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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

えげつない魔王

作者: 翠玉鼬


「魔王! 貴様の野望もこれまでだっ!」

 居城の謁見の間に、無遠慮に踏み込んで来た者達。その先頭に立つ黒髪黒目の少年が、剣をこちらに向けて勇ましく吼えた。異なる世界から召喚され、人間達の希望に祭り上げられた少年だ。この世界では確か、セツナ・シモツキと名乗っていたか。

 その彼に付き従う者が4人。彼を召喚した王国の姫である聖女。その近衛である騎士、魔術師、斥候。全員女だ。

「本当に、来てしまったのだなぁ」

 と、思わずこぼす。現在、我が国と王国は戦争中。戦線は一応、膠着状態に『させている』のだが、業を煮やした王国側は、少数精鋭を直接、我が城へと送り込んできたわけだ。

「あの程度の戦力で、俺達を止められるものか!」

「だろうな」

 得意げな勇者セツナの言葉を肯定してやることにする。

「前線に穴も開けておいたし、道中、一度も本気では襲撃させなかったのだから、ここにいるのは必然だ」

 は? と勇者達がぽかんと口を開けた。

 戦力としては雑魚同然の、しかも命を持たぬ傀儡ばかりを繰り出していた。命ある者達は一切関わらせていない。こんなことで怪我をさせたり死なせたりするのは損失であるからな。

「お前達の進行ルート付近の街や村は無人だっただろう? 住人達を全員避難させておいた。少しは怪しんで足も鈍るかと思ったが、考え無しに進んできたな」

 ここまで辿り着けたのは、全てこちらが手配した結果だ、と告げてやった。

「まあ、それはどうでもいい。無駄な時間を省けたのは事実であるしな。さて」

 玉座から立ち上がり、告げる。

「降伏せよ勇者よ! その見返りに、世界の半分をお前にやろう!」

 我の降伏勧告に、勇者は目を見開いて固まった。

「ふ……ふっざけんなっ! 何だそのテンプレ発言はっ!?」

 そしてよく分からない怒りを返してきた。てんぷれ? 何故、異世界の揚げ物料理の名前が?

「世界に興味はないのか? 魔族の領域に侵略してくるくらいなのだから、領土欲はあるのだろう?」

 我らにとって、この世界は魔族の領域とそれ以外の領域のみ。人間が治める国は他にもあるし、未開の地も多い。我らの領域を侵さないならば、好きに切り取って構わないのだ。もちろん、こちらに余裕があれば版図を広げるが、その場合は当然、未開地の開拓が優先される。

「俺達は、世界を滅ぼそうとするお前達を討ちに来たんだ! 野心から侵略してきたお前達と一緒にするなっ!」

「だそうだぞ。耳の痛い話ではないか?」

 吼える勇者を放置して、勇者一党の1人、王国の姫に話を振ってやる。

「……どういう意味です?」

「どういう意味も何も、此度の戦だ。野心から起こした侵略戦争を、お前達王国の所業を、勇者殿は責めているぞ?」

 そう、今回の戦争は、王国が我らの領域に侵攻してきたのが始まりだ。先に手を出してきたのはあちらなのだから。

「私達が戦争を起こしたと!? 馬鹿なことを! 元はと言えば、お前達が我が国の村を滅ぼしたのが発端ではありませんか!」

 姫が怒りを露わにする。ふむ、『反応』しなかったということは、彼女も知らされていないということか。

「そうだな。お前達が魔族の仕業を装って、自国の村を滅ぼしたのが発端だ。自国の村が魔族に攻め滅ぼされた。魔族は危険だ。滅ぼさなければならない。ほれ、大義名分のできあがりだ」

「我らが自演で自国の村を滅ぼし、それを口実に戦争を仕掛けたとでも言うつもりか!? そのような卑劣な手段を我が王国が用いるものかっ!」

 怒りを露わにする女騎士。『反応』はない。ふむ、こやつも知らぬとみえる。

「女騎士よ。お前も軍に属する者なら不思議に思わなかったか? 村の壊滅を知ってお前達が軍を整え、魔族の領域に攻め込むまでにどれだけの日数が経った? その間、お前達を滅ぼそうとしているはずの魔族が、王国にどれだけの被害をもたらしたというのだ?」

「そんな――も、の……」

 女騎士の勢いが止まった。それはそうだろう。何しろ、魔族の先制攻撃とやらを受けて反撃の準備をする間に、王国は発端となる村以外の被害を何も受けていないのだから。これを不自然と言わず何と言う?

「ど、どういうことだ?」

「お前も考えてみるがいい勇者よ。相手の国を滅ぼすことを前提とした戦争で、お前が指揮官だったとして、村1つを滅ぼしただけで何もせずに引き上げるか?」

「そんなわけあるか。念入りに準備して、攻め込む時は相手が体勢を整える前に潰せる所まで潰すに決まって――」

 そこで勇者の言葉が止まった。世界を滅ぼすために魔族が起こした戦争と言うには、あまりにお粗末な用兵であろう? 我はそこまで馬鹿でも甘くもない。滅ぼすことを目的として戦争を起こすならば、勇者召喚などする間も与えず、とうに王国などこの世から消しておるわ。

「し、しかしっ! 現に魔族による被害は国内でいくつも起きていたぞ!?」

「相手の戦力を削ぐために内地に潜入して工作をする。当たり前の事であろう。その事実は否定せぬが、それらは王国が攻め込んできた後で実行したものだ。つまり、お主達の侵略に対する反撃にすぎぬ」

 勇者達の顔を1人1人確認していく。ほとんどが困惑の表情を浮かべる中で、1人だけ無表情の者がいる。斥候だ。さて、こちらから振ってみるか。

「まあ、詳しいことはそこの女斥候に聞くといい。何せ、村を滅ぼした工作を実行した張本人だからな」

 絶句した勇者達が、斥候を見る。斥候の表情は動かない。ただ、ほんの僅かではあるが、立ち位置が後ろに下がっている。

「そんなこと、私はしていない。全部、魔王の嘘」

 当然と言うべきか、斥候は淡々と我の言葉を否定した。しかしその直後、

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 足元から這い上がった雷撃に打たれ、悲鳴を上げる。

「魔王! 貴様、何をっ!?」

「我は何もしておらぬよ。ただ、言い忘れていたことがある」

「何をだっ!?」

「この玉座の間には、特殊な魔術陣が敷いてあってな。ここで嘘をついたら、その者は雷撃に打たれるのだ。我も例外ではない」

 王を前に嘘をつくことは許されぬ。また、王が臣下を騙すことも許されぬ。そういう理由で何代か前に設置された魔術陣。我が即位してからは発動したところを見たことはなかったが、まさか最初の1人が侵略者であるとは。

「そ、そんな魔術陣が存在するなんて……」

 呆然と魔術師が呟いたが、その目に浮かんでいるのは好奇の光だ。そういえばこやつ、報告ではかなりの魔術狂いであったな。

「嘘がつけない、だと……だ、だったら! 姫様達が言ったこともまた正しいってことじゃないか!」

「それは違う。反応するのは故意につく嘘だ。そやつが嘘だと思っていないことには反応はしない。例えば先程、女騎士は『王国が自演で村を滅ぼすはずがない』と言った。姫は『今回の戦争は魔族の侵攻が発端だ』と言った。女騎士も姫も、そう信じている。つまりそれは、事実と違っていても、彼女らにとって嘘ではないのだ」

 そう説明し、指を鳴らして魔術を発動させる。魔力の檻が生じ、立っていることすらできなくなっている斥候を閉じ込めた。こやつは逃がすわけにはいかぬからな。

「さて、これからの話をしようか。そもそも、此度の戦はこの世界の問題である。異世界の人間であるお主には関係のない話。人間の欲深さに巻き込まれたお主は被害者とも言える。よって、だ」

 一呼吸置いて、提案を放つ。

「世界の半分が不要だと言うなら。元の世界に返してやってもよいぞ?」

「な――っ!?」

「そもそもお主、元の世界では戦いとは無縁の生活を送っていたのであろう? 今でこそ慣れたようだが、最初は動物を狩るだけでも吐いていたではないか。命を懸けた殺し合いなど、したくてしていたわけではあるまい?」

「な、何故、そのようなことまで……?」

「戦となれば、相手のことを調べるのは当然だ。その中で、異世界の者が戦力として召喚されたのならば、その動向に監視を付けないわけがなかろう」

 驚く姫に肩をすくめて見せ、まっすぐ勇者を見る。

「勇者セツナよ。返答はいかに?」

 勇者は無言。仲間達は緊張した面持ちで勇者の決断を待つ。

 落ち着きなく視線を彷徨わせていた勇者であったが、しばらくして口を開いた。

「断るっ!」

 予想どおりの答えだ。故に、更に問う。

「何故だ?」

「……っ、答える必要はないっ!」

 そして、やはり予想どおりの答えを返してきた。

「ククク……クハハハ……ハーッハッハッハッ!」

「な、何がおかしいっ!?」

「答えられない、の間違いであろう?」

 我の指摘に、勇者の顔色が変わった。

「大義名分を掲げようにも、ここでは嘘をつけぬ。魔術が発動してしまえば、それが嘘だとばれてしまうからな。違うと言うなら答えてみるがいい」

 我の追及に勇者は黙ったままだ。言えぬよなぁ。あんな低俗な理由をこの場で口にすることなど、できるはずがない。

「まあ、よい。降伏しないならば、降伏したくなるようにするまでよ」

 再び指を鳴らし、姫と女騎士、魔術師を拘束する。ここから先は、他人が口を挟むことではないのだ。

「人質にするつもりかっ!?」

「そんな価値がそやつらにあるものか。これからお主の相手をする者が現れる。話はそれからだ」

「相手、だと? お前が戦うんじゃなく、そいつに戦わせるつもりか?」

「我が戦えばお主は死んでしまうであろう。それは我にとっても都合が悪いのでな。それに、戦いになるかどうかは、お主次第だ。入るがよい!」

 我の声に応じ、壁際の幕から1人の女が姿を見せた。それを見て、勇者の表情が固まる。

「な、なんで……母さんがここにっ!?」

 そう、その女は、勇者の実の母親だった。名を、レイラ・ヤマモトという。

「久しぶりだねぇ、一郎」

 勇者セツナに対し、そう声をかけるレイラ殿。イチロー? と首を傾げる姫達。

「ああ、そういえば姫達は知らぬのであったな。勇者セツナ・シモツキの本当の名は、イチロー・ヤマモトという。セツナ・シモツキというのは、偽名だ。いや、彼に言わせれば『魂の名』であったか?」

「ごふっ!?」

 胸を押さえて勇者がのけぞった。何か刺さったのだろうか?

「な、なぜ、それを……?」

「レイラ殿に聞いたのだ。何やら幼少の頃より色々と書き付けた……ノートとやらを持っているそうではないか」

「ノーっ!?」

 頭を抱え、身をよじる勇者セツナ、いや、イチロー。

「それから、パソコンとやらの中に、そのセツナが主人公である物語を書き綴っていたとか?」

「やめろーっ!?」

 何がそんなに苦しいのか、イチローはそのまま膝を突いてしまった。ふむ、よく分からぬ。

「レイラ殿、イチローはどうしたのだ?」

「あー……このくらいの年齢になるとかかる病気みたいなものでしてね。ちょっと長引いてますけど」

「病気……ふむ、万能薬を用意させようか?」

「いや、こいつは薬じゃ治らないんですよ。お気持ちだけいただいときます」

 微妙な表情でレイラ殿は我の申し出を断った。まあ、命に問題があるような病ではないのだろう。ここまで落ち着いて語る以上、誰かに感染する類のものでもないようだ。

「さて、と。こっからは親子の問題なんで」

 そう言い、レイラがイチローに近付いていく。

「さて、一郎。あんたがあたし達の前から消えて、もう1年になる。まさかこんなことになってるなんて、魔王さんが教えてくれるまで分からなかったさ」

「ま、魔王が異世界と交信したというのですか? しかも任意の人間をこちらの世界に召喚するなんて……」

 驚愕に顔を染めた魔術師が、我を見る。やはり、その目は好奇の光で満たされていた。

「母と子の会話に割り込むんじゃないよ放火魔」

 レイラ殿に鋭い視線を向けられ、女魔術師が硬直する。

「放火魔……?」

 顔を上げたイチローに、レイラ殿は不機嫌さを隠そうともせずに言った。

「あんたがこっちの世界に来た後、王国の森が一気に焼き払われたことがあったろ? 魔族による森林資源の破壊工作、なんて広められちゃいるが、本当のところは、そこの放火魔が実験で魔術とやらを暴走させたのさ」

 それに合わせ、我は映像を記録した魔術具を起動させる。広間の天井に映し出されたそれには、暴走した魔術を呆然と見た後、我に返ってその場から飛行魔術で逃げ出す魔術師の姿があった。

「本当、なのか……?」

 イチローの問いに、青ざめた顔で女魔術師が首を横に振るが、否定の言葉は出てこない。まあ、やっていないと言葉にすることはできまい。

 その態度こそが事実を証明したようなもので、姫と女騎士の非難の視線が女魔術師に向けられた。

「まあ、それは置いとくよ。大体の事情やあんたの今までのことは魔王さんから聞いたし、色々と見せてもらった。こっちの世界に誘拐されたのは防ぎようがなかったことだし、あんたが知り得たことから判断しようにも、選択肢は多くなかったってのも、まあ、分かる。今の立場で動いてるのも、仕方のないことなのかもしれない。でもね、筋の通らないことをするなってのは、ちっちゃな頃から何度も言ってきたはずだよ。それについての弁解はあるかい?」

「勇者として、今まで戦ってきたことが、筋の通らないことだって言うのか……?」

「言ったろう。今までのことは魔王さんから聞いた、って」

 ため息をつき、レイラ殿は姫と騎士、魔術師、そして気絶したままの斥候へと視線を移した。

「そう……あんたが、そこの娘達に片っ端から手をつけてることもね」

 低く、威圧感のある声がレイラ殿の口から放たれた。ひっ、とイチローが悲鳴を漏らす。

 一方の姫達も、それには気付いていなかったようで。いや、女魔術師だけは挙動が違った。あやつは知っていたようだな。

「セ、セツナ様……そんな……」

「何を悲劇のヒロインぶってんだそこの人攫い」

 悲しげな顔でイチローを見ていた姫に、レイラ殿が吐き捨てる。

「どうせあんたにとっちゃ、イチローなんて数いる男の中の1人にしかすぎないだろうに」

「な、何を……?」

「とぼけるんじゃないよ。城にいる騎士達を片っ端から食っといて、何を裏切られたみたいな顔してんのさ、この毒婦が」

 レイラ殿の言葉に合わせて、別の魔術具を起動させる。浮かび上がった映像はいくつもあり、それぞれで姫が違う男と繁殖活動に励んでいた。勇者とのそれも含まれている。

「うそ……」

 それを見たイチローの口から乾いた笑い声がこぼれた。

「う、嘘です! 私はこんなことをしてはいません!」

 そして姫が否定の言葉を吐き、雷撃に貫かれて悲鳴をあげ、倒れた。さぞ不思議だっただろう。彼女は『嘘を言っていない』のだから。

 種を明かせば簡単で、あの映像は勇者とのもの以外は作り物。先程の雷撃は、広間の魔術陣とは別に、我が自ら放ったものだ。まあ、イチロー達は『嘘をついたから雷に打たれた』と思うだろうが。それを正してやるつもりはない。

「まったく、何でダーリンとあたしの子供が、こんな節操無しになっちゃうかね……しかも、ビッチにマッド、守銭奴の暗殺者。そこの女騎士以外、ろくでもないのばかりに手を出して」

 深々とレイラ殿がため息をつく。姫に関しては捏造だが、それを知らぬ彼女から見れば、ろくな女がおらぬように見えるな。

「他にも見せてもらったものは色々あるけどね。一番酷いのはこの後さ。一郎。あんた、このまま魔王さんを退治しても、王都に戻ったところで騎士団ってのに抹殺されることになってるよ」

「な――っ!?」

 その一員である女騎士が絶句する。これは捏造ではなく、騎士団というか王の親衛隊がそう画策しているのは事実だ。ここにいる女騎士は、当然関わってはいない。

「そういうわけだ、勇者セツナ――ではなく、イチロー。悪いことは言わぬ。お主はこのまま、レイラ殿と元の世界に戻れ。望むならこちらの世界での記憶も消してやろう。これ以上、お前の人生をねじ曲げた王国に義理立てする必要はあるまい」

 勇者は無言。俯いたまま、肩を震わせている。それがしばらく続き、

「こ、こんな所に母さんがいるはずがないっ! そいつはお前が俺を混乱させるために造り出した偽者か何かだろうっ!? そんなものに騙されはしないぞっ!」

 そう、結論を出した。

「へぇ……どうやら、お仕置きが必要なようだね……」

 レイラ殿が勇者へと歩いていく。剣や鎧で武装している勇者と違い、彼女は普段着のまま、に見える。勇者にも装備面での優位を疑っている様子は見えない。

「母さんを騙る偽者めっ! 覚悟っ!」

 そして勇者がレイラ殿に斬りかかった。そこそこの速さでレイラ殿を間合いに捉え、王国の鍛冶師や魔術師達が総力を挙げて鍛え上げたはずの聖剣を振り下ろす。

「なっ!?」

 しかしそれは、レイラ殿の手にした物であっさりと受け止められた。あちらの世界では干した寝具の埃を叩くのに使うらしい、杖に似た道具だ。ただし、素材はこちらの世界の稀少金属を使っているし、魔術の付与も山盛りだ。勇者の聖剣では歯が立たないほどの業物となっている。

 それに彼女が着ているエプロンも、同様にこちらの素材と魔術付与で作られている。おまけに彼女自身にも、能力増強の付与魔術をこっそり施した。勇者が彼女に勝る部分は、何1つありはしない。体力さえ保てば、彼女独りで王国の軍勢すら打ち砕けるだろう。

「覚悟はいいね、一郎? その腐った性根、叩き直してあげるよ」

 レイラ殿の言葉に勇者イチローの顔が引きつるのが見え――


 謁見の間に、少年の悲鳴が何度も響き渡った。



 かくして、勇者は母親に(物理的に)説得され、こちらの世界の記憶を消し、能力の封印を施して帰還してもらうこととなった。

 勇者を瞬殺することも可能ではあったのだ。ただ、こちらの世界の都合に振り回された挙げ句に命を落とすのは不憫だと思ったに過ぎない。面倒ではあったが、悪い気はしなかった。

「さて……勇者の件はこれでよいとして」

 親子が消えた謁見の間で、残る侵入者達を見やる。気絶していた姫と斥候も、既に意識を取り戻していた。

「まず、姫だが。その治癒魔術を、お主ら王国によって傷付けられた我が民の治療に使ってもらおう。お主らが起こした戦争だ。その責任を取ってもらわねばな」

「……それだけですか?」

 意外そうに聞いてくる姫。それだけ、とは? 被害者が何人いると思っているのだ?

「人間と違い、魔族は多くの種族の連合だ。数が多い上に、人間1人を癒すのと同じ負担ではないぞ?」

「い、いえ……そうではなく……」

「何だ。はっきり言うがいい」

「わ、我々を、直接どうする、ということはないのか? ま、魔族の繁殖に利用する、とか……」

 言い淀む姫の代わりに、女騎士が問うてきた。何だそれは? と思ったところで、思い出したことがあった。

「ああ、人間の間では、そういう風に広まっておったな」

 魔族が人間の女を攫って数を増やす、などという虚偽の情報が、人間達の間で意図的に広められているのだ。魔族に対する危機感を煽るためだろう。

 なるほどなるほど。確かに、女の身であるならば、それを恐れるのも仕方ないか。緊張と不安に塗り固められた顔がこちらを向いている。

 しかし、だ。

「はっきり言えば、我ら魔族と人間の間に子は成せぬ、はずだ」

 え、と姫達が呆けた表情を見せた。

「そのような事例は今までに確認されておらぬ。そもそも、種族によって美的感覚や好みも違うのだ。人間に近い容姿の種族もいるにはいるが、わざわざ人間に手を出す者は聞いたことがない」

「え、と……では、ゴブリンやオークが人間の女に手を出したりは……?」

「なかろうな。頼んでもそんな変態が現れるかどうか……言っておくと我も、人間の女には何ら興味が湧かぬ」

 姫達が人間以外の種族とのアレを忌避するのは当然だが、それはこちらも同様なのだ。「今でこそ魔王であるが、我は竜人族の出だ。鱗も生えていない女に欲情などせぬから安心するがいい」

 そう言ってやると、何故か姫達は微妙な顔付きになった。人間達の基準で言えば美女揃いではあるのだろうが、その身を守れることの何が不満なのだろうか?

「まあ、よい。そんなことは捨て置くとして、次だ。女魔術師。その魔術の知識、我らのために役立ててもらおう」

「分かりました」

 しおらしく頭を下げる女魔術師だが、悲愴な雰囲気は微塵もない。こやつは魔術の研究さえできれば、どちらの陣営であっても構わないのだろう。

「ただし。勇者のアレはこちらに引き渡してもらう。異論はなかろうな?」

「……わ、分かりました……」

 今度は明らかに気落ちして、女魔術師が頷いた。こやつが人造生命の素材にするために搾り取って保管してあった、勇者の子種。放置しておくとどうなるか分かったものではない。まあ、こちらでも同じ使い方をするのだが。

「次に、斥候については。我が民から奪った金品を全て回収した後で、王都の中央広場に晒しあげる。無論、全ての所業を明らかにした上で、だ」

 ここに至る間に、偵察という名目で、民の財産を盗んで回っていたからな。王国の依頼で村を滅ぼした件も含め、罪状の全てを王国の民に分かるように掲示し、後は民達の判断に任せるのだ。

 晒した犯罪者に石を投げるという野蛮な風習が残っているようだし、いい罰になるだろう。少なくとも1ヶ月は死ぬことがないよう、高速自己治癒の術式を刻み込んでやることにしよう。王国側の口封じも懸念されるが、それは別途、対策を施しておこう。

 こやつがあのような馬鹿げた依頼を受けなければ、戦争そのものが起きなかったのだ。もっとも、こやつが受けなかったところで誰かが実行していたかもしれないが、王国民の不満を王国そのものに向けるのに役立つことだろう。

 女斥候は青ざめた顔のまま、何も答えなかった。

「女騎士は……そうだな。鉱山での採掘作業と、鉱山労働者用の食事番、どっちがいい?」

「わ、私は騎士なの……です、が……」

「今更、騎士の矜恃もなかろうに。お主ら全員、名声は地に落ちるのだし。ここで見せた数々の映像と、まだ見せていない映像を、王国の都市や村で盛大にお披露目するつもりであるのでな」

 な、と姫達が絶句した。何か言おうとする前に、魔術で発声を封じて配下を呼び入れ、連行させる。

 続けて、前線に総攻撃の指令も出しておいた。今日中に、王国軍を壊滅させたと報告が入ることだろう。

 さて、これで王国はどう出るか。異世界から勇者を召喚しても、その身内を呼び寄せた上で強化して対峙させ、更に元の世界へ送り返す例を示した以上、新たに異世界の者が呼び寄せられることはあるまい。

 何より戦争の発端から、捏造を含む勇者一行の不祥事を知った王国の民達がどう動くだろうか。国体を維持できるかも怪しいものだ。

「まあ、自業自得ではあるのだが」

 王国が我らの国の存在を知った時、こちらからはこう告げてあったのだ。『我らに関わるな。それを守る限り、我らはそちらに一切の干渉をしない』と。それを破って攻め込んできたのだから、その報いは受けてもらわねば。

「さて、今日の夕餉は、レイラ殿から伝えられたカレーを再現したものであったな」

 余興を意識の外に放り出し、我は異世界から伝わった料理へと思いを馳せた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「降伏せよ勇者よ! その見返りに、世界の半分をお前にやろう!」 嘘サンダー術式発動。 「ぐわああああ!」 「姫はビッチだ!」 偽映像の数だけ嘘サンダー術式発動。 「しまったあああ!」
[一言] えげつない・・・。 でも好感が持てる。
[良い点] えげつないですが、執政者としてはすごく当然な対応で好感しました。楽しく読みました。ありがとうカレー。
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