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川村物語  作者: 加賀浜子
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序章

-おれは今、夏休みの一週間を使い、田舎の祖父の家へ来ていた-

折角の夏休み。中学二年の、来年はもう楽しむ事の出来ないであろう夏休み。楽しまなければ損ではないかっ……と、思っていたのだが……。友人は皆、部活三昧。俺は暇。友人は皆、習い事。おれは暇。暇暇暇。忙しい友人たちはおれと遊びに行く暇などなし。と言うわけで、(くどいが)おれはこの夏休みとても暇であった。宿題?そんなものは、とっくの昔に終わらせているっ!暇人だからなっ。…あれ、目から塩の味がする液体が…。いや違う。決して。決してさみしいなどとは思っていないっ!

と、そんなさみしい(認めた。)夏休みを送っていたおれに、祖父から手紙が届いた。

 -「夏休みうちに来るか。」-

それだけのそっけなさすぎる手紙だった。じいちゃん、筆不精も限度ってもんがあるぞ。せめて挨拶と誰への誘いなのかくらいは書いておくれよ。まあ「夏休み」と言うからには、おれへだろう。両親はどちらも働いているし、兄が居るが、いや居たが、もう成人して家を出ている。勿論、温かく送り出されて。

しかし、これは良いタイミングだ。と言うことで、じいちゃんからの誘いを受けることにし、家を出。(いずれ帰ってくる家を。)勿論、温かく送り出されて。


-おれは今、夏休みの一週間を使い、田舎の祖父の家へ来ていた-


年に数回しか来ない山々に囲まれた村。瓦葺きの屋根や、プレハブ小屋が広い畑や田んぼと共に転々としている光景を見ると、懐かしく思えてくる。実はおれはこの村の生まれなのだ。育ちは今住んでいるところだが。

今は村で唯一出ているバスの、運転席の後ろの席に座って、窓の外を眺めている訳だが、建物がどんどんと後ろへと流れて田舎の風景に変わっていく様を見るのは、微妙に飽きないものである。やがて、バスが大きく揺れて停止すると、おれは席を立ち車掌に金を払ってバスを降りた。背中でバスの大きなエンジン音を聞きながら、ほとんど読めなくなっている時刻表の立つバス停で、

「さあ、何をしようか。」

言って速足で歩き出した。…バスのガス臭ぇし。



………とまあ、それが三時間ほど前の事だ。

おれは今、夏休みの一週間を使い、田舎の祖父の家にやってきているっ。

祖父は温かく迎えてくれた…訳ではないが、普通に家へ入れてくれた。ったく、自分から誘っておいて、手紙に負けず劣らずのそっけなさだぜ。(父曰く、「恥ずかしがり屋なんだ」そうだ。)

「おう、祐斗ゆうと、これから仁坊じんぼう共が来るぞ。」

おれの部屋として用意された畳の部屋で長かった移動の疲れを癒していると、じいちゃんの顔が襖を開けて出てきた。

「マジ?久しぶりだな…。」

仁坊共と言うのはこの村でのおれの友人たちのことだ。小さい頃からこの村に来るたびに遊んでいる。

顔を引っ込めて襖を閉めようとするじいちゃんに礼を言い、襖が閉まるのを確認すると畳に寝転がった。

「…仁坊ねぇ。」

ぼそりと呟くとなんとなく小さい頃の事が思い出された。仁坊(谷 仁太郎)と、五郎ごろう(丹田 五郎)と、万里ばんり(藤城 万里)と、果色かしき(月屋 果色)。そして、その中におれが入って、よく分かんねえ事で爆笑してたな…。いつ来ても皆笑って迎えてくれたが、本当のところ、おれはあいつらの受け入れられているんだろうか…?考えても仕方ないか。聞いても意味ないからなぁ。そもそもこんな事絶対聞けねえ。小っ恥ずかしいったらないし。

最後に会ったのは小6の夏だったか。二年くらいたってるんだな。


いろいろ考えていたらじっとしていられなくなって、勢いをつけて起き上がると部屋を出た。二階にあるこの部屋は、出ると狭い廊下を挟んで正面に階段が見える。この階段は意外と段差が大きく、小さい頃はおっかなびっくりに降りていたものだ。階段を降りると前方と左手に廊下が続いている。真っ直ぐ進むとおれを挟むかのように両側についた襖の前で止まった。廊下が狭いことも手伝って意外と威圧感が強い。勿論嫌だったわけで、おれはこの家に来るたび開口一番に、「おれが帰るまでは一階の襖全部開けといてっ。」と言っていた。理由を話したらじいちゃんやばあちゃん、両親にまで笑われた。思い出すたび叫んでどっかに頭を打ち付けたくなってくる。…忘れよう。忘れさせてくれ。

左手の襖を開けて入る。居間ではじいちゃんが長方形の低い机の上に広げてある新聞を読むともなく眺めていた。おれを見ると、降りてきたのか、とかなんとか呟いてまた新聞に目を落とした。おれはじいちゃんの正面に座布団を引っ張ってきてその上で胡坐をかいた。

「仁坊たち、変わってるのか?」

聞くでもなく言ってみると、じいちゃんはおれを一度、ちらと見やって、

「…自分の目で見て確かめろ。」

新聞から目を離さずにそう言った。

いつまでたってもぶっきら棒だな。じいちゃんは。…小さい頃なんかは、ずっと仏頂面のじいちゃんが苦手で仕方なかった。けれど、有ることがあってから、じいちゃんが苦手ではなくなった。とりあえず、じいちゃんは恥ずかしがり屋だなぁ。と言えるぐらいには…多分。

まあそのエピソードはまたいずれ…。


       どんどんどんっっ

…いや、だんだんと表した方が的確じゃないか?いや、そうではなく。


いきなり響いた、乱暴に戸を叩く音は、居間にいるおれ達のところまで届き、おれの思考を吹っ飛ばした。…何の前触れも無いとびっくりするんだ。声が出なくて良かった。

じいちゃんは新聞から顔を上げて、

「来たか、図体ばっかりでかくなってからに。いつまでも騒がしい奴らじゃ。」

面倒そうに顔をしかめた。

「じいちゃん。誰だよ。」

気になって尋ねた。まさかとは思うが…。

「祐斗、われが出ろ。」

玄関に向かっていた視線がおれに向いた。

「え、「おぉ~いっ、じいちゃん、来たぞ~っ。祐斗居おるんかぁ~。」

疑問を発そうとしたおれの口は、あとから飛んできたどでかい声により閉じられた。…まさか、本当に。

「…われに客じゃ。」

付け足すようなじいちゃんの言葉に頷いて、居間を出ると、細い廊下を左へ走った。やっべ、なんかドキドキする。実際には短い廊下を長く感じながら、早く。と何かが急き立てる。先ほど自分が閉めた引き戸の鍵をじれったい気持ちで開け、勢いよく戸を引いた。

「おっ、なんだんじゃ。祐斗が出た。久しぶりじゃのっ祐斗。」

引いた戸の前では、声の主の仁坊と、五郎、万里、果色が立っていた。

「…。」

思わず顔が綻ぶ。

「ああ、久しぶりだな。」

言って皆を見回した。皆びっくりするほど変わっていない。つんつん頭の仁坊に、横に太めの五郎。前髪ぱっつんのポニーテール万里に、肩までストレートの果色。じいちゃんが図体ばっかでかくなったと言っていたのにも頷けた。

「元気にしょぉった?」

仁坊の後ろから顔を出した万里に、ああ、と答えて五郎に目を向けた。

「五郎。相変わらず片手に菓子とか…太るぞ。」

左手に下げていた巾着からかりんとうを出していた五郎は、

「大丈夫で!美味しぃけぇ。」

とかりんとうを口に放り込んだ。

「どがぁな理屈なん…?それ。」

呆れ混じりに言った果色の手は、五郎の巾着へ…。

「お前も食べようとすんなよ。」

速やかに突っ込みを。しかし、果色は得意げに笑った。(俗にいうどや顔である)

「大丈夫っ!わし太らんから。「んなぁっ!?」へ?」

そういう問題じゃねえよ。ってか横から悲鳴まがいの声が聞こえたんだが。

「…なあ。」

ちらりと仁坊を見ると。

「…まあ、聞かなかった事にしの。」

了解。ついでに今現在おれ達の前で繰り広げられている何か、も、見なかった事にしよう。

目の前で繰り広げられている何か、女子だけのヒミツノヤリ取リなるものを仁坊と眺めていると、後ろの戸が開いた。

「んお、じいちゃん。元気しとるか。邪魔しとるよ。」

仁坊のあいさつを無視したじいちゃんの手にはいつも外に出るときは使っているのであろう木製の杖。手作りのようだ。…そうでなくて。

「じいちゃん、出かけんの?」

おれがそう聞いた直後。わき腹に強い痛みが走った。

「…うっ。」

「ごふうっ。」

おれの唸り声と共に、横から仁坊の声が上がる。仁坊もやられたのだろう。杖でわき腹を一突き。

「へ?「「「わっ!?」」」

杖に押されたおれ達に、五郎たち三人の驚く声。綺麗にはもったな。

「いって…。」

「いっきなり、びっくりするじゃろ!?じいちゃん。」

そっちか!?思わずつっこんでしまいそうになる。じいちゃんを振り返ると、杖の持ち手の方をおれ達に向けているじいちゃんが戸口に仁王立ち。…ん?てっきり怒ってんのかと思っていたが、あまり怒っているようには見えないな。

「人の家の前で騒がしいぞ餓鬼どもが。はよぉどけぃっ。」

あ、怒ってたわ。しかめっ面のじいちゃんの言葉に、仁坊たちは各々返事をして、家の前の道路をだらだらと歩き出した。

おれも歩き出そうとすると、後ろから声が掛かった。

「日が落ちる前に帰って来い。」

振り返ると戸を閉めようとするじいちゃんが細くなるとの隙間から見えた。

「…おうっ」

言ってまた歩き出した。…やっぱりじいちゃんは恥ずかしがり屋なのだ。

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