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第六話 異変と戦い

 一ルームから見下ろす形で、村の観察を続ける。ルシファーは白いワンピース姿に戻っており、俺はジャージだ。空腹も眠気も感じないのだが、それも寂しいので、創造で創り出したお茶でせんべいをつまんでいる。最初は無駄なこととか言っていたルシファーも、いつの間にか隣に座ってせんべいをバリバリと食べていた。一ルームは神界扱いなので創造の力をフルに使えるらしい。


「のどかな村だなぁ。問題らしい問題なんてなさそうだけど、どうなんだろ」

「これ硬いけど美味しい。あとでもうちょっと出しといてね。あっ、それと見逃さないようにちゃんと見とくのよ。必ず何か起こるから。醤油味も美味しいけど塩味もなかなか。このお茶っていうのに合うわね」


 そうだろうそうだろう。でも見た目は綺麗な女の子なんだから、食べながら喋るのはやめてほしい。食べかすが落ちてるよ。ジト目で見るも気持ちは伝わらず、海苔せんべいにまで手を出している。


 村人の魔法は相変わらずだ。グランドシェイカー! と叫んでるけど土が耕やされるだけなんだよなぁ。シャープエッジと唱えて、解体中に切れ味の落ちたナイフの切れ味を戻したりしている。ぼーっと眺めていると狩りから帰ってきたであろう村人のところに、人が集まっていくのを確認した。


「ん? なんかあったみたいだ」

「やっぱり何か起きたわね。さ、お仕事の時間よ。早くいくわよ」

「わかったからせんべいを置いて行きなさい。また出してあげるから」

「ぶー、約束だからね?」

「はいはい」


 気に入ったのはいいが、堕天使がそれでいいのだろうか。あぁもう、指についた醤油を舐めるんじゃない。俺はため息をつくと、おしぼりを創造して手渡し、地上に降り立った。


 村の端に降り立つと、体中に傷を負った狩人がぐったりとしていた。抱えている男性も状況がわからないらしく、キュアという応急魔法で傷口を塞ぎつつ、大声で話しかけている。周囲には何事かと駆け付けた村人達が心配そうに見つめている。


「おいっ! しっかりしろ! なにがあった?」

「う……、でかい狼や熊が出た……。あれは普通じゃない……」

「普通じゃないって、ただでかいだけじゃないのか? 他の奴らはどうした!」

「知らせてこいって……俺だけ逃がされた。矢が刺さったぐらいじゃ……全然効かなくて……。村の……守りを固めないと……」


 全力で走ってきたのだろう。息も絶え絶えといった感じで狩人が答えている。しかし、あの狩人達の弓の腕は大したものだった。地味とはいえ魔法の力を使うことで、狩りは安全に行えていたはずだ。一体なにが起きているんだ。考え込んでいる内に村人達は狩人を抱えて村の中に戻っていった。


「おーい、みんな、武器になるものを持って集まってくれ。緊急事態だ。女子供は家から出ないように!」


 大声で人を集めている。集めるといっても所詮小さい村なので、全体で五十人がいいところだ。狩りに出かけていたのも男性なので、戦えそうな男性は十人いればいいところだろう。


「よし、ルシファー、森を確認しにいこう」

「言われなくてもそうするわ。急ぎましょう」


 俺たちは防備を固める村を後にし、問題のほうを、直に確認しに走った。意識すれば鬱蒼としげる森が平野と同然だ。すぐに散り散りになって逃げている狩人と、それを追いかける巨大な獣が目に入った。


「おいおい、やばくないか?」

「確かにでかいわね。それに雰囲気が変よ」


 普通の狼より二周りほど身体が大きい黒い狼と熊が、体中に矢が刺さった状態で狩人に迫っている。さすがに狼のほうは動きが鈍いが、熊のほうは木をなぎ倒しながらすすんでいるあたり、まだまだ元気そうだ。動物ではないなあれは、ファンタジー風に言えば魔物という奴だろう。


 元々動きの速かったであろう黒い狼に狩人が追い付かれる。飛び掛かられた瞬間に、狩人は相手の喉笛にナイフを突き立て、覆いかぶさられると動かなくなった。


「なぁ……あれって……」

「死んだわね。両方とも……相打ちよ」


 熊の方には狩人が五人ほどいるが、こちらは一人だった。囮をかって出た勇敢な戦士だったんだろう。


 地上に降りると嗅覚を感じない為、血の匂いなどはわからない。だが、血だまりを見たことで、猛烈な吐き気を感じる。だめだ、吐いてる場合じゃない。なんとかしないと。


「ルシファー! 俺に何が出来る! 俺が倒したりできないのか!」

「だめよ! それは禁忌事項よ。それにここで私たちが倒したところで、この世界が乗り越えないといけないことなの。」

「じゃぁどうしたらいいんだよ! 俺は神様なんだろ!」


 見ていることしかできない自分が不甲斐なくて、大声で怒鳴る。みんなを守るために散った狩人の姿を見て、思わず感情的になってしまう。ルシファーが真剣な顔をしてこちらを見つめてくる。


「神託よ。あんたが導くの」

「神託……? そんなことでこの状況がどうにかなるのか?」

「するのよ。この世界の神である、グリムがね」


 ルシファー曰く、神託とはその名の通り神の言葉を届けることのようだ。この状況でどうしたらいいのか考える。自分が手を出さず、村人たちになんとかしてもらわないといけない。狩人達は村から遠ざけようとしているが、黒い熊は興奮しているようでなかなか誘導できないようだ。矢は手で払いのけられるか、急所にあたらず効果的でない。近づいたとしてもナイフ程度ではどうにもならないだろう。


 神託……、状況……まてよ……。そうか! この場合は、逆だ!


「ルシファー! 神託はどうしたらできる?」

「神託を与えたい相手に強く念じればいいわ。距離も関係ない。ただ、相手に適性がないと言葉が途切れ途切れだったり、うまく伝わりづらいけどそこはやってみないとわからない」

「よし、わかった!」


 狩人達をじっと見つめ、一番適正が高い者がいないかを探る。そう念じながら見る事で、なんとなくだが言葉が伝わりそうな若めな狩人が目に止まった。


『ムラ、ムカウ、カル、ジュンビ、アル』

「! なんだこの声は!」


 よし、聞こえた。なんとなくどう伝わったかがわかる。だが、片言のような感じにしか伝わってないようだ。頼む、信じてくれ。


『ワレ、スクウ、ナハ、グリム』

「――みんな! 村へ向かうぞ! 神は我らを見捨てなかった!」


 さっき疑っていたのに、急に信じたぞ? まぁいい。よし、今度は村だ。 この世界は狭い。今ある戦力を散らせても勝機はない。総力戦だ。逃げるでも遠ざけるでもなく、迎え撃つ!


 村に一瞬で移動すると、傷ついた狩人も起きており、森で起きたことを説明していたようだった。髭を生やした明らかな年長者がいる。みんなをなだめているところからあれが村長だろう。


「なんだか、音が近づいてきていないか?」

「ばかな! せめて遠ざけるって話だったのに……」

「狩人達が逃げるような相手に、俺たちで歯が立つのか?」

「落ち着きなさい、今は力を合わせる時だ。我々ができることをやるべきだ」


 木々のなぎ倒される音が段々と近づいてくることで、不安がっているようだ。俺が近づくように言ったからね。こればっかりはしかたない。さて、神託するかね。


『ワレハグリム、キケ、キョウイノオト、キタルムキ、フカキアナヲホレ』

「――これは! まさかそんな……いや、皆の者! 音が近づく方角に穴を掘るぞ!]


 まさかと思ったけど、名前を出したらすんなり通ったよ。しかもさっきより伝わり方がスムーズだ。村長は信心深いのだろうか。


「なんとなくだけど、この世界の生物は神という存在を認識してるからね。名前を出すことでより効果的なんじゃないかしら?」

「なるほどね。それは好都合だ。気のせいとかで済ませられたら困るからね」


 まだ来るのには時間があるな。たどり着く前に準備を終えなくては。


「村長? 急にどうした?」

「神託が降りたのだよ。耄碌と思ってもらっても構わん。一人でもやろう。アースホール」

「おいおい、恐怖でおかしく――」

『ワレハグリムカクレルムダミナタタカウ』

「な……!」


 もう誰にとかめんどくさくなってきた。時間がないんだってばよ。伝わるかどうかはいいから全員に向かって送る。聞こえなかった者もいるようだが、聞こえた者が必死に伝えている。


『アナオホレキョウイヲオトスカクセカクセミナガイレバカノウ』

「女子供も手伝えー! 俺たちはアースホールで穴を掘る。女子供は落ち葉を集めろー!」

「あたしはクリエイトで棒きれをつくるから穴の上に立てかけるんだよ!布はその上に被せるんだ!」


 生活を見ていた限り罠なんて作ったことがなかっただろうに、落とし穴というものを理解してくれたようだ。多分率先して動いているのは神託の適正が高かった者だろう。意図までなんとなく理解してくれている。村人が一丸となって大きな落とし穴を作成していった。


 よし、落とし穴は間に合った。狩人達はどうなったろうか。目を向けるとほぼ村に直線状に熊を誘導している。逃げ回っていたせいか狩人達も余裕がなさそうだ。


『ムカエムカエフカキアナニキョウイヲオトセフルイタテセンシタチヨ』

「お、俺も聞こえたぞ!」

「もう少しだ! 神は我らに味方をしているぞ!」

「村が見えたら俺たちが落ちないように注意しろ!」


 歯がゆいが俺には応援することしか出来ない。意図は理解してもらえているようなので、あとは落ちるかどうかにかかっている。落とし穴事態は魔法で堀ったため、すでに黒い熊の等身二頭分以上あるから大丈夫だろう。幅も十分に確保している。


「おーい、わたしのすぐ目の前に穴があるぞ。散開しろー!わたしが最後は引き付ける!」

「村長! わかった。みんな気をこちらに向けないように一気に別れるぞ!」


 穴の手前で一斉に狩人達が散開すると、木をなぎ倒しながら黒い熊が現れる。その視線には怯える村長が捉えられた……はずだった。視線は何故か見えていないはずの俺に向けられていた。目があったと思うと、ニヤリと笑みを浮かべ、脳内に声が響く。


『フツウソンナツゴウヨクオチルワケガナイダロウ?』


 ゾクッっと背筋に寒気が走った。見透かしたかのように、黒い熊は落とし穴手前で見事に足を止め、身体を捻るようにして方向転換を行うと、左右に散った、一番疲労により動きの鈍かった若い狩人に、腕を振り下ろした。嘘だろ……。結局俺は何も……。


「はい、そこまでー」


 突如移動したルシファーが、黒い熊の横っ面を――デコピンした。


 驚愕の顔を浮かべ黒い熊は落とし穴に落ちていく。


『ヤッチャイナサイ』

 ルシファーが無表情に言い放つ。


「グランドダッシャー!」

 ルシファーの言葉を合図に、村人達が一斉にグランドダッシャーを唱えると、穴が崩れて黒い熊が埋められていく。俺が考えたこととはいえ、生き埋めにするとか結構えぐいな。さすがに熊でもこの深さで埋められたら助からないだろう。


「なぁ、ルシファー。直接手出しちゃだめなんじゃなかったっけ?」

「ん? 指先だけ顕現したのよ。手は出してない。指だけ」

「屁理屈すぎるだろ!」


 助かったとはいえいいところを全て取られた気がする。神託までしてるし。なぜか村人の動きも一糸乱れずだった気が……。


 歓声をあげる村人たちを尻目に、どっと疲れて座り込む俺だった。


 一旦一ルームに戻って人心地つく。やっぱりここは落ち着くわー。しかし、これだけは聞いておかねば。


「結局顕現ってしていいの、だめなの?」

「だめよ? っていうか普通はできないわ。あんたがやろうとしても出来なかったと思う」

「じゃぁなんでルシファーは出来たんだ?」

「だってわたし神じゃないしー。堕天使だしー。あと、あんたが村人に指示することで信仰が高まったからね。まっ、わたしが指先顕現することで全部使っちゃったけどね。てへぺろ」


 うっわー。すっごいいい笑顔。美少女なんだけどイラッときたぞ。なに殴りたいこの笑顔。でもかわいい。なんだこのジレンマ。


「信仰ってなくなるんだ? 目の前で助けたりしたら高まりそうなもんだけど」

「なんでもかんでも神が解決してちゃしょうがないでしょ。信仰心使って信仰心高めてたら永久機関じゃない」

「それもそうか。使う事で弊害とかあるわけ?」

「あの時助けたことの、ありがたみが減るとかじゃない?」

「なんで曖昧なんだよ……」

「当事者じゃないしわかんないわよーっだ」


 ルシファーって肝心なところが適当なんだよな。堅苦しくなくていいけどさ。今度は饅頭が気に入ったようでパクパク食べている。俺はなんとなく地上の様子が気になって見ていると地面に棒で絵を描いている子供が目に入った。親がその絵について聞いているようだ。


「あら、上手ね。こっちは神様よね? こっちはなにかしら?」

「お付きの人!」


 満面の笑みで、6対の翼が生えたような方を神様といい。ただの棒人間をお付きの人と言い放った。俺は顔を引きつらせて尋ねる。


「なぁルシファー、これどうなってるんだろうね?」

「あー、うん……てへぺろ」


 饅頭をお茶で流し込んでてへぺろするルシファーを見て、俺は思わず叫んだ。


「納得いかねー!」


「結局あの魔物ってなんで出てきたんだ?」

「ファンタジー要素として望んだからってこともあるとは思うけどね。発生の原因というなら魔法のせいだと思うわ。ここからのほうがわかるかもね。神の意志(グリムウィル)の動きを良くみて」

意志ウィルが関係してんの?」


 人々の意志ウィルが、世界の意志(グリムウィル)に干渉して魔法が起こっている。村人の身体から放出された意志ウィル世界の意志(グリムウィル)の光に纏わりつくようにして干渉。織り交ざり、魔法が発現している。一人一人の魔法を見たときはわずかすぎて気付かなかったが、村全体を見ることで、違和感に気付くことができた。


「黒い靄みたいなものが少し発生してる?」

「それそれ、強制的に世界の意志(グリムウィル)に干渉することで、抵抗というか何か起きてるのかも知れないわね。それに、曲がりなりにも神の力の一端を使用しているんだから、代償といってもいいのかもしれないわ」

「確かに、意志ウィルは消費しているというよりただ干渉に使ってるだけって感じだもんな」


 意志ウィルは一旦身体から魔法により様々な量が離れるが、すぐに体に戻る。実質消費とかは何もないと思っていた。だが、魔法行使の際に、廃棄物のような黒い靄が発生するってことのようだ。言われて見ればこの靄は、あの熊と狼から感じた黒い感じと似ている。


「その黒い靄が動物に作用して魔物化したと考えられるわ。実際魔法が効きづらかったみたいだし」

「だから余計頑丈に感じたのか」

「で、その黒い靄はなんて呼ぶの? 黒い靄っていつまでも言うのもなんかね」

「そうだなぁ……。混沌カオスってどうだ?」

「いいんじゃない?」


 真面目な話をしているのに、ルシファーのおかきを食べる手は止まらない。素っ気ない返事をしながら食べ続けている。とりあえず食べるのやめようか。


 確かに魔物はファンタジーにつきものだ。しかし、実際に人々を襲っているのを見るのは恐ろしいものだ。魔法が原因である以上今後も起こりうるのだろうし、これで解決とは行かないだろう。大した魔法が使えないのに、それが原因で魔物が現る。そして結構強いってんだもんな。


「ままならないなぁ……」

 思わず呟く。


「ほら、食べる?」

 心配そうに顔を覗き込み、ルシファーが俺の口におかきをぐいぐいと押し込んでくる。


 ルシファーが差し出してきたおかきを食べながら、1ルームの天井を仰ぐのだった。

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