第六話 魔法と筋肉痛
少し暗い廊下の先にある図書室のドアを開けた。
そこは、図書室というより図書館のような広い空間と、それ相応の本の数だった。
「やぁ、来てくれましたか。悠貴くん」
上から声がした。見上げると、優しく微笑んだ女性が俺を見下ろしているのが見えた。
あれがトリシェさんかな? 済んだ青色の瞳に、腰までありそうな長い白銀の髪。ものすごく綺麗な人だ。
トリシェ・パウロ。その女性はそう名乗った。
「初めまして、トリシェさん。俺に何か用があると聞いたのですが」
「君はもうすぐ旅立つ、と聞いたものでね。魔法でも教えておいたほうがいいかな、と」
よかった、予想通りだ。
剣の技だけで魔物と戦うのは不安だったから、安心した。
そういえば最初、魔法ってギルシェンが教えてくれるもんだと思ってた。
トリシェさんが読んでいた本を閉じて、「行きましょうか」と歩き出した。
どこに行くのかと聞くと、中庭だとか。いつもの訓練場は、他の人たちが使っているという。その日はどうしても抜かせない特別なことだとか。
あれー、もしかして今まで使えてたのってムリに使わせてもらってたってこと? なんか罪悪感あふれるんだけど。
中庭は、とても暗かった。たいまつはあったけど、火がついてない。
暗闇の中にトリシェさんが歩み進む。銀色の髪すら確認できない。
「ボッ」という音と共に、周りが明るくなった。トリシェさんがたいまつに火をつけたみたいだ。
「来てください。簡単なものから教えましょう」
火の明かりに照らされた顔は本当に綺麗だな…
「想像してください。貴方の指先にエネルギーが集まり、そこから火が出てくることを」
おっと、そんな事考えてるところじゃなかった。
想像か…元々、そんなに想像力無いからいきなり言われても…
「魔法は、想像をして創造するのです。できると念じ、できると信じる」
創造をして創造する…難しいことを言うなぁ。でも念力って「動け」って念じればできるって話し聞いたことあるし、それと同じなのかも。
とりあえず、火を指から出す…指から出す…指から…………
…だめだ、できそうにない。そもそも指から火が出ること事態異常事態だから想像のしようがない。
そうだな…指から出るんじゃなくて、少し離れたところから出るのはどうだろう…?
「シュボッ」
「意外と簡単にできましたね。合格です」
指先から出るのは怖いから、少し上に出るようにやってみたら案外簡単にできた。
それからは、火を含め五つの属性を試した。
風をおこそうとしたらそよ風が。
土と言われたら、地面に小さな突起物が出る程度。水と言われたら雨粒ほどのものができた。木はと言われやってみれば、地面にかわいい芽が出た。
「器用なものですねぇ」
トリシェさんに目を見開いて言われた。俺が器用なのって、やっぱ異世界パワーかな?
「でも、全部しょぼいことしかできませんでした」
「これが初めてなんですからしょうがないですよ。逆に、小さいながらも五つの属性を出せるというのがスゴイことです」
「普通はできないものなんですか?」
「一般ならばできて二つ、三つが限度と言ったところでしょう。四つからは才があると言われるくらいです」
四つをとばして五つってすごくない?
「ところで、どの属性が一番しっくりきましたか?」
「うーん…最初にできた火がやりやすかったような」
「なるほど」
この後に聞いたのだが、火の魔法は一番覚えやすく、初心者に丁度良い属性なのだと。
だからあんなにやりやすかったのか、って理解したけど少し悔しい気もした。
しばらくやっている内に、魔力の引き出し方もコツが分かってきて、バスケットボールくらいの火の球が出せるようになった。
「綿に水をしみこませるかの如く、学習能力が高い」ってほめられた。
とにかくその日は、日が昇る前に終わった。明日は剣の訓練もあるからってことでトリシェさんが終わらせたけど、それだったらもっと早く終わりにして欲しかった。眠い。
初めて魔法を使っての感想は、すごくおもしろかった。メルヘンにことに興味がないと思ってたけど、ここまで楽しくなるとは。恐るべし魔法の世界。
朝起きたらなぜか全身筋肉痛に…すごく…つらいです…
「おはようございます、悠貴さん」
つらくても…起きなきゃダメですか。
ぎこちない動きで食べてると、メイドさんに心配された。今日は…休みたいです。
弱音を吐こうとしたらドアが勢いよく「バーン!」と大げさな音を立てて開いたもんだから、吃驚して息を飲み込んじった。
「よう悠貴、生きてるかー?」
ドアを破壊せんばかりに勢いよく開けたのは、ギルシェンのようだ。
漫弁の笑みしやがって…ちくしょう。
「一体なにしにきたの? ドアぶっ壊しそうな勢いで」
「いやー、昨夜のお前の功績について聞いたんだよ。そしたらお前、五つも属性あるんだって? これは育て甲斐あるなーとウキウキしながらお見舞いしにきた」
「俺が筋肉痛になったのおもしろがってるな?」
「それが八割」
時たま、子供みたいなことをするのがこの人なんだと、この間分かった。
真面目なときと不真面目なときののギャップが目立って、見てて面白い。
「ところで、なんで俺は筋肉痛になったの?」
そしていつの間にか敬語を使わなくても怒られなくなった。
「最初の頃に言ったろ? 魔法を使ったときに体力も消耗するって。上から見てたけど、初見でもって初挑戦するヤツがあんなにできたんだ。いくらお前が普通じゃないからと言っても、疲労はものすごく溜まる。ま、やり方次第で消耗も少なくすることができるがな」
「それを一刻も早く知りたいんだけど」
「そう焦るな。今日のメニューにそれについての授業を入れた。体にムチ打って訓練場に来てくれ」
「じゃーなー」と陽気な声を出して出て行った。俺をからかいに来たって言うのがむかつくところだが、俺が大人になれば…
とにかく、訓練場に行かなきゃいけないので、メイドさんが作ってきてくれた朝飯を食って、だるい体を超頑張って動かし、闘技場に行った。
道中五回ほど躓いた。