会社の外で
ご無沙汰しています。
二話同時投稿です。
昼休み。社外で食事を取り、会社へ戻る途中で後ろから声をかけられた。
「秋月さん」
「あ、原さん。こんにちは」
原さんは取引先の営業さん。なぜかよく声をかけてくれる優しい人。たまにお菓子くれるし。それがまたおいしいから素敵。
「秋月さんは昼休みかな?」
「はい。さっきそこの店でパスタを食べていました」
そう答えると、彼は少しがっかりした表情を浮かべた。
「残念。まだなら一緒にどうかと思ったのに」
「ちょっとタイミングが合いませんでしたね」
何だか本気で残念がっているようだ。おっと、もうすぐ昼休みが終わってしまう。
「原さん、わたし行きますね」
軽く会釈してその場を立ち去ろうとしたら、彼はわたしを引き止めた。
「ちょっと待って!」
その声に立ち止って振り返れば、彼は少し照れてはにかんだ。
「秋月さん、よかったら今夜食事でもどうかな?」
「え、今夜ですか?」
「もう用事があったりする?」
「いいえ、空いてますけど……わたしなんかでいいんですか?」
「……むしろ秋月さんじゃなきゃ駄目なんだ」
キュン! やだ、何このトキメキ。この胸の高鳴り。
恐る恐る思いついた考えを口にする。
「その言葉って、まさか……」
すると彼はわたしをじっと見つめてきた。その視線の強さに胸の鼓動は速まる。
「その真意は今夜……ね」
待ち合わせの時間と場所を告げた彼は「じゃあ楽しみにしているよ」と言い残して、その場を後にした。
午後の仕事はいまいち身が入らなかった。もしかして、もしかして、原さんわたしに気がある? どうしよう。そんなこと、考えたこともないよ。
キーボードをはじきながら、ぼんやり彼の姿を脳裏に浮かべた。背が高くて結構体格がいい。すごくイケメンってわけじゃないけど、爽やかな人。営業さんにはピッタリ。社内でも評判よし。そんな人がわたしを……? いやいやいや、そんなはずないわ。
約束の時間に遅れないように定時に仕事を終わらせ、会社を出る。あれだけ考え事をしていた割に、よくミスしなかったなと自分を褒めてやりたい。
待ち合わせの場所で少し待っていると、彼が小走りでやって来た。
「ごめんね、遅れちゃったかな」
「いいえ、まだ時間前ですから」
「じゃあ行こうか」
彼について行くと、入ったのは有名ホテルのレストラン。こんなところに入ったことがないからドキドキ。
「あの、こんな素敵なところ、よくいらっしゃるんですか?」
「いや、初めてだよ。秋月さんと来たかったんだ」
「え?」
その言葉の意味が知りたかったが、料理が運ばれてきたのでうやむやになってしまった。
料理はどれもおいしくて、原さんとの話も弾む。こんなに話が合う人だとは思わなかった。
残すは食後のコーヒーのみになった。さっきまでとは打って変わって無口な彼。少しずつ飲んで時間が過ぎるのを待つ。カップが空になった頃、彼が背広のポケットから何かを取り出し、テーブルの上を滑らせてわたしの前に差し出した。
「これ……」
「……上に部屋を取ってあるんだ」
ルームキーだった。それってつまり、アレだよね?
「あの……」
「秋月さんのこと、ずっといいなって思っていたんだ。もし僕のことを憎からず思ってくれているなら、今夜一緒に過ごしてほしい」
いやいやいや、告白、即、ホテルって、いくらなんでも急ぎ過ぎでしょう? わたしそんなに軽い女じゃないよ。
そう思っていると、テーブルの上に置いていた手をギュッと握られた。彼と視線が交差する。
「……駄目、かな?」
そんな捨てられた仔犬みたいな表情、しないでくださいよ! 断ったらわたしが悪者みたいじゃないですか。
でも……仔犬の原さん、かわいいかも。
母性本能が刺激されて、わたしは思わず頷いてしまった。
「……わたしでよければ」
そういうと彼はパァッと明るい表情になって、無邪気に笑った。
「嬉しい。正直諦めていたから」
彼はそのままわたしの手を引き、立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
ギュッと手を繋いだままレストランを出て、エレベーターに乗る。二人きりの空間。待ちきれないと言わんばかりにわたしの頬に手を添え、だんだん顔が近づいて……
「なんか今日の妄想、ベタだな。つまんない」
「はぁ!?」
何だと、この野郎! わたしの新作妄想をベタでつまんない、だとぉ。
お馴染みの居酒屋。いつものごとく自分の妄想恋愛を達彦に披露していたら、喧嘩を売られました。
「どっかのドラマで見た展開で捻りがない。ときめく要素がない。仔犬みたいな表情にほだされて、よくも知らない男にホイホイついて行くなんてお前は馬鹿か」
ムキ――――ッ!
「馬鹿っていう方が馬鹿! というかこれは妄想の中のわたしであって、現実ではぜ――ったいについて行きませんから!」
「ふん、どうだか」
は、鼻で笑われた!! ムカつく――――っ!!
「大体、原さんってあの原さんだろう? 実際のあの人と全然違うんだけど」
「そうかなぁ。原さん、お菓子くれるし、優しいよ?」
人物像は現実と合っているはずだけどなぁ。爽やかだし、スポーツマン体型だし。憧れている女子も多いって聞くよ?
何が不満なのか、達彦は眉間に皺を寄せながら、日本酒をグイッと呷った。
「お菓子くれる奴が優しいなんて、お前はガキか。妄想ばっかりしているから、ものの本質がわからないんだ。大体お前はいつも……」
何だか説教が始まりましたけど? もしかして絡み酒? 今日は不機嫌だなぁ。
くどくど説教垂れる達彦の言うことなんて、全く耳に入って来ない。
妄想なんだから、多少実際と違っていたっていいと思いません? 原さんに自分の理想を押し付けているわけじゃないし、別に付き合いたいってわけでもないし。
確かに達彦のツッコミは妄想話に必要不可欠ですよ。でもね、こんなに全否定されたことなんて一度もなかった。それにちょっとショックを受けている自分がいるわけで。このモヤモヤ、何だろう……。
はっ、そうか! やっぱり実在の人間は妄想と現実の差が気になるってことだな。社内の人で妄想するなって口酸っぱく言っていたのはそれも原因かも。リアリティを求めすぎる達彦には、妄想を妄想として捉える能力が備わっていないんだな。なるほど。
未だに文句を言い続けている目の前の男を微笑ましく見る。『ああ、かわいそうな子』って感じで。
その視線が癇に障ったのか、ギロリと睨みつけられた。
「何でかわいそうな奴を見るような視線、送って来るんだよ。かわいそうなのはお前だ。現実を受け入れられずに妄想に逃げる、憐れな馬鹿女!」
カッチーン! 確かにその通りだけど、言い過ぎでしょうが!!
「お前、俺の話、全っ然聞いてなかっただろ? あの原だけは絶対やめろ、視線を合わせるな、しゃべるな。お菓子くれても、食事に誘われても絶対について行くな。わかったな!」
――――ブチッ。堪忍袋の緒が切れた!
「うるさい! さっきから黙って聞いてれば言いたい放題……。第一、原さんがわたしみたいなもんを誘うわけないでしょうが」
「お前、あの男のこと何も知らねぇんだな。だからあんな馬鹿な妄想できるんだ。あの男は女なら誰でもいい、最低な男だ。お前みたいなもんでも食指が動くクソみたいな男なんだよ」
「はぁ!? お前みたいなもんって、言い方ひどくない?」
「お前が言ったんだろうが!」
「自分で言うのと人から言われるのは違うんだっつーの。もういいよ。今度は達彦がアッと驚く妄想披露してやるわ!!」
目の前の出汁巻き卵を全部口に頬張って、わたしは達彦を置いて居酒屋を出た。
足早に家に戻り、わたしの妄想のネタである、マンガ、DVDなどなどを引っ張り出した。
おのれ、達彦。首を洗って待っておれ。わたしはやればできる子なんだぞ!
次は別視点です。




