第三十七話 希望
あれから、もう一ヶ月ほどになる。
あいつは、ノアと名づけられた。一応女の子らしかったのでよかったといえる。
もし、男だったならノワールに改名しなければならないところだった。
うん、よかった。
で、実際彼女は最初は煙たがられた。
それはもう、無残に。どれくらいかというと、半径五メートル以内にはまず僕とパーティメンバー以外には誰も近づかない。
彼女は最初のほうは、『どうして?』といった様子だったが今となってはある程度なじんできたように思う。
まあ、彼女の見た目が可愛かったのもあるんだろうな。
「それにしても僕らもこのゲームに来て三ヶ月か……」
現実時間にして、約十五分。ゲームの世界で監禁騒ぎになってるなんて、警察しか知らないことだろう。
だけれど……
(僕らは戻れても……ノアはどうなるんだろう?)
バックアップをとられてしかるべき研究機関にそのデータが渡されるか、あるいは、二度と同じことが起こらないために完全消去されるのか。
僕としては前者であってはほしいと切に願う。
機械としてプログラムされたものだとしてもこの空間において彼女は確かに生きている。
なら、生かすべきではないのか。僕はそう思う。
まあ、消すようであれば、僕はある程度の事件は起こすつもりではいるが。
せっかく仲良くなってきたのに消されてしまってはたまったものではない。
「なあ、トウマ。どうした?」
「ん?ああいや、なんでもないよ。少し考え事をしていただけ」
ノアにそれは悟られるわけには行かない。
不安がられてしまうだろうし、彼女からすれば恐ろしいだろう。
「悪い、少し散歩に行ってくるわ」
「じゃあ、われも行こう」
「できれば一人だとうれしいんだけど……」
「こういうときは、誰かと一緒にいればいいと、トウマも言ってたではないか。他のみんなもそう言ってたし」
「あ、うん。じゃあ、一緒に行こうか」
墓穴を掘るとはこのことか。
「はあ」
「なんでそんなにため息をつく?」
「いや、ちょっといろいろ考えてるとね。出ちゃうんだよ」
「そうなのか。わたっ――、我は悩みというものを持ったことがない。悩みを持っているトウマがうらやましい」
僕は、ポンと彼女の頭を軽くはたきながら言う。
「でも、それは持っていないほうがいいものなんだよ。生きていくうえでは絶対あるしある程度は必要だけど。必要以上に悩みを持つ必要はない」
「ならば考えなければいい」
「そうだね。でも、今後のことを考えておくのは別に悪いことじゃないんだ」
「そう、なのか?」
「そうだよ」
僕は多少無理に笑顔を作る。彼女に悟られてはなるまい。
彼女には表情というものはまだあまりできていない。
でもうれしいときは小さいけど笑うし、起こると軽く頬を膨らませて唇を尖らせる。
とりあえず順調に成長しているようだ。
最終的には僕らを外に出してもらえるよう管理者権限を返してもらいたいところだけど。
今はまだ、そのときじゃない。
まだ途中なんだ。あわてる時じゃないんだ。
同情心を煽るようで心苦しいけど、無傷で被害を出さずに出るにはそれしかない。
罪悪感は心の奥底に隠しておけばいい。
その日の散歩は、あまり印象に残るような出来事はなかった。
――――――
「トウマ君大分疲れてないかい?」
「ああ、そうだな」
「何かできないものかと模索はしてみてもやはり意味はないんだよね。僕らは今完全な黒子の状態だからさ」
彼の心が目に見えて疲れ始めている。
やはりノアのことが気がかりなのだろう。暗殺とかされそうなときにはたまったものじゃない。
暗殺に関しては心配はないとはいえ、知らせることもできない今の状況下では彼にとっては懸念の一つだろう。
そして、彼女に対する罪悪感か何かについてもそうだ。大変だ。まあ、十中八九罪悪感ではあろうと予想できる。
彼は、僕らが負うべき痛みを一人で背負っている。
「そろそろ、一度くらい遠まわしに援助してみる?」
「……それもいいかもしれないな」
「計画を立てようか。まず何をするか」
「素性をほとんど隠した状態で、他のパーティにノアを加入させる。僕らも遠まわしに援助する」
「メッセージくらいの干渉なら許容範囲だよな?」
「OK。ならそれでいこう」
こうして、彼らによるトウマ君慰安休日計画を作った。
――――――
「鎌たちが生きてるのは分かったし、それについては喜ぶべきなんだろうけどさ。これ、さすがに、やりすぎじゃね?」
現在僕らの目の前にあるのは遊園地。
そう、ジェットコースターやお化け屋敷といった定番から、パレードや季節限定のイベントなどいろいろそろっているあれだ。
面白い。確かに面白そうだとは思う。だが、
「ゲームでこれやっちゃ駄目でしょ」
「まあ、いいじゃないですか。鎌さんたちが気を利かせてくれたわけですし」
鎌たちがこのイベントを企画したのだという。ちゃんと一般公開はされてますよ?僕らだけでこれに入ろうものなら各方面からのブーイングは絶えない。
「無駄にクオリティが高そうだからいやだな」
「えっ?遊園地嫌いなんですか」
クイナ。今更だな。僕は心中ドヤ顔をしていた。
「僕は遊園地みたいな体力を使うことは嫌いなんだ!ジェットコースターも振り子のように揺れる海賊船もお化け屋敷も、フリーフォールも嫌いだ!」
「どれだけ絶叫マシンが嫌いなんですか!?」
「やめておきなさい。トウマは絶叫マシンが嫌いなのよ。どれくらい嫌いなのかというと、フ○ーザ様を前にしたギ○ューくらいね」
「えっ!?なんですか?それ」
おおっと、彼女にはドラ○ンボールのネタが分からなかったご様子だー!
「じゃあ、波○を前にしたかつ○君ぐらいね」
「なるほど」
伝わったー!
「まあ、一般公開されていても、ビップは私たちだから、はいこれ。一日無料券。これならどんな乗り物も、食べ物もただになる優れものよ」
「おお、それはありがたい」
じゃあ、早速何かに乗ろう。そうだな。
「じゃあみんなで観覧車にの――「みんなでジェットコースターに乗りましょう!」しょぼん」
いきなり絶叫マシンかよ。
いやだなー。
・
・
・
「うわー!」
「きゃー!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!やめてやめてやめて!死ぬうぅぅぅぅぅぅぅ!」
「はははははははー!」
「わぁぁぁぁぁぁ」
「…………!」
恐怖の絶叫マシーン。
絶叫マシーンとは、絶叫を促すマシーンじゃない。絶叫するマシーンだ。
もう、帰りたい。
・
・
・
「ねえ!みんなでコーヒーカッp「じゃあ次はあの海賊船に乗りましょ!」「「「OK!(分かった)」」」」しょぼんぬ」
人はどうやっても慣れないことがある。
たとえば、幼少期に起こったトラウマは中々改善されないのと同じように、それは中々改善されない。
簡単な話だ。
僕が何を言いたいのかというと……
ぶうん!
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!もう無理いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!おうち帰るうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
幼児化して、泣き叫ぶことで僕は耐え切った。
成熟した今の精神だったら、おそらく崩壊していた自身がある。
「ふう、死ぬかと思ったぜ」
口に手の甲をあて、ぬぐうようなしぐさを行う。
実際吐きそうというわけではないのでただの演技だ。
ただ、なってもおかしくないというだけで。
「こ、今度こそ!ねえみんな!次はあの船にのr「次はフリーフォール!」「「「「ヤー!」」」」酷い……」
こぞって提案するタマ。
この尼いつか占めてやろうか。
そう思いつつ、僕はフリーフォールへと赴いた。
・
・
・
「ksjrghなおうrjhgン。zjhんgb。えるjgほ3wpjまおjhんjgん!!!?」
途中から人外言語を発しつつ、僕は自由落下に身を任せた。
「もういやだ!絶対に次からは遊園地に行かない!」
ことごとく僕の提案はスルー。民主主義の少数意見の尊重はどこに行った。
「次は、お化け屋敷」
「それはいい!」
思わず身を乗り出して答えた!絶叫マシン縛りから抜けられるのなら恐怖なんざ、ドンと来い!
「えっ?嫌です」
「ボクは怖いのが嫌だ」
「あたしもちょっとねー」
「……苦手です」
「…………行ってみたい」
おっと割れました!
「じゃあ、ジャンケンね。負けたら、怖がって抱きつくとかなしよ」
あっ、行くのは前提なんだ。
『ジャンケン、ポイ!』
僕の負けられない戦いが始まった……。
・
・
・
「ぐっ、ぐるじい…………」
右手に焔。
左手にタマ。
背中にクイナ。
前に彼方と、そのとなりにノア。
ひゅ~ドロドロドロ…………。
「「「「きゃ~!」」」」
ぎしいっぃぃぃぃぃ!
あえて言おう。やわらかい。そして苦しい!
痛い!痛い痛い!やめて首絞めないで!死ぬ、死ぬから!
首が絞められたせいで声が出ない。
そして、左右から抱きついてくる感覚が僕をさらに死地へ追い込む。
やめて!その間接はそっちに曲がらない!やめてやめて!やめてー!
この日初めて。
人生の中でお化けより、絶叫マシンより、恐怖体験をした。
・
・
・
すっかり燃え尽きた。
立つんだ!立つんだジ□ーとかいわれても立てない。
オンナノココワイデス。絶叫マシン以上だ。
普段は大丈夫だが。
ああ~疲れた。
そう思い、空を見上げながらベンチに腰をかける。
そろそろ夜だなぁと、茜色に染まった空を見る。
そんな中、一人ふと声をかけてきた。
「トウマ」
「ノアか。どうしたの?座りな?」
僕はベンチをより、隙間を開ける。
「ありがとう」
表情こそまだ出さないが、常識的な受け答えはできるようだ。
それだけでも大分進歩したと思う。
「今日は楽しかった?」
と僕は聞いた。
「ああ」
とノアは返す。
「そうか、ならよかった」
「トウマ」
「何?」
「我は……邪魔者なのか?」
「…………!」
「なんで、そういうことを言ってしまったか分からなかったけれど、聞きたいんだ。我は邪魔者なのか?」
「…………確かにそうかもしれないね……」
「否定しないんだな」
「下手な否定は心をえぐるだけさ」
「そうだな」
「でも、僕は邪魔者だなんて思ってはいないよ」
「本当か?」
「ああ、君は史上初の感情を持つAIというところはあるけれど、そんなものを除いても君は邪魔者なんかじゃない」
「その肩書きがあるからこそ、我はこうして話をしているわけだがな」
「そうだよ。でも、君と話すことができる、君に触れることができる、泣いたり笑ったり、肩書きなんて関係ない。そんなものばかりにとらわれるようじゃ駄目なんだ。先へ進まないと」
「……よく分からないな」
「僕もいっててよくわかんないけどさ。でも、これだけは覚えていて。僕は君を邪魔者みたいに扱わない」
「ああ、これで我は吹っ切れるよ」
「?」
ノアはベンチから立ち上がり、薄く発光し始めた。
ノア…………まさか………・・・。
「ノア!やめっ――――んぐっ!?」
「トウマ君!ごめん!」
「やめろ!人の覚悟に水をさすな!」
「感動的だね。だから、僕らは恨まれ役でいい。さあ、僕らを恨め」
「システムアクセス。現在持っているシステム管理権限を全て譲渡。パス確認…………確認完了。譲渡を開始します」
「離せよ!鎌、かわ、ポロ!?離せ!離せっつってんだろ!」
「悪いけれど、こればかりはできない。ごめんね。ごめんね。ごめんなさい」
「何が起こってるかわからないけれど分かるぞ!早くしないとノアが……!」
「だから言ってるんだ。恨まれ役でいい。だから存分に恨め」
「なんでだよ!何でなんだよ!」
「トウマ」
「ノア……」
羽交い絞めからいろいろ拘束を受けている僕の体。
顔を開けてくれたのは、彼らなりの気遣いか。まったく、余計に恨みが強くなるだけだというのに。
「ありがとう」
「こんなタイミングでお礼なんて言うなよ」
「まあ、そういわないでくれ。やっと、饒舌になれたんだ」
「ははは、そうかい」
鎌たちの拘束は解けない。完全に抑えられている。
「なあ、トウマ。我はいなくなってしまうけれど……それでもトウマは、我を覚えていてくれるか?」
「……当たり前だろ?忘れられるわけないじゃないか」
「そうか、ありがとう」
そこまで言って、彼女は僕の頬に手を伸ばす。
そのまま、自らの体を引き寄せて、唇……のわずか横にキスをした。
「唇はさすがに怒られるからな……最初で最後の私のわがままだ」
「卑怯だろ。卑怯すぎるだろ?絶対忘れらんねえじゃねえかよ」
「まあ、そういうな。そろそろか。じゃあ『またな』」
またな。再会を約束する言葉。
「ああ、また」
そういうと、彼女は始めてみせる満面の笑みでこの世界を去っていった。
「終わったか…………」
「そう……だな」
「ああ、あっけなかったというか。早かったというか……」
彼らは三者三様の言葉を残している。
一人我に帰った鎌が言った。
「ごめんね。トウマ君。許してくれないのは分かっている。だから、今ここで僕らを殺してほしい」
そういった鎌の目は覚悟をきめた目だった。
「いいよ。もう、いいよ。こっちこそ、お前らに辛い役目押し付けてごめん」
「……僕らね。一度ノアちゃんに会ってるんだ」
「ノアに?」
「ああ、僕らがまたここに来たときに夜中に会ったんだ。彼女は僕らがやり返しに来たものだと思ってたみたいだけどね。でも、少し話すうちに打ち解けて言われたんだ。『もし、自分が消えるようなことがあればトウマを止めて欲しい』って」
「俺たちは、その言葉どおりに任務を全うしたわけだ」
「君がいやなのは分かっていたけどさ。それでも、僕たちのために彼女は覚悟を決めたんだ。だから、その覚悟に水を差させるなってことだったんだろうね」
『運営です。現在、管理者権限を取り戻しました。これより、一斉ログアウトを開始します』
すると、巨大な光のカーテンが迫ってきた。
人が一斉にログアウトする。
その光に包まれた瞬間………。
「絶対に忘れるなよ?」
ノアの声が聞こえた気がした。
・
・
・
目が覚めると、見慣れた天井だった。
そこは、僕の部屋で体感時間にして約三ヶ月。現実時間にして約十五分目にしなかった場所。
そして、戻ってきたのだと歓喜の感情が浮かぶ。
それと同時に途方もないほどの喪失感にも襲われる。
しばらくベッドでおとなしくしていると、幼馴染の緑が現れた。
「まことおー!」
扉を開けて即ダイブとか一体どこの怪盗だよ。
「よかった。よかったよぉ…………」
「おいおい、泣くなって。僕はなんともないから」
「ログアウトできたってことは、ノアはやったの?」
「……知ってたのか」
「ノアが、トウマには秘密だって言ってたから」
「そうか……ありがとう」
「とりあえず、外に出よう?」
「あ、ああ」
外に出ると、少年少女を主にところどころにご老人の方も出てきていた。
『やっと開放された~!』
『はあ、現実って素晴らしい!』
そういう声が聞こえてくる。
「まこと」
「ああ?なんだ?」
「もう、我慢しなくていいよ?」
「泣けるかよ。こんな状況で。僕は泣かないからな?」
自分自身に言い聞かせるようにそう言った。絶対に泣かない。
少なくとも今だけは。目頭が熱くなったなら、涙腺を押さえて上を向けばいい。
息が荒くなる。喜びと悲しみが混ざり合ったこの感覚が形となりそうだ。
「なあ、しばらく僕何もしたくないからさ。みんなに『オフ会やろうぜ!』みたいなことできないか言っておいて」
「合点承知」
そして、緑は何も言わずに離れていった。
僕は家に入ってベッドにダイブ。そこからただひたすら、嗚咽を漏らしていた。
前半はコメディ。
後半は、シリアス。
次回の更新予定は今のところ未定。
また来週にあげられるだろうか。
さきほど、ナンバリングが町気ていることに気づき急いで修正。




