第二話 まずは訓練を
「起きろー!」
姉貴の大声…ねむい…まだねむい…
「眠いじゃない! 七時だぞ!」
七時? もうそんな時間かよ…仕方ない、起きるか。
「朝飯できてるから、早く食べちゃいなさいよ」
へーい。
そういや、奇妙な夢見たんだ。変な世界にとばされて、「お前に救ってもらいたいものがある。世界だ」なんて言われてさ。勇者にされる嫌な夢だった。
「世界を救う夢? 楽しそうでいいじゃん。なんかイヤなの?」
いや、そんなこと言われてみ? 確実に面倒だろ。
「そう? そんな話より、早く起きてください!」
は? 俺いま朝飯食ってるんだけど? てか何故に敬語?
「遅れるよ! 特訓するんでしょ?」
「うわぁ!!」
「キャッ!」
姉貴がイヤな笑顔を向けたせいで背筋が寒くなったわ!
全くイヤな夢…キャッ?
「やっと起きてくれました。ささ、お早くお着替えに」
着替えるってなにに?
見たことない壁、覚えのない天井、知らないないメイド?
さらに俺が寝てたこのベットはふかふか。布団派の俺には豪華過ぎる。
なんで俺、もしかして拉致られた?
「なにしてるんですか異界の勇者様!」
勇者って言葉で全部思い出してしまった。イヤな昨日の出来事を全て。
ってことは、これは、夢、では、ない、?
「マジデスカ……」
酷く信じられないことがあると、それを信じようとしないのが人ってものらしい。その意味を理解するには、十分すぎるだろ、これ。
促されるがままに軽装に着替え、促されるがまま大広間に連れてかれた。メイドさん曰く「訓練に使われてる部屋」だそうだ。
防音設備もしっかりしていて、どんなに暴れても壊れないぐらい頑丈だとか。
その大広間に、ギルシェンが剣を杖のようにして立っている。
話しかけようとしたら頭にゲンコツ落とされた。
「三分前行動って先生に教わらなかった?」
「去年の先生には五分前行動って言われた」
「尚悪い」
頭にたんこぶ二つ乗っけて座らされた。
「まずは基本的な体力作りをしてもらう」
「せんせー質問ー」
「はい、そこ」
「普通魔法の国なんだから魔法から教えてもらえるんじゃないんですか」
「魔法ってのは体力がないと使えないので。その為もあってのこれです。他には?」
「体力ありゃ魔法使えるんですか〜」
「そんなわけないでしょう。当然魔力も必要になる」
「魔力?」
「いわゆる生命の力。自然にある生命エネルギーを分解・構築することで魔法ができあがる」
こんな感じで、と言って手を少し上げると、そこに火の玉が浮かび上がった。まさかアニメだけだと思ってたのをリアルで見られるとは。
その前に分解・構築とかどこの錬金術だよ。
「普通の人が魔法を使うとあり得ないくらい疲れる。これは、人間が動くために必要なエネルギーを消費するからなんだ。普通の中学生はこれくらいの火の玉出すだけで四百メートル走を全力で走ったのと同じくらい疲れる」
「それじゃ俺その程度の火も出せそうにないな」
「だからこその訓練だ」
突然、ギルシェンが剣を大きく横に振ったので、俺はバネのように後ろに跳んだ。
あれ、俺こんなに反射神経よかったっけ。
「この剣を使え。全てを受けろ」
安定するための後ろ足一歩を踏んだ瞬間、剣を真っ直ぐ突き出してきた。顔を狙われてるのが分かったから、頭を後ろにのけぞらせる。
ギルシェンが突きだした剣は俺の髪を掠めて止まり、そのまま下に振り下ろされた。反射的に握っていた剣で防ぐと、金属が強くぶつかる音が耳を劈く。
相手の剣を横になぎ払う。あとは横に転がって逃げれば体制を立て直せる!
とか思ったけど甘かった。ギルシェンは除けられ刺さった剣を、床を削りながら俺に向けてくる。
転がろうとして背中を向けたところを、その衝撃で壁にぶっとばされた。
「横に逃げるなら側転とかあるだろ。何でわざわざ転がるかな」
「イテテ…そんなマンガ式の理想的な避け方できるわけないだろ…」
「そう思うならここで側転やってみろ」
壁にたたきつけられた体を起こして、一年生の体育以来やってない側転をやろうとやけくそで勢い付けてやってみたら、意外にできた。
もしやバク宙も…なんて調子に乗ったことやってみると。
「なんでできるんだよ! 俺スゲェ!」
意外にできるもんなんだなぁ! 運動神経こんな良くなったのか俺!
…そういやさっきも、空気を切るかのごとく飛んで壁にたたきつけられたのに、あんまり痛く無かった気がする。おまけにあんな早い剣をかわしたりもできたな。普段ならあんなこと到底できないハズなのに。
「もしかして俺、こっちに来てからなんかパワーアップしてない?」
「あちゃーバレたかー」
「隠す必要あった? これ」
「だって運動能力が飛躍的に上がったなんて知ったら、これすっ飛ばして魔法使いたいとか言うと思ったし」
そりゃ、こんな普通じゃない力があるってんならこんなことしないで魔法使いたいって言い出すだろう!
ところでなんでこんな力上がったのにさっきギルシェンに負けたんだ?
「お前はこっちに来たから、力が上がる。逆に俺はこっちのほうがスタンダードなんだが、お前の世界に行くと力が大幅に下がる。まァ、異世界からの来訪者限定“強くてニューゲーム”ってところか」
「つまり俺はこの世界の中学生ほどの力しかないと?」
「いや、上級兵士あたり」
上級兵士を見たことがないから分からないけど、つまり俺ってスゴイってこと?
その上級兵士あたりの実力がある俺が負けるってことは、この人は一体なんなんだ。
「言っとくが、お前の力がそれぐらいあるってだけで、技術的な面は劣るからな」
「なんでみんな読心術持ってるの?」
「あれは国王だけ。お前は単純だからそんなもの使わなくても分かるの」
俺はそんなに単純か。
無駄話をした、と吐いてギルシェンはまた剣を構え始めた。このままいけば俺は心身共にボロボロにされそうだな。
何はともあれ売られた喧嘩は買わないわけにはいかないので俺も見よう見まねで剣を構える。
今日一日、ずっとこんな事をやって終わりにしてしまいそうな勢いだ、と思いながらまたやられる大川であった。