第一話 女神と神
ぼんやりと意識が覚醒していく。身体に力が入らずふわふわした感じがして気持ちが悪い。
「くそっ、一体何なんだ!」
訳のわからない状況にイライラして叫ぶが、状況は変わらない。
目がチカチカしており、視点も定まらないため余計に焦ってしまう。
「お加減は如何ですか?」
妙に近くから、意識が途切れる前に聞こえた女性の声が聞こえた。
「えっ……?」
思わず言葉を失ってしまった。目の前にのっぺらぼうが見える。はっきりとはせず、ぼやけたような輪郭だが、神々しくも見える。辛うじて女性のようだと判断できるぐらいだ。身体の感覚が徐々に戻ってきてわかったことだが、どうやら膝枕をしてもらっている形のようだ。神々しいのっぺらぼうに……。
目があったような気がするが、のっぺらぼうだからね。どうしたらいいかわからず無言で固まってしまう。顔を覗きこんで小首を傾げる動作も女性らしい気がする。うん、神々しいのっぺらぼうに膝枕とか、夢だ。よっぽど疲れてたんだな。やれやれ、どうせ夢なら金髪のスレンダーな女性に膝枕とかのが良かったよ。寝直せば夢とか覚めんのかな?
すっと目を閉じて目を覚ませと念じてみる。
「あの、無視はちょっと寂しいです……」
頬に絹のような肌触りがあり、温もりを感じる。えっ、夢だよなこれ? 驚いて目を開けてしまう。
するとさっきはただののっぺらぼうだったはずだが、金髪スレンダーのっぺらぼうになっていた。なぜにのっぺらぼう?訳がわからない。
「えっと、どちらののっぺらぼうさん?」
あっ思わず声に出して聞いてしまった。
「えっ! あぁ、そう見えるんですか?」
金髪スレンダーのっぺらぼうさん(仮)は、自分の頬に手を当てて苦笑したように見える。あれ? なんだか、輪郭がぼやけて……。透き通るような青い瞳、小ぶりな鼻、薄ピンク色の唇が今までもあったかのように見えるようになった。テッテレー、金髪スレンダーのっぺらぼうさん(仮)は、金髪スレンダー美人に進化した。……じゃなくて。
「ごめんなさい、のっぺらぼうとか言って。目が霞んで良く見えなっただけみたいです。ところでどちら様ですか?」
失礼なこと言ってしまったし、正直美人すぎて緊張してきた。
「大丈夫ですか? わたしは女神です。神様、あなたを待ち焦がれていました」
眩しすぎるぐらいの笑顔を向けられ、背には今までなかった純白の翼がはためいた。
うぉっ! まぶしっ! って感じるぐらいの笑顔に目がくらむ。少し前までただの女性らしいのっぺらぼうなだけだった人物は、どこからどうみても自分自身が想像する女神の姿にしか見えなくなった。膝枕されていることを思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしくなってきた。
がばっと飛び起き距離を取り、全力で頭を下げる。
「すいません、女神様の膝枕なんて恐れ多いことを。数々の無礼な発言もお許しください」
状況がつかめないが、冷や汗ダラダラである。混乱していたとはいえ失礼しすぎだろ。五感が戻ってきたことで、本能が夢じゃないと確信している
「顔を上げてください。」
穏やかな清流のような声が聞こえ、頬に手を添えられる。
自然と顔を上げてしまうと、吸い込まれるような瞳と目があう。
「あなたは、神様なんですから」
「――えっ?」
ずっと驚きの連続でスルーしていたが、これだけ言われたら無視できない。
俺が神様? 一体なんの冗談だろう。
「正確には、これからなって頂くんですけどね」
屈託のない笑顔で見つめながら、女神様が俺の頬を撫でた。
正直考えが追い付かない。真っ白い空間に女神様と二人きりっていう時点でもいっぱいいっぱいなのに、あなたが神様です、わーパチパチみたいなこと言われても困る。
「異世界転生的なものですか?」
辛うじて似通った状況を当てはめて質問してみる。死んだ覚えはないけど。
俺の頬に当てていた手をゆっくりと離し、人差し指を顎に当てながらキョトンとした表情で女神様が答える。
「違いますよ? 近からずとも遠からずって感じですけど。少なくとも、あなたは死んでいらっしゃいませんから。」
異世界転生で話が通じたことに少しびっくりするが、まぁそこは女神様なんだろうしなとも思う。じゃぁ一体自分はなんでこんなところに呼ばれたんだ? 考えても検討がつかない。悩んでも仕方ないなら聞いてみるしかないか……。
「んー、それじゃぁ神様ってどういうことなんですか? 正直事態が把握できてないんですが。」
ストレートに聞いてみた。
女神様は首を傾げると、何かを思い出したかのようにポンッと手を叩いた。
「そういえば説明がまだでしたね。嬉しくてついうっかりしてました。」
納得がいったように、笑みを絶やさないまま、うんうんと頷いている。
「あなたには世界を創って頂きたいのです。何故あなたが神様なのかと聞かれても、それが世界の意思であるとしか、わたしには答えられません。」
困ったような表情をして答えられると,これ以上の追及は難しい。女性を困らせるような趣味はないし、そもそも神がわからないと言ったらわからないだろう。
「創ると言われても、どうやって創るんですが? そういう力的な物があった……いや、これからくれるとか?」
今まで生きてきて、そんなことができる素振りなんてなかった。ラノベ的な知識から、これから与えられるのかも知れないと思い質問する。
女神様は首を左右に軽く振り答える。
「人間とは神を模倣して作られたと聞いたことがありませんか? 元々そういった力が存在しているのです。 最も、誰でもよかった訳ではないですが、少なくとも先ほどその力の片鱗を見せていたはずですよ?」
「えっ? 力の片鱗と言われても……」
びっくりしたり戸惑っていただけだった気がする。正直思い当たる節がない。
こちらが困惑している様子にさすがに気付いたのか、女神様は何かを思いついたように手をポンっと叩き。
「では、実際にやってみましょうか!」
満面の笑みで答えた。
「まずはそうですね……。目を閉じて下さい。」
よくわからないが、とりあえず言われた通りに目を閉じる。
「想像してみてください。今ここは見渡す限りの草原です。所々に草花が咲き乱れ、透き通るような青空が広がっていて、心地よい風が吹いています。暖かな日差しがとても気持ちいいです」
草原、草花、青空、心地よい風、暖かな日差し……。キーワードを一つづつ思い描いて行く。何だかいつもより頭の中に鮮明に光景が浮かんでくるような気がする。
ふと、柔らかな風が身体を撫でていく。甘い花の香りがし、ぽかぽかと日を浴びたように身体が暖かい。
「――目を開けてくださって結構ですよ。」
「あっ……」
目を開けると想像したとおりの光景が広がっている。先ほどただの白い部屋だったとは思えない。まさに大自然の中にいるようだ。思わず言葉を失ってしまった。
呆気にとられている俺の方を見ながら、女神様が微笑む。長く美しい髪が風に揺れており、一層美しさを引き立てている。
ひとしきり周りを見渡したあと、ふと思いつきしゃがみこんで花を摘み取り嗅いで見る。
「触れるし、匂いも感じる。風も温度も感じることができるなんて……現実なのか?」
バーチャルリアリティの類かと思ったが、全く違うようだ。
「少なくとも、今ここで起きていることは現実ですよ。世界を想像から作り出したのです。もう一つやってみましょう。わたしの目を見てください」
状況を呑み込めていないが、今は言われたことをやって少しでも整理するための材料の得ることが先決か。少し恥ずかしいが、じっと女神様の目を見つめる。
「わたしが、とても幼い頃の姿を想像してみてください。もし小さかったらどんな感じだろうって形で結構ですよ。」
結構な無茶ぶりな気がするぞ。今しがた会ったばかりなのに、小さい頃を想像しろって言われてもなぁ。とりあえずなんとなくで想像してみよう。ふと見つめあっていたはずの女神様が消えた。
「あれ? 女神様? 」
驚いてキョロキョロと周りを見渡す。ふと目線を落とすと、だぼだぼのローブを着たちっこい女神様だと思われるちびっこがいた。
「ちいしゃいとはいいまひたが、ちいしゃすぎまひぇんか?」
幼い、小さいというキーワードを意識しすぎたせいだろうか、些か女神様の想像の上を言ったらしい。今にも泣きそうな顔をしており、心なしか口調も幼い。
「ひゃあくもどひてくだひゃい。こりゅじゃせつめいできましぇん」
足元まで走ってきてぽかぽかと叩いてくる。全く痛くないうえに、涙目で見上げてくる姿が可愛いなぁ。思わずほっこりしてしまう。あっやばい、ぷるぷる震えて泣き出しそうだ。とにかく戻るかはわからないが、前の姿を想像してみよう。
目の前に女神様の顔が現れる。うぉっ近い近い。慌てて後ろに数歩後ずさる。
「ふぅっ、少し予想外でしたが、力のことはわかって頂けました?」
何事もなかったかのように、そこに幼児化する前の女神様がいた。子供は苦手で関わってこなかったからなぁ。あんな喋り方の子供なんていなさそうだけど、ダイレクトに想像したことが反映されたようだ。女神様には申し訳ないことをした。しかし、なんとなく力というのがわかってきたぞ。
「思い描くことで、創造するってことでしょうか?」
顎に手を当てながら真っ直ぐに女神様を見つめて答える。
「はいっ、大当たりです。さすが神様は飲み込みが早くて助かります」
ぱぁっと表情を明るくして拍手している。表情がコロコロ変わるものだ。
力についておおまかにわかったものの、条件とか制限とかあるのだろうか、思ったことが全て現実になるとしたらそれはそれでどうなんだろう。女神様の幼児化にしたって、極端すぎる気がする。
「あっ、創造の力については今後詳しくお話します。あくまでこの部屋は、説明するため、直に反映するよう調節されているだけなので安心してください」
なるほど、チュートリアルみたいなものか、そうなると後気になるのは……。
「神様っていうのは、俺のことですよね? 呼び方を変えて欲しいんですが」
そもそも自分はそんな風に言われるほど偉くもない。自分が呼ばれているという実感も全くわかないしな。ここは無難に苗字ででも呼んでもらおうと思った時に気付く。俺は、誰だっけ? ぽっかりと穴が空いたように名前が思い出すことができない。
「それは今この空間に来たことにより、概念と化したからですよ。名はその者を刻む楔。人としてでなく、神として望む名を教えて下さい」
考えていることが見透かされているようだ。そこは女神様だし心でも読んでいるんだろう。さて、自分で自分の名前か、キャラ作成みたいだ。
どうせ、心を読まれているだろうけどはっきりと答えた。
「そうだな……。俺の名前は、グリムだ」