オゼロ:リベンジ
ゴブリン達が持ち帰って来た物資のうち、食物のほとんどはオゼロが食べ、残りのわずかな食物とその他の生活物資はゴブリン達の巣穴に貯蔵された。
ゴブリン達によれば、略奪は予想以上にあっけなく済んだらしい。
峠を通る馬車には武装した兵士が二人護衛についていただけであり、彼らもゴブリン達の不意打ちであっという間に無力化することができた。
後は積荷をかっぱらうだけ。今までやらなかったのが馬鹿らしくなるほど簡単な仕事だった。そう言ってゴブリン達は胸を張った。
どうやらこの世界の人間の戦闘力は個体差が大きいらしい。手負いとはいえオゼロを撃退してみせた町の兵士達に対し、少し力をつけたゴブリンにあっさりやられてしまうような馬車の護衛。
あの町の兵士達が特別強かったということだろうか?いずれにせよ、オゼロにとってあの力は全くの未知であり不気味きわまりなかった。
オゼロは、ゴブリン達の中で最も賢そうな奴(もちろん他と大差はないが)にこう問いかけた。
「この世界の人間が使う、あの力…あれは何だ?」
「…『魔法』の事ですカ?人間はみんな魔法を使いまス。空を飛んだリ、早く走ったリ。すごいですネ」
「魔法とは何だ」
「わかりませン」
他のゴブリンに聞いても、答えはほとんど変わらなかった。
力の名前がわかったところで、その具体的な仕組みがわからなければ対策の仕様がない。
オゼロは質問を変える事にした。
「お前らの中にも、魔法を使える奴はいるのか」
賢そうなゴブリンは答えた。
「我々の中にはいませン。モンスターで魔法を使えるのハ、もっと頭のいい方々のみでス」
オゼロは少し考え、そしてその全てを頭の中から掃き捨てた。
あらゆる生物を超えた存在である自分が、誰かに教えを請うというなどということはありえない。
それに、わざわざ対策などしなくても、全力さえ取り戻せば問題なく消し飛ばすことができるのだ。
オゼロはやや弱気になっていた自分を戒めた。
だがそれも、仕方のないことかもしれない。
現状においても、オゼロの体には多くの切り傷が残り、体内に至ってはぐちゃぐちゃのままほとんど修復がなされていなかった。
ゴブリン達との会話が途切れた時、オゼロは巣穴の外でなにやら物音がすることに気づいた。
普段のオゼロならもっと早く気づいていただろうが、体力の低下で注意力が散漫になっていたようだ。
オゼロは聴覚に意識を集中する。聞こえるのは、人間の話し声と、鎧がこすれあう音。計六人の武装した兵士が巣穴の前で待ち構えているのがわかった。
まさかと思ったオゼロは、ゴブリンの一匹に問いかける。
「貴様ら、馬車の人間は一人残らず殺したんだろうな?」
「そンナ!人間を殺すナンテ、重罪中の重罪!死刑デスヨ!気絶させたダケデス!」
オゼロを軽いめまいが襲った。きちんと殺して、証拠も隠滅するのが普通ではないのか?
それに罪がどうこうというなら、馬車を襲った時点でもうアウトではないか。
そう思ったがオゼロは口に出さなかった。呆れて言葉が出なかったのである。
しばらくの沈黙の後、オゼロはこう言った。
「貴様ら、俺の前に集まれ。一列に並べ」
当然、オゼロが最も呆れていたのは、こんな愚かな生物に頼っていた自分自身だった。
オゼロの口から伸びた舌が、ゴブリン達の首をまとめて刎ねた。
そのまま全て捕食する。エネルギーを体の修復に当てるが、まだまだ全力を取り戻すにはほど遠い。
オゼロはゆらりと立ち上がった。ダメージこそ大きいが、町での戦闘のときよりは回復しているといえるだろう。
「目に物見せてくれる、人間ども」
無自覚にそう声に出していた。
オゼロがゴブリンの巣穴から顔を出す。兵士達の間に緊張が走った。
オゼロは一瞬のうちに六人を全て視界にとらえた。
少し貧相な鎧を着た兵士が二名、その他の四名はオゼロが記憶しているのと同じ鎧を着ていた。町の兵士だ。
恐らく前者二名がゴブリン達の言っていた馬車の護衛だろう。意識を取り戻した後、町から応援を呼んで物資を奪い返しに来たといったところか。
オゼロは傍らの岩に手を添える。兵士達は剣を抜きオゼロに突きつけた。
その直後、オゼロが放った石礫が兵士の一人の片足をえぐった。兵士は悲痛なうめき声を上げる。
恐るべき握力で岩を抉り取ってから、それを投げつけるまでの一連の動作は恐ろしく速く、その場にいた兵士の誰もがこの攻撃に反応できなかった。突然叫びを上げた仲間に不意に目が行ってしまう。
その瞬間をオゼロは見逃さなかった。別の兵士に向かって飛び掛り、渾身のとび蹴りを喰らわせる。
およそ人間の体が立てるものではないような音が響いて、その兵士ははるか遠方へと吹き飛ばされた。その姿は見えなくなったが、間違いなく無事ではないだろう。
この時点で貧相な兵士が二名、町の兵士が二名。状況はオゼロにかなり有利に傾いた。
だが今のオゼロに油断はない。兵士達がいかなる攻撃をしてきても回避できるよう、一定の距離をとりながら注意深く兵士達の様子を伺う。
貧相な兵士二人が足を負傷した兵士を担いで逃げ出した。更なる応援を呼びにいったのかもしれない。オゼロは彼らを追わなかった。
残った町の兵士二名に目を向ける。彼らの目にはまだ闘争心が強く残っているようであった。
彼らが何かぼそぼそとつぶやいたと思うと、ボウッ と音をたてて彼らの体を白いオーラが覆った。
来た! オゼロは身構えた。
兵士達はすさまじい速さでオゼロに飛び掛る。そのスピードは、先程のオゼロのそれと同等かそれ以上のものであった。
だがオゼロは冷静に身をかわす。兵士達の攻撃はオゼロにかすりもしなかった。
前回の戦いと、そして今の攻防でオゼロは白いオーラについては大方把握できていた。
効果は恐らく、移動補助。スピードを大幅に上昇させ、空中での移動も可能にさせるものだ。
その弱点も予想していた。そして実際、当たっていたのである。
彼らは、自身のスピードについていけていないのだ。魔法で強化されたスピードに、自身の反射神経が追いつかない。
結果として、彼らの動きは非常に単調なものになる。
魔法による「地に足の着かない」スピードと、紛れもない身体能力の賜物であるオゼロのスピードとでは、瞬間的な速度こそ同じでも戦闘における勝手が全く違ったのである。
こんなものか、とオゼロは思った。未知なる力であっても、冷静に対処すれば自分の敵ではないのだ。
切りかかって来た兵士にオゼロは裏拳を合わせる。吹き飛ばされた兵士は、そのまま地面に落ちて動かなくなった。
オゼロは最後の一人に目を向ける。もはや兵士に勝ち目はなかった。それでも彼は剣を降ろさず、強くオゼロを睨みつけていた。
オゼロと兵士が同時に動く。兵士の剣はむなしく宙を切り、オゼロの拳が兵士の腹を貫こうとした。
その時である。
一陣の風が吹き、オゼロと兵士は同時に弾き飛ばされた。
両者とも壁に打ち付けられる。
風が止んだとき、先程までは影も形もなかった人物が一人たたずんでいた。
煌びやかな衣装に身を包む女性。
彼女の周囲には風が渦巻き、その金色の髪を巻き上げている。
彼女はその風貌に似つかわしくない大斧をオゼロに突きつけ、言い放った。
「不埒なモンスターさん!ここから先は『六勇者』が一人、旋風のハノールがお相手します!」