第七話 少女と老人達
あれから村での時間は刻々と進んでいるようだ。また混沌による被害が出るんではないかと冷や冷やしていたが、俺が出ることになるようなことはなかった。驚異の存在を全く知らず、対応や出来ずにいることが問題のようで、一度乗り越えたことでとりあえずの危機は去ったようだ。
村に出てくる魔物もネズミやウサギなどの小動物が多く、簡易的なトラップや魔法で対応していた。早送りのように進んでいく村の発展の様子を、ぼんやりと眺めながらルシファーに話しかける。
「いやー、ルシファーの言った通りだった」
「ん? 何が?」
「村レベルの世界管理だけでこんなに大変なのにさ。いきなり大きな世界なんて創っていたらどうなってたんだろうって思ってたんだよ」
「あぁ、別に問題が一度に何個も押し寄せてくるだけよ?」
「だけって……、俺には荷が重すぎる」
「小規模から創めて影響を見ながら少しづつ調整していくぐらいがちょうどいいのよ。少なくとも慣れて視野が広くもてるようにならないとね」
「意外と真面目に考えてるんだな」
「どうゆう意味よそれ?」
ポテチ食べながら、コーラを飲んでる堕天使が真面目だと言われても説得力ないだろうに。村に再度目を向けると、少しづつ規模が大きくなっているのが窺える。
「油断してるとまた問題が起きるわよ」
「そうは言われても起きるまで何もできないじゃんか。あとそうゆうこというのはフラグだからやめてほしい」
「眺めてるのもいいけど、ちゃんと現地に行ったりしなさいよ。あと、もうちょっと世界の意志の動きも観察するのよ?」
「ルシファーも見て何か感じたら教えてくれよ」
「あくまでわたしは補佐なんだから頑張りなさい。新神君」
なんだかどんどんルシファーが砕けて行っている気がする。別に悪いわけじゃないんだけど、もう少し神様らしく扱って欲しいものだ。ただのお菓子創造器だぞこれじゃ。
世界の意志か。俺自身の意志ということだが、実感がわかないな。俺の思い通りになってくれればいいのに。意志を意識して村を眺めると、一際輝く光に思わず目が釘付けになった。
「すごいなこれは。意志の輝きなのか?」
「確かに、ちょっと前まで感じなかったけどね? どうするの?」
「ちょっと行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。わたしは今日は留守番してるわ」
「了解、何かあったら来てくれ」
ついてこないのは意外だったが、いつまでも一人で行動できないんじゃしょうがないしな。村で一際強く輝く意志を見つけた俺は、間近で見てみるため、地上に降り立つことにした。
「さて、いつ来ても慣れないな」
確かにそこにいるのに全く気付かない人々。当たり前のようにすり抜けていく光景に思わず独り言をつぶやいてしまう。こうして降りて見ると、森を切り開き、村事態は大きくなっているものの、村人達はあまり元気がないように思える。栄養状態があまりよくないのか揃って痩せている人たちが多い。元々魔法に頼っているせいかガタイがいい人物がいなかった印象だが、以前よりも色濃く線の細い村人が多いように見える。
「やっぱり上から眺めているだけじゃだめだな」
一ルームからでも好きなところを眺めることが出来るが、やはり現地に来てみないとわからないことが多い。ピンポイントをズームしたりなどが出来るが、この空気感などは実際に目にしてみないと意外と気付かないのだ。俯瞰的にみたいなら一ルームから、詳細をみたいなら降り立たないといけないな。
「さて、ここか」
原因はともかく、今はあの強烈な意志の確認が先だ。村ではありふれた木で出来た簡素な家から、十二~三歳ぐらいの少女が駆けて出てくる。
「うぉっ、まぶしっ!」
思わず目を手で覆ってしまうほど眩しかった。強烈な意志は、この少女から発せられているようだ。薄っすらと目を開け、通常の視界に意識を戻すと、少女は畑に立つ案山子に話しかけている。
「こんにちは、案山子さん。今日も畑を守ってくれてるんだね。ありがとう。わたしなんて何もできないのに、案山子さんは畑を守れるんだもんね。すごいな」
俺は思わず首を傾げる。彼女は友達がいないのだろうか? それとも不思議ちゃんなのだろうか? 麦を巻き付けたような棒を突き立て、麻の服と帽子を被せた只の案山子に親しそうに話しかけている。極自然にだ。日課なのかもしれない。
彼女は、風でよれてしまった案山子の衣服を直し、斜めになった棒を突き立て直すと満足そうにして、家の中に戻っていった。
「またね。案山子さん! 今日も頑張ってね!」
こけた頬とやせ細った身体とは対照的に、その笑顔は眩しかった。
「おじゃましまーす」
壁を通り抜け、言わば不法侵入なのだが、反射的に言って中に入る。家の中には、あまり体調の良くなさそうな目の細いおばあさんと、さっきの少女がいた。
「ハクアや、あまり外に出てはいけないよ。嫌な思いをするのはハクアだろう?」
「ごめんなさい。案山子さんの様子が気になって。今日は風が強かったから」
「そうかそうか、お前は優しい子だね。きっと案山子さんも喜んでいるよ。村の奴らも、もっとそうゆう心をもって欲しいものさね」
おばあさんの言い方から察するに、あまり村人からも良く思われていないようだ。悪い子ではなさそうだが、原因はなんだろうか。
「いいの、わたしは役立たずなんだから」
「ハクア……」
おばあさんは目尻に涙を浮かべてハクアと言われた少女を見つめている。少女は椅子に腰かけると、人形のようなものを取り出し縫い始めた。
「おぉ……おぉ、だいぶ出来たじゃないか。ハクアは器用だねぇ。上手だよ」
「ふふ、おばあちゃんが針と糸を創ってくれたからだよ。ありがとう」
暗くなりかけた空気を変えるかのように話題は変わる。良く見ると、ハクアの指は所々に針を刺してしまったかのような跡がある。魔法がある中、裁縫というものが出てきたことに驚きだ。男の子の人形を作っているようだ。
その後も他愛のない会話を続けながら、おばあさんはハクアを愛しそうに見つめ、ハクアは人形を作り続ける。途中食事とも言えない量の、数切れの干し肉と、ふかした芋を食べていた。
「結局強烈な意志と、この状況はわからずじまいだな」
俺は眉を顰めながら、彼女達の生活を見つめていた。この状況を把握しきれないでいると、唐突に家の扉が乱暴に叩かれ、返事も待たずに開け放たれる。
「おいっ、すぐに村の広場にくるんだ。お前たちに仕事がある」
ぶっきらぼうに髭面の男性が言い放つと、無言でマナとおばあさんは、男性の後ろをついていく。
「ほんとうにいったいなんなんだ?」
俺は状況がつかめないまま、とりあえずついていって様子を見てみることにした。
重苦しい雰囲気のまましばらく歩くと、村の広場のようなところに少数の人が集められていた。そのほとんどが年寄りであり、子供はハクアだけだ。一体何を始めるんだ?
「これからお前たちには森の開拓に行ってもらう。知っているとは思うが、この村の食糧事情は芳しくない。この仕事は今後のために重要なことだ」
は? こんな年寄り達と子供一人に開拓? 冗談だよな。あまりにも非効率的だろう。疑問に思っているのは俺だけなのか、集められた人々は一様に暗い表情をしたまま何も言い返したりしない。そんななか、さっきのおばあさんが髭面の男性に向かって話しかけた。
「のぅ、せめてこの子だけは外してくれんか? 子供には力仕事も辛かろう、村で畑の管理をしてもらっていたほうがよかろうて」
「そ、そうだ。わしらだけでも十分役目を果たせる」
「子供一人おらんくても何も変わらんよ」
おばあさんに釣られるかのように、ほかの老人たちもハクアのことをかばい始めるようなことを言い始める。守ろうとしているというのがなんとなくわかる。
「だめだ! これは村の総意である。それにわかっているだろう? 村にそのような余裕はない。」
総意ね。老人達も村の一部じゃないのか? 今抗議している時点で、総意ではないだろうに。すでに村と関係ないと言っているような口ぶりだ。気に入らないな。だが、俺に出来る事はない。
「おじいちゃん、おばあちゃん! 大丈夫だよ。わたしでも役に立てるのなら頑張るよ!」
「ハクア……」
明るく言い放つハクアを見て、老人達はすすり泣いたり、押し黙ってうつむいているものもいた。
「明日の明朝には立ってもらうぞ。各自準備を済ませてくるんだ。最低限の準備はこちらもしておく。今日は顔合わせだけだ。明日この広場に集合するように」
髭面の男性は無慈悲に言い放つと、広場から離れていった。老人達も散り散りになっていき、おばあさんとハクアも帰路につくようだ。
他の老人達の様子を見てみると、家族と思われる者と抱き合って泣いていたり、村を歩き、風景をぼぅっと眺めていたりとまるで今生の別れに思いを馳せているようだった。日が沈み陰っていく村の雰囲気は、まるで彼らの心を見ているようだ。
ハクアは相変わらず案山子を気にかけてから家に入る。おばあさんと人形を作りながら話したあと、藁をしいた床で眠りについた。
「ハクア……ごめん、ごめんなぁ。わしらだけでこんなことはいいのに……」
その夜、おばあさんは一人すすり泣き呟いていた。俺は、ただ黙っていることしかできなかった。
眠るハクアをじっと眺めながら考えこむ。髪色はブロンドで、顎から肩にかけてぐらいとそこまで長くない。クリっとした瞳と、小柄な体格が、余計に幼く感じさせている。彼女がなぜ強烈な意志を持ち、今現在このような状況に陥ってるのかが全くわからない。全知ってなんだよ。思わず毒づく。
「お巡りさんこっちです!」
「んひょあ!?」
急に肩を叩かれ、不穏な事を言われて思わず変な声をあげてしまった。慌てて振り返ると無表情に俺を見つめるルシファーがいた。
「幼女をストーキングした挙句、寝込みでも襲うつもりですか?」
「ち、ちがうって! ちょっと調べてただけだよ!」
「いえいえ、趣味はそれぞれですから、隠さなくてもいいんですよー?」
「なんで敬語なんだよー! 誤解だって!」
淡々と他人行儀に話しているが、口元がニヤついている。くっそ、完全に遊んでやがる。
「ストーキングとか言ってる時点で見てたんだろ? 俺は調査してただけ! ルシファーこそ何してたんだよ」
「わたしはわたしで色々と忙しいのよ。まっ、おふざけはここまでにしましょうか。確かに強烈な意志を感じるわね」
「それもそうだし、今のこの状況がつかめなくてさ」
「ふーん? それで一体どうゆうことなの?」
俺は降り立ってから見た状況を簡単に説明した。
「まぁ、老人達の状況はなんとなくわかるけど、この子に関しては妙ね」
「えっ、そっちはわかるの?」
「そろそろ冬になるしね。今のこの村の状態をみたら想像ぐらいはつくわ」
ルシファーは村を見て回っていたらしい。なんだかんだ仕事してくれているようだ。お菓子食ってるだけじゃなかったんだな。
「なんか今すごく失礼なことを思ってない?」
「えっ、思ってない思ってない。それで、村の状態はどうだったの?」
「ふん、まぁいいわ。そろそろ冬がくるから、食糧を貯えたりしないといけないみたいなんだけど、作物が不作みたいね。原因は不明だけどね」
「だからみんなやせ細ってるのか、でもだからって彼女だけ老人達と開墾って意味がわからないな」
「考えたってわからないなら力を使いなさい」
「どうやって?」
力って言われてもなぁって考えていると、おもむろにルシファーは俺の手を取ると、ハクアの近くに手を近づけさせる。
「復唱しなさい。追憶」
「えっと、追憶」
次の瞬間、俺の視界は暗転した。
――
「ハクア、お前は優しい子だ。私たちはお前が笑顔でいてくれさえすればいい」
「そうよ、魔法なんて使えなくてもいいの。きっと神様が、あなたには魔法なんて必要ないほどの恵を与えてくださるわ」
お父さんとお母さんは優しかった。村の子供たちは5歳ぐらいから魔法を使うことが出来るようになる。遅くても10歳頃には使えない子供なんていなかった。
でも、わたしは違った。10歳を過ぎても魔法が使えるようにはならなかった。他の子ども達には馬鹿にされたけど、わたしはちっとも気にしたことはなかった。
「使えることが当たり前なら、使えないハクアは特別なんじゃないか?」
「そうね、魔法なんて祝福をもっていて、他を望んだら罰があたってしまうもの。あなたはきっと、魔法と同等か、それ以上の祝福をもっていると思うの」
責められたりすることはなかった。むしろそれを誇ってさえくれていた。魔法が使えないから覚えた裁縫や、使わないで出来る畑仕事を手伝うだけでもうんと褒めてくれた。周りが無駄だとか、役立たずと言ってきても、お父さんとお母さんの言葉がわたしを救ってくれた。かっこいいお父さんと、優しいお母さんがわたしの自慢で誇りだった。
でも、それは唐突に訪れた。お父さんが魔物に殺されたらしい。黒く大きな狼だったそうだ。村一番の狩人と言われていたお父さんは、みんなのために単身で挑み相打ちとなったと聞いた。初めは気丈に振舞っていたお母さんも、徐々に元気がなくなっていった。ついには病に伏せて死んでしまった。
「わたしたちはあなたを愛しているわ。きっと神様もあなたを愛してくれる。ハクアを必要としてくれる人が必ずいる。だから、胸を張って生きていいのよ。愛しいハクア……」
何にも出来なかったわたしに向かって、最後までお母さんは、わたしが生きていていいと言ってくれた。村からは誰にも必要とされない私を、最後まで心配してくれた。だからせめて、お父さんとお母さんにとって誇れる娘でいようと思った。だって、わたしは二人の子供だから。
始めこそ周りの人は心配してくれていたけど、不作などが続くようになってくると、そんな余裕がなくなったのだろう。風当たりはどんどん強くなった。やれることを手伝おうと思って声をかければ邪魔と言われる。だからといって何もしなければ殻潰しと罵られ、収穫なら手伝えると申し出れば、盗みに来たと石を投げられることもあった。
徐々に干し肉などの分配も少なくなっていった。役立たずに渡すものはないと言い捨てられて……
「わしは娘を早くなくしてのう、寂しいから一緒に住ませてくれんか? 目が悪くてな、手を貸してもらえると助かる」
おばあちゃんが一緒に住むようになった。目が悪いと言っても、生活ぐらいには支障がないはずだ。きっとわたしのことを心配してくれたんだろう。すごく優しいおばあちゃんで、お父さんとお母さんのように、わたしのことを役立たずなんて言うことはなかった。少しでも役に立てることが嬉しかった。
「いいのかい? 無理するんじゃないよ? 形見なんだろう?」
閉じこもっていてもしょうがないから、家の畑で野菜を育てることにした。案山子を立てて、お父さんとお母さんの帽子と服を着せた。それだけで見守ってもらえている気がした。案山子さんに話しかけるのは、それから日課になった。
「年を取ると魔法もうまく使えなくてね。すまないねぇ。ハクアはなんていい子なんだろうね」
魔法なら一度に土を耕したり、水をあげることができる。でも、わたしは鍬で耕し、川から水を汲んでくる。たいした数をつくることなんてできない。ましてやおばあちゃんに無理なんてさせられない。魔法は年を取ると上手に使えなくなるってお父さんとお母さんが言っていた。でも、案山子さんが見守ってくれているし、おばあちゃんも声をかけてくれるから、それだけで幸せだった。
「すごく大きくて美味しい芋だね! きっとハクアの気持ちが神様に伝わってるんだねぇ」
畑は小さいけど、大きくて肥えた芋がたくさんとれるようになった。嬉しかったけど、村の人からの風当たりがなぜか強くなった。使うことができないのに、知らない魔法を隠して使ってるって言われた。信じてもらえなくて、ちょっと悲しかった。
夜中に目が覚めると、家の畑から物音がしたのでそっと覗く。芋を掘り起こしているようだった。あれは隣の家の男の子だ。思わず止めようと思った時に、ふと思い出した。お父さんとお母さんがいる頃、妹が産まれたってニコニコしながら教えてくれたっけ。良く見ると、月明かりに照らされて、泣きそうな顔をしているのがわかった。だから、わたしは見なかったことにして眠りにつくことにした。いいよね、お父さん……お母さん……わたしは大丈夫だから……
神様……お父さんとお母さんが言うように、わたしを愛してくれていますか? みんなみんな苦しいんです。悲しいんです。辛いんです。魔法なんて使えないままでいいから、みんなを笑顔にしてください。
視界が一瞬にして元に戻ったようだが、ぼやけてにじみそれどころじゃなかった。主に涙と鼻水で。
――
「ぶえぇぇえぇ、ええごやぁぁ!」
「ちょっ! 汚いし気持ち悪い!」
「じょんなごといっだっでじょうがないだろぉぉ! ぶるぁぁぁぁ」
「とりあえず状況はなんとなくわかったでしょ? いい加減泣き止みなさい鬱陶しい」
結局俺が泣き止むまで5分ぐらいかかった。いやいやこれは反則でしょ。あかんやつやこれは。歳をとると? どうにも涙腺が緩くなってしょうがない。
追憶とは、その人物や物などから過去を遡り垣間見ることができる力だとルシファーから説明を受ける。プライバシーとかどうなってるんだろうね。
「どうにかしてあげたいなぁ……ぐすっ」
「神が個人に肩入れしてどうするのよ。まぁ、いろいろ不明な点はあるから調査は継続だろうけどさ。これを見て」
ルシファーが右手にピンポン玉サイズの芋を、左手に握り拳大の芋を投影する。
「それは?」
「こっちが周囲の畑で採れた芋、こっちがこの子の畑で採れた芋の大きさよ」
「随分な差だな? 努力は報われるんだなぁ。神は彼女を見捨てなかった!」
「あんたがその神でしょうよ! この差のせいで風当たりが強くなってるみたいだけど? 神様?」
「それでか……」
確かにここまで明らかな差があると、今のこの村の状態ではトラブルになるだろう。たとえ量が少なくてもだ。ルシファーの調査では、狩りが出来るのは少数のため、肉などは分配制、農作物は各家で育て、ある程度を分配に回すようだ。狩りが出来る者がいるところは、肉を取ってくるぶん農作物を分けてもらえているようだ。働けない老人にも、同様に分配はあるが少量だろう。
「おばあさんは、自分の分配分を、少しでもハクアにあげたかったんでしょうけど……」
「裏目に出てるな確実に」
食事風景を思い出す。干し肉も芋も極少量であった。だが、明らかにおばあさんの量がハクアよりも多かった。目が悪いおばあさんは気付いていないようだったが、ハクアは意図的に量を調節しているようだった。
「自己犠牲か……」
「ここまでくると痛々しいわね」
ハクアの頬を一筋の涙が濡らす。拭ってやることすらできない神の無力さに、俺は拳を握りしめるのだった。
「お父さん……お母さん……」
彼女のつぶやきは、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。
明朝、広場にはチラホラと老人達が集まっていた。見送りはいない。バツが悪そうな顔をして、遠巻きに見ている村人が数人いるだけだ。ハクアもおばあさんの手を引いてやってきた。
咳をしていて体調が悪そうな者、腰が曲がっている者、足元が覚束ない者など、とても今から森に開拓に行くとは思えない。
「これ絶対無理だよね? 開拓」
「無理でしょうね。それが目的じゃないもの」
「なんとなくわかってきたけどさ……やっぱり?」
「口減らしでしょうね」
「だよなぁ……」
彼らは見捨てられたのだ。そして村人は見捨てた者。バツが悪そうな顔をしているのはそのためだろう。仕方がないとはいえ、俺はいたたまれない気持ちになった。
瞬間、目の前が薄暗くなり、息がしづらくなる。
「なぁ、ルシファー、なんでこの格好?」
俺たちの格好は村人スタイルだ。俺だけマスクとサングラスをいつの間にかつけられていた。外しても外してもいつの間にかつけている。
「幼女をストーキングする不審者にはお似合いかなって思って、ぷぷ」
「ひっぱるなぁもぅ。……ったく、いくか」
「ちぇっ、つまらないのー」
俺が外すのを諦めると、すぐにサングラスとマスクは消えていた。不思議とさっきの重苦しい気持ちは和らいだ気がする。気のせいかもしれないが、気遣ってくれたのかもしれない。素直じゃないやつだなルシファーは。でも、心の中でありがとうとは言っておく。
準備はしておく、なんて言っていたが、それぞれに渡されたのは少量の食糧だけだ。少量とはいえ、渡しただけでもいいのかもしれない……と事情を察すると思ってしまう。少し開けた森の中を一行は進み始めた。村を振り返ることはない。ハクア一人を除いて。
「ここはあの黒い熊が通ってきた道っぽいな」
「そのようね、あれからこっちに、狩りはほとんど出ていないはずよ」
「調査兼口減らしか……こっそり引き返したりしちゃだめなのかな?」
「そもそも受け入れないでしょ。それに、距離を置いて狩人がついてきてるわ」
「護衛?」
「そうならいいんだけどね、戻ろうとしたら矢が飛んでくると思うわよ。彼らもわかってるから、そんなことはしないでしょう。させたくないでしょうしね」
誰もいい思いなんてしないんだな。一様に暗い顔をした一行の後ろを、無言でついていった。
ハクアが咳をする老人の背中を擦る。
「おじいちゃん、大丈夫?」
「ごほっごほっ、近づいちゃいけねぇよ。悪い病気がうつったらどうするんだ」
「元気だけが取り柄だから大丈夫だよ!」
ハクアが目の悪いおばあさんの手を引きながら歩く。
「すいませーん。後ろが遅れてるのでペースを下げてもらえませんか? おばあちゃん、足元に気を付けて? ゆっくりでいいよ」
「わたしのことはいいから、先におゆき。わたしゃ、はぐれてもいいよ。お前さんがはぐれてしまったら大変だ」
「だめだよ! わたしはみんな一緒がいいよ!」
悲壮感漂う中、ハクアだけが周囲を気にかけ明るく振舞っていた。目的地などなく、足取りも重いが歩かなくてはいけない。後ろに狩人が見ている内は。
野宿を繰り返しながら、ただ奥へ奥へと向かっていく、幸い天気も良く、魔物は出てこなかった。四~五日したころだろうか、狩人の姿が見えなくなった。今から帰ろうと、体力と食糧は持たない。そう判断したんだろう。俺は黙って見ていることしかできない。
狩人がいなくなった日の野営中。ハクアだけ疲れ切って眠りにつく中、頬に傷のある老人がみんなを集めていた。
「なぁ、みんなに話がある。ハクアのことだ」
「おぉ、奇遇だな。わしも話をしようと思ってたんだ」
「ははっ、みんな同じような顔をしてらぁ、言いたいことは一緒だろうよ」
「そうだね。わしらは老い先短いからよい。まともに魔法も使えなくなってきた。だが、あの子は違う。魔法が使えないだけで、わしら年寄りと同じ目に合うなんて世も末じゃ」
「食糧はどうだ?」
「ほれ、ここに。節約して食べていたしの。少しづつこっちの袋に移しておいたから誤魔化しはきいたじゃろう」
「ごほっごほっ、元々枯れ木みたいな身体だからな。食べれる量なんてたかがしれてらぁ」
強かな老人達だ、見張りの目を盗んで食糧の残りを見誤らせたようだ。
「本格的に冬になる前に、洞を見つけるぞ。あいつが来たのもこっちなら必ずあるはずだ」
「問題は中にいたらどうするかじゃなぁ」
「なに、どうせ死ぬんじゃ。死ぬ気になればもしかしたら…な」
悲壮感漂う姿はそこにもうなかった。老人達の瞳には、ハクアの姿がある。覚悟を決めた戦士達の姿がそこにあった。
それから二日程歩くと、大きな洞に辿りついた。
「おぉっ、よしよし。まだまだ狩人の勘は衰えてないな」
「ここが目的地なの?」
「そうじゃよ、ハクアや、わしらはこれを探しておったんじゃ」
意気揚々と話してはいるが、足元はふらついている。狩人がいなくってからのペースは目を見張るものがあったが、無理をしていたのだろう。
「さ、ハクア、お前さんはこっちだ。危ないかもしれないから隠れておくんだよ」
「危ないの? わたしにだって出来ることはない?」
「もしかしたらだよ。おばあちゃんと一緒に向こうにいような」
「うん……、みんな、無理しないでね?」
チラチラと後ろを振り返りながら、ハクアはおばあさんに連れられて離れる。その姿を老人達は笑顔で見つめかえしていた。
「一匹だけならいいんじゃが。魔物じゃなければ尚いい」
「糞や爪跡から察するに一匹だけだと思うんだが、どうかな」
「ごほっごほっ、この咳じゃ隠れても無駄だしな。わしがまず行こう」
ストーンバレットを唱えると洞の中に思い切り咳をする老人が投げつけた。すると、中から雄たけびが聞こえ徐々に声が近づいてくる。
「ごほっ、来たか。こいつは僥倖。魔物ではないな。アースウォール」
勢いよく飛び出してきた熊が、老人の前に出来た土の壁に突っ込む。しかし、薄い壁では勢いを殺すこともできず突進によって崩れ、そのまま老人を轢き殺した。
無駄死にだ……そう思ったが、熊の口内にナイフを持ったままの老人の手が突っ込まれている。壁は目くらましか。咳をしなくなった老人は、不敵に笑ったまま動かなくなっていた。
すかさず洞の左右から、うめき声を上げる熊に向かって、ナイフをもった背の曲がった老人二人が飛び掛かる。狙いすましたかのように両目を突き刺すが、暴れ狂う熊の手に跳ね飛ばされて、二人とも絶命した。
いつの間に登ったのか、木の上から老人が熊の背中に飛び乗り首にしがみついた。
「たんと飲むがえぇ、ウォーター」
たいした量ではないが、腕が突っ込まれ只でさえ吸い辛い呼吸を、水で妨げられ、苦しそうにうめいている。窒息まではいかない、明らかに動きが弱まるが、背ごと木に叩きつけられ、老人は力を失った。
荒げた呼吸を落ち着かせるかのように、肩で呼吸をしながら、熊の動きが少し止まった。
その時すでに、頬に傷のある老人が至近距離で矢を構えていた。
「耄碌しても、この距離じゃ外しようがねぇな。ウィンドアロー」
熊は木に矢で縫い付けられ、絶命した。
ハクアは泣き叫び、それをおばあさんがなだめていた。他の老人は無言で遺体を片付け埋葬。熊を解体し肉と毛皮に分ける作業を黙々と行っている。只、その瞳に宿るのは、諦めでないことだけはわかる。
「壮絶だった。すごいな」
「そうね」
自分自身の語彙力のなさに辟易する。老人達は死んでしまうだろうと思ってはいたけど、こんな死に方をするとは思っていなかった。素直に尊敬する。
「神様って見てることぐらいしかできないのな」
「彼らは一度でも神に縋ったかしら? それが答えよ」
俺は馬鹿だ。彼らは自分たちの力でやり遂げたんだ。仮に俺に何か出来たとしても無粋だっただろう。
「悪い、今の発言は忘れてくれ」
「はいはい、覚えておいて後でいじってあげるわよ」
「意地が悪いな、ルシファーは」
「堕天使だもの、甘やかしたりしないわ」
俺は苦笑いして、ルシファーを見つめ返す。言葉とは裏腹に、その瞳には暖かさが満ちていた。
彼らはここで冬を越す腹積もりらしい。薪を集め、木の実を集め、木々を伐採していく。足元の覚束ない老人は木こりのようで、次々と木を倒していった。頬に傷のある老人は、数人で森に繰り出し、少なくはあるが小動物を狩り、川の在処などを見つけている。
おばあさんは毛皮をクリエイトで少しづつ加工していく。年をとると一瞬でつくれなくなっていくらしい。ハクアは老人達と畑を耕し、育てられる野生の作物を見つけ、春の準備をしていた。
程なく足元の覚束ない老人は、大量の木材を残し亡くなった。手は豆が潰れ、皮が剥け血まみれになっていたが、その顔は満足そうだった。土で作り出した斧の後方を広くつくり、そこに風を発生させぶつけるエアハンマーという無茶な魔法を使っていたらしい。もちろん腕も使いつぶされたようになっていた。
「わりぃ、あと頼むわばあさん」
ニッと歯をむき出しにして笑い、頬に傷のある老人は狩りの最中の怪我が元で亡くなった。元々狩りで肘や膝を悪くしていたらしい。そんなこと知ったことかというように、狩りに勤しんでいた結果だ。
他の老人も、正に命を燃やすかのようだった。痛々しい程の働きを見せ、一様にやり遂げたかのような笑顔で倒れた。
冬が来る頃には、洞にはハクアとおばあさんと二人きりになっていた。
「眩しいな」
「えぇ、とっても」
俺は眩しかったので、視界が滲んでしまった。ルシファーもふざけたりせず、茶化したり、俺に何かを言ってくることはなかった。黙って俺が袖で涙を拭うのを見て見ぬふりしてくれていた。
外には雪が降り、本格的な冬が始まった。この世界の降雪が多いようで、入り口の半分ほどを雪が覆っている。これだけの雪が降るとなると、確かに村の冬越えは大変な者になうだろう。洞の中では、熊の毛皮で身を包み、身体を寄せ合う二つの影があった。
「ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんはいなくならないでね?」
「そうさね、ハクアに寂しい思いはさせたくないからねぇ。男どもは馬鹿だから、さっさと逝っちまいやがって、ハクアを悲しませるなんてしょうがない奴らだよ」
二人の瞳には、ゆらゆらと焚火の火が揺れている。暖もとれ、食糧も十分にあるが、ハクアの顔色が優れることはなかった。おばあさんにも疲れが見えている。ただじっと冬を越すまで我慢するしかないのだ。不安は精神を削り、冷たい洞の床は安眠を許してはくれないだろう。
抱きしめあうように二人は日々を過ごし、長い長い冬が明けた。雪が解け、洞の中に陽射しが舞い込む。
ガバッと飛び跳ねるようにハクアが立ちあがる。
「おばあちゃん! 春だよ! 冬が終わったんだ!」
「あぁ、そうさね」
「外に出てみようよ!」
「あぁ、そうさね」
「おばあちゃん……?」
「あぁ……そうさね……」
「いや……!いやぁぁぁぁ!」
「か……ま、ハク……ア……す。」
おばあさんはまるで役目を終えたかのように、春の訪れと共に息を引き取った。ハクアには聞き取れないほどのかすかな呟きを残して。だが、俺には聞こえたよ。見えないはずの俺と、その見えないはずの目が合った気がした。
「神様、ハクアをお願いします……か、その願い、グリムがしかと受け取った」
「願いは力に……グリム、依り代を見つけたわ。彼女が近くにいたときは紛れてきづけなかったけど、これなら憑依できる。願いがあったからこそだけどね」
「それはどこだ?」
「村よ。ここまで時間がかかるから急いで。憑依中は空から見渡したり、一瞬で移動とかできないからね? わたしが見張ってるわ。依り代まで飛ばすから神憑と唱えなさい」
「了解」
ルシファーが俺に手をかざすと、ハクアの家の案山子の目の前にいた。
「見落とす訳だな」
案山子からは薄っすらと意志を感じる。ハクアの眩しい程の意志で隠れてしまっていたのだろう。
「案山子でどこまでできるやら、神憑」
俺は老人達の願いを叶えるべく、案山子へと憑依するのだった。