第九話 道具と人間
神の眷属となったハクアが一ルームに来れることになったことで、色々な話を聞くことができた。概念であり、見守ることしか出来なかった俺からすれば、現地での体験や話はとても貴重だ。
「やっぱり魔法が使えなくて困ったのは、道具でしたね」
「鍬とか針とか使ってなかったか?」
「あれはおばあちゃんに創ってもらいましたから、土から創ることが出来るんですけど、すぐに壊れてしまうし、形が歪なんです。それに、形が大きくなったり、複雑になればなるほど難しくなるみたいで、少しづつ創ったりしてました」
確かに俺が創りだした器や鉄球なども歪だった。そもそも魔法があれば大抵のことができる以上、好き好んで代用できる道具を創るような者もいないのだろう。
ハクアから魔法行使の詳細を色々聞き取った結果、事象作用は主に無機物に対して行われることも判明した。世界の意志から個々の意志は切り離された物として認識されるようだ。
「有機物と無機物の混じり合っている土から創るから、難しいのかもな」
「ゆうきぶつとむきぶつ?」
「簡単に言えば、生き物と生きていない物ってことだよ」
「さすがグリム様は物知りですね!」
「習った知識を吐いているだけだから大したことないよ」
「あれっ? でもわたし植物を少し操ることができるようになりましたよ?」
「森の民であるエルフの特権みたいなものかもな。ハクアはハイエルフか」
「よくわかりませんが、とにかくグリム様はすごいってことですね」
ハクアは俺の事を尊敬しているのか、話していて楽しいが、ちょっと持ち上げすぎる気があるな。調子に乗って天狗になりそうだから自分自身で注意しておかないとな。可愛い女の子におだてられると悪い気がしないから余計にな。
「たっだいま」
「おかえりー」
「あっ、ルシファーさん、お邪魔してます」
話をしているうちにルシファーが帰ってきた。なんだかんだ気があうようで、ハクアとも良く二人で話をしているようだ。俺がハクアから色々話を聞いている間は、地上での様子を見てもらっていた。
「あぁ、来てたのね? エルフの里もなかなか広がってきたじゃない。今やハイエルフ様だもんね。あんまり長居してないで、もどってやりなさいね?」
「あはは、すいません。ここの居心地がすごくよくて、一旦もどりますね」
「ありがとなー」
一ルームに来ている間本体は、人形を握りしめて黙祷しているような状態らしい。神との交信と称してここに定期的に訪れている。
ハクアが地上に戻ったので、ルシファーが見てきたことについて尋ねる。
「どうだった?」
「森の中にエルフの里が点在している感じね。同じように村の方もそこそこ発展してる。集落に近い物もぼちぼち出来ている感じね」
「そうか、魔物とかの被害状況は?」
「人が増えることで発生頻度が増えているわ。大物はなんとかエルフの方で抑えてくれてる。只、人とエルフの仲があまりよろしくないわね」
「ハクアから特に報告はなかったけどな……」
「あーそれはね……」
エルフは美男美女が多い為、人から手を出されそうになったり、世界樹を狙ってくるなどの不届き者も出てきているようだ。森の秩序を守る役目も担っている為、人が増えたことで動物達が減りすぎないように注意を行ったりすることで、あまり良好な関係を気付けていないそうだ。
実は、ハクアの件から結構な年月が過ぎている。その間で、ハクアはハイエルフとして半ば神格化されているらしい。些末なことはお手を煩わせないようにと、報告すらされていないようだ。
「あの子は統治とかは向いてないわね」
「まぁ、ハクアらしくていいんじゃないか?現地調査員がいるってだけでも心強いよ」
「あんたはあの子に甘すぎない?」
「可愛いし、誰かさんと違って素直だしな」
「言うわね。手伝ってあげないわよ?」
「そういうところなんだよなー。あはは、悪かったって」
俺は創造で作り出した、切り分けられた羊羹を目の前に出す。
「ふんっ、それでこれからどうするの?」
「やっぱり、道具かなぁ」
なんだかんだ、羊羹ぐらいで手を打ってくれるルシファーも可愛いものだ。魔法は今後も考えていくとして、道具の発展はこれから必要となってくるだろう。いつまでも木や土で作った弓やナイフでは、魔物に太刀打ちできなくなるのは明白だ。
「問題はどうしたら道具に着手してくれるかなんだよな」
「エルフも魔法に特化したせいか、道具を創るとか全然しないわね」
「やっぱり魔法のせいだよなぁ」
「原因はわかってるんだから、それをどうにかするしかないんじゃない? 神だからって只助けていればいい訳じゃないわよ?」
なんとなくわかってるんだけど、気乗りしないんだよなぁ。
「どこか安全そうな集落で始めてみましょ」
「そうするしかないか」
俺たちは地上に降りることにした。
人には、鋭い牙も爪も、強靭な肉体もなかった。それ故に道具を使うという知恵を覚え、集団を作り繁栄した。魔法があることで、牙も爪も必要なく、単体でもそれなりに動物に対抗できてしまうことで、強靭な肉体である必要性もなくなった。道具が発展しなかったのはある意味必然であると言えよう。ならばどうすればいいか。
「魔法の規制か……」
「あんたの意志みたいなものなんだから、可能なはずよ。それなりに信仰心もあるしね」
「それを使って信仰を裏切るようなことしていいのかな?」
「神はヒーローでも、何でも屋でもないのよ? あくまで管理者なんだからね。それに信仰って言っても色々あるじゃない?」
「色々って?」
「畏怖とかもある意味信仰心よ」
それは勘弁願いたいものだ。敬われたい訳ではないが、怖がられたり嫌われたりなんて、俺の精神が保てそうもない。
「道具を創るとなると、鉱物が必要だな。山が近くにあって、なるべく広範囲を巻き込まないように、他の集落から離れたところにある集落がいい。それを踏まえて、生活基盤を魔法なしで整えられそうなところとなると限られてくるかな」
「そうね。山と水場、孤立した集落ね。探してみましょう」
空を飛び、しばらく探してみると、ちょうど良さそうな集落を発見した。
「おー、あったあった。ずいぶん他の集落から突出してるな」
「なんでかしらね? でもすぐ近くに山があるし、川もそこまで遠くないわ。でもちょうどいいんじゃない?」
「人口も少なそうだしな。でも、魔物のほうはどうしよう。魔法がないとさすがに被害が出そうだ」
「そのための現地調査員でしょ? ハクアに協力を頼みましょう。情報の共有もしたいしね」
「そうだな。ハクアには悪いけど協力を頼もう。ルシファー、頼んでもいいか? 俺はこのままあの集落を調査してみる」
「おっけーよ。大丈夫よ。むしろ喜んで手伝ってくれると思うけどね。」
ルシファーの姿消え、エルフの里へ向かったようだ。仕事は俺なんかより出来るからきっと大丈夫だろう。問題は俺の方だ。モチベーションがあがらないんだよなぁ。
「さて、調査調査っと」
集落に降り立ち、現状を把握することにした。
集落に降り立った俺は、見渡してあることに気付く。畑が少ないのだ。ほとんどの人物が弓を持ち森に繰り出していく。食糧のほとんどを狩りで得ている印象だった。女性ですら狩りに向かっている姿が見られている。
なるほど、だから突出しているのか。エルフ達は森の生態系が狂わないように管理もしている。人口が増えれば、狩りで必要な量も増える。ここに集まったのは、ほとんどが狩人であり、満足に狩りができない村などを捨ててきた者たちなのだろう。口出しされたり、邪魔されることのないように、周囲のエルフの里や集落から離れていったようだ。
「お父さん、行ってらっしゃい。早めに帰ってきてね」
「わかった、アウレも無理はするな。畑など広げる必要はない。エルフどもがここまで出張るようならまた移動するからな。畑は持っていく事はできないからな」
「わかってる。でも野菜だって食べないと体に悪いよ?」
「がはは、言うようになったな。お前はもっと肉を食え、大きくなれないぞ」
「背が伸びないのはお父さんの子なんだから仕方ないでしょ!」
背の低い親子の会話を聞き、畑が少ない理由がわかった。やはり狩りが主体であるようだ。畑は確かに持ち歩くことはできないしな。これはこれで、幸せそうな家族である。ただし、それは魔法ありきであり、今後もそれが続くとは限らない。
エルフが狩りを制限するのには理由がある。森の生態系もあるし、魔物の発生を防ぐためでもある。エルフ達は神の眷属として、なんとなくではあるが、魔物の発生を理解している。エルフの魔法による混沌の発生は少ない。だが、人間はそうでなく、しかも魔法ありきなので使い放題である。しかも、それにより魔物の発生は、ほとんどエルフが処理しているといっても過言ではない。エルフは長命であるが、数が少ないのだ。このまま人間が一方的に増えることは、世界の破滅を意味しているだろう。
俺が憂鬱な気分でいると、ルシファーが戻ってきた。
「ハクアに協力を依頼してきたわ。周囲の魔物は狩って警戒してくれるって」
「そうか、なら始めよう。天災という試練を」
「気を張りすぎよ。サポートは任せなさい」
ルシファーが背中をポンっと軽くたたく。それだけで少し気が楽になった気がするから不思議なものだ。
「意志妨害」
集落とその一帯を、意志妨害が覆っていく。魔法が起こす事象を、神の一存で限定する力だ。正に人の身からすれば天災であるだろう。神から授かった魔法という祝福を、一方的に剥奪されたに等しいのだから。
始めこそ変わらぬ日常そのものだったが、すぐにざわめきが集落を支配していった。集落の広場に人々が集まり情報を共有していく。
「おいっ、どうなってるんだ! 急に魔法が使えなくなったぞ!」
「俺もだ! 矢が無くなったから創ろうとしたらだめで、戻ることになった」
「畑を耕すのも魔法じゃ無理だったよ」
「簡単な火をつけたりは出来るんだが、水も出せない」
「全く使えない訳じゃないのか? どうなってる?」
そう、全てを制限したわけではない。火などはいきなり使えなくなれば生活に直結するため使用可能にした。他にも、道具を創ってもらわなければならないので、簡単に実用レベルの物を作成できる魔法は禁止だが、加工や部品レベルでは使用可能としている。
彼らも生活が出来なくなる可能性があるので必死だ。お互いに意見交換を行い、すぐにそのことには気づいた。
「神は、我々を見捨てたのか……?」
その一言がやけに重く響き、しんとその場が静まり返る。
「いや、今は悩んでいる場合ではない。そんなもの確認の仕様がないしな。現状をどうにかするのが先決だろう」
「ソール、何か手があるのか?」
ソールと呼ばれた背の低い男は、アウレの父親のようだ。みんなから縋るような視線を集めている。
「まずは道具をどうにかしなければならない。狩りに出れないだけでなく、魔物にあったらどうにもならん。移動するのもままならないだろう。日を跨げば魔法が使えるようになるかもしれんしな」
「そ、そうだな。よし、みんな、食糧の蓄えはあるか?」
「ある程度は、ここに移動して大分狩れたからな」
「危険のなく作れる野菜も作ったほうがいいかもしれないな。畑も拡張しよう」
方針さえ決まれば早いもので、集落は一致団結して事に当たり始めた。
「なんだか悪役になった気分だ」
「思い通りに進んでるんだからいいと思いなさいよ」
犯人がすぐそばにいるとは思わないだろうな。思惑通りに動いてくれた集落の人々を眺め、俺はため息をつくのだった。
日を跨いでも魔法が元に戻らないことに、落胆の色があったものの、人々は道具作りにいそしんでいた。矢や弓は魔法で創りだしていた現物があったため、作成事態に難航することはなかったようだ。幾人かの器用な物がすぐに作り出すことに成功していた。
「一から作るのがこんなに大変だとはな」
「そうだなぁ、でも、ちょっと楽しいかもしれん」
「わっはっは、ちがいねぇ。俺のが上手くできたしな?」
「なんだと? 俺のほうが出来がいいだろ?」
作るということに楽しみを覚えた物もいるぐらいだ。本当に人間とはたくましいものだ。与えられるというのは、奪われるということだということを実感するな。
「お父さん、鍬なんだけど軽くできないかな?」
「軽すぎると土に刺さらんだろう?」
「でも、全部土だと重すぎて疲れちゃうよ。なんだかもろいし」
「なら、持ち手を木にしてみるか? 先端だけ土にしよう」
「うん! お願い。って、お酒飲みながらやってるの?」
「がっはっは、飲んでないとやってられんよ」
「もう、備蓄があるとはいえほどほどにしてね?」
悲壮感などなく、集落は明るい雰囲気だった。それが少しだけ俺の気持ちを軽くしてくれる。人っていうのは強いものだ。
「器から水が漏れてるぞ~」
「げっ、ひびが入ってらぁ。汲み直しかよ」
「ほら、これ見てよ。弓に模様を彫ってみたんだ」
「あっ、いいなぁ。私にも彫ってよ」
「狩りに行ったんだが、魔法が込められんから土で出来た矢尻では刺さりが甘くて逃げられる。木じゃ軽すぎるしな。もう少し鋭くできんかな?」
「ソールんとこがなんか作ってたぞ? 聞いてみたらどうだ?」
少しづつ少しづつ道具の制度が上がっていく。実用性だけでなく、装飾などを施したりするものも現れ始める。
「土で出来た先端なんだが、脆くてすぐ壊れてな。そこで娘が気づいたんだが、ボロボロすぐなる部分と、ならない部分があってな。色や硬さが全然違う。硬いところだけを集めたらこうなった」
「これは……?」
「場所によって含む量が違うんだ。山に近い程これが多い」
「そうか、この硬さと重さなら、矢尻にもってこいだな」
「物を創るのではなく、塊をつくっては分離させていくと集めやすい。ある程度どんなものか認識できれば、意図的にそれだけを集めることも出来る」
「わかった、みんなに伝える。これは総出で行おう」
順調すぎるほど順調に、日々は過ぎていった。