場では、遊佐に会って笑顔を見せるが、作ったようなものだった。稽古しても遊佐が、圧倒した。

「百名。どうしたの? いつもの強さはどこに行ったの? 」

「いつも通りだよ。遊佐が、インターハイからの短期間で強くなっただけじゃない? 」

「違う。私より百名の調子が、明らかに悪い」

「今回も旅行に行こうね。優勝記念」

「今の百名じゃ無理。じゃあ私が、優勝させてもらうね」

 国体が、始まった。初戦を前に佐野先生は、

「西見。何があったか知らないが、本気でやらなかったらこの大勢の人の前でもケツ叩いてやるからな」

「はい。好きなようにしてください」

 心配されたが、初戦は、無事に勝ち上がった。見ていた遊佐は、

「一体どうしたんだろう。初戦からあんな怖い顔モードの百名なんて……。しかもいつもよりかなり荒っぽい」

 百名は、佐野先生に、

「勝ったみたいです」

 と報告した。百名はいつもの鮮やかとか綺麗といった技は、出さないが、圧倒的な強さで決勝戦まで勝ち進んだ。相手は、遊佐だ。立ち上がると百名はいつもの怖い顔モードより一層怖い顔になった。遊佐が、一瞬たじろぐとそこに百名は、怒涛の攻めで一本奪った。そして二本目も同じように取った。百名は、結局この日の佐野先生への報告は、全部、

「勝ったみたいです」

 だった。遊佐は、百名と握手をしたが、

「今日の百名は何なの? いつもの百名とは、全く違うじゃない」

 と言ったが、百名は、試合内容を全く覚えていなかった。

 翌日から約束通り優勝記念旅行をするがやはりいつもの百名じゃない。1泊目の温泉旅館では、突然車から取って来たい物があると佐野先生にキーを借りた。百名は、竹刀を持って戻って来た。それを佐野先生に渡して、

「いつものようにお尻を叩いてもらえませんか? 先生の気が、済むまで」

 と言っていつものようにお尻を竹刀で叩かれた。そして浅川先生と遊佐にも叩いてほしいと言ったが、2人は、断った。

 そして翌日から観光しても百名の元気な姿は、見ることができなかった。

 その翌日。旅行を終える前に百名は、髪を切りたいと言った。百名だけ床屋さんに置いて行くわけにもいかず4人で入る。百名は、

「坊主にしてください」

 と店員さんに告げ坊主頭になった。

「先生。似合ってますか? 以前喜んでいただいた坊主頭ですよ」

「ああ似合ってる。お前に一番似合う髪型だ」

「百名。一体どうしちゃったの? 坊主なんて似合うわけないでしょ? 」

 遊佐は、動揺していた。そして佐野先生の車には乗らないで、

「両親が、迎えに来るからここで別れます」

 と言った。遊佐は、

「携帯持ったからまた電話して」

 と百名に番号を書いた紙を渡した。

「私は、先生から禁止されてたからまだ持ってないけど落ち着いたら電話するね」

 そう言って別れた。


 翌日から百名は、学校にはこなかった。学校から自宅へ電話しても繋がらない。何も残っていないと思われた百名の机からは、退学届が、見つかった。

 何日か経って百名の両親が、経営していた会社が、倒産して家族で失踪したという噂を聞いた。学校内もなんとなく重苦しい雰囲気になった。特に剣道部からは、笑顔が、消えた。


 雪が降る頃遊佐の携帯に公衆電話から着信があった。

「遊佐。百名だよ。お久しぶり。実は、私はあの旅行の後家庭の事情で学校辞めたんだ。そのことがあってあの時は、暗くてごめん。私は、今は、剣道をやってないけど落ち着いたらまたどこかでやりたいね。旅行もやり直したい」

「佐野先生から連絡があって聞いたけど大変だったね。今どうしてるの? 」

「いろいろバイトして食いつないでる。高校中退だと厳しいわ」

「日本の教育制度はおかしいよね。百名は、高校でいつも一位だったんでしょ? 医者になる夢も親のことで諦めないといけないなんて……」

「例え何とかなる制度があっても私の親のせいで従業員さんとか家族の方の人生を狂わせてしまったからね」

「でも百名は、勉強も部活も頑張ってどっちも一番になったのに……」

「まあ私も頑張るから遊佐も頑張ってね。いつかきっとまた会いたい。また連絡するね」

 学校には、剣道部宛に差し出し人が、書いてない手紙が、届いた。


 皆様お元気ですか?

 突然いなくなってしまい申し訳ありませんでした。

 佐野先生。私みたいな反抗ばかりする悪い生徒をインターハイと国体の優勝者にしてくれてありがとうございました。高校生活の一番良い思い出です。ただ私も体罰や暴力で強くなったと思うので否定するのはどうかと思いますが、時代が、変わったんです。私が、旅行の時にしてもらったのを最後にしていただけませんか? 先生と稽古すると強くなれる。自信持ってください。それとまだ若いですから全日本女子選手権を目指してみませんか? 私もいつか出てみたい。

 蘭子。キャプテンはどうですか? 同級生がいないから悩んだり迷ったりした時に気軽に相談したりする人がいなくてつらいと思うけど蘭子は、芯が強いから大丈夫。みんなきっとついてきてくれる。頑張ってね。

 恵子。中学生の時に部活でつまらなそうに剣道するなって思ってた。楽しくやればもっと上手くなれるのにと思って剣道部に誘ったけど今はどう? 少なくとも中学時代よりは、楽しくやっているように思っていたけど……。それで上手くもなった。同級生にも恵まれた。結果が、出ればもっと楽しくなるはずなので頑張れ。

 志乃。今の部員で一番私の剣道に近いスタイルだと思う。そして夢破れて高校中退になってしまった私の夢を託したいのがあなた。志乃がこれから先どうなるのか楽しみ。勝手に期待してごめんなさい。

 飛鳥。正直なところ最初はこんな捻くれた子をどうしたらいいか戸惑った。でも心を開いてくれてすごく嬉しかった。こんなに素直ないい子を誰があんなふうにしたんだろうと思った。でも剣道は、残念ながら素直なだけでは、ダメなんだ。剣道の時は、少しは、捻くれたところも出してみて。

 最後に来年のインターハイも期待しています。みんな頑張ってね。あと私も落ち着いたら必ず剣道は、再開したい。みんなも是非続けていてほしいな。そうすればいつかきっとまた会える。


                                               西見 百名

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