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オゼロ:峠のゴブリン

町の兵士達に敗れ逃走したオゼロは、傷ついた体を引きずりながら平原を進んでいた。

何故あれほどの不覚を取ってしまったのか?

理由の一つは、戦闘開始時点でオゼロがかなりの深手を負っていたためである。

無傷で転移できた深山に対し、運のないオゼロは異空間でその体を蹂躙された。

目だった外傷こそないものの、その内側はボロボロだったのである。

もう一つは、先程のように人間達が得体の知れない力を用いたためであった。彼らは、元の世界のどんな兵器でも傷つけられなかったオゼロの皮膚を切り裂き、焼いたのだ。


オゼロは屈辱に打ち震えた。いかなる理由があろうとも、下等な人間相手に遅れをとったという事実に変わりはない。

そんなオゼロの前に、いくつかの影が立ちふさがった。人型だが人間ではない、ゴブリンとでも形容するのが適切に思われるような容姿をした集団。

それを率いる、最も大きい体躯のゴブリンがオゼロに高圧的な態度で話しかけた。

「オマエ、禁を犯したな」

オゼロは彼が何の事を言っているのか解さなかったが、敵意を向けられていることだけは理解できた。

オゼロが顔をゆがめる。ゴブリン達は強烈な殺気を感じ取り、たじろいだ。

その直後、既にリーダーのゴブリンの顎から上は吹き飛んでいた。

瀕死のオゼロはもはやほとんど腕を動かせなかったが、指先で小石を弾き飛ばして相手にぶつけるくらいのことは出来た。

オゼロがその程度のことをしただけで、ほとんどの生物はこのように絶命するのだ。

リーダーが死に、うろたえるゴブリン達に対してオゼロは気だるそうにその口を開いた。

「死にたくなければ、俺をかくまえ」


オゼロが他の生物より優れているのは、その身体能力だけではない。

知能においても、人間と同等かそれ以上をいっているのである。

彼は先程人間の街に行った際にこの世界の言語を聞き、既にあらかたマスターしていた。

ただ、基本的にオゼロは言葉を話さない。それは、自身が最高の生物であるという自負から来ていた。

一人で何でもできるのだから、他人と話す必要などない。そもそも、下等な人間の用いる言葉など使いたくもない。オゼロは常々よりそう考えていたのだ。

それゆえ、こうしていかにもな弱者相手に人間の言葉で話しかけなければならない状況が悔しくてたまらなかったが、背に腹は変えられなかった。

ここは恥をさらしてでも生きて、あの人間どもに復讐しよう。オゼロはそう誓った。


一方、ゴブリン達は戸惑っていた。目の前にいるこのモンスターは人間の街に襲撃をかけるという「禁忌」を犯したのである。

禁忌を犯したモンスターは、法によって裁かれなければならない。それがこの世界のルールであった。

だが、弱小モンスターであるゴブリン達には、コイツを魔王に突き出すことなどできないだろう。その前に殺されてしまう。

しばらく悩んだ末、ゴブリンたちは自分達の命を優先することにした。峠のふもとの洞窟にある自分達のねぐらへとオゼロを案内する。


かつてはリーダーのゴブリンの居場所だったであろう藁のベッドに腰を下ろし、オゼロはゴブリン達にこう言い放った。

「食い物を持って来い。ありったけだ」

傍若無人な物言いであったが逆らうわけにもいかないので、ゴブリン達は貯蔵してある食料のほとんどをオゼロに差し出した。

オゼロは、その全てを一瞬で吸い込んだ。それらはあっという間に消化、再構成され、体組織の一部となってオゼロの傷を補修する。

だが足りなかった。オゼロの負ったダメージは想像以上に大きく、回復が全く追いつかない。

「もっと持って来い」

「モウ貯蔵がアリマセン…」

「なら奪ってくればいい。人間どもからな」

オゼロは悪びれもせず言い放つ。

ゴブリン達は顔を見合わせた後、こう言った。

「オ言葉ですが、ワレワレでは人間の兵士ニハ勝てまセン。それに、ソウイウことをすれば魔王サマに厳しく罰セラレルの、知っているデショウ?」

魔王。オゼロは顔をしかめた。薄々感づいてはいたが、ここはどうやら元いた場所とは全く常識の異なる世界であるらしい。

しばらく考え込んだ後、オゼロはゴブリン達に向かってこのような言葉を投げかけた。

「それでいいのか、貴様らは」

「ハ?」

「人間どもがどれほどの馳走と財産を抱えてこの峠を通ったとしても、貴様らは指をくわえて見ているだけ。人間どもが暖かい家の暖かい布団で眠る夜、貴様らはこの薄汚い寝床にに身を横たえる。情けなくはないのか?」

「デ…でも…魔王様ガそういうんダカラ…」

「その魔王様とやらも、どこまで貴様らのことを見ているか怪しいものだな。人間どもに肩入れするやり方からして、そいつもとっくの昔に奴らに抱き込まれているのではないか?法だの罰だのも、いかにも人間が好みそうなものではないか」

「……デスガ…」

「これだけは言っておこう。俺は完全に力を取り戻したら、この世界を丸ごと滅ぼす。今ここで俺に協力しておけば、その時貴様らだけは見逃してやってもいい」

「…!!」

すでにオゼロの力の片鱗を目の当たりにしているからだろうか、この言葉の効果は大きかった。気持ちが揺らぐゴブリン達に対し、オゼロはさらに畳み掛けた。

「人間どもへの攻撃が公に禁止されているのなら、かえって好都合だ。確実に不意をつける」

「……」

「それでも不安だというのならば、俺が力を貸してやろう」

オゼロはそう言って、傷口から体組織の一部を取り出した。

「これを間接に埋め込めば、瞬発的な力が大幅に向上するはずだ。貴様らでも馬車馬程度なら素手の一撃で殺せるだろう。不意打ちには十分だ」

オゼロは、怯えるゴブリンの一匹に半ば無理やり自身の体組織を埋め込んだ。

そのゴブリンは最初は悲痛なうめき声を上げていたが、すぐに自分の力が数倍に向上したことを実感し、歓喜した。

それを見た他のゴブリン達も、恐る恐るオゼロの体組織を間接に埋め込む。

戦力が一気に数倍となったゴブリンの一団に、オゼロは指令した。

「行け」

ゴブリン達は意気揚々とねぐらを後にした。


一人残されたオゼロは藁の上に寝転がり思案する。

こんなに言語を発したのは生涯で初めてだった。自身の回復のためにあのゴブリン達を説き伏せることが必要だったとは言え、これ程の弁舌をふるうハメになるとは。

怒りがふつふつと湧き上がってくる。怒りの対象はもちろんあの町の兵士達と、こんな事になっているそもそもの原因であるあの憎たらしい科学者、深山生道であった。

もしかしたらあの男もこちらに来ているかもしれない。オゼロはふと思った。

もしそうなら、あいつもあの街に呼び寄せて、みんなまとめて叩き潰してやろう。そうすればきっと、この苛立ちもすっきり収まる。

オゼロはそんなことを考えながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。




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