資料室にて
大変お待たせしました
(え、待ってない? ガーン……)
社内の資料室。わたしは頼まれていた資料を探していた。ただ、どんくさいわたしはお目当ての資料をなかなか探し出せずにいた。
大変。早く探さなきゃ。一条さんに怒られる……。
一条さんとは課の女性主任。チクチク嫌味を言われてしまう。わたしはその一条さんに目の敵にされていた。その理由は簡単。男女関係のもつれというものだ。
「もう、一体どこにあるのよ……」
「何を探しているんだ」
「うわぁ!」
急に後ろから声がして驚き、足がもつれて尻餅をついてしまった。そんなわたしを見てクスクス笑う彼。
「もう、脅かさないでくださいよ」
「悪い。そこまで驚くとは思わなかったんだ」
手を差し出す彼。その手を取ると彼はわたしを引っ張り上げてくれた。しかし立ち上がっても手を放してくれない。
「あの、手を……」
捉まれた手にチラッと視線を向けると彼は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……離したくないな」
えっ、と驚いて彼を見上げる。すると彼に腕を引っ張られ、わたしは彼の胸元にダイブしてしまった。
「あ、あの、資料を……」
戸惑っているとそのまま抱きしめられた。
「後でいい」
彼から香る香水がわたしをドキドキさせる。彼は耳元で囁いた。
「俺の気持ち、知っているよね?」
その言葉に思考が止まる。
知っている。彼がわたしに好意を持ってくれていることを。でもわたしはずっと気づかないふりをしていた。これの想いを認めちゃいけない、と。
「君はひどいよね。俺の気持ちを知っていて、わざと気づかないふりをしているんだから」
その通り。ひどい女だ。彼は社内の人気者、わたしはただの地味な事務員。釣り合うはずがない。彼にはもっとふさわしい人がいる。そう、一条さんのような美人で有能な人とか……。
「でももう限界だよ。君の本当の気持ちが知りたいんだ。周りが何と言おうと、俺は君じゃなきゃ駄目なんだ。頼む、本当のことを言ってくれ……」
彼の苦しそうな表情が目に入り、胸がズキンと痛む。
わたし、一体何しているんだろう。自分に自信がなくて、周囲の目が怖くて、彼の想いに応えられなかった。でも本当はわたしも…。
「わたし、も、あなたのこと、すき、で……」
彼を見上げてそう言うと、目を細くしてわたしに顔を近づけてきた。そっと唇が重なるが、すぐに離れる。わたしはそれが少し寂しい。じっと彼を見つめると苦笑された。
「そんなに見つめるな。我慢できなくなる。その上目使い、誘っているのか?」
そんなつもりじゃない。でももっとあなたに触れたいよ。わたしは自分の気持ちに素直になることにした。
「……我慢しないでください」
小さく呟くと彼の表情が変わる。獲物を狙う野獣みたいな目をわたしに向けた。
「後悔しないか?」
「はい……」
そう答えると彼はギュッとわたしを抱き締めた。耳元でわたしの名を呼ぶ。
「……明花」
「遠野さん……」
どちらからともなくお互い顔を近づけてそっと目を閉じた。そして……
「ちょっと待て! 今日の相手は遠野さんなのか?」
「うん。……っていうかこれからいいところなのにどうして話の腰を折るの!?」
ああ、また途中で邪魔された。達彦の馬鹿……。
わたしはむくれながらビールをあおった。
今日は達彦と二人で会社帰りにいつもの居酒屋へ直行。優奈は彼氏とデートだって。リア充だねぇ。わたし達と違って。
わたしの前の席に座る達彦は大きなため息をついて、わたしを軽く睨む。
「あのなぁ、今日ははっきり言わせてもらうぞ。お前は部署が違って、遠野さんとは会わないからどんな妄想しようが勝手かもしれんが、俺は毎日顔を合わせるんだよ。気まずいだろうが。もう社内の人間で妄想するのはやめろ」
達彦の言葉にしばし考える。確かにわたしも毎日顔を合わせる人では妄想できない。妄想を思い出して赤面したり狼狽えたりしたら困るもんね。それって達彦も同じなのかな?
「達彦もわたしから聞いた妄想を、その人の前で思い出したりするの?」
「ああ。だからやめてくれ」
そうなんだ。達彦のことを全く考えていなかった。せっかく聞いてくれる、大切な友達のこともちゃんと考えなければならないという結論に至った。反省、反省。
だから素直に謝ることにした。
「ごめんね、達彦。もう達彦の部署の人で妄想するのはやめるね」
「馬鹿。俺の部署だけじゃなくて社内の人間もやめろって言っただろう」
それは横暴ではないか。再び達彦を睨みつけた。
「どうしてよ。関わりのない部署の人なら問題ないでしょう?」
すると達彦は冷たい視線を向けてきた。な、なによ!
「その人間が異動で自分の部署に来たらどうする。お前は妄想であんなことやこんなことをした人間に平静に対応できるのか?」
……無理だ。間違いなくテンパる。いつも達彦の意見には反論したくてもできない。頭の回る男だな。ちぇっ。
「わかったわよ。社内の人はやめる」
そう言うとようやく達彦はいつもみたいな顔つきに戻った。ああ、よかった。腹立つけど、達彦に見捨てられたら、毎日でも喜んで妄想聞いてくれる人がいなくなっちゃうもん。
焼き鳥を手に、わたしは話をすり替えた。
「でも遠野さんってかっこいいよね。あれは女が群がるのもわかるわ」
その言葉に達彦も頷いた。
遠野さんはわたしたちより二歳年上で仕事ができる有能な人。外見も爽やかでイケメン。独身、彼女なし。だから社内の女性社員の半数は遠野さんを狙っているという噂がある。
ちなみに一条さんはその筆頭で、遠野さんへのアプローチの仕方がえげつないことで有名。
「一条さん、めちゃくちゃ怖いらしいじゃん? 達彦は同じ部署なんだから知ってるよね? 本当にそうなの?」
「ああ。以前、取引先の営業の女が遠野さんに色目を使ったとか何とか言って睨み合っていたな」
「うわーっ、怖いね」
あの人、美人だからか睨みに迫力があり過ぎるんだよね。ま、わたしは睨まれたことなんてないけど。
一条さんの話題で盛り上がっていると、ふと達彦が訊いてきた。
「お前も遠野さんみたいな人が好きなのか?」
その質問に首を横に振った。それはナイね。
「遠野さんは確かにすごくかっこいいし、仕事できて有能だけどさ。うーん、何て言ったらいいんだろう……。なんか読めないんだよね」
「読めない?」
「そう。腹の中で何を思っているかわからないから、必要以上に近寄りたくない。あくまで鑑賞用。妄想世界だけでいい」
そう言い切ると達彦は「ふーん」と気のない返事をする。聞いてきたくせに何よ、その反応。
「お前さ、そんなに妄想がいいわけ? リアルな恋愛が恋しくならないのか?」
突然の質問に首をかしげる。今さら何を言っているんだ。
「ならない。リアルは思い通りにならないから嫌」
そう言うと達彦は髪を掻き上げて「確かにな……」と妙に実感がこもった言葉を発した。そんな達彦の様子が珍しくてついじっと見てしまう。その視線に気づいた達彦はわたしを真っ直ぐ見返した。
「でもさ、思い通りにならないから、みんな恋愛に夢中になるんだろう?」
その言葉に大人だな、と思ってしまった。わたしはきっとまだまだ子供から抜け出せないんだろう。認めるのが悔しくてわたしはそっぽを向いた。
「でもつらいことより楽しい方がいいじゃん」
言い返した言葉には呆れたような答え。
「―――ガキ」
「うるさい!」
つい声を荒げてしまった。
どーせ、ガキですよ。ピーターパン・シンドロームですよ。上等じゃないか。永遠の十代ですよ。身体は老化が進もうとも、心はいつまでもティーンですよ。悪いかっ!!!
またしばらくお待たせしそうです。
ごめんなさい(汗)




