俺の中二病黒歴史が伝説になった
「助けて欲しいの!!!」
今日もいつものように残業で、ギリギリ終電に間に合った。もう体はクタクタで、1分1秒でも早く布団に倒れこみたかった。もういい、風呂は明日、いや明後日。
そんな状態だったから、自宅前にうずくまる存在にすぐには気づかなかった。
彼女(長い髪で女だとわかった)は、足音で俺に気づくと、ガバッと立ち上がり、そして冒頭のセリフ。
いやいや意味わかんないから、とその日は彼女を振り切ってアパートに入り布団に倒れこんだ。
朝になると、おれはすっかりそんなこと忘れていた。
ほら、わかるだろ?寝る直前、数分前に起きた出来事の記憶なんてそんなもん。
だから会社に行こうとドアを開けたら、女の子がうずくまっててかなりビビった。
流石のおれも、こんな女の子を部屋の外に放置したままぐっすり寝てたことに罪悪感覚えてさ。
会社に風邪引いたから病院いくって嘘ついた。
午後から出社します、とか言っちまったもんだから、あーやっぱ今日も風呂は入れねぇな、とかぼんやり考えてた。
そんで彼女を部屋にあげる。
だってそうだろ?絶対この女おれに用事あるし。そういえば助けてって言ってたし。まあ金も貸せないしツボも買えないし、借金の保証人にもなれねぇから、多分なんもできねぇだろうなぁとは思ったが。
よく見りゃなかなか綺麗なもんだ。
ぱっちり切開幅広平行二重。
すっとした鼻筋にふっくらした唇。
ふわっとした涙袋にピンクの頬。
整形でもしたのかって美人度だけど、どうにも見たことある気がしてさ。
よくよく思い出してみると中学のころのマドンナ、ユリちゃんにそっくり。
聞いてみるとどうやら娘のミサちゃんというらしい。
ちくしょーマドンナも所帯をもったか。
「なんか用事?」
ミサちゃんは中学んときの卒業文集を出しながら、また冒頭とおんなじセリフ
「助けて欲しい。」
「助けるって?おれ金ねーよ?」
そんなこと言いながら、差し出された卒業文集をなんとなくペラペラめくる。
目に留まったのは、おれの文集。
『将来の夢なんて、持てる立場ではない』
ほかの連中が素直に将来の夢、とか中学の思い出、とか書いてる中、なんか異様な雰囲気をまとっていて、思わずアルバムを閉じてばくばくいう心臓を抑えた。
でもなんかミサちゃんは「読んで?」みたいな目ぇしてるし、死ぬほど読みたくなかったけど、これもうミサちゃんにはどうせ見られてるだろうし、なんかもう、もしかしたらネタにできる内容かもしれない、笑って誤魔化せるかもしれないって期待こめて再度読んだ。
『まず最初に言っておくが、俺に夢なんてものはない。昔は、パイロットだとか、警察だとかに憧れてた気もするが、今はそれが夢物語だとわかっている。何故なら、俺には夢の前に使命があるから………。』
文集を閉じた。
昔はってなんだよ!!中学生のくせに!!
あれ?だめ?ちゃんと読めって?
ミサちゃんには逆らえねぇな。
『俺には敵がいる。一般人には知られていないが、黒柩教という、この世に絶望をもたらそうとしている集団だ。敵の名を書こうか迷ったが、これはみんなにも知っておいて欲しい。俺が守るにも限度があるからな。』
『こいつらは世界に絶望をもたらそうとする邪悪な存在だ。善良な一般人に取り付き、暴れる。
俺はこいつらをこいつらを全て駆逐しなくてはいけない。それが使命。』
『呑気に夢を語っている連中が羨ましくないわけではないが、その呑気さを俺が支えていると思うと誇らしくもある。』
『俺が大人になるとき、その頃までに奴らを駆逐する、夢というわけではないが誰かがしないといけないのなら、当面それが俺の目標だ。』
「…………………。」
心臓が波打つ。だめだ死ぬ、死んでしまいたい。
ネタになる系中二病じゃなかった!!
顔が熱い、というか身体が熱い。
ミサちゃん見れない。
そんな俺に、ミサちゃんは声をかける。
「駆逐はできた?」
あ、これ熱あるわ。病院行かないといけないわ。
会社に言った嘘とおんなじことを言って逃げ出そうとするがそうはいかない。
ミサちゃん、会社に仮病電話するときいたし。
「助けて欲しいというのは、この黒柩教のことなの。」
そうか、ミサちゃんは俺を殺しに来たんだな。
「私の母が何者かに取り憑かれたように人が変わって……なんでかなって調べてたら、あなたの文集を見つけたの!これって黒柩教の仕業じゃないかな?お願い、母を助けて!!」
う、ふー
何を言いだすんだこの子は。
本気で信じてんのか。
おいおい馬鹿言っちゃいけねーぜ。
「いや……黒柩教は俺が駆逐したから………。」
乗ってしまった。仕方なかった。中二病ってもんを理解してなさそうな純粋な娘に、黒歴史の説明なんてできるか!
「でも!別の組織が現れたのかも!お願い、その力でお母さんを助けて!!」
あー、どうしようもない。
「わかった、調査だけはしてみるから。関係なかったら俺なんも出来ないからね。」
適当に調べる振りして逃げ出そう。
そのとき、ミサちゃんは笑った。
花がほころぶように、世界に色をつけるように。
「ありがとう!!!」
おもむろにスマホを取り出した俺は、にっくきパワハラ上司に電話する。
「風邪の症状が大分やばいんでー、はい、今月いっぱいで仕事辞めます。今日から有休使っといてください。」
◇◇◇
ミサちゃんの家はここから電車で一時間ほど。さらにバスで10分。
なるほど、閑静な住宅街ってのはこういうとこを言うんだな。
ガッシャーンッ
はい、閑静な住宅街終了。
なんだガラスの割れる音か?
「あ!今の、私の家の方!!」
ミサちゃんは走って自宅に向かう。
俺も慌てて追いかけると、ミサちゃんは『長塚』と書かれた表札の家で止まった。
「………入るよ!!」
「お、おうわかった。」
内心ビクビクしながら、でも強盗なんか入ってたらミサちゃんが危険だからと、俺が先頭に立ってゆっくりドアを開ける。
そこにはお化けがいた。
いや、長い黒髪で顔を隠し、うつむき加減にぼんやりと立つ、お化けみたいな女性がいた。手に割れたコップか急須かわかんないけどガラスの取っ手を持って。
ポタポタ手のひらから血を流してるので、生きてる人間なんかなぁ、とか現実逃避してた。
「お母さん!!」
ミサちゃんが駆け寄る。
うっそあれがマドンナ?
マドンナユリちゃんはギュルンって効果音すら尽きそうな勢いでミサちゃんをみる。
長い前髪から覗く目が、異様な虚ろさを誇っていた。
「ミサ………オカエリ。」
マドンナはそういうと手を振り上げて…
正直最初、俺は頭でも撫でようとしてんのかと思った。だって親子だよ?
でもおかしいんだよね。振り上げた手、割れたガラス持ってんだもん。
「危ない!!!」
咄嗟にしては上出来。俺はミサちゃんの腕を掴むと自分に引き寄せた。
間一髪、マドンナの手はミサちゃんの顔があったところに振り切られていた。
「ひっ!」
標的を俺に定めたのか、マドンナは俺に向かって飛びかかる。
俺さぁ、体育苦手だったんだよね。
再び現実逃避、からの回避。
回避なんてかっこいいもんじゃない、転んだら避けれた、これが正確。
そのまま覆い被さってこようとするから、なんとか腹を蹴り上げて距離を取る。
ふらつくマドンナに、俺はちょっとすみませんよっと手近にあったガラスの花瓶を投げつける。
ごっ
体育苦手、ノーコンの俺の投擲は
なぜかこの時ばかりはめちゃくちゃ上手くいって
あれだね、ガラスの花瓶と頭がぶつかると、あんな鈍い音が出るんだね。
マドンナが倒れる様はまるでスローモーションのように見えた。
殺した?俺、殺してしまった?
冷や汗をダラダラ流しながら、ピクリともしないマドンナに近くと脈を取る。
ちくしょー俺の心臓がばくばく言いすぎててわかんねぇ。
その時、ある印が目に入った。
長い髪に隠された首筋。
黒い五角形を縦長にしたようなものの中心に白い十字架。
要するにドラキュラの柩みたいなマーク。
心配そうに覗き込んでいたミサちゃんが息を呑みつぶやく。
「く、黒柩教っ!!」
◇◇◇
「ち、違うんです!おじさんは悪くないんです!!いや、お母さんも悪くなくて、黒柩教がっ!!!」
警察に連行されそう、なう。
「怖かったね。大丈夫だよ。もう安心して。落ち着いて、何があったか教えてくれるかな?」
「黒柩教が!!!」
優しそうな警察のおねーさんがミサちゃんなだめてるのが聞こえる。
どこで聞いてるって?
パトの中。
人生初パトカーの中。
「お名前住所生年月日教えてもらえますか?」
はいはいはいはい、と素直に答えていく。
逮捕は嫌逮捕は嫌。
「それで、何があったのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
俺はミサちゃんが来てから今までのことを全て話す。
黒柩教とか、顔から火が出るかと思った。
警察は呆れたように
「あー、それで年端もいかない少女を騙してその母親を殴りつけたんですか?」
「いや、騙し、え?騙したっていうか、え?」
「あなたは長塚ユリさんを殴りつけたことを認めますか?」
「え、いやいや、殴ったっていうか、いや。」
「あなたが、ガラスの花瓶で殴りつけたかどうかです。」
「いや、殴っては、投げただけで……。」
「なるほど、害意をもって攻撃を仕掛けたことを認めると。」
「害意なんて!俺は襲われて!」
「あのガラスの花瓶、かなり重たいですね。下手をすれば人は死んでしまう。防衛手段として適切であったと?」
「え、えー。」
まじで逮捕されそう、なう。
「ミサちゃんに聞いてください。」
「今聞いています。可哀想に、目の前で母親を襲われ、錯乱状態になっていますよ。」
パトカーの外から、「黒柩教がっ黒柩教が!」と叫び声が聞こえる。
あ、たしかに錯乱状態だわ。
頼む、俺の無実?を証明してくれ、落ち着いて
半ば呆然としていると、突然、天地がひっくり返る。
「はぁあ!?」
「ぎゃぁあ!」
再度に座る警察に押しつぶされながら、現状を把握しようとする。
なぜ、パトカーがひっくり返ったんだ?
「おじさん!!!」
外からミサちゃんの声が聞こえる。
いつのまにか俺の呼び方はおじさんになってた。解せない。お兄さんと呼べ。
中と外の警察の頑張りで、なんとか外に脱出できた。
「おじさん、大丈夫!?」
「ああ、でも一体どうしてパトカーが……」
「わからない。突然強い風が吹いたと思うと、パトカーがひっくり返ってて。」
「きゃああ!」
「うわ!なにするんだ!!」
「いや、やめて!」
元閑静な住宅街に悲鳴やら怒号やら何が割れる音が響く。
街はゾンビパニックのように、フラフラした人間たちが歩き回り、ガラスや車を破壊して回っていた。
「どうなってんだ……」
警察官がつぶやく。だから黒柩教の仕業って言ってるじゃないですか!となかなか信じない警察にミサちゃんが苛ついている。
「くそぉ、人を乗っ取るなんて、この卑怯者!!出てこい黒柩教!ばーか!!」
「我らの名を大声で呼ぶのは誰だ!!」
目深に黒のフードを被った中性的な声の怪しすぎる人間がふっと空から舞い降りた。
多分どっかの家の屋根待機してたんかなぁ、とか考えながらも正直めっちゃビビっていた。
「おい小娘、貴様我らの名をどこで知った?」
「あんたたちの名前も目的も、全部ここに書いてある!バレバレなのよ!ばーか!!」
「く、我らの秘密の活動が全て筒抜けだっただと?だからここに警察が……。
お前、何者だ?」
「ふん、私じゃぁないわっ」
そう言ってミサちゃんは得意げに俺に笑いかける。
「いやちょっとミサちゃん?」
「さあおじさん!やっつけて下さい!」
「ふん、おじさんとやら、貴様一人で我らに勝てるとでも思っているのか。」
勝てません。無理です。てかなんでこんな悪の組織でてくるの?
やめて。なんで中学生が考えるような痛い名前の教団たちあげてんの?
ほんとやめて。
「ミサちゃん、話してなくて申し訳ないんだけど、俺、もう力使えないんだよね。」
「え!?」
「悪を駆逐する聖なる力は、どうやら10代までしか使えなかったみたいでさ。おれ、もう使えないんだ。ごめん。」
「そ、そんなぁ………。」
いや、そうじゃない。元からそんな力おれにはなかった。ごめんミサちゃん。
「ミサちゃん、本当は……」
「だったら私が!!!」
「!?」
私が、みんなを助けるんだ!!とやる気マックスで燃え上がるミサちゃん。
そのままフードに向かって走り出す。
「ミサちゃん!だめだ!!」
フードはふふ、と笑みを漏らすと、ふわりと浮き上がった。
浮き上がった!?
「愚かな。所詮ただの小娘。諜報ができようがここまで牙を届かせることすら叶わない。」
「なぁめぇるなぁぁああ!!!」
うわぁ怖いよ。ミサちゃん、可愛くて可憐な少女だったじゃん。
「聖教白光騎士炎弾!!!!」
何それー!?!?!?!?
ミサちゃんの手のひらから輝く白の光線が放たれる。
フードは慌ててシールド!?を展開しガードするが、あまりの圧にシールドにヒビが入るのが見える。
「くそ、小娘が!!こんなところでぇえ!」
「死ねよ!ばーか!!」
さっきからミサちゃんの罵倒、バカ率高いなぁ。口悪くなっちゃったなぁ。
「うわぁぁあああ!」
シールドが破られると、フードは叫び声をあげて跡形もなく消えた。
街の喧騒も収まり、住民たちは正気に戻ったようだ。
ぽかんとするのは俺と警察官達。
「おじさん!やりました!!」
ぽかんとしたまま、とりあえずミサちゃんの頭を撫でる。
ミサちゃんは嬉しそうに口元を緩める。
そしてキッと警察に向き直ると
「これで信じてくれましたか!?おじさんは、そして今は私も!黒柩教と戦っていたんです!みんなのために!!」
ぽっかーんとした顔をスッと戻すと、警察はまっすぐにミサちゃんを見つめる。
ミサちゃんの瞳に正義の心を見つけると、俺も昔は……、と思いを馳せる。
「信じざるを得ないな。」
俺も、もっと正義のために、なんて心の声が聞こえそうな顔で微笑むのだった。
◇◇◇
それからのミサちゃん、ついでに俺は激動の日々。
正直もうお母さん助かったからいいだろ、とは思ったが、
そこは正義を宿したミサちゃん、全てを救おうと黒柩教に立ち向かった。
フードが“我ら”とか言ってたから、まだまだ団員がいるはず、と様子のおかしい人の話を聴くと西へ東へ走り回った。
ちなみに俺は師匠だそうだ。
力はなくても経験はある、とかで、
まあ幼いミサちゃんに全てを押し付けるほど俺も腰抜けではない。
決して、笑顔で“師匠”って言われたトキメキに流されたわけではない。
ちなみに黒柩教は公になった。
俺がみんなに知っていてほしいとか文集に書いてしまったのを真に受けて、危険をしらせねばと警察協力の上注意喚起を行った。
必然的にミサちゃんは有名人だ。
ヒーローであると同時にあの可憐さ。国中に熱狂的なミサちゃんフィーバーを巻き起こした。
そして俺、ミサちゃんの師匠ということで超絶有名人になってしまった。
顔出し名前出しNGだとお願いしたにも関わらず、様々なところから俺の情報が上がる。
中学生の頃から人々を守るために活動し、注意喚起をするも信じてもらえず、いじめを受けるも人々のために戦い続けた、
そんな悲劇のおっさんに仕立て上げられた。
いじめって、俺があまりに痛々しかったからなんだけどね。
問題の文集がネットにアップされ………
同級生が面白おかしく俺の学生時代を語り……
パワハラ上司は恩師としてテレビ出演………
羞恥の炎で焼き殺されそうになる毎日。
「師匠!!広島県で突然暴力的になった人が多数という報告が!!」
ミサちゃんがノックもなく俺の部屋に飛び込んでくる。
何回も注意してるんだけど、なおらないねぇ。俺基本裸族なのに、これじゃ裸になれねーじゃん。
「ほら行きましょ!師匠!!」
でも、ミサちゃんの花のような笑顔をみると、羞恥に焼き殺されるような日々も悪くないかと思える。
「そういえば!師匠が伝記になるらしいですよ!幼少期から中学生のときの陰での戦い。そして私と出会うまで!!」
え?ちょっとまって、それって俺に先に言うべきじゃないの?
「師匠はインタビュー嫌がるんで、師匠の相棒だったうちの母が代わりに取材を受けました。幼少期から現在まで、全て証人が揃ってます!」
え?俺の相棒マドンナなの?
「今師匠は海外でも注目されてるらしくて、私のとこに師匠のことハリウッドで映画化しませんか?って依頼きましたよ!!もちろんオッケーしときました!」
「……………………………。」
「ほら、なに突っ立ってるんですか!行きましょう!みんなが私たちを待っています!!」
「………もう死にたい。」
過去に戻れるなら、俺は過去の自分を100万回でも殴りつけるだろう。
それでも、ミサちゃんの笑顔を見ると、逃げられないなぁと思ってしまうんだ。