第十話 鍛冶と炎
順調すぎる時というほど、何かが起こるものだ。新しい矢尻や道具などが出来るたびに、集落の人々は森へ立ち入る為、それが起こってしまった。
「森でエルフを見た?」
「そうだ、魔物を狩ってたみたいなんだが、すぐに森の中に戻ってった」
「それで?」
「あいつらは……普通に魔法を使ってたんだよ」
しまったと思った。あくまで意志妨害は、集落の人間限定でかけている。道具が上手くできなければ早々森のほうに立ち入らないと踏んでいたが、想像以上に発展が早かった。魔物もたまたま取り逃がして集落に近づいたのだろう。
「俺たちだけなのか……?」
「確かエルフは、神の眷属だと聞いたことがある。まともに話をしたことなどないが、問うてみてはどうだろうか?」
まずい流れだ。
「ルシファー、集落の周囲にいるのはハクアか?」
「ずっとエルフの里を留守にするわけにはいかないから、里のエルフが交代制できてるわ」
「エルフって詳細しってるかな?」
「話してないわ。ただ、森周辺の魔物を狩って、集落にはなるべく関わらないように言ってあるだけみたい」
「……悪い予感っていうのはあたるもんだな」
ソールのところに、集落の若者が青ざめた顔で走ってやってきた。
「エルフがいたから聞いてみたんだよ!」
「ふむ、それで?」
「あいつら、笑いながら言ったんだ。何をしたかはしらないが、神から見放された者達と話す舌はもたない。せいぜい魔物から守れというのは慈悲だろうって」
「そうか、俺たちは見捨てられたのか」
「そんな、何で!?」
「理由など今はいい、問題は、その事態に陥っているということだ」
俺は、頭に手を当てて天を仰いだ。ふと見ると、ソールの目に炎が宿った気がした。
彼らの道具を作ることに対する順応は目を見張るものがあった。ソールを中心に、生活全般を魔法なしで補えるレベルにはすぐになっていった。
他の人々が満足する中、ソールだけはその瞳に炎を称え、満足することはなかった。山を掘り進み、鉱石を採取、実験を重ね、製鉄を行うまでに至る。魔法で物を作るのではなく、魔法で加工できる状態にして、鎚を振るい、武器を作り出した。斧を作り、剣を作り、魔物を屠る準備を進めた。
「俺はいい、だが、アウレは守る。神に見捨てられようと、あの子だけは守ってみせるぞ、俺の命をかけても。これ以上、奪わせてたまるものか」
瞳に宿る炎は、まるで黒く燻っているように見え、 俺は迷わずソールに手を伸ばし、唱えていた。
「追憶」
――
俺はどこにでもいる狩人だった。背が低いことはコンプレックスだったが、特に狩りでは見つからない方がいいわけだし、むしろいい方に運んだ。
その日、俺はいつも通り森に狩りに出たが、黒い猪に襲われ、もう終わりだと思った時のことだ。
「スネークプラントからの~テンペストアロー!」
鈴のような澄んだ声だった。その声とは裏腹に、黒い猪は蔦に絡まれ動きが止まり、強烈な矢が貫いて絶命した。
ゆっくりと木の上を見上げると、美しいエルフの娘がこちらを見つめていた。それが、フルールとの出会いだった。とても美しくて、俺は見とれてしまっていた。
「だめだよ~ソールは弱いんだから、こんなところにきちゃ~」
俺はフルールに一目ぼれしてしまった。何度も何度も森に足を運び、彼女に求愛した。その度にやんわりと断られてしまったが、俺は諦められなかった。
「ふふふ~、わたしに惚れるなんて見る目があるね~。それに背が低いのに随分紳士的なんだね~。うん、気に入った」
フルール曰く、だいたいの人間が初めは優しいが、断っている内に横暴になっていくことが多いらしい。俺の告白は100回数えたころから忘れたが、成就した。
俺たちは幸せだった。森の中での逢瀬は何度も続いた。フルールが人間の子を宿したことが知られると、エルフの里からは追い出されてしまった。人間にもあまり良くは見られず、俺たちは、二人で建てた森の中の小屋で、ずっと一緒にいるつもりだった。
「ごめん……ね~、神様は、許してくれなかったのかな~」
フルールは出産に耐えられなかった。彼女はアウレを残して死んだ。俺は絶望した。同胞を見捨てたエルフにも、違いを受け入れることのない人間にも、そしてフルールを奪った神にも。
幸いアウレは、俺に似て背が低く、耳が長いことはなかった。フルールに似てすごく美人だがな。これなら人間として無難に生きることは可能だろう。
だから俺は全て呑み込んだ。この憤りを、怒りを、アウレの為だけに生きる事で。フルールを拒んだエルフには頼らない。いつ神が人を見捨てるかわからない以上、人の身で魔物に対抗できるようにならなくては、アウレの未来が守られることはない。俺が死んで、人も、神も信じられないのだとしたら、俺が残せるのは、お前を守ることができる武器や防具ぐらいだ。
俺の心に燻っていた黒い炎が、今燃え上がっている。
神よ、俺は見捨てられてもいい。だが、アウレまで見捨てられることはないだろう? 俺は命の火を捧げよう。今だけ神への怒りをアウレの未来のために燃やそう。あんたを憎みはしないし、恨みもしない。この怒りは命と一緒に燃やし尽くしてしまおう。だからよ、黒く残った憎しみの燃えカスぐらいは、どうにかしてくれないか。神様?
――
俺は黙ってソールを見つめている。そこには、一心不乱に鎚を振るい、武器を作り続ける男がいる。髪や髭はボサボサになり。鬼気迫る表情に、集落で止められる者はいなかった。
「お父さん……、どうして武器なんて作り続けるの?」
「あぁ……飯ならそこに置いとけ」
「ねぇ、少し休もうよ」
「これが出来たら休む。俺は疲れていない、大丈夫だ」
「お父さん……」
泣きそうになりながら縋るアウレのことを一瞥すると、すぐに作業を再開している。目の下にはクマが深々とあり、とても大丈夫に見えない。
「ねぇ、ハクアが謝りたいって一ルームに来てたわよ」
「いや、謝らなければいけないのは俺だ。気にしてないと伝えてくれ」
「はぁ……、あんたといい、この男といい、男ってほんと馬鹿よ。ねぇ、気づいてるんでしょ?」
「あぁ、混沌が集落の周囲に溢れてきている。ハクアを集落に呼んでおいてくれないか?」
「……了解」
ルシファーはハクアを呼びに行ってくれたようだ。俺はソールから片時も目を反らせないでいた。反らしてはいけないと思った。彼の高潔な意志は、全て武器の作成に注がれていた。魔法の火で鉄を熱するのではなく、金属に意志を流し込み鎚で打ち、成形していく。まるでその魂を打ち付けるかのように。正に命の火を燃やすようだった。
そしてしばらくして、その異常は起こった。
「グリム様!この前は――」
「そのことはいい! 現状を報告してくれ」
「はっ、はい! 周囲の魔物が活性化、この集落に向かってきています。なぜかわたしたちも魔法が使えません!」
「おかしいな。意志妨害は、とっくに解いた上に、そもそもエルフは効果範囲外だ」
「歯が全く立たず、集落への接近を許しています。申し訳ありません」
ハクアが頭を下げようとするのを手で制する。なるほど、大気中に霧散した混沌が、意志を阻害しているようだ。まるで俺の意志妨害のようだ……。
「村に伝えてきてくれ。嫌な役目を任せる。すまない」
「……いえ! グリム様に比べればそんな……お任せください!」
ハクアが集落に駆けていく。俺の頭の中にいつか聞いた声が響いた気がした。
『ドコマデヤレルカミセテモラウゾ』
集落からざわめきが聞こえる。ハクアが現状を伝えているようだ。
「エルフが何の用だ! 帰れ帰れ!」
「自分たちも見捨てられたんじゃないのか? ざまぁねぇな」
「ち、違います! 神様は誰も見捨ててはいません! そもそもあれは誤解です!」
「自分たちも使えなくなっても、見捨てられてないなんて良く言えたものね!」
ハクアが説明しても、罵詈雑言が返ってくるだけで話にならないようだ。
「まずいわね。これじゃぁ体制を整える前に魔物が来ちゃうわ」
「いや、大丈夫だろう」
「――しずまれ!」
伸び放題の、ボサボサの髪と髭の男、鬼気迫る表情でソールが一括すると場が鎮まる。
「そんなことはどうでもいい、それで? 魔物か?」
「はっはい!ここに集まってきているんです!」
しばらくソールは目を瞑り考えこむと、アウレのほうを親指で示す。
「エルフの嬢ちゃん、アウレを、俺の娘を頼めるか?」
「エルフに任せていいんですか?」
「ふっ、一番人畜無害そうな顔してるからな」
「なっ……」
「おらっ、みんな行くぞ! 逃げようがないんだ。自分たちの身は自分で守りやがれ!」
絶句しているハクアを尻目に、ソールは人々に自分の作った武器をあてがっていく。皮で出来たブーツ、鉄で出来た胸当てや盾なども作っていたようだ。ぞろぞろと集落の外周に向かっていった。アウレがハクアに不安そうに尋ねる。
「神様が見捨ててないってほんと?」
「えぇ、本当です。いつでも見守ってくれています」
「じゃあ、お父さんのことを守ってくれる?」
「わたしからもお願いしてみます!」
鼻息荒く断言しているところ悪いが、あまり安請け合いしないで欲しいな。どうにかしたいとは思っているけどさ。
森は、まるで生き物がいないのではないかというほど、不気味に静かだ。ごくりと唾を飲む音が聞こえ。カチャカチャと武器の鳴る音が聞こえる。額からは汗が頬を伝い、場が緊張に包まれた。
「グリム様、アウレちゃんの願いをどうか聞き届けてあげてください」
「えっ! そこに誰かいるの?」
アウレから見たら誰もいないところに話しかけてるんだよな。驚かれて当然だ。俺はため息をつき、馬鹿な男を心配する、一人の女性の力を借りることにした。意志が渦巻、神の身体を形作る。所詮は虚像程度であるが。
「お父さんを助けるために、お母さんと力を貸してくれるかい?」
「えっ!」
背が高いがアウレに似た女性と共に、アウレの肩に優しく手を添えた。 俺は確かに、ハクアには甘いようだ。ルシファーが苦笑しながら俺を見つめていた。
十や二十どころではない。一人頭二頭ほど狩れればいいところだが、そもそも一体でも脅威なのだから、絶望的な状況ともいえるだろう。そんな中、ソールが戦斧を振りかぶり、突撃してきた一番大きい黒い猪……カオスボアの脳天に振り下ろした。
突撃の威力と合わさり、戦斧はカオスボアの脳天をかち割り絶命させる。しかし、その反動はすさまじく、腕はもうまともに動かないだろう。そもそも作れただけとしか言えない急造の戦斧にはヒビが入っている。しかし、そんなことは関係がない。ソールもわかっている。
「うおー! ソールが魔物を倒したぞ!」
「すげぇ! 魔法がなくても戦えるんだ!」
「続けー!」
痛みを押し殺すようにソールが不敵に笑うと、全体の士気が一気に上昇した。黒い狼や猿、でかい蜘蛛などがいるが、士気の高さと、魔法なしで倒せたという事実が彼らを奮い立たせる。腕を犠牲にしながらも、ソールはその空気を作り出したのだ。
鎧や盾が、爪や牙を防ぎ、ナイフや剣が、堅い皮や骨を削る。それはまさに、人が魔法なしに、魔物に対抗しうるであろう力を得た瞬間であった。
だが、所詮は付け焼刃である。まともに武器も振るったことがない人々では勝敗は見えていた。血まみれになりながら戦うが、一人、また一人と倒れていく。 ソールも動きの鈍くなった腕で戦斧を奮うが、まともに当たることはない。お互いに半分程の人数になったが、片やほぼ無傷、片や満身創痍と、全員が、終わった……と覚悟したそのときだった。
「神の進軍」
幼くはあるが、鈴の鳴るような声が戦場に響く。戦いの喧騒の中で、驚く程その声は、人々の耳に届いた。その声を聞き、ソールの目が見開かれる。幼い娘に、愛した妻の姿がダブってみえた。
倒れた人々から意志が吹き荒れ、未だ戦う戦士の武器に淡い光が纏う。精も根も尽きたと思っていた身体が、まるで活力を取り戻したかのように軽くなっていった。
刃こぼれし、歪んでいた武器が嘘のように切れ味を取り戻す。大気中の世界の意志でなく、ソールの武器や、倒れた者から力を分け与えたのだ。
「なんだこれは! 奇跡か!」
「俺はまだ戦えるぞー!」
「ははは、全く……見捨てたんじゃなかったのかよ」
それぞれが喜び、魔物と肉薄する中、ソールだけは複雑そうな表情を浮かべ、大蜘蛛をかち割った。苦戦していたのが嘘のように魔物を倒し終えるが、急にソールが苦しみだした。
「グッ、グ……アアアアアアア!」
涙を称えたソールの瞳が、愛しい娘の姿を捉える。だが、その瞳は真っ黒に塗りつぶされていく。
「アウ、アウ……レ」
『混沌の進軍』
どす黒い声が響き。呟くような言葉を遮るように、戦場にまき散らされた混沌が、ソールの周囲に吹き荒れ、その体内に収束していく。彼の中に燻っていた神やエルフへの絶望に付け込んだ。いや、惹かれたのだろう。
「ガーーーーーーーーーーーー!」
爆発するかのような閃光が走り、気づくとそこには、人型をした爆炎が立っていた。黒く窪んだ双眼は、まるで混沌を湛えているかのようだ。その小さかった身体は大きくなり、身体には燃え盛る岩石の鎧のようなものを纏っている。さながら炎の巨人だ。
今、彼の中で燻っていた炎が燃え上がっている。ひび割れた戦斧の隙間から、炎が噴き出しており、最早別物の武器と化している。
「カミモ、エルフモミステタ! ナゼダ! アウレダケハ、ダケハ!アアアアアアア!」
「――テンペストアロー!」
ソールの慟哭は、唐突に届いた矢にかき消された。森に控えていた若いエルフが、援護に来たようだ。ソールに混沌が収束したことで、阻害効果がなくなっている。
「ハクア! 止めろ!」
「止めなさい! 彼への攻撃を禁じます!」
「なっ! あれは只の魔物です!」
「控えなさい! 神の御前です!」
「カミカミカミカミ!ガー!」
大型の魔物でも屠ることが出来るテンペストアローをもってしても、傷一つついていないようだ。矢のほうが炎に消滅してしまった。ソールは石を拾い上げ、炎で包むと、炎弾としてエルフに何個も投げつける。たまらず、エルフは距離をとった。
「ブキガ、ブキガヒツヨウダ、ツヨイツヨイブキガ」
俺たちがどうすべきか迷っていると、ソールはぶつぶつと呟き、落ちている武器を手に取るが、高熱に耐え切れずゆっくりと溶けだしてしまう。まるで今のソールを拒むかのようだ。もしくは、ソールが拒んでいるのかもしれない。あまりの熱気に近づけず、全員が固唾を飲んで見つめていた。
落ちていた武器を全て溶かし終えると、ギロリと生きた人間に視線を移した。
「なぁ、やばいよなあれは」
「ソールさんなんだよな?」
「どうなってるんだ一体……」
びくびくと恐怖から人々が動けないでいると、ハクアが叫んだ。
「ソールさん! エルフがここにいますよ!」
「――エルルルルフ! ガアアアアアア!」
地面を蹴り、憎きエルフをその眼に捉え、戦斧を振りかぶる。
「つかまってください! ウィンドウォーク」
「うわぁっ!」
しがみつくようにハクアにつかまると、跳ねるように走り出す。次の瞬間振り下ろされた斧から爆炎が吹き荒れた。当たったらひとたまりもないだろう。憑依しているとはいえ、只の幼い少女では,戦えるほどの身体能力はない。気を反らすのはいいアイデアだが、まずは逃げの一手だ。
人々のほうへ注意が向かないように、一定以上は離れずに引き離していく。相手がそこまで早くないのが幸いしているが、いつまでも逃げている訳にはいかないだろう。いくら幼い少女とはいえ、ハクアが、人一人抱えて逃げ続けるのは体力がもたない。
仮に置いて行ったとして、狙われてしまったら俺は抵抗のしようがない。
「強い武器への執念、武器を取り込もうとすることを生かせればあるいは……」
「何か手があるんですか?」
「武器から意志を流し込めれば、暴走を止められるかもしれない。その為にはまず動きを止めないと無理だ」
「大分引き離しましたし、一気に合流して相談しますか?」
「そうしよう」
ハクアが一気に速度を上げ、人々のところに一度戻る。
「協力して欲しいことがある。少しだけでいいから、ソールの動きを止めてくれないか?」
「アウレちゃん……だよな? 随分大人びた話し方してるけど」
「今アウレちゃんには、神であるグリム様が憑依されています」
「なんと! それはありがたいことだが……なんとかなるのか?」
「動きさえ止めればなんとかしよう。どのみちソールは長くはないだろう。逃げれば勝手に朽ちていくと思う。どうするかは任せる」
「ソールは死んでしまうのか?」
「そうなる」
しばらくすると全員が武器を握りしめ、決意したかのように語り始めた。
「ソールがいなきゃ全員どうにもできずに死んでいた、助けてやりてぇ」
「そうだな、それに、この武器から伝わってくるんだ」
「嘆きが、悲しみが、アウレちゃんへの想いが」
「エルフも、神も、人も信用できない。自分が死ぬ前に武器を残してやらなきゃ、死んでも守らなきゃって」
「ずっと独りだったんだなぁ。俺たちは仲間だって言うだけで、武器だって一緒に作ってやれなかった」
神の進軍を通して共有された意志が、武器に込められた想いを人々に伝えたようだ。頷きあいながら話す人々は、みんな一様に一人の人物を見つめていた。怒りの業火に体を焼かれ、所々が朽ちて、焼け落ちながら向かってくるソールの姿を。
「さて、教えてやりますか。あいつの炎より暑苦しい、俺たちの友情をよぉ」
拳をガツンと合わせると、戦士達はソールに向かって駆けていった。俺はハクアに抱かれたまま、その背中を追いかけた。
ソールは動きの鈍くなった身体を苛立たせるように、炎弾を投げつけてくる。俺たちは少しでも被弾を減らすため、縦一列になって特攻するが、予想以上に一撃が重い。先頭の大盾を構えた男の盾が、べこべことひしゃげ進行が遅れる。これはまずい。
「ウィンドアロー」
その時、横合いから風を纏った矢が、次々と炎弾を打ち落としたり、軌道を変えていく。あーそういえば忘れてたな。あのエルフ。ルシファーが手を振っている。協力を依頼したのだろう。やはり出来る女は違うな。ルシファーに向かってサムズアップしておく。
盾を構えた男が走り寄ると、ソールは戦斧を振り上げた。ハクアに向かって盾を構えた男が叫ぶ。
「嬢ちゃん! やれ!」
「どうなっても知りませんよ! エアハンマー!」
「ぐぅおおおおお、どりゃぁああああ!」
「ガアアアアア!」
振り上げた戦斧が振り下ろされることはなかった。急激に速度が上がったことに対応できず目測を見誤る。振り下ろす前に、持ち手をシールドバッシュでかちあげられ、戦斧は後方に吹き飛んだ。盾が溶けきる前に、男は前転しながら股下をくぐり離脱する。
後方に続いていた剣を構えた男と、メイスを構えた男が、左右に分かれ、ソールに肉薄する。
「父親が娘に接するならなぁ!」
「背中だけで語ってないで!」
一人は剣の腹で、一人はメイスを使って、かちあげられた万歳状態の腕にあてがい叫ぶ。
「その胸に受け止めやがれぇええええええええ!」
男たちの声が重なり合い押し込まれると、ソールの両腕は、まるで娘を迎え入れるかのように開かれた。武器が溶かされることを利用して、駆け抜けるようにして離脱していく。 じゅうじゅうとソールの窪んだ双眼から、蒸気があがっていく。まるで涙が蒸発しているかのようだ。
このまま行けると思ったが、ソールの口から炎が迸る。おいおい、ブレスまで吐くのか! まずい! 俺はハクアの腕に抱かれていたが、とっさに蹴り上げて飛び出す。
「わたしを踏み台にした!」
おっと、ハクア、その発言は危ない。どこぞの戦術を彷彿とさせてしまう。っと今はそれどころじゃなかった。さぁアウレ、君の言葉を、想いを、伝えるんだ。
「パパの……ばかああああああああああああ!」
幼い少女は一杯の涙を目に溜めて、両腕を必死に伸ばして飛び掛かった。その姿は、まるで愛しい父親の胸に飛び込むかのようだ。うん、それシンプルだけど結構応えるナイスなチョイスだ。
ソールにその幼い手が届かんとする瞬間に唱えた。
「神具創造、アウレの短剣」
アウレの手に、飾り気の無い純白の短剣が生成される。あらゆる武器を受け入れず、溶かしたソールの身体は、短剣を拒まず、溶かすこともなくその胸に受け入れるかのように突き刺さった。
目の前には黒く煤けたソールが、胸に純白の短剣を刺され、両膝をついた状態で佇んでいる。所々が焼け落ち、見るからに重傷だ。身を包んでいた業火は、短剣に吸い込まれるようにして消えた。
「ははは、俺があれだけ丹精込めて作った武器を、一瞬で凌駕しやがるとは、本当に嫌になるな」
「この短剣は、アウレの親への想いと、彼女の意志が生み出したものだ。他者への憎しみ混じりの愛で適う道理がないだろう?」
「本当よ~、不用意な発言だったとはいえ、そこまでひねくれちゃうなんてね~、相変わらず不器用なんだから~」
アウレの隣に最愛の妻の姿が浮かび上がる。
「なっ……! フルールなのか?」
「そうよ~、娘の成長を見守っていたんだけどね~、これからは、もっとあなたの傍にいるわ」
短剣から燃え盛る業火が吹き上がると、大きな炎の塊となる。フルールはその塊に同化すると、白く神々しい炎と変化していった。
「彼女は神の炎となり、あなたの傍にいることを望んだ。そして……」
アウレが指を鳴らすと、神の炎が眩く煌めき、意志の奔流がソールと集落の人々を包み込んだ。
「あなたを慕う同胞達と、今こそ本当の友として歩みだすべきだ」
ソールの体中の傷は消え、背の低さと、ボサボサの髪と髭はそのままだが、筋骨隆々の肉体がそこにはあった。周囲には集落の面影を残した者達もいる。一様に背が低く、男性は髭を蓄え、女性は幼い印象を受ける程小柄になっていることを除いて。
「俺には、そんな価値は……」
ソールが俯くと、周囲は肩や背中、頭までバシバシと叩きながら大声で笑う。
「ソールがいなきゃ死んでたようなもんさ」
「今更何言ってんだよ。家族みたいなもんだろ」
「馬鹿は一度死にかけても治んなかったか? がははは」
「なんだか若返ったみたいだねぇ。若返りすぎな気もするけどね。得したと思って水に流してやるよ」
ソールは目を点にして呆気にとられていた。
「この短剣と、神の炎を授ける。がんばるんだな。パパ?」
「この短剣を目標にってか? やっぱりあんたのことは嫌いだよ」
「すまんね」
「娘の姿で謝んな。あとパパはやめろ。感謝はしてるさ。いつかうまい酒でも飲もうや。がっはっは」
武器を扱う為、鎚を振るう為の強靭な肉体を持ち、同胞や友を家族と同じように大切にする。小柄な体に強大な意志を秘めた、ドワーフの誕生だった。