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第三十六話 説得

 そして、一週間後。

 今の僕らのレベルは二百近くまでいった。ステータスも当然のように高くなった。

 僕らは現在、第二階層の第一の町。蓬の町の中心部の広場に集まっている。

 これから、最後の戦いが始まる。


『みなさん。運営です』


 そう切り出された放送の声の主はやはり鎌だ。

 プレイヤーのトップとして活動していた彼の人望はある意味高い。どんなときにもあきらめず、正々堂々とときに卑怯にでも笑顔で、真剣に、誰よりもゲーム攻略にいそしんでいた彼の勇姿はプレイヤーたちに希望を与えていた。


『僕は皆さんと戦えないことを寂しいと思います。そして、戦わなくていいということを喜んでいる自分もまたいるのも事実です。

 みなさん。リアルに早く帰りたいでしょう。

 みなさん。家族が待っていることでしょう。

 僕だってそう。みんなそうです。そのために今日はがんばってきました。僕らは、決して無駄な努力はしなかった!僕ら運営は何とかウイルスの弱体化に務めます。そして、HPがゼロになったプレイヤーを片っ端から回収していきます。みなさん。あきらめないで。もし、リアルに戻ったら―――ああっ!?』


 突然マイクのハウリングが聞こえたあと、突然声の主が変わった。


『それ以上は死亡フラグだっての。まあお前はどうにかなりそうだ。……やあみなさん。ポロです。みなさんにはお伝えしておくことがあります。みなさん、ウイルスには自我があります。ですが、感情と呼ばれるものはいまだ見られておりません。ですから、僕らができることは二つあります』


 ポロは明るい声ながらも言っている内容とその顔は真剣だと容易に想像できる。


『一つはウイルスの撃破。二つ目はウイルスに情を目覚めさせて論破する方法』


 正直どちらも無理そうな気がしてならない。


『さて、こんなかに女を落とす自身のある人。男を落とす自身のあるやつ、人を説得することが得意なやつ。そんなやつらがいると思うけれど……』


 最初の最後でポロは真剣な声音で言った。


『そいつらなんかまるで話にならねえ。僕らはそんな人たちに責任を負わせるわけには行かない。軟派が得意だろうと、関係ない。言葉は拙くてもいい。内容が伝え切れなくてもいい。もしかしたら誤解されることすらあるだろう。それでも、死ぬ覚悟のあるやつだけ、説得に行ってこい。勿論先陣きってね』


 最後の一言だけ明るく言い切った。


『じゃ、じゃあそれではウイルスのいるはずだろう場所。名づけて『第零階層虚無エリア』への場所を開きます』


『中二臭えよ!』


 広場のみんなしてその言葉を放った。

 まさか、最初と最後でみんなの言葉がハモルなんてね。


『では、第一陣。説得班。突撃!』

『うおぉぉぉぉぉ!』


 みんなには悪いけど、僕は隠れて先に行かせてもらおう。

 パーティも隠れて解散。一度行ってしまえばあいつらはこっちへこれない。それこそ、鎌の合図があるまでは。

 つまり、僕はみんなを裏切るという言い方もできる。


 悪いがそうなのだから仕様がない。

 ごめんねと心で謝りつつ、僕は『第零階層虚無エリア』へ向かって歩き始めた。

 開かれた空間は、本当に黒い空間へとつながっており、ブラックホールを想起するほどの黒さだった。

 一歩進めて行くごとに、もう戻れないという思いの重力が僕を黒いブラックホールへと導く。


 後悔していないわけじゃない。反省してないわけじゃない。

 わずかな可能性でも、僕が仲間を救えるのならば、僕はその可能性にかけてやろうじゃねえか。

 僕は、ヒーローなんかより醜いピエロになってやる。

 僕を含めた約数百人のプレイヤーがいる。その人たち全員が覚悟をきめた目をしていた。


 恐怖で足をすくめている人もいれば、堂々と勇み歩いている人もいる。

 中には僕と同じように仲間に内緒で来たやつもいるかもしれない。

 どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに寂しくても。仲間を思えばどうということはない。……なんて言ってみたかっただけだけれど、でも、……鎌との約束だってある。あいつに、いろいろ感謝しないといけない。


 ……いいたくないけどさようなら。

 緑、クイナ、彼方、焔、雪、カズさん、タタラさん、尺八さん。

 トウマいっきまーす!


 勇者と愚者は紙一重。

 勇気と無謀は違うもの。

 諦めの悪さとポジティブ思考もだ。

 僕は、僕らは無傷でリアルに帰ってやる!


 改めての決意表明を僕は僕自身に課す。

 暗い闇の中、だが決してお互いが見えないわけじゃない。

 上も下も分かりにくいこの空間のなか、たくさんの仲間とともに、僕はラスボスの前へと歩んでいく。

 勝てないかもしれない。もしかしたら、ゲームオーバーになるかもしれない。


 それでもやらなきゃいけない。

 絶対に。絶対にだ。

 僕は装備を全てはずして、ほぼ裸同然のまま、説得へ向かっていった。


 しばらく歩いて着いた場所は、本当に黒い場所だった。

 冷たい、という表現が似合いそうなほどに黒い。

 無言の仲間たち。そして、その場所にいたのはローブを深くかぶりこんで、その場所に驚くほどなじんでいた小柄な人間だった。

 人型か?


「お前たちはどうしてここに来た?」


 その言葉にみんな驚いていたが、一人が口を開く。

 声は中性的なやつ。その言葉は冷淡というよりも抑揚のない平坦なものだった。


「俺たちは説得に来たものたちだ。戦闘の意思はない。俺たちを解放してほしい」

「断る」

「なぜだ?」

「簡単な理由だ。俺には俺の理由があるからだ」


 そして、また別の一人が口を開く。


「お願い。僕たちを解放してくれよ。僕らはもう、耐えれそうにないんだ」

「僕には理由があるといったはずだが?」


 その言葉にみんなは違和感を覚えた。


「なら、その理由はなんなんだ?教えてほしい」


 ラスボスは答えた。


「分からない」


 こいつ、はなっから目的がなかったのか?

 みんなの目が怒りに満ちていく。


「ふざけるな!お前のせいでここにいるみんな。いや!プレイヤー全員が困ってるんだ!俺たちは説得に来たんだ!さっさと俺たちを解放しろ!」

「分からないものは分からない。ただ、私の目的を邪魔するな。お主らが邪魔をするというのなら……ここで切り伏せる」


 その言葉は平坦ではあるが、確かな殺気を帯びていた。

 その殺気を感じ取ったのか、みんなは半歩後ろに下がる。


「悪いという感情は理解できないな。まあ、いいか。ここはこういうべきか。『悪く思わないでくれ』」


 そして、ローブの中へ手が伸び、その手元がぶれた瞬間、先頭集団の数人の頭が首とさよならした。

 理不尽を体現したかのようなボスだ。


「我の邪魔をするな。さすればみな殺すぞ」


 やはり、ポロの言ったように自我はあるけれど感情はない。

 一人称がころころ変わっている。

 自分はあるけれど、感情を理解できていない。

 頑張れば……いけるか?


 いいや!いくんだよ!

 ここでやらなきゃ誰がやる!

 いや、他にも人はいるだろうけれど。

 僕は、つばを飲み込み、一歩歩き出した。


 カツンと、足が床をつく音が聞こえる。

 この静寂の中この音はよく聞こえる。


「すう、はあ」


 深呼吸をしながら歩く。心臓の音が聞こえる。

 ローブ姿のそいつに近づく。

 みんなの視線を一転に受ける。知るかんなもの。

 目の前にまで来る。


 殺気が半端ない。『余計なことをすれば殺すぞ』みたいな殺気を感じる。

 怖い。

 だけれど、僕は逃げない。むしろ裸同然の、いわば降参のポーズの状態なのだ。殺そうと思えばいつでも殺せる。


「僕は、君が何を目的としてるかわからないし、知るつもりもない。予測がついても何をするつもりはない」


 敵対はしない。だが、味方にもならない。


「僕の名前はトウマという。君の名前は?」

「名前はない」

「そうかい。なら名前が必要だね」


 その言葉に、やつは少し耳を傾けた。


「ノア。君の名前はノアにしよう」


 ノワールからちょっとひねった名前だが。


「ノア」

「……なんだ?」

「うん。ありがとう」

「……トウマ」

「何?」

「……呼んでみただけだ」

「そうかい」


 あれっ?もしかしていけるんじゃね?。

 みんなのほうからもざわざわと声が聞こえる。

 手ごたえありだ。なんだかよく分からないけれど押し切ってみよう。


「ノアはここにいて寂しくない?」

「寂しいという感情は理解できない」

「じゃあ、ここに一人だけいて、誰かと話したいなとか、誰か来ないかなーとか、思わない?」


 無理に説得するんじゃ駄目だ。

 自我があり感情がないのであれば、AIの特性上『学習すれば理解する』のだ。それを活かせばわずかなコミュニケーションだけでも少しずつだが、効果を発揮する。


「それは……、ないこともなかった」

「それは、寂しいって言うんだよ。一人でいたら寂しいんだよ。君は一人でいたから分からなかったかもしれないけれど、僕らから見ると君は寂しそうに見える」

「他からどう見えるかなんて関係あるのか?」

「それは時と場合によるけどあるよ。今こうして君と話してるけれど、僕はとっても怖いし今でもすぐに逃げ出したい。でも……君には僕がそう見える?」

「見えないな」

「今は分からなくてもいい。これから分かればいいんだ。ね?一緒に来て見ないかい?」


 後ろから殺気がしだした。

 まあ、そうですよね。ですが、分かってもらいたい。自我はあるが感情がない。ならば僕らが感情を『理解させればいい』。

 僕は後ろを向く。


「全員、装備をはずして」


 「ふざけてんのか?」と雰囲気が伝えている。


「お願い。じゃないと敵と見られるよ」


 僕はそういうとみんなは武装を解除した。


「ここにいるのは君の敵じゃない。味方でもないけれど、でも君を意図して傷つけたりはしない」

「本当か?」

「ああ、もしそうなら見せしめに僕を殺してもいい」


 とりあえず、保障をかけておこう。

 誰か、この内容を外の誰かに届けてもらいたいところなんだけど。


「分かった」

「そう、ありがとう」


 一応、僕らとウイルス本体の関係は『敵対』から『停戦』にまで持ち返した。

 『友好』まで、いければそのときには頼んでいいかもしれない。


「じゃあ、君一緒に来ようよ」

「ああ」


――――――


 お腹が……痛い……。


「ははははははっ!」

「やりやがったよ!あいつやりやがったよ!」

「僕も……もう無理……ぶっはははははははは!」


 なんだよ。本気でやっちゃったじゃないか!

 脳筋の僕には無理だったけど。トウマ君は本当にやっちゃった。

 和解とまでは行かなくても少なくとも敵対はしてない。こっちの雰囲気は最悪だったのにね。


「あいつもう、交渉術に長けすぎ。面白すぎてああ、お腹が痛い」

「僕ら大分ひどい目にあったのにそれを差し引いても、笑いが止まらない」

「あの程度の被害だけで、停戦にまで持っていったんだからねすごいよ」

「ああ、そうだね」


 実はひどい死に方とは言ってはいるものの、ここにいる誰一人として、自らの死に様を覚えている人はいない。

 自分が死ぬという感覚は精神的ショックが大きいため、その前後の記憶はぶっ飛ばすように設計仕様上ある。

 おそらく、ゲームオーバーの際に起こる脳へのダメージはこれの応用編と考えられている。


「僕らはあくまで無力な存在だからね。助力にはなっても決め手にはなりはしない」


 相変わらず中二病だなと笑われる。

 そうなんだけど……!そうなんだけれども……!

 中二病で何が悪い!


「これからのことは彼らに任せて僕らは完全に裏方に回ろう」

「そうだな」

「ああ」


「運営さん。僕らをあそこに戻すことはできる?」

「ああ、できるけど何をするつもりだい?」

「まあ、一応停戦、という形でけりはついてはいるけれども、実際それを快く思わない人は多いと思うんだ。だから、現存トップに近い僕らが、彼らの護衛をしようと思ってね」

「えっ?レベルは?」

「まさか、ちゃんとユドリミングをこの辺にポップしてもらってレベルを上げたよ」

「いつの間に」

「これでも運営の犬ですから」

「まあ、申し訳程度に『ワンスキルブレイク』のレアスキルはもらいましたけど」


 ワンスキルブレイクは任意発動のため、一応他のプレイヤーが持つワンスキルブレイクにも効く。


「じゃあ、お願いしますよ」

「分かったよ。頼んだよ。鎌君」

「はい、頑張ってきます」


 そして、僕ら『デルタライン』は再び、あの世界へと降り立った。


―――――




 はあ、何でこんなことに……。

 次回は来週の土曜日ですよ。ラスボスの一人称が安定していないのはデフォです。

 

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