第八話 魔法○○と森の民
俺は案山子に憑依した。概念としてでしか存在しなかった俺は、案山子に宿ることで実体を得た。そもそも案山子とかどうやって動くんだ? と疑問に思ったが、けんけんの要領でやってみたら案外移動することができた。
「おいっ、なんだあれ? 魔物か? ストーンバレット!」
おわっっと、やばいやばい。村人に見つかり魔物と間違えられて石が飛んでくる。俺は急いで森のほうに駆けていった。けんけんで……
森の中を、洞に向かってひた走る。しかし、如何せんけんけんでは遅い。ふと案山子でも意志があることを思い出した。これ魔法いけんじゃね? 少しでも早く走れるようにと念じる。おっ頭の中に思い浮かんできたぞ。ウィンドウォーク!
へぶっ! 後ろから追い風のようなものを感じ、盛大に転んだ。けんけんなので後ろから追い風がくるとバランスを崩して転んでしまう。どうしたものか。んーそうか、木こりの爺さんの魔法を使えばいけるか? エアハンマー!
ぐっほぅ! 背中側を意識して魔法を唱えるとミシミシと身体がしなる音が聞こえ、前方に盛大に吹っ飛ぶ。大丈夫だ。耐えられる。けんけんと比べ物にならないぐらい早い。俺はひたすらエアハンマーを唱え、某土管工のジャンプのように吹っ飛び続けた。ひゃっほぅー!
なんとなくだが道がわかる。ルシファーが何かしてるのだろう。方向音痴の俺では絶対迷う自信があった。ましてや森なんて同じような風景だしな。4日目ぐらいだろうか、全力ひゃっほぅーで多少ボロボロになりながらも、洞に辿りつくことが出来た。
「遅かったわね。待ちくたびれたわ。まだ生きてるわよ」
洞の前でルシファーが立っている。死んでたら困る。ルシファーの姿は案山子でも見れるようで安心した。
洞の中に入ると、おばあさんの隣にハクアが体育座りで座っている。あれから全く動いていないのか? 案山子なので臭いがわからないが、確実におばあさんも腐ってきているだろうに。
「あとは任せたわ、必要なら呼んで頂戴」
ルシファーはそう言って立ち去った。俺は、ハクアの頭を木の腕で軽く小突く。うつろな表情で顔をあげ、その目は徐々に見開かれていった。
「案山子……さん……?」
乾いた唇から言葉が漏れる。そうですあなたの案山子です。良く頑張ったな。4日間ですっかり慣れた案山子の身体を、アニメのように動かし藁の胸を叩いた。
おばあさんを老人達が眠る墓に埋葬し、まずは精神的にも、肉体的にも疲れ果てたハクアの看病から始まった。案山子の身体もすっかり馴染み、並大抵のことなら可能になった。魔法も使えるしね。
ファイアで焚火をし、クリエイトで創った歪な金属っぽい器でお湯を沸かす。しばらく食べていなさそうだったので、胃がびっくりしないように芋を煮崩して少しづつ口へ運んだ。死体と数日過ごしていたようなので、衛生面も心配だった。
申し訳ないが衣服を脱がし、ぬるま湯で浸したお湯で清拭していく。途中ルシファーの声で、タイーホ、お巡りさんこっちですとか聞こえて来た気がするが無視だ。正直こんな幼い子に欲情する性癖などない。そもそも神になったからか、案山子だからか知らないが、そうゆう感情事態希薄な気がする。
ざぶざぶと衣服を洗い、干して乾かす。その間は熊の毛皮をかけておいた。水を定期的に飲ませ、芋を煮崩し……面倒だから芋粥と呼ぼう。芋粥を口に運ぶこと2日。ハクアは目を覚ました。
頬はこけているが、すっかり身綺麗になったハクアが抱き着いてくる。こんな小さな身体で頑張っていたんだなと思い、背中をポンポンと優しく叩いてやる。しばらく大声で泣いた後、また眠りについてしまった。
さてさて、さっきから気になってることを消化しますか。木材の前で佇む弱弱しい意志が俺を呼んでいる。わかってますよ。ちゃんと見てたって。意志は案山子の身体に吸い込まれていく。俺は木材に向かい唱えた。創作。
畑の前には3つの弱弱しい意志。ご苦労さん。あとは任せろ。案山子に意志が集う。畑に向かって命じる。収穫祭。
老人達がガッハッハッと笑いながら、天に昇って行った気がした。曲がりなりにも神に願うんじゃなくて要求するとはね。食えない爺さん達だったよ。
そうこうしているうちに、ハクアが洞から慌てたように出てきた。誰かが傍にいないと不安なんだろう、悪いことをしたな。
「何……これ……案山子さんがやったの?」
綺麗な青い瞳を見開いて、ハクアは木材のあったところと畑を交互に見ながら聞いてきた。やったというか、してやられたんですけどね。とりあえず藁で出来た胸を張っておいた。
そこには、立派なログハウスと、豊作といって差し支えない畑が存在していた。
そこから案山子と少女の奇妙な生活が始まった。創作と収穫祭は、もう使うことはできない。一種の奇跡みたいなものだ。彼らの意志なくして使用することはできなかっただろう。
「ねぇねぇ、案山子さんは魔物なの?」
「お腹は空かないの? わたしばっかり食べてごめんね」
俺は案山子だから言葉を発することができない。だが、ハクアは事あるごとに話しかけてきた。身振り手振りで出来るだけ答える。確かに腹減らないなぁ。口もないし食べようがないしな。
畑に出るぐらいは許してくれたが、水を汲みにいったり、周囲を散策しようとすると、止めたり、強引についてくる。火魔法が身体に燃え移った際は泣かれてしまった。いなくならないか不安なんだろう。案山子の意志は弱い。飲んだりするような水は汲まないと全く足りないのだ。
「一人に……しないで……」
ログハウスで眠る中、涙で濡れるハクアの頬を、出来の悪い布で拭った。概念であったときではわからなかったことが少しづつわかってきた。
ハクアは、意志が強烈なのではない。あくまで表面上だけで、世界の意志を大量に内包しているのだ。魔法は意志を世界の意志に干渉して事象を引き起こす。内包する世界の意志を維持するために意志のリソースが割かれており、魔法が使えないのだ。これが魔法に代わる祝福だというのなら一種の呪いだ。
季節は廻り、夏を迎える。弱り切っていたハクアは嘘のように元気を取り戻した。俺のというか案山子の手を引いて川で水遊びをしたり、なぜか俺に寄ってくる鳥や小動物と戯れたりして過ごしていた。案山子って動物避けじゃなかったっけか? まぁいいか。
いつも大事そうに持っている人形が気になり、じっと無い目で追っていると、ハクアが気恥ずかしそうに答えた。
「神様のお人形なの! きっと見守ってくれてるんだ」
はい、神様です。見守るどころかがっつり目の前にいます。なんで少年なんだろうか? 俺はどちらかというとおっさんに近い気がするのだが。首をかしげる。
「なんだか、こんな姿な気がするってだけなんだけどね」
あれ、たまたまかな。意志疎通できたような。しかし、これからどうしようかね。ルシファーでも呼ぶかな。いい加減怒られそうだ。
「グリム、仕事よ。厄介事がやってくるわ」
目の前にルシファーが現れる。呼ぶ前に、厄介事と向こうからやってきたよ。
村の方で何かあったらしい。正直あまり気が乗らないが、神として放っておくことはできないだろう。それに、ずっとこのままで行かないことはわかっている。
「村での観察を続けていたんだけど、春になって農作を始めたら急激に混沌が増加したわ。不作は酷くなる一方よ。畑に混沌が蔓延しているのが原因みたいね」
また魔法が原因か、魔物化現象が落ち着いていたから油断していた。水面下ならぬ地面下で、問題は継続して起こっていた訳か。春になって、畑で魔法を使用したから急激に増加したんだろうけど、なんで今まで大丈夫だったんだろうか。
俺がルシファーと話をしている、というよりルシファーの話を聞いていると、ハクアが心配そうに話しかけてきた。
「そこに誰かいるの?」
ハクアから見たら案山子が虚空を眺めているようにしか見えないだろう。俺は頷いておく。藁の胸をトントンと木の棒の手で叩き、そして村の方向を示す。表現する方法がわからなくて、とりあえずバイバイと手を振る動作をしてみる。
「いや! 置いていかないで! 案山子さんが行くならわたしも行く!」
しがみつかれてしまった。困ったな。でも、このままここで一人にしてしまったら、それこそ自暴自棄にでもなってしまうかもしれない。冬さえ越えたのなら村の方でも受け入れてくれるだろうか? それにあまり時間もない。
ハクアの頭をポンポンと軽く叩き、お互いを示したあと、村を示して、ゆっくりと頷く。
「案山子さん……!ありがとう!」
随分と意志が弱まってきている。だが、概念であるよりは何か出来るかもしれない。それに、知らないところで只の案山子に戻るのもハクアに気が引ける。宿った意志もハクアと居たがっている気がするしな。情が移っただけかもだけど。
俺はハクアを連れて村に向かうことにした。ハクアが一緒なので無茶な移動は出来ない。大分磨り減った木の足にバランスを崩しそうになるが、ハクアが支えてくれたりしながら、村を目指した。
一週間ほどかけ、俺たちは村に辿りついた。
俺たちが村につくと、ハクアの姿に気づいた村人達が近づいてきた。俺は無用なトラブルを避ける為に、動かず抱えられている。
「お前! 生きていたのか!」
「じいさやばあさんはどうした?」
「なんだこの肥えた芋は! お前さんがつくったのか?」
ハクアが少しでも村の足しになればと持ってきた野菜や干し肉を見て、村人達が群がってくる。
「あの、えっと……、説明しますから……」
あまりの勢いに呆気にとられながら、ハクアはこれまでの経緯を話した。話してしまった。包み隠さずに。ルシファーが険しい表情でこちらを見ている。
「なら、この案山子がいたら豊作になるのか……?」
誰かが一言呟いた。その一言を皮切りに一斉に村人の手が俺、もとい案山子に伸びる。
「や、やめてー!案山子さーん!」
俺がもらう、うちが試す。それぞれが勝手なことを言いながら案山子を奪い合う。普段であれば信じないようなことも、余程この不作はこたえているのか縋りつく。ハクアの必死の叫びは届かず突き飛ばされてしまった。そして俺はゾクッとした物を感じた。
混沌が溢れ、土中に向かったかと思うと、突き破るようにして巨大な黒いミミズが飛び出してきた。先端にはギザギザの歯がついており、涎をダラダラと垂らしている。カオスワームとでも呼ぼう。
さっきまで案山子に群がっていた村人たちも、カオスワームを見るや否や、案山子を投げ捨て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。誰もハクアのことを気にかけていない。挙句の果てには……
「ハクアが厄災を連れて来たぞー!」
などという馬鹿もいる始末だ。遠巻きにカオスワームを見ていた村人達の視線が、ハクアに突き刺さる。
「えっ……えっ?どうして……」
ハクアは目に涙をいっぱい溜めて泣きじゃくり始めた。俺はむくりと起き上がり、ハクアをぎゅっと抱きしめ、背中をぽんぽんと叩く。大丈夫だ。俺が爺さん達に代わって守って見せる。
「案山子さん……」
「おぃっ! 見ろ! 魔物だ! あれもまも――ぷぎぇっ」
さっきから煽る馬鹿にストーンバレットで石を投げつけ黙らせる。棒の手の上に生成して投げつけるなんて今やお手の物だ。世界は子供みたいなものだっていうなら、お前らは俺の子供だろ? 悪いことしたら叱らないとだよね?
カオスワームに向かってストーンバレットで石を投げつけると、ターゲットとみなしたようで、こちらを見て唸る。さて、お仕置きの時間だ。八つ当たりだけどね。
木こりの爺さん、技を借りるぜ。キリッ。一回言ってみたかっただけ。エアハンマーで身体を吹っ飛ばしながら移動を繰り返す。カオスワームが食らいつこうと飛び掛かってくるが、この移動方法なら早々捉えれることはない。けんけんだったらとっくに餌食だ。
ただこの身体だと、弓も使えないしナイフももてない。攻撃手段がないんだよな。そもそもかなりでかいし、狩人が矢が援護してくれるが、刺さったところで効いてるかと言われると微妙だ。せいぜい囮になることしかできない。
「案山子さーん! がんばれー、無理しないでー!」
「あの案山子すごいぞ……あんな移動方法みたことない」
「魔物じゃないのか……?」
始めこそ警戒していた村人達も、徐々に俺のことを敵ではないと認識してきたようだ。
「案山子さーん! 案山子さーん……!」
「豊作がどうとかいってたな?あの案山子ってハクアんとこの畑の?」
「そういえば、いなくなってから余計に不作が……あれは土の神様か何かか?」
「おぉっ今は村をお守りくださっているんだな!神様ー、お願いしますー!」
「村を守ってくれー!」
標的が俺に絞られていることで、話す余裕ができ、俺のことを応援し始めた。土どころか世界の神様なんだけどね。現金な物で味方だとわかったら手のひら返しだよ。ちょっと守るのも不本意なんだよな。でも、ハクアが心配と応援とで訳がわからなくなっているのか、涙を流しながら叫んでいるからな。負けられない。
ふと身体が軽くなり、力が漲ってきた。
「信仰心こそ、神の力よ」
ルシファーは上空で見守ってくれているようだ。信仰心が増えたことで力が増えたか、正直ハクア以外の応援はあまり嬉しくないんだよな。だが、こいつは僥倖。技を借りるぜパート2!
アースウォールで、突っ込んでくるカオスワームの視界を遮る。目で見てるかどうかも微妙だが、今までの動きから効果はあると踏んだ。こうして使うとよくわかる。土壁を目隠しに、崩れてくるのを合図にしてたんだな。崩れ始めるとほぼ同時にエアハンマーで上空に離脱。地面にアースニードルの置き土産。トゲトゲ鉄球のような歪な金属塊をカオスワームは呑み込む。いくら土を喰ってても、金属は別腹だろ?
重い金属を腹に抱え動きが止まった。
なぁ爺さん、耄碌したってこれじゃ外せないよな?
ウィンドアローの要領で風を周囲に纏い、すっかり磨り減り尖った足先で錐揉み落下する。技を借りるぜパート3! カァカァシィキィィィィック!
カカシキックは、自分自身を矢として放つある意味自爆技だ。人間がやれば身体が捻じれて無事じゃすまないだろう。案山子だって例外じゃないけどね。
沈黙したカオスワームに案山子が突き刺さっている。木の支柱は砕けていき、藁の身体は解け、ボロボロになった服が剥がれ落ち、意志が霧散していく。
やっぱり持たなかったか。神憑が解け、久々の概念と化した俺は、お世話になった案山子を見つめる。どのみち案山子は近いうちに動けなくなっていただろう。宿った意志は確実に弱まっていた。
「お疲れ様、あんたにしては上出来じゃない」
「俺が倒しちゃって良かったのか?」
「これは人が起こした奇跡よ? 違うの?」
「ははっ、違いない」
案山子の帽子と服から、霧散した意志が人型を成す。夫婦のようだ。俺に向かってゆっくりと頭を下げると、ハクアの周囲を漂い、天に還っていった。
「親が子の幸せを願っただけ、ただそれだけだよな」
「あんたって使われっぱなしよね」
「ほっとけ」
「それに、もう一仕事残ってるわよ」
「あぁ、気づいてる。でも、大丈夫だ」
ハクアは泣きながら案山子の残骸を拾い集めている。村人はそれを無言で見つめ、どうしたらいいかわからないようだ。すると、地響きとともに、最初よりも一回り小さいカオスワームが、3匹土中より飛び出してきた。
唖然とする村人達を尻目に、俺は唱える。
「神憑」
ハクアの持つ少年の人形に俺は憑依。語り掛ける。世界はまるで停止したかのように静寂に満ちた。
『力が欲しいか?』
「力なんていらない! 一方的に何かなんて、もうして欲しくない!」
あっれぇ? 出来るだけ神様っぽく低い声で決めてみたんだけどな。一蹴されたよ。色々と限界なのか疑問にも思ってないようだし。んーそうだな。よし。
『僕と契約して魔法使いになってよ』
「契約ってなに?」
よし、食いついた! ちょっと幼くあどけない感じで言ってみたのが良かったっぽいな。片隅にあった記憶通りだ。
『そう、契約。僕が君を必要としている』
「わたしが……必要?」
『君に力を与えるから、僕にその力を貸して欲しい』
「わたしにも……出来る事があるの? うん、契約する!」
後ろでルシファーが、僕とか似合わなすぎるとか言って、腹抱えて笑ってるが気にしてないぞ俺は。
魔法とは、世界の意志に対して、意志が干渉し、事象を起こすことを指す。事象を強制しているとも言える。
対して、彼女の場合は違った。彼女は愛されて育つことで、全てを愛して育った。親も、他人も、動物も、自然も、そして……世界を。
これまでのことからわかっているのは、憧れながらも魔法というものを否定しているのが世界の意志である。結果の確立による設定に従って強制されているにすぎない。
彼女は世界を愛した。それゆえに世界に愛された。自らを受け入れてくれる存在として、器として受け入れたのだ。魔法に憧れながらも使えない状態を良しとすることも合致した。彼女の意志を器として、世界の意志が存在するというイレギュラーが起こった。世界の祝福という呪いとして。
おばあさんの創った、糸と針で縫われた人形には、案山子と同じく微量の意志が宿った。人の意志に見捨てられた老人達は、世界が生かそうとする少女に奇跡を紡いだ。グリムが、最も彼女が身近にもつ人形に、神憑をするという形として。
彼女の意志に守られた世界の意志に対して、干渉することが出来るのは、世界そのものである神のみ。それも、彼女が拒めば不可能である。だが、ここに契約は成った。
彼女の意志が、球状となってハクアを包む。その中では膨大な世界の意志が渦巻、その姿を隠した。
阻まれていた力としての意志の壁が取り払われ、ハクアが、神が、それぞれが望んだ形へと変貌させていく。それはさながら球状の繭のようだ。
その生誕を世界が祝福しているかのようだった。時間は当に流れ始めたはずであるが、大気は震え、人々どころか、カオスワームでさえも茫然とそれを見つめている。未だに時が止まっているかのようだ。
やがて球状の光の繭からひび割れるような音が響き、亀裂が入っていく。誰もが息を飲んで見つめる中、眩い光とともに繭が砕け、中から少女が姿を現した。
「案山子さんに代わって、お仕置きです!」
びしっと決めポーズを決めた少女に、また時は止まったかのように静寂が流れた。
「どうしてこうなった……」
繭から出てきたハクアは、真っ白なロング手袋、同じく真っ白なニーソックスに、リボンのついたブーツを履いている。まるでドレスのような服を着ており、短めのスカートを履いているが、ドロワーズを履いており鉄壁だ。いずれもめっちゃフリフリのフリルである。どんだけリボンつけてんだよって感じである。
おまけに身長も少し伸び、花飾りのついたヘッドドレスをつけた髪は、腰ぐらいまで伸びている。長くなった耳には、イヤリングが揺れている。瞳の中にはキラキラとした星のハイライト。キラッって感じだ。手には杖のような物を持っており、どうみてもデザインは案山子さんである。
そのうえ人形に憑依していた俺だが、人形に白い翼が生え、光輪までついている。これじゃぁただのマスコットだ。大事なことだからもう一度言うぞ。どうしてこうなった!
その場にいた全員が口をあんぐりとあけ時が止まっていたが、我に返ったかのように、カオスワームがハクアに躍りかかった。
「ぼぅっとしない、来たわよ!」
「きゃっ!」
ルシファーがハクアに向かって叫ぶ、声が聞こえるようだ。咄嗟にふった案山子の杖が偶然カオスワームにあたり、ばちこーんと吹っ飛んでいった。魔法=物理ですね。わかります。みんな目を見開いて茫然としている。
「変なところに吹っ飛んで被害が出たらどうするの? 魔法を使いなさい。今のあなたなら何でもできるわ。ってかグリム、マスコットらしくフォローしなさいよ!」
「俺はマスコットじゃねー! あぁっもう、ハクア! 君が望むようにしなさい。思い描くんだ。その力で何がしたいのかを」
「はいっ!」
カオスワームが向かってくるが、ハクアは目を閉じて案山子の杖に集中する。何も起きていないように見えるが、俺にはわかる。周囲を世界の意志が駆け巡る。そして、呟くように唱えた。
「神の風」
優しい風がカオスワームを凪いだ。混沌が霧散し、いつの間にか戻ってきていたもう一匹を含めた三匹は、人形ほどの大きさになり、すっかり凶暴性を無くして土に帰っていった。
「ごめんね、ミミズさん。苦しかったね。ありがとう」
「あはは、倒すんじゃないのね」
「まぁ、ハクアらしいんじゃないか?」
ルシファーが乾いた笑いをこぼす。俺はもうどうにでもなれって感じである。敵でさえ傷つけないとは、最後まで魔法少女っぽい結末であった。
危険が去り、村人達が周囲に集まってくる。警戒はされているようだ。髭面の男性が質問を投げかけてくる。
「ハクアだと聞いたが、それは間違いないんだな?」
「はい、わたしはハクアです。間違いありません」
「他の奴らはどうした?」
「……亡くなりました。冬は越すことができませんでした。わたしがここにいるのは、おじいちゃんやおばあちゃんが助けてくれたからです」
「そうか、村に戻る気はあるか?」
「それは……」
ハクアは俯き、言葉に詰まる。ルシファーがマスコット姿の俺を小突いてくる。やれやれ。
「すまないが、ハクアは預からせてもらう」
ハクアは目を見開いて俺を見る。周りは人形が喋ったことに、ざわざわと驚きを隠せないようだ。ゴクリと唾を呑み込む音が聞こえ、髭面の男性が言葉を続ける。
「失礼、あなたは?」
「世界の意志とでも言っておこうか。彼女は神の代行者として選ばれた」
「神の使いなのですか?」
「そう思ってくれて構わない。彼女の事が必要なんだ」
「しかし……、不作や魔物をどうにかできませんか?」
ハクアになんとかしてもらおうとでも思っていたのだろうか、少し気に入らないが、ハクアの顔に免じてここはフォローしておこう。ハクアよ、心配そうに俺を見つめないでくれ。
「ハクア、案山子さんを使わせてもらうけどいいかい?」
「えっと……はい」
「創造」
案山子の破片が浮かび上がり、キラキラと輝きながら収束、ハクアの手に小さな苗木となり生まれ変わった。
「世界樹の苗木だ。この木を彼女に管理してもらう。案山子に土壌を中和する世界樹の力を帰属させた。今後案山子を畑に立てることで、不作は解消するだろう。魔物も畑から生まれることはない」
「あ、ありがとうございます!」
村人達が一斉に頭を下げ、口々にお礼を言った。
「それでは、行くぞハクア」
「えっと……みなさんお元気で」
ペコリとお辞儀をするハクアに、村人は目を反らし黙っている。仕返しでもされないか心配しているようだ。
そこに一人の少年が、幼い少女の手を引いてやってきた。
「ハクアお姉ちゃん、お芋ありがとう。知ってたんだよね? おかげで妹が飢えずにすんだんだ。いけないことだってわかってたんだ。ごめんなさい」
少年は目に涙をいっぱいに溜めて、くしゃくしゃになった顔で何度も頭を下げる。隣では小さな少女が心配そうに少年を見つめていた。
「そう……良かった」
ハクアは目尻に、拭う必要のない涙を称えていた。今までの辛そうな顔ではなく、報われたかのような笑顔だった。その後、村では案山子を、神々子と呼んで大事に扱ったそうだ。
今、俺たちはログハウスに来ている。神憑は解け、ハクアの服も戻っている。髪や耳、身長などは戻らないようで、服の丈が短くなり、ちょっといかん格好になっている。本人も恥ずかしそうだ。早めに服をなんとかせねば。刺激が強すぎる。
「さて、ハクア、紹介が遅れたけど、神のグリムだ」
「わたしはルシファー、神の補佐よ」
「あっ、ハクアです。やっぱり神様だったんですね!」
「やっぱり?」
「村で姿が変わったとき、傍にいてくれたから、なんとなくわかったんです」
「そっか? おっさんでがっかりしたでしょ?」
「そんなことないです! 想像していた通り、優しそうな神様でよかったです」
人形とはかけ離れている気がするが、まぁいいか。今後の事を話さないとな。
「今後のことなんだけど、ハクアには世界樹を管理して欲しいんだ」
「あなたは、神の代行者として、現地で頑張って欲しいのよ」
「グリムキーパー?」
「神の代わりに現地で動くから代行者、そしてそれが結果的に、世界=神を守ることになるから、神の代行者よ」
「な、なんだか恐れ多いです」
「あなたは選ばれたのよ。しっかりなさい」
「はいっ、でも、一人でですか……?」
「それは心配いらないよ。おいで」
老人達のお墓の前にハクアを呼ぶ。少ししんみりとした空気が流れる。さて、足りてくれるかな。
「ハクア、また少し力を借りるよ」
「いいですけど、何を?」
「君と俺が望むことだよ。彼らも望んでいるからね」
未だに漂う意志に、代行者を介して神の意志を注いでいく。眩い光が辺りを覆う。次の瞬間には、目の前に多数の人影があった。
「あっ……、あっ……」
ハクアの目に喜びの涙が浮かぶ。そこには、頬に傷がある者、糸目の者、コホコホと咳き込む者、なぜか背を伸ばしてコキコキと鳴らす者など、なぜか見覚えのあるような人物達が並んでいた。誰も彼も美男美女であり、耳が長い。
「君はもう一人じゃない。彼らとともに、地上を頼む。君たちはこれから、エルフ族だ」
ハクアを含むエルフたちは、俺の顔をじっと見つめた後、片膝をつき、頭を垂れた。
神の声を聞く為、長き耳を持った。短命と老いを克服し、長寿で若々しさを保つ。決して見捨てず仲間を大切にし、世界と共にある者達、エルフの誕生であった。