初めまして異世界
「さあ、来てください。異界の勇者よ!」
床には仰々しく魔法陣が描かれ、部屋の四隅にはろうそくが灯されたなにやら怪しい部屋で、少女はひとり何かの儀式を行っていた。
それは、まるでこれから悪魔でも召喚するかのようにも感じられる不気味な儀式であった。
すると、描かれた魔法陣が彼女の呼びかけに答えるかのごとく光り輝き始める。
光は段々と大きくなり、魔法陣の中心へと集まっていく。
そして、大きくなり光が形を持ち始める。
その形はだんだんと人のような形となり、ひときわ光ったところで、その光は消え、中から人が現れた。
「あててて…。ここはどこだ?」
そう言って、光の中から出てきた少年は不思議そうに周りを見渡す。
呼び出したのは、肩にかかる位の美しい金色の髪にまるで光り輝く海を連想させるかのような青い瞳の少女。
呼び出されたのは、黒髪短髪の普通な少年だった。
いきなりのことに少年はあたりをきょろきょろと見渡す。
少女はそんな少年に状況の説明もせず、話し始める。
「いらっしゃいませ勇者様。早速ですが、特技とか使える魔法とかを教えてもらっても構いませんか?」
「…え?魔法?ていうかいきなり何なの?」
その少年は、まるで魔法が使えないかのように聞き返す。
その意外な反応に、質問をした側である少女も驚いてしまう。
「もしかして、魔法がない世界から来ちゃったんですか?」
しかし、少女はまだ状況の説明をしない。
「うん。魔法どころか俺のいた国は戦争すらしない様な安全な国で俺はけんかすらほとんどしたこと無いが、そんな俺でも勇者にはなれるのか?」
「嘘…。魔法どころか戦いがないなんて…。」
少女のあまりの驚きっぷりに少年は自分の事よりも先に、なぜか少女の事を心配してしまう。
すると、半ば自棄気味に少女は叫ぶ。
「召喚する人まちがえましたーーっ」
「で、俺は帰りたいんだけど?」
少女は、叫んで幾ばくか気持ちの整理ができた様子だった。
先ほどの叫びの内容からして、自分はお呼びでないと察した少年はもとの世界に帰らんと少女に問いかけてみる。
「ごめんなさい。異世界に行くのはかなりシビアなタイミングが必要で、元の世界にはすぐに戻れません…」
少女は心底申し訳なさそうに少年に謝る。
対する少年も、そこまで謝られてしまっては怒るに怒れないといった状況で、あたふたしてしまう。
少年は、どうやら女の子に対して甘いようだった。
「間違えたんだったら仕方ないさ。魔法とかモンスターがいるような、元の世界とは全然別の世界には、俺も少し興味があるから別に気にしないでくれ。」
「ありがとうございます。優しいんですね…。」
そう言って少女は、先ほどの失敗も合わさり涙ぐんでしまう。
しかし、そうは言うものの少年にはこの世界の知識や暮らしいていく術が一切なかった。
「あ、折角だったらうちのお店で帰れるまで住み込みで働きませんか?」
お店…?
少年は、このいかにも怪しい部屋を見て、何の商売をやっているのか見当もつかなかい。
「何のお店なんだ?」
「召喚獣派遣会社、エンタレイドと申します。業務内容は、冒険者様や召喚士様の戦闘や冒険のサポートとなる召喚獣を派遣し、レンタルする業務をやらせてもらっています」
「召喚獣をレンタル…?自分で召喚しないのか?」
彼女曰く、1から魔物を召喚するよりも、派遣会社からレンタルしたほうが早くて安いらしい。
そして、もし働くなら、戦闘能力のない俺は町にいる冒険者に宣伝したり、長期で冒険に出る人と長期契約を結んで来たり…
いわゆる、営業のようなことをすればいいとのことだ。
行くあてのない少年は、この提案を受け入れることに決める。
「じゃあ、やらせてもらうよ。俺の名前は奥羽壮真、これからよろしくな」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。エイダ・エンタレイド。エイダで構いません。こちらこそ宜しくお願いしますソーマさん」
お互いに、紹介が済み壮真はようやくこの世界がどのような世界かを説明してもらえるかと思った。
しかし、まだ説明してもらえない。
「あ、この世界の事よりも先にソーマさんのお給料について先にお話しさせていただきます」
どうやら、彼女にとってはまだ事態がすべて把握しきれていないであろう壮真への説明よりも、お金の説明のほうが大事だったらしい。
「ソーマさんには、とりあえず月2万5千500ゴールドで働いていただきます。あ、ゴールドというのはこちらの世界における共通のお金です」
「申し訳ないが、エイダ、俺にはその価値がいまいちよくわからない。あととりあえず月単位で働くって俺はそんなに元の世界に変えれないのか?」
エイダの言葉に壮真は少し不安を覚える。
単身でいきなり別の世界に来てしまったのだ、不安に思うのも無理はない。
いつ帰れるのか。
彼にとって今最も大切なことだろう。
しかし、大切な所はエイダにスルーされてしまう。
やはり、エイダはお金が大事なようだ。
「月3万ゴールドというのが賃金がいい武器・防具屋でバイトとして働いて得られる賃金なので、この世界に来たばかりの右も左も分からないであろうソーマさんにはかなり破格の条件だと思いますよ?」
それほどにいい条件を提示してくれるなんて、エイダは壮真を間違えてこの世界に呼び出してしまったことに少なからず罪悪感を抱いているのだろう。
壮真はそれを聞き少し申し訳ない気持ちになってしまう。
ただ、申し訳ないながらもありがたく、その条件で働くことに壮真は決めた。
しかし、その直後、壮真が抱いていた申し訳なさはチリとなって消えてしまうのだが…。
「当然、ソーマさんには住居がありませんよね?住み込みで働いてもらうのは構いませんし、3食分ご飯も私がお作りして出します。ですから、その分お給料から少し、天引きさせていただいても構いませんか?」
「まあ、そこまでしてもらえるなら…。」
「わかりました。では月の家賃として、2万5千ゴールドひかせていただきます。」
それを聞いた瞬間、思わず壮真はそれに対しツッコミを入れてしまう。
そんなにひかれたら、壮真の手元には給料がほとんど残らない。
ただ、他に行くあてもない壮真はその条件に抗議することができても拒否することができない。
先ほどまでとは打って変わって、腹黒い一面を見せるエイダだった。
「この世界には、冒険しない冒険者に食わせる飯は無い、という格言があります。つまり、ソーマさんが働いて成果を上げていけば、その分お給料も上がります。どうですか?」
「……はい。それでお願いします」
まったくもって納得のいかないといった顔をする壮真だったが、彼女の言うことがわからなくもなかったので、しぶしぶ彼はエンタレイドで働くことを決める。
こうして、彼の異世界生活が始まるのであった。