第八話 暁、そして修行
ふと目がさめたときは、大分空も明るくなっていた。
夜が明ける直前。暁の空。
東の空はオレンジ色に染まりもうすぐ朝をつれてくる。
体を起こしてみるととても痛い。ずっと石の壁と床を下にして寝ていたのだから当然ともいえる。
とにかく体を起こして柔軟をする。朝にやる柔軟は目覚めを促すのに丁度いい。
アキレス腱、前屈後屈、両肩、首、最後に背中。
大分すっきりとした。空は、東の山の向こうから太陽がのぞいている。つまりもう朝だ。今のこの世界の時間は6時10分。なるほど丁度いい時間だ。何がって言われても困るけれど、なんとなく丁度いい気がする。
目覚めの朝。
今日から攻略が少しずつ行われていくことだろう。
まあ、ボス攻略の前には追いつきたい。
よし、早速がんばろう。
今回はすこし手法を変えてみようと思う。
モンスターを片っ端から列車に加えていくのではなく、1対1で戦う方法だ。レベル上げの効率は悪くなる。だけれど、『拳を振れば何かに当たる』というでたらめな方法は少なくともできなくなる。
下手な鉄砲を撃つのではなく、練習してある程度狙いを定めることを覚えていく。ボスが1つの階層に何体もいるわけではない。殴れば当たるのも狙うからでありそこに銃も剣も関係ない。
ただ狙いにくさが違うだけ。
でも、午前中は時間をつぶして午後はすこしフィールドに出ようと思う。
そのときに練習しよう。午後だと他にプレイヤーがまばらにとはいえいるので万が一が起こっても助けてもらえる。
うんそうしよう。
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午前中は商業エリアに向かい、掘り出し物を見つけることにしよう。
NPCの店をみて回る。
回復系は重要なので補充しておく。結局昨日は回復薬を結構使ったので。
今の回復薬は6個、今の手持ちの3分の1ほどを使って買った。他にもいろいろあるかもしれないのでとっておく。
お次にプレイヤーの店。
だが、売っているものはすこしグレードが低くなってしまった。レベルリセットで、強い敵から得られるドロップアイテムが減るし、マップリセットで違う階層から仕入れることのできる素材がない。
今しばらくはこの階層で仕入れる素材で鍛冶をし商売するしかないということか。
『さぁさぁ、よってらっしゃい、みてらっしゃいこのスネガリ商店の新商品だよ!このすんばらしい肌触り、もうさいっこうだよ!そこのお兄さん、お一ついかが~?』
なんか、前髪を伸ばした男の子………12、3くらいのやつがやたらと高そうな武器や防具を売っていた。なんかすごい人だかりができているけど、興味がわかないので今回は辞退しておく。
この世界のお金の通貨はニュールだ。
なんかべとべとした感じだね。
ちなみに回復薬1個50ニュールだ。
結構シビアな世界だ。
お次は町の中を見て回る。店の位置や、目印をある程度把握していないと町の中で迷うということが起きる。
VRMMO、町の大きさもリアル志向だ。
『みなさん。運営です』
案外予想って簡単に外れるものだな。
『みなさん、今警察に連絡したところ先ほどウイルスが強力すぎて警察は手出しできないそうです。今この状況を知っているのは我々と警察のみです。できるだけ情報を広めないように皆さんの時間を限界まで延ばしました。1日10秒という感覚で現実は過ぎていきます。こちらでもウイルス駆除に力を入れていますので、みなさん攻略を頑張ってください』
1日10秒か。
3時間で、約3年強といったところか。
しかも警察が手を出せないとなると相当手ごわいウイルスだな。
じゃあ、そろそろ準備もできたし、修行と行きますか。
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モンスターとの1対1はさすがに辛い。
『戦場兵士』のスキルが発動しているのがそうであるように、無差別という点がネックになる。無差別に殴れば周りは全て敵なので悪いことはない。それが、周りが敵の場合。だけれど、1対1は回りに気を使わずむちゃくちゃにやると(いろんな意味で)敵が増えていく。
他にもプレイヤーもいるボス戦はそれでは諸刃の刃どころか自殺行為だ。
今は、スライムや狼から少し向こう側にいった場所にいる。
この辺にはオークや巨大な蟻などのモンスターがいる。
オークはランス系の一番最初のスキルを使ってくる。その技はすばやさが高く、初期に出てくる敵にしては攻撃力もそこそこ高い。
ジャイアントアントはその名のとおりデカイ蟻だ。こちらは、すばやさこそ高くないが、防御が少し高めでスタミナがある。『ステップ』なんかも使ってくるし、1割をきるとプレイヤーと同じように『ど根性』も使ってくる。実に厄介だ。
ここらの適正レベルは6だ。
僕は若干足りていない。
まあ、VRは個人の運動能力の差もあるので一概には言えない。適正レベルより下でも普通に勝つことができるプレイヤーもいる。あくまで目安だ。
ちなみに僕のステータスはこうだ。
トウマ LV.4
攻撃力 45
防御力 23
スタミナ 110(初期値100)
魔法攻撃 12
魔法防御 18
すばやさ 34
魔力 0
器用さ 25
ちなみに僕のステータスは職業補正で若干ステータスが上書きされたり伸び代がよくなったりとしている。
攻撃だけならこの辺で十分通用することだろう。
最初は、ジャイアントアント。防御力は高いが攻撃はそこまで高くはないので高確率で倒せる。物理防御が高くても殴ればダメージを与えることができる。
目を閉じ、深呼吸をして呼吸を整える。
この世界での始めての戦闘を思い出せ。
あのときの恐怖感、緊張感、研ぎ澄まされたあの感覚を。
10体以上のモンスターを相手取ったあの感覚。思い出せ、あんなものと比べたらどうってことはない。そうだ。どうってことはない。
目を開き、近くにいるジャイアントアントの1体に視線を向ける。高さ5メートル長さ10メートルほどもありそうな巨大な体躯。正直どうしてこんな巨大な生物がフィールドを闊歩しているのかと思う。
動きを見て、予測し行動をする。
(『ステップ』『ステップ』『ジャンプ』!)
頭で順序立てをしてそれを念じる。
体は一瞬でグンッと加速し、ジャイアントアントとの距離を縮める。一回では距離が足りなかったのでもう一度ステップを使う。そして、加速。
距離がある程度近づくとジャイアントアントは気がついたのか目標を捕捉しターゲッティングする。だが、ジャイアントアントのスピードはそこまで高くない。せっかく補足をできてもその巨体が邪魔をして回避できないと思われるが、それをかわす。
『ステップ』
ジャイアントアントはそのすばやさを『ステップ』で補う。
再び拳、拳、拳。
剣よりも短いリーチは巨大蟻にダメージを与えることができず、前足で払われる。
一度距離をとり、呼吸を整える。
スタミナは少しずつ回復をし、呼吸も整ってくる。向こうから襲ってくる気配はない。心臓の音が聞こえる。
ドクン、ドクン、ドクン
もう一度最初と同じ攻撃を仕掛ける。
『ステップ』『ステップ』『ジャンプ』――――
もう一度体を加速させ、距離を縮める。
一回目のステップの効果が切れ、二回目のステップを即座に念じる。そして再び加速し距離がまた縮まる。そしてジャンプし、最初と同じようにまた空中からの攻撃を加えようとする。
すると向こうも同じようにステップを使い、後ろに飛ぶ。
そして、僕は地面へ着地すると同時に残り少ないスタミナを無理してもう一度念じる。
『ステップ』!
そして、巨大蟻の元へ一段階レベルの高いステップで距離を詰めて拳で一発殴る。
すると、やつのHPバーが2割ほど削れた。
だが、スタミナを無理して使ったためスタミナがほとんど残っていない。そのためスキルを使うことができず巨大蟻に反撃を食らった。
僕のHPの3割が削られた。
その反撃の反動で僕は後ろに下がり距離を取る。
スタミナが徐々に回復していく。
今度は巨大蟻のほうから襲い掛かり休む暇を与えずに突進をしてきた。
それを何とか回復したスタミナで一回ステップを使いそれをよける。スタミナは今のでまた少し減ってしまった。正直、まだ早かったと思ったが後悔してもターゲッティングからは蟻を振り切る速さか、『隠密』のスキルが無いと難しい。
巨大蟻から目を離さずににらみつけるように観察する。
学習するAIがついている以上さっきの攻撃方法はもう使えないだろう。
熟練度が足りていないせいで攻撃スキルもまだ一個も覚えていない。
このままだとジリ貧となり、少しずつ追い詰められていくだけだろう。
突進の反動で向こうにまで行っていた蟻が、こちらへ再び向かってくるころにはスタミナバーは3割ほどにまで回復していた。
もう一度はなってくる突進には落ち着いて対応をすることができたので体を転がして突進の軌道から体をはずしてよける。
少しずつ確実に動きに慣れてきている。
やつの動き、それを少しずつ見抜くことができるようになった僕はこちらから攻撃を仕掛けることにした。
スタミナはすでに8割回復しており、向こうは突進の反動から体勢を立て直し、こちらの攻撃を受ける準備をしている。
そして、やつの元へと近づき僕は拳を構える。
巨大蟻はそれに対してカウンターを仕掛けようとする。そしてすれ違いざまに―――
僕はステップを使い加速し、巨大蟻下を通り後ろに飛び出る。巨大蟻のカウンターは空を切り致命的な隙が生まれる。そこに僕は『ジャンプ』を使いやつの背中に乗る。そして、そこから僕はひたすら殴り続ける。
ひたすら、ひたすら。ただひたすらに。
ゲシッゲシッゲシッゲシッ
巨大蟻は暴れるがそれでも右手で背中に無理やりしがみつき左手で殴り続ける。
そして、やつのHPバーはレッドゾーンに入る。
それからあがきは増して僕は振り払われる。
やつの、スキル『ど根性』の発動条件がそろいもともと少し高めの物理防御はさらに30%もあがる。
そこからさらに僕は『ジャンプ』を使いもう一度上に上がる。スタミナの残りは5割ほど。これで決めたい。
やつは、あれから視界から外れた僕を見失い、僕を探しても見つからない。そして、僕は思いっきり拳を振りかぶり――――
ズドンッ!
という音とともにやつの急所である頭を強く殴りつける。
クリティカル補正でダメージは倍になりジャイアントアントのHPは0になり光の粒となって消失した。
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気がつけば戦闘が始まってから30分も経っていた。
レベルはあいつを倒したことで1つ上がり拳闘士の攻撃スキル『拳乱打』を会得した。早速物は試しと放ってみたらすごく速い速度で打ち出される拳が何回も何回も放たれる。正直怖いと思った。スタミナの3割を使用するあたり初期ではそこそこ強いほうではあると思うが………
とりあえず、今回はこれで帰るとしよう。思いのほか疲れた。帰って少し休憩して夜になったらかまいたちさんにスレッドを送ってみよう。
あとがき
モンスターの名前において巨大蟻、蟻、ジャイアントアントというふうに呼び分けていましたがあれはトウマがどれほど余裕を持っていたのかということです。
余裕があればジャイアント(ry、余裕がなくなれば蟻というふうに。