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残念な異世界転生

作者: おむすびころりん丸

「君、異世界に行ってみたくはないか?」


 近所の公園。仕事をしろと、五月蠅い親の声の届かぬ公園のベンチ。ここで、逃出(にげで) (うつつ)は漫画を読んでいた。その漫画は異世界転生を題材とするもの。そんな現に声をかける男が一人。


「異世界転生ができる機材。私が発明したのだが、ちょっと自分で試す前に実験したいと思ってね。どうだろう」


 怪しい。めちゃくちゃ。


 悪徳商法か、カルト的な誘いか、十中八九その類のものだろう。だが、現の人生は廃れている。だから現はその誘いを受けてみることにした。これ以上、堕ちるところはないと感じていたから。


「まあ、いいよ。暇だし、異世界に憧れてるし」

「二つ返事とは有り難い。早速私の研究所に来てくれ」


 男はいかにもな白衣を翻し、現を研究室に招待する。その間現は……特に何も考えていない。思慮深ければ、とっくに今の荒んだ現状を打破できているだろう。

 

 招かれた研究室の中央には、カプセルのような機材が置かれている。それに入れと促す男。しかし現、ここに来て男に疑問を投げかける。


「ちなみにだが、俺は最強になれるのか? モテモテにもなれるのか?」


 なんと阿保らしい。その前に聞くことは山とあるはずだろうに。しかし、現にはそれが一番気になった。行くからには、やはり創作で見るような恵まれた待遇が好ましい。


「もちろんだ。異世界転生の定番じゃないか。もちろん君は最強に生まれ変わる。見た目もイケメンだ。安心して異世界生活を満喫するといい」

「それなら良かった」


 ————以上。


 現の質問は、以上。命の危険だとか、金でも取るのだとか、そういった質問は皆無。まったくもって能天気。しかし男に悪意はなかった。本当に異世界に行けると思っているし、それを現に試して欲しかった。純粋な気持ちで、男は現に実験を依頼したのだ。


「では、そこに寝てくれ。早速異世界への転生を始める」


 カプセルに入ると、急激な眠気に襲われる現。このまま死ぬのか——。そう感じもしたが、まあそれならそれで。現は眠気のままに、静かに瞳を閉じたのだった。



「どうだ、辿り着くことはできたか?」


 その声で、現は再び眠りから覚めた。耳には先程の男の声。しかし、実験では異世界へと行くはずだったが。


「聞こえるか。私は君の視覚と聴覚情報をこちらで見ている。聞こえれば返事をしてくれ」


 男は、現の体内に何らかの機器を仕込んだようだ。言動が筒抜けなことは不満だが、実験と言っていたし、仕方のないことだろうと受け入れる。


 そして瞼を開き、周囲を見渡す。するとそこは実験室ではなく、中世ヨーロッパのような街並みが広がる。まさに想像する異世界を表したかのような光景。頬をつねるが、そこには痛みが。どうやら夢でもないようだ。


「し、信じられない。まさに異世界といった感じの世界観だ」

「それは良かった。では、早速周辺を探索してみてくれ」


 身なりを見れば服を着てるし、立てば視線は前より少し高い。きっと顔つきも相応な変化を期待できる。しかし探索の前に、現は一つ確認したかった。せっかく異世界に転生したのだ、彼はあることを試してみたかったのだ。


「ちょっと待て。その前に、俺にはちゃんと最強の力は備わっているんだろうな」

「もちろんだ。それに相応しい力を与えたぞ」


 その言葉に、現は口の端を緩ませる。憧れの最強。それを、こんな簡単に手にしてしまえるなんて。

 だが、百聞は一見に如かず。現は周囲を見渡すと、近くの石壁の前に立ち、構え、最強の拳を放ったのだ。


 ごつん


 鈍い音を立て、現の拳は壁の表面で止まった。


「い、痛ぇ!」

「何を馬鹿なことをしてるんだ」


 見れば現の拳からは血が滲む。対して壁には僅かな窪みが。


「馬鹿なことって、石壁が砕けないぞ!」

「無理に決まっているだろう。圧砕機じゃあるまいし」


 言ってることと違う。これは詐欺だ。騙されたと感じ、現の頭には血がのぼる。


「無理って——俺を最強にしたんじゃなかったのかよ!」

「最強にはしたさ。君のパンチ力はヘビー級ボクサー並だし、持久力はフルマラソンランナー同等だ。瞬発力もオリンピックでメダルを狙えるし、反射神経だってトップアスリート顔負けだ」


 ………………


「ふふ、驚いたろう。まさにチート。これ以上のスペックを持つ人類はいまい」


 確かに、凄いかもしれない。そんな人類、見たことない。しかし、現の思い描く最強は——


「ち、違うんだよ! 確かにすごいさ! でも、人間レベルの限界じゃないか! それ以上の力を得られないと——」

「何を言ってるんだ。君は人間だ。限界を超えるって、君は熊かゴリラにでも転生したかったのかい?」

「い、いや! そうじゃなくて……」


 思っていたのと、違う。現の思う最強は、石壁など軽く吹き飛ばし、強大な魔物も一撃で肉塊とするもの。しかし、そんなことは人間には到底不可能だ。質量を、力学を、ちょっと考えれば分かること。


 不満はあるが、しかし仕方がない。ある程度強いことは確かだし、現は気を取り直して街を歩く。すると前に見える女性。麗しいブロンドに、揺れる胸。一切の非もない、現実離れした完璧な美少女。それが現の前方から歩いてくる。


「言葉は、通じるのか?」

「ああ、そこは心配するな。ちゃんと理解できるようにしてある」


 ならば安心。そして、現はイケメンに生まれ変わっている。であれば——

 現は自信を胸に、ブロンド美女へと歩みを進めた。


「へい、そこの君。俺の女にならないかい?」

「————は?」


 聞き間違い。はじめ現はそう感じた。だから現は同じことをもう一度。


「き、聞こえてなかったかな? この俺の女にならないかって言ったんだ」

「誰よ、あんた。きもいんだよ」


 聞き間違いでは——ない。そのブロンド美女は、間違いなく現に罵倒の言葉を浴びせている。


「ちょ、ちょっと待て。モテないぞ! きもいとまで言われた!」

「君、さすがに私もきもいと思ったぞ。そんな簡単に口説ける訳ないだろう」


 これも、現の思う異世界とは違った。異世界の女性は、会えば惚れるし話せば惚れる。そんな風に現の中では認識していたから。

 とはいっても、さすがに出会って直後付き合えというのは、言葉の選択を誤ったかと自戒する。


「ま、まあいくら何でもいきなりすぎたか。せめてもう少しコミュニケーションを取らないと、ハーレムを作るのは難しそうだな」

「まったく、何を言ってるんだ。一夫多妻とも限らんのだぞ」


 一夫一妻。それは別に構わない。そんなことを、現は気にしていたのではない。


「いいんだよ。ハーレムさえ作れれば。結婚なんてしなくたって——」

「おいおい、君は今まで、どんな恋愛をしてきたんだ。いいかい、女が欲しければ、毎日の挨拶から親しくなれ。単純接触の繰り返しだ。その内深い話をするようになり、遊びに誘い、真心こめた贈り物を渡し、それで好きだと告白するんだ」

「————は?」


 現の思考は止まった。どれもこれも、現の思う異世界とは違い過ぎた。


「私の方が、”は”と言いたいのだが、一体君は何が不満だ」

「い、異世界ってのは! 出会った女が皆惚れて、ハーレム築いてウハウハってもんだろう!」


 通信越しに届く深い溜め息。男が肩をすくめ、掌を返している様がありありと浮かんでくる。


「君、女性を一体なんだと思ってるんだ。その世界の教養は知らんが、少なくとも、そんな考えをしている君よりよほど頭は良いぞ。ハーレムなど作ろうものなら、呆れて愛想を尽かされるか、嫉妬が苛めを生み、いずれは殺し合いのサスペンスが始まるぞ」


 普通に考えれば、当たり前。ハーレムを作ろうなんて、強欲の過ぎる願い事。しかし、現の思う異世界ではそれが当然。よって、無双もできず、ハーレムも作れない。そんなものは——


「そんなの! 異世界じゃない! 俺を、直ちに元の世界に帰せ!」

「いいのか?」

「ああ、こんな下らない異世界になんの未練もない。だったら、漫画に動画、元の世界の便利で楽な生活の方がよほど楽しい」

「分かったよ——では、元の世界に戻してやる」




————プツン————




 そして、現の意識は途切れた。再び目を覚ますは研究所だと——


 そう、現は思っていた。


「俺は、異世界から研究所に戻ってきたのか?」

「————違うよ————」


 違う? ではいまだ、現は異世界に?

 辺りは妙に薄暗い。目の前に浮かぶ影は、自身より少し低めの男性に見える。


 そして、現に浮かぶ妙な違和感。耳に届くその声が、先程までの男のものとは違う。聞き慣れた声ではないが、なぜか妙に親近感沸くその声質。


「君は、現かな?」

「そうだが、そんなことより、ここは一体どこだというんだ」

「ここはね——」


 ”あの世”


「だよ」


 あの世って、あの、あの世?


 いやいや、そんなはずある訳ないと。現は異世界に転生し、そして、元の世界へと戻ったはずではと。


「なんであの世? 俺は、元の世界に戻せと言ったはずだ!」

「そうだね。そう言ったんだろうね。でもね、俺も、異世界に行くと、そう言われたはずなんだ」


 闇に慣れる視界。そして、現の眼前に立つ男の顔が次第に、徐々にはっきりと——


「そ、その顔は……俺?」

「そうだよ。俺は死んだんだ。そしてお前、異世界転生した俺も、今死んだんだ」

「なんだって?」


 すると、現の姿をする者。転生後伸びた現の顔を見上げて、普段聞き慣れない、撮った動画か何かで聞いた覚えのある自身の声で語りはじめる。


「魂は存在するみたいだが、それを抽出する機械なんて、なかったってことさ」

「そ、それはどういう——」

「つまりね、異世界に行こうとした俺は、体の構造を分解、調査され、そして、同じ

記憶構造で君を異世界に作り出したってこと」


 同じ人物を精製する。この場合、同じ記憶構造だけをコピーし、それを異世界へと送り出す。


「それって、クローン——」

「そういうこと。つまり、転移するたびに俺は死んでいて、つまりは転生。いや、オリジナルが死んだままなら、転生ですらないのか」


 つまり、誰も気付かない。誰も分からない。機材に限らず、異世界転生している者達は、実はこうして冥府の世界を——


「でも俺の世界には俺の帰りを待つ——」

「いないだろ? 異世界転生者なんて大体そんなもんだ。生き別れた家族や友人を想いもしない。それに俺達の後世はクローンがなんとかしてくれる。ゆっくり、虚無の生活をだらけようぜ——」

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