ファンタジー世界での物価の決め方理論
ファンタジー世界のモノの値段の決め方。
こう考えておくと、大きく不自然にはならないと思うよ、というお話です。
予備知識のない人に対して難しくなりすぎないように、わざと大雑把な内容にしてあります。
あくまで目安程度にどうぞ。
なお、あくまでも創作の一助とするための話として書いています。
この考え方が、作者や作品を叩くための道具として使われないことを祈ります。
●人件費
まず、その世界(その地域)における最低賃金と、平均的な職業の賃金を決めます。
現代におけるアルバイトのような仕事──例えば、酒場のウェイトレスみたいな仕事の場合、最低賃金で雇うものと想定します。
例えば、日当(1日分の給料)=銀貨3枚、というのが最低賃金だとします。
平均的な職業は、中世ヨーロッパ風の世界では、職人さんというのがこれに該当します。
これらの職業の給料は、だいたい最低賃金の2倍と考えておけば、大きな不自然はないと思います。
最低賃金が日当で銀貨3枚なら、職人さんの日当は銀貨6枚程度です。
ちなみに、中世ヨーロッパのいくつかの史料によると、騎士の給料は職人の4倍ぐらいで安定していたようです。
例えば1440年の史料で、労働者の日当=4ペンス、職人の日当=6ペンス、騎士の日当=2シリング(24ペンス)というものがあります。
さて、これらの労働者に支払われる賃金が、モノの値段のベースになります。
例えば、プレートアーマー一揃いを作るには(参照する資料によってばらつきはありますが)だいたい3ヶ月~1年ほどの期間が必要だったとされています。
プレートアーマーを作るのに、1人の防具職人さんが6ヶ月かけて作るとしたら、このプレートアーマーの値段には、職人の6ヶ月分の給料が乗せられます。
ひと月に22日働くとしたら、6ヶ月で132日。
日当が銀貨6枚なら、132日分の銀貨792枚という額が、プレートアーマーの製作に必要な人件費ということになります。
ということは、この商品は最低でも銀貨792枚以上の値段で売られていないと、商売が成立しない=不自然ということになります。
また、モノの製作・販売には製作者の人件費以外にもさまざまなコストが掛かるので、その点も考慮しなければなりません。
これに関しては、以下に「材料費」と「その他」に分類して、考えます。
●材料費
材料費は、もちろん商品によってまちまちです。
プレートアーマーであれば、原材料となる鉄や、その他諸々の材料が、相当量必要になるでしょう。
で、まちまちなんですが、目安としては「人件費と同じぐらい」と思っておけば、そう大きく不自然にはならないかと思います。
これは、せっかく手間暇(=人件費)をかけて作るなら、材料も小さな値段の差はあまり気にせず良いものを使おうという発想になるし。
逆に、高価な材料の取り扱いを、低賃金で大した技術もない見習いに任せようという気にはならない──といった感じの「どうせなら心理」が働くからだ、と思っておけばよいかと思います。
上記プレートアーマーの例で見れば、30kgという量の鉄を用意するのに、銀貨792枚ぐらいかかるのかもしれません。
あるいは、これが伝説のミスリル銀を使ったミスリル製のプレートアーマーを作ろうという話なら、それを作る防具職人も、伝説的な技術を持った達人(当然、一般的な職人より高給取り)であるのがふさわしい、ということです。
●その他(流通コスト、販売コスト、その他雑費など)
最後に、その他の経費です。
上記プレートアーマーを作るには、材料費と人件費のほかに、それを作るための鍛冶場が必要であったり、鉄を加熱するための炉が必要であったり、そのための燃料が必要であったりするかもしれません。
これらも、用意するのには、当然金がかかります。
ほかにも、出来上がったプレートアーマーを「売る人」が必要になってくるかもしれません。
例えば、出来上がったプレートアーマーを職人さんから銀貨2000枚で買い取り、それを遠隔地の冒険者のところまで運んで行って銀貨2500枚で売る、という商売をする商人がいるかもしれません。
(……え、プレートアーマーは普通オーダーメイドだって? そういう細かい話は置いとこうよ)
この辺の諸経費も、ざっくりまとめて「人件費と同じぐらい」と見ましょう。
すると、どうなるか。
このプレートアーマーの値段は、職人の6ヶ月分の賃金=銀貨792枚の、3倍ほど──およそ銀貨2400枚程度で売られているだろう、という推測を立てることができます。
●例えば本の値段
中世ヨーロッパ風のファンタジー世界では、「本」の値段は非常に高い、という設定である場合が多いです。
これは何故か。
印刷技術が発達していないから、というのがその理由です。
ではなぜ、印刷技術が発達していないと、本の値段が高くなるのか。
印刷技術が発達していない時代には、オリジナルの本を「写本」することによって、本を作っていました。
つまり、オリジナル(あるいはその写本)を見て、紙に手書きで書き写して作るわけです。
僕らは、一冊の本を手書きで書き写すのに、どれぐらいの時間を必要とするでしょうか?
ざっくり1文字1秒とすると、10万文字のライトノベルを書き移すのには、10万秒が必要になります。
およそ28時間ほどです。
これを、人を雇ってやらせるとどうなるか。
28時間分の人件費が必要になります。
読み書きがあまり普及していない世界では、読み書きができるだけでも、この「写本」という仕事ができます。
現実の中世ヨーロッパなどでは、ラテン語を習った大学生が、生活費を稼ぐためにこの仕事を行っていたようです。
読み書きができるという特技があるので、彼らの日当を、最低賃金よりやや高い銀貨4枚と設定しましょう。
写本に28時間を必要とするなら、1日8時間実働すると考えて、3.5日ほどで写本を完成できます。
するとこの写本を作るのに必要な人件費は、銀貨4枚×3.5日=銀貨14枚ほど、ということになります。
これの3倍で、だいたい銀貨42枚ほどという値段が、ライトノベル1冊分の本の市場相場になると考えられます。
羊皮紙など材料費も高いので、実際にもこのぐらいになるでしょう。
(羊皮紙に関しては、先と同じ1440年の史料で、240枚で10シリング=120ペンスという記録があります。先の賃金と比べてみると……?)
現代日本の感覚で言うなら、写本士の時給を1000円と考えると、ライトノベル1冊分の本の値段が84000円です(しかもイラスト抜きで)。
大量印刷技術の発達が、いかに本を安くしてくれているかが分かります。
●例えば衣服の値段
史料を漁っていると、中世ヨーロッパでは「衣服」がものすごく高い値段で取引されていたことが分かります。
現代の感覚で言うと、一着何十万円、という世界です。
これも考えてみれば当たり前の話で、衣服──というか、衣服の元となる「布」を作るのに、恐ろしい時間がかかったのです。
鶴の恩返しでは、三日三晩寝ずにぎったんばったんやって一枚の反物を作っていますが、そのノリと同じか、機織り機が発達していない時代には、もっと余計に時間がかかったものと思われます。
これを人件費(現代の円)に換算すれば、当然万単位以上の値段にはなるわけです。
現代でも、本格的な着物は数十万円~数百万円の値段になりますが、これは数ヵ月という期日をかけて作っているので、この値段で売らないと採算が取れないわけです。
それでもワーキングプアな感じらしいですが。
現代の、シャツ一枚何百円とかで買えるのは、ひとえに化学繊維の発明のおかげなのでしょう。
恐ろしい世の中になったものです。
●魔法
逆に言うと、例えばパッと一瞬で「布」を生み出せる魔法があって、それが社会一般に広まっていれば、そのファンタジー世界では、衣服の値段は十分に安くなるはずです。
本もそうで、「転写魔法」みたいな魔法があれば、あとは材料費の問題です。
「製紙魔法」とかあれば、もう完璧ですね。
というわけで、その世界にどんな魔法が発達しているかによって、どんな値段でモノが売られていてもおかしくない、というお話でした。
……あれ?
(2016/4/18付記)
価格決定の具体例を物語調にして書いてみました。
お話として面白くないものを書いたつもりもないですが、3万文字ぐらいあるので、目的に応じて適当に読み飛ばすなり、拾い読みするなりしてもよろしいかと思います。
とある錬金術師のお財布事情──夢見る少女はお金なんかに絶対に負けない!
http://ncode.syosetu.com/n9222df/
あとは、昔に書いたこれとかも参考になるかもです。
ファンタジーな異世界で宿屋経営
http://ncode.syosetu.com/n3819cl/