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モヤと君と僕 上

月の綺麗な夜。ある少女が石垣の上に座っていました。

独り涼しい夜の空には、綺麗な(もや)がか

かっていました。

彼女は空を見ていました。空を見上げるその目は、まるで誰かを待っている様な目をしていました。


この世界は様々な知識に溢れ、知るべき知識、知らずにいるべき知識、知らない知識。様々な知識に溢れていて、人間たちはそれを活用して生きています。

あの少女はその沢山の知識を知っていながらも、活用せず、共有もせず、只独り、静かに生きているのです。


「……あれ、まだ来ない。」彼女は綺麗な緋色(ひいろ)の目を見開いて、短い焦げ茶色の髪を耳にかけ、彼の名前を小さな声で呼びました。

「……モヤー、まだー?」と、小さな声で呟きました。辺りは真っ暗で、静かです。虫が鳴いて、また沈黙が続きます。

雑草とは思えない程綺麗な雑草が月に照らされています。

単純に綺麗だ。少女はそう思っていました。まるで十五夜の月と(すすき)みたいでした。

風が止むと。

「御免、待たせたね。遅くなった。」

沈黙を破る声がしました。それは『モヤ』でした。

水色の目と髪が風で揺らめいて、月に照らされています。

「…ほんとに遅い。待ちくたびれたよ。」と、髪の毛を触りながら少女は言いました。

「いやぁ、意外にも長引いたもんで。」顳顬(こめかみ)の辺りを掻きながら、モヤは言いました。

「…ふうん。そんな事もあるんだね。」少女はそう言うと、ひょいと石垣から降りました。

少女はいつも靄の立ち込める夜にモヤに会いに行きます。

「今日もバス?」モヤが尋ねました。

「うん。何でだろうね。気が付いたらバスに乗ってて、気が付いたらモヤと会ってる。」少女は月を見つめています。

「……しかし、この村は綺麗で良いねえ。誰も居ないけど、空が綺麗で、何より、君が居る。」

モヤは月を眺めて悲しそうな顔で語りました。

「あ、今話逸らしたでしょ。矢っ張り教えてくれない。」少女は頬を膨らませました。

「僕にも分からない事位あるよ……。逆に、君にも知らない事がある方が凄いよ。何でも知っているのに。」モヤは悪く思ったのか、眉を下げて少女を見つめました。

「何でもじゃ無いよ。知らない事の百個はあるよ。」少女は何でも知っています。ただしこの世に在る知識の総てを知っている訳ではありません。何故バスに乗り彼に会っているのか、その訳を知らない時点で総ての知識を得ては居ません。


「いつもより月が大きくて綺麗だねぇ…」そう呟きながら少女は嬉しい様な、悲しい様な顔をしました。その表情にモヤは困惑して目を逸らしました。

「ほんとだ。綺麗だね。」暫くしてモヤが言いました。

「……何で満月じゃないのにいつもより月が明るいの?」首を傾げて目をまんまるにしてモヤに尋ねます。

「…また始まった……いつもの素朴過ぎる疑問。如何

(どう)にかなら無いかなぁ…」

他愛のない話をながら少女の素朴過ぎる疑問に依って彼が狼狽するのが二人の靄の日の約束です。

「知ってるの?知らないの?」少女はずいっとモヤに近付きます。

「知らなくはないけど……絶対納得いかないと思う。僕もあまり知らないからね。」それが恥ずかしいのか、顔を逸らして答えます。

「それでもいいから。」少女は一度訊いた事は答えが返って来るまで譲りません。つまり頑固なのです。

「何か、満月直後なら今日みたいな月は有り得るらしいよ。で、でも、信憑性に欠けるから、あんまり信用しないでね。」モヤは博識ですが、少女のする素朴過ぎる疑問には、六割程しか答えられません。

「………解った。そうやって心に留めておく事にするよ。」モヤは、あぁ、やってしまった。と言う顔をしました。彼女のこの返答は外れだ。この返答をしたときは納得いっていないか、理解出来ていないかのどちらかなのです。それは永年、モヤが少女との会話で培った新しい知識なのです。

「……御免。」彼は声を絞り出して言いました。

「何で謝るの。」少女は言います。

「……否、大した答えが出せなくて。」モヤは俯いてしまいました。

「……んまぁ月が綺麗に存在()てくれるだけで嬉しいかな。」風が二人の髪を(なび)かせます。

「…………そうだね。」モヤは言いました。

「ほれ、元気を出しなされ。」そう言って少女はモヤの頭をぽんと撫でました。

「……有難う。」彼は弱々しく微笑んで言いました。

橙色に染まる月を少女は眺め、こう言いました。

「……もし私が死んでも……何でもない。」

と。


(いら)えよ。靄の王よ。

少年その声の主に目を覚ましました。と言うより、目を覚まさせられました。

「……いやぁ、御早う御早う。と言うか、正確には次期、靄の王なんだけどなあり」

まぁ良いだろう。現王は最早王とは呼べんよ。名前を無くし、『靄』としか呼べぬ様になった彼奴は只の__何でも無い。

少年は天井に向かって一人呟いている様に見えました。

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