深山:世界の仕組み
「ここがアンタの仮の住居になる」
ガリアは相変わらず下手くそな文字で深山にそう示した。
特に何の変哲もない、小さな集合住宅の一部屋であった。
「帰るためのめどが立つまで、ここで暮らせばいい。色々苦労もあるだろうが、俺達もそこまで面倒は見れない」
「重ね重ねのご厚意、感謝いたします」深山はそう伝えた。
立ち去ろうとしたガリア達であったが、深山は彼らを呼びとめ、先程のことについて尋ねた。
「さっきの怪物のことなのですが…」
「アンタ見てたのか。本当に珍しいことだよ、町をモンスターが襲ってくるなんてな。魔王との和解が済んでから10年も経つ。俺達警備隊の出動もかなり久々だったよ」
久々の出動であんなにたやすくオゼロを打ち破ったというのか。深山はこの世界の人々の力に大いに興味を持った。是非色々と研究してみたいものだ。
とはいえあまり不審に思われてもいけない。深山は自身の研究意欲をぐっと抑え、伝えるべきことだけを伝えることにした。
「先程の怪物はオゼロといって、私の故郷を破壊しつくした存在なのです」
「へえ、アンタと同郷なのか。なら、魔王に従わないのも理解できる。それは上にも報告すべき事だろうな。あの怪物は取り逃がしたみたいだし」
「あなたは戦わなかったのですか?」
少し不躾な質問であったが、ガリアは特に嫌な顔もせずに答えた。
「そりゃ戦いたかったけど、先遣隊の奴らだけで何とかなっちまったからな。この国は何と言うか、戦力過多なんだよ」
兵の一人一人があれだけの力を持っているのならば頷けることであった。
「10年前までは、モンスター達と戦争してたんだけどな。今ではまるっきり平和になった。そんで、あぶれた若い兵士が警備隊として働いてるってわけだ。かくいう俺もその一人でな」
「暇なんですね」
「そうだ。だからこんな長話する余裕もある。全く、何でこんな事になっちまったかね。俺も昔は、天才魔法剣士として将来を目されてたんだぜ?それが、一度も戦場に出ることなく終わっちまった。破壊魔法以外はてんで駄目なもんだから、兵士以外の職にはありつけない。きっとこのまま出世できずに一生を終えるんだ」
「お気の毒に」
「第一おかしいよな?もう戦争はとっくに終わってるってのに、戦争で出世した連中が『六勇者』なんていって未だにもてはやされてるんだぜ?なのに今の若者は力だけじゃ出世できませんって、それじゃまるで『早いもん勝ち』じゃないか。納得いかないね」
そこで、相方の女がガリアを小突いた。ガリアははっとして、深山にこんな事を書き伝える。
「すまねぇ、つい愚痴っぽくなっちまって。鬱憤が溜まってんだな」
「お気になさらず」
深山は答える。愚痴はともかく、この世界の内情については大いに興味があった。
「ああそうだ、コイツの紹介がまだだったな」
ガリアは傍らの女性を指差しながらそう書いた。
「コイツはクロメ・ルイ。俺の同僚で、幼馴染だ」
そう紹介されたクロメは少しムッとした表情をしてから、深山に対して軽く礼をした。
しかし、その目には未だに警戒の色が宿っている。人を見る目があるな、と深山は思った。
クロメは先程からあからさまに帰りたいオーラを発している。ガリアも流石にそれに気づいたのか、
「じゃあ、たまに様子は見に来てやるから、がんばれよ」
と書き残して、深山の部屋を去った。
深山は部屋の周囲を見回した。手元にあるのは、ガリア達が餞別によこしてくれた何冊かの書物と、わずかな通貨のみであった。
「まあ、なんとかなるだろう」
深山は、自身の生活についてはきわめて楽観的にとらえていた。
その一方で、気になるのはやはりオゼロのことである。一度敗れたとはいえ、オゼロはそれで諦めたり改心したりするような奴ではない。
きっとまた襲ってくるだろう。町の兵士達だけでも何とかなるのかもしれないが、自分が蒔いた種だ。何もしないわけにはいかない。
個人的な興味もある。まずはこの世界とその住人達の力についてもっと調べてみよう。
深山はそう考え、手元の書物を読みふけるのだった。