深山:オーガス帝国
「こうして侵略者は撃退され、世界に再び平和が訪れたのでした つづく」
深山がそう書かれた最後の厚紙を見せて一礼すると、彼の前に集まった子供達が大きく拍手した。
深山の正面に置かれたバケツにチップが投げ込まれる。これだけあれば数日は過ごせそうだった。
紙芝居の片づけをする深山の肩を誰かが叩いた。
振り向くと、まず目に入ったのは何度か見た汚い文字。
「紙芝居とは、考えたな。まさか本当に自力で食い扶持稼げるとは思ってなかったぜ」
ガリアであった。
「うまくいってよかったです。場所をとる許可をいただけたこと、感謝します」
「いいって。俺も面白いもん見れたし。ところで…」
ガリアは大真面目な顔で続ける。
「今回の戦いで死んだZ戦士は、この後どうなるんだ?」
どうだったかな、と深山は首をかしげた。
芸として紙芝居を考え付いたのはいいものの、深山は作家ではない。図面を描くことはよくやったので絵はそれなりにいけても、肝心のストーリーを考える力がなかった。
そこで、元の世界で自分が読んだ作品を丸パクリしたのだった。当然、彼の行為を咎める者はこの世界には誰もいない。
問題は、読んだのがだいぶ昔のことなので内容を正確には覚えていないことだったが、そのことについてはあまり気にしていなかった。
どうせこれを長く続けるつもりはない。十分な元手が得られたら、今度はもっと儲かる仕事を見つけようと考えていた。
何しろ、深山はこの町に自身の研究室を作ることをもくろんでいたのである。そのためには、もっと莫大な金が必要だった。
深山は紙芝居作成と平行して、この世界のことについても詳しく調べていた。
現在この世界に人間の国は一つしかない。「オーガス帝国」がその名前だ。
そしてこの町、ダルテスは帝国領でも5本の指に入る大都市であることもわかった。
帝国領の外側は魔王の支配する地であるとされているが、その内情については未だによくわかっていないようであった。
ガリアの言っていた「魔王との和平」についてもより詳しく知ることができた。
10年前、魔王と六勇者との間でかわされたもので、一言で言えば「魔物と人間、お互いに危害を加えることを禁じる」という約束であるという。
この存在によって戦争が終わり平和が訪れたといわれているが、その約束がどういう経緯でなされたものなのかは明らかにされていないらしい。
一方で、深山の最大の興味の対象である「魔法」については、大した足がかりを得ることはできなかった。
魔法は学校でのみ教えられ、書物に記されて販売されることはないというのがその理由だった。
深山は大いに残念がったが、これについては気長に考えることにした。
あのオゼロでさえも容易に打ち倒すほどの力なのだ。一朝一夕で解明できるものではない、ということは直感的に理解できていた。
黙々と片付けと続ける深山と、なんとか物語の続きを引き出そうとするガリア。そこに、クロメが大きな足音をたてて駆け寄ってきた。
かなり動転しているようだが、往来で大きな声で口にできない内容なのか、一呼吸置いてからガリアに対してそっと耳打ちした。
ガリアの顔色が変わる。
「悪いが、行かなきゃいけない」
とだけ残して彼らは走り去っていった。
何か大変な事件があったのだろう。とはいえ部外者が何かできることではないので、深山は機材を抱えて自室に戻った。
その日の夕方、深山が部屋で本を読みふけっていると、かなり乱暴に扉を開けて数人の兵士が中に入ってきた。
兵士は強い口調で何か言ったが、深山は冷静に筆を取りこう書いて示した。
「申し訳ありません。お手数をかけますが、筆談でお願いします」
兵士の一人は深山の手から筆と紙を引ったくり、乱暴な字体で簡潔に書いた。
「ついてこい。町の議会で『オゼロ』について知ることを全て話してもらう」
事情を聞くと、なんとこの国で最も強い力を持つ「六勇者」の一人が、山岳地帯に向かう峠で謎のモンスターによって負傷させられたのだという。そのモンスターの特徴が、その直前に町を襲撃して撃退されたモンスター、すなわちオゼロと一致したのである。
深山が町を襲撃したモンスターについて知っている、ということは、ガリアを通じて町の上層部も聞いていた。だが、イレギュラーな問題とはいえ、一度は難なく撃退できた故にオゼロのことを軽く見ていたため、深山のこともあまり重要視されていなかったのだ。
それがここに来て、オゼロが予想外の大問題を起こしたために、急遽呼び出されることになったというわけだ。
深山にそれほどの驚きはなかった。オゼロのことだ、それぐらいやるだろう。彼の中にはオゼロの実力と知性に対するある種の信頼のようなものが存在した。