第四話 世界の始まりと一ルーム
真っ白い部屋を後にすると、今度は真っ黒な空間に出た。ルシファーの姿がはっきり見てとれるところを見ると、真っ暗ではないようだ。何もない空間というのが正しい表現かもしれない。少しだけ背筋がゾッとするような気がした。
そんなことを考えているとルシファーが俺の方を見て尋ねてきた。
「で、グリムはどんな世界を考えてるの?」
「そうだなぁ、正直ノープランなんだよね」
俺が答えると、ルシファーは呆れたような表情をしている。
「あんたねぇ……。まっ、いいわ、補佐としてアドバイスしてあげる。創造しやすくて管理しやすいという条件なら、あんたの暮らしていた世界を参考にしたらいいわ。全く手探りよりはやりやすいでしょ?」
元の世界というとあれか、生きるというルーチンワークをするだけの毎日。今度はそれを眺めている側になるのか? いやいや、退屈すぎるだろ。これは、俺が創る世界。だったらやっぱり……。
「――ファンタジー」
思わず呟く。
「剣と魔法の世界がいい」
年甲斐もなくワクワクしている自分がいた。こんな気分いつ以来だろうか。
「剣と魔法ねぇ。グリムがいいならいいんじゃない? ただ結構大変だと思うけどね。出来る限り手伝ってはあげるわ」
ルシファーがやれやれといった感じで肩を竦める。なんですかルシファーさん、その子供のわがままを見守るような表情は。子供みたいなことを言っている自覚はあるけどさ。
剣と魔法と言ったら男なら誰だってわくわくするだろ? よしっ、そうと決まったら善は急げだ。あわよくば俺も魔法とか使えないかな。剣も振ってみたいしな。
「――はいっ、ストップ」
後ろを向いて鼻息荒く期待に胸を膨らませていると、後ろからルシファーに肩を掴まれ、耳元で囁くように言われる。サラサラの銀髪が首にかかることで一気に妄想状態から引き戻された。
「慌てないの。そう簡単にいかないんだから。まずは出来ることからやっていきましょ?」
「はい……」
息が耳にかかるほど近い。背中の柔らかい感触にドキドキしてしまう。きっと俺の顔は真っ赤だろう。後ろを向いていてよかった。姿は少女なのに妙に色っぽいんだよな。
「それじゃぁ、まずはどうしていったらいいかな?」
俺は向き直り、今度はルシファーに尋ねる。
「出来ることからコツコツと、神だろうがそれは変わらないわ」
ルシファーが人差し指を立てて、俺の額を小突いた。
「まず聞くけど、あんたはどうやってその剣と魔法の世界を創っていこうと考えてる?」
「どうって言われるとまだ曖昧だけど、星とか大地とか創って、そこから森とか川とか、そして生き物を創っていく感じかな? やっぱり基盤から創っていくのが鉄板だと思うんだよね」
俺が考え付くのはこれぐらいだ。なんでもそうだが土台が必要だと思う。ここが一番時間がかかりそうなんだよな。
「無理ね」
ルシファーがはっきりと断言する。
「そこまではっきり言わなくても……」
「あはは、ごめんごめん。出来なくはないかもしれないけど、色々と試したり覚えながら出来るやり方があるからさ。新神君にはおあつらえ向きのやり方がね」
「だったら聞かないで最初から教えてくれてもいいんじゃないかな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見るルシファーをジト眼で見つめ返すが、そんなことはお構いなしだ。
ルシファーの手の上に、透明なコップが現れる。
「あんたは器から創ろうとしているけど、その中に入れるものの総量はわからない」
ゆっくりとコップの底から水がせりあがっていく。
「器から創ってしまった場合、その中に納まるように創る必要が出てくる。でも、そんな器用な真似あんたに出来るかしら? 」
少しづつ水が増えていき、コップの中を満たしていく。
「無限にあるはずの可能性を、神が器から創ることで制限をかけてしまうことになる」
コップの中の水は、とうとう満杯にまで到達するが、ぎりぎり表面張力で保っている。
「そんなの……」
ルシファーが水で満たされたコップを掲げ、粉々に握り潰す。
「――つまらないと思わない?」
水が周囲に飛び散るかと思いきや、ルシファーの手を包み込むように球状になり肥大化していく。ぐんぐんと大きくなり続けるそれは、見上げなければいけないほどになった。
あんぐりと大口を開けて見上げていたが、水球に赤い液体が混じっているのに気づく。
「おいっ! 手――」
声をかけようと水球からルシファーに視線を移すが、言葉に詰まってしまった。ルシファーの水球を見つめる蠱惑的な笑みに、目を奪われてしまったからだ。
思わず息を飲むが、怪我をしているなら放っておけない。肩をゆすって呼びかける。
「ルシファー! 大丈夫か?」
「えっ? あぁ、ごめんなさい。言いたいことわかった?」
さっきまでの表情が嘘のように、きょとんとしながらルシファーが答える。ほんとに補佐がルシファーで大丈夫かちょっと不安になってきた。
ルシファーが手を振ると、水球は消え、手は何事もなかったかのように無傷だ。創造の力って神だけの力って訳じゃないんだな。さっきの説明を自分なりに考察してみるか。俺はまず世界っていうコップを下準備として創ろうとした。だけど創っていく上でコップの容量が足りなくなる可能性があるってことだ。言われてみれば、容量の大きさ=限界とも見て取れる。ここまでしかないからやめる。あと少ししか入らないから減らす。とかもしそうだ。ルナ様が悪いわけじゃないけど、最初に世界の縮図を見せてもらったから、余計にまずは全体図って考えちゃったよ。
「言いたいことはなんとなくわかった。でも、器がないと中身は入らないだろ?」
「さっきの説明ちゃんと見て聞いてた? 器なんてなくても成立するのよ」
言われてみればそうだ。水はコップがなくなってもそこに存在していた。球状になりどこまでも肥大化していくように見えた。
「思い込みって怖いわよね? 限界がある世界と、限界が自分で決められる世界ならどっちがいいかなんて一目瞭然。今自分がどこまでやれるかもわからない新神君が、最初に限界を決めようっていうのがどれだけ難しいかわかった?」
新神という言葉を気に入ったのだろうか、ちょこちょこ使ってくる気がする。ドヤ顔で言われるとちょっと腹立たしい気もするが、言っていることはもっともなので我慢だ。
「はいはい、頼りになる相棒がいてよかったよ。創りながら色々と教えてくれるか?」
「任されたわ。習うより慣れろってね。まずはこの部屋をなんとかしましょ。ここは神域だから、基本的にここが拠点となるわ。過ごしやすい環境を思い浮かべて創造してみて頂戴」
「よし、任された!」
やりやすい環境と言われてすぐに思いつくのは、やっぱり自宅だよなぁ。不思議なもので、自分という人間はぼんやりとしか思い出せないのに、記憶とかははっきりしている。目をつぶるのを忘れていたが、ゆっくりと周囲が見慣れた風景に変わっていく。アパートの一ルームだ。目をつぶる必要はないんだなーって思っているとルシファーが呟く。
「……狭くない?」
「こんなもんじゃないか? 別に広くなきゃいけない訳じゃないだろ?」
「あんたに器の話をしておいて、心底良かったと思うわ」
アパートの一ルームに堕天使と新神。ここから世界の創造が始まるのだった。