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3.惨劇のはじまり

 多数の武装した兵士から敵視されていてなお、男はまだ余裕をみせている。

 と言うより、自分がおかれている状況をよく理解できていないようだった。

「は?」

 脂肪ののったまるまっちい指で、ぽりぽり(ほお)をかくと、

「なに言ってんだ、このオッサン?」と呟いた。

「ひとの目の前でいきなり倒れたひ弱な仲間を助けようともせず、それどころか善良かつ無害な吾輩にいきなり武器をむけてくるとは、頭がおかしいとしか思えないのである」

 ついで、ブツブツそうこぼした。

 いや、本人的には言葉を発しているつもりなどなく、単に心の内が無意識のまま、ダダ洩れているに過ぎないのだろう。

 いずれにしても、頭がおかしいなどと評された指揮官は、(冷静さこそ保っていたが)表情の険しさを更につよくした。

 が、ことさら何も語らない。

 今、男が吐いた言葉をやすい挑発だと考えていたからだ。

 収まりがつかなかったのは、むしろ部下たちの方である。

 指揮官の背後で臨戦態勢にある兵全員が、いきり立った。

「言わせておけば……ッ!」

「いずれ何処ぞの間者か!?」

「あやしの術師ふぜいが!」

「白昼、(ちまた)を騒がすとは!」

「仲間の仇は必ず討つぞ!」

「生きて帰れると思うな!」

――等々々。

 上官が愚弄(ぐろう)されたとあって、地鳴りのような唸りを口々にあげた。

 今にも一触即発か、と思える空気である。

 それを片手をあげて抑えこみ、

「なるほど、是非もなしと言うことか」と指揮官は冷静に、しかし、同じくらいに(どう)(もう)に、ギラリとその目を光らせた。

 あたら男の誘いになど乗って、部下たちを激発させる愚などはおかせない。

 へたに乱戦に持ち込まれれば、そこにつけ込まれる隙が出来かねないから。

「これが最後だ。貴様に名のる名があるなら言うがいい」

 だから、異形の……、ずんぐりむっくりの男を相手に指揮官は、微塵(みじん)も気をゆるめる事なく、そう告げた。

 (ふう)(てい)に似ず、かなりの()()れ――今では、そう確信するにいたっている。

 男がいったい何をしたのか――手段についてはわからない。

 しかし、自分が率いていた、訓練をつけた部下が、それも複数、目の前に立つ、たった一人の男に倒された。

 であるならば、目的も意図も不明であるが、目の前の異様な男は、自分が護るこの街に(あだ)なす存在であるのに間違いない。

 指揮官は、この街と敵対的、もしくは非友好的な関係にある他の国、街、組織について、頭をめぐらしながら、最終的に腹をくくった。

 手加減などは考えない。

 情報の入手も二の次だ。

 門の警備にあたっていた兵たちはもちろんの事、現在、自分をはじめの一団に囲まれていてなお平然としている相手なのである。

 勝ちを確実におさめるためには、何を置いても欲や色気を出しすぎぬこと。

 まずはボウガンにての斉射をくわえ、槍衾で押し包んでめった刺しに刺す。

 男の戦闘力と言うより、一気に命そのものまでもを奪うと決めたのだった。

 その上で男がなおも生きていたなら、情報の引き出しについてはそれからおこなえば良いはなし。

 判断が過激すぎるかも知れないが、おそらくは男は、いきなり自分が致命的な攻撃をうけることなどないと考えているはず。

 その虚を突かなければ、返り討ちにあうのは自分たちの方かもしれない――指揮官は、そこまでの覚悟を決めたのだ。

 と、その時、

 空の高処で、ふたたび花火の弾ける音がする。

「をぅ……!」

 ほぼ反射的――蒼空にうっすら流れる花火の名残の煙を見上げた男が、そう声を漏らしたのは、またもや(バラ)(ンス)を崩しかけたからか、それとも他に理由があったのか。

 いずれにしても、視線を自らに対峙している指揮官にもどした男の表情は、それまでとガラリと変わっていた。

「もう時間がない」

 焦りのにじむ口調で言うと、

「ああ、我が輩の名を訊いたのであったな。我が輩は……、そうさな、〈フードファイター〉――そうとでも呼んでくれたまえ。この街には、収穫感謝の祭にて振る舞われるであろう名物で腹を満たさんものとやって来た」

 せかせか問答を切り上げようとした。

 そして、

「ふうどふぁいたあ……だと?」

 聞き慣れぬ単語を指揮官が舌の上で転がすのに、

「もう良いか? 良いな? 用事はもう済んだであろう?――通らせてもらうぞ」と、男はその場を離れ、門の方へ向かおうとする。

「ふざけるな!」

 その歩みを城兵たちが、槍の穂先で邪魔すると、

「ええい!」――(いま)(いま)しげに声をあげた男は、

「善良な市民を恐喝するより、さっさと倒れた仲間の世話でもすればいいものを! 理不尽になおも賄賂(わいろ)をたかろうと欲するか、下郎ども! もはや構っておられぬ、押し通る!――〈屁遁の術〉!!」

 一気呵成(いっきかせい)にまくしたてると、魔の術の名か、最後に叫んでその身を瞬時にわいた(もう)(もう)たる煙のなかに溶け込ませた。


 数分の後。

 うっすらと黄色みがかった煙が晴れれば男の姿はどこにもない。

 それどころか、男に今にも襲いかかろうとしていた城兵たちが、その指揮官をはじめ、ことごとく地に倒れ伏している。

「へ……、へとんのじゅつ……だと……」

 命の最後の残り火か、もはや身動きもならず、意識が(もう)(ろう)とするなか、指揮官はそう呟いていた。


 し者、13名。

 ふしょう者、28名。

 それが、これからこの街を襲うこととなる悲劇、また犠牲者たちのはじまりだった。

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