表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狸と瓢箪  作者: そる
7/8

その7

真田丸に前田が、八丁目口に伊達が、平野川に上杉が、天神橋に立花が来る頃。

大坂城の西も若干の動きがあった。

まず家康の命で松平忠明が茶臼山の麓にある今宮村に下がっている。

家康は徹底的に譜代を大坂城攻略から外す事にした。家康の譜代に対する不信感は決定的に深くなっている。

圧倒的兵力で城を囲んでおきながらいいようにあしらわれている。どうにもならない。そんな思いが家康を捕えている。

それが松平忠明という、この戦で特に手抜かりのなかった男を戦線から外すという行為に現れている。

忠明にとっては理不尽としか言いようがない仕打ちである。彼は関ヶ原の戦いで父と共に参戦している男で、この戦でも河内方面の大将だった。

しかし他の譜代の無様な戦いの連帯責任のような形で、大将を鍋島勝茂に譲る事になった。

兵を率いて今宮村に陣を移せ、との家康からの命令を受け取った時、しばし呆然とした後、烈火の如く怒り狂い、朋輩への呪詛を吐き出している。

ついには、

「戦を知らぬ馬鹿共をつけあがらせた大殿にも責任があろう」

とまで言い放ち、家臣に諌められている。

抑えきれぬ怒りを持ったまま、忠明は新たな陣所となった今宮村から自分の母である亀姫に手紙を送っている。亀姫は家康の長女である。

内容を見た亀姫から父、家康に抗議の文があったというから相当な内容だったのであろう。

彼は今後、体の奥深くから湧き上がって来る怒りを抱えたまま、今宮村で戦局を見ることしかできない。

この日以降、忠明は昼から酒を飲み他の譜代達を罵って暮らす事になる。



真田丸。

大坂城の南方、平野口に構築された出丸である。

篭るは真田幸村に率いられた信州兵四千に、秀頼から増援としてつけられた千を合せて五千。

(十分だ)

幸村は気負うでもなく、冷静に部下を見渡して思う。

(この五千を一つにし、前田を迎え撃つ。ここに六文銭ある限り、決して平野口は破らせぬ。秀頼様の信頼に応えるためにも)

実は幸村が篭る真田丸を造り始めた頃、城内に噂がたった。

「幸村殿は城の南に出丸を造っているのは、兄の信之と内通して城に敵を招き入れるつもりだ」

この噂を聞いた後藤又兵衛はすぐさま、

「幸村殿が出丸を造ってまで南の敵を一手に引き受けようとするのは、そのような噂を流す痴れ者がいるからである」

と言っており、また秀頼も、

「幸村に限って内通などない。そもそも兄と内通するくらいならここには来ていない。あいつは六文銭の誇りを背負って最後まで戦う男だ」

そう言って幸村を全面的に信用する事を明言している。

また、その信頼を口だけではないと示すために手勢を千ほど幸村に預けた。

幸村は秀頼の配慮に感謝し、開戦以来、敵に出血を強いてきた。

「殿」

草の者(幸村の使っていた間者)がいつの間にか幸村の側に来ていた。

「前田勢、真田丸の前面に米俵、戸板などを並べ始めております。その向こうではどうやら土を掘っておる様子」

「なるほど。これはいよいよ前田利常、本気になったか」

「いかがされますか」

幸村は少し考えて、何人かの主だった将を呼んだ。

「お主ら、今晩の闇にまぎれて篠山に登れ」

篠山とは真田丸の前方にある丘である。

「篠山に既に前田勢がおれば引き返せ。おらねば明朝より前田勢の作業を妨害するため、銃を打ち込め」

篠山に密かに兵を配置し、銃によって相手を叩く。損害はそれほどでないだろうが、その状況で作業は続けられない。

(問題はその後だ)

作業が続けられないのであれば、前田勢はどう動くか。

(まず、篠山だ。この出丸に突撃するより篠山の別働隊を叩く。いや、追い散らしてそこに兵を置くか。

今はまだ篠山に気がいっていないだけ。気づけばそこに兵を置く。何せ相手のほうが兵は多いのだ。

……篠山を要塞化しておくべきであったか? そこに二千、いや千でいい、最初から兵を置いておけば……無理だな。時間も足りぬ。なにより放っておいてあるからこそ今、篠山に前田勢の目が向いていない)

内心で策を練りながら、幸村は次々と下知を飛ばす。

「この出丸に篭る限り、一年でも二年でも持ちこたえられる。無駄弾を使うな、敵は引き付けよ。

長宗我部殿と連絡を取れ。連絡役を走らせよ」

(篠山からの銃撃とあれば、それを排除するために人数を割くのは間違いない。銃撃の密度によって割く人数は決まる。前田利常、侮ってはならぬ相手だが、ここは戦果の拡大を図るべきだ)

幸村はあえて自ら仕掛ける事を決めた。

「篠山へは鉄砲百丁を持っていけ。幸昌、お主は別に兵を率いて篠山に潜め。鉄砲を追い払おうと前田は兵を差し向けてくる。

それを叩き、鉄砲隊と共にこの出丸へ戻るのだ」

真田幸昌。幸村の息子である。今年で十六歳の若武者で、若い頃の幸村に似ている。

秀頼の招集に応じた父について九度山から出て来ていた。

「わかりました」

気負うでもなく、震えるでもなく落ち着いた声で返答すると、幸昌は兵を集め出した。

(頼むぞ幸昌。ここはまず相手の出鼻を挫く事が大事。お前とこの父の連携こそがそれを成すであろう)


前田勢は古田重治や寺沢広高などを配下に吸収し、攻城戦の構えを見せていた。

「無理押しが通じるような構えではない」 

前田利常はそう言って周囲を戒めた。

この戦いが始まった当初、前田勢は真田丸を単純な力押しで攻めていたが、空堀と二重の柵、櫓に楼閣まであり、このためはなはだ攻めにくく、銃火にさらされて被害ばかり増えた。

「一つの城郭を攻めると思うのだ」

前田勢の将たちはそう言って十分な備えをあつらえようとしていた。

土を詰めた米俵を積み上げ、そこに戸板を縄で固定し、真田丸からの攻撃を防ぐ盾としつつ、土を掘って土塁を築き、攻城のための大砲を前線に持ちだしてきた。

本格的に真田丸と対峙するために、これらの工事は急がねばならず、かといって作業の妨害のために真田丸から兵が討って出て来る可能性もある。その対処の為の兵も展開させる必要がある。

作業を始めてから二日目、真田丸に多くの旗指物が動いているのが前田勢から見えた。

「あるいは、出て来るか?」

この最前線を任された前田家の将、岡島一吉は思った。

岡島一吉、加賀前田家にあって一万二千石を領する名将である。

かつて関ヶ原の戦いが行われた時、前田勢が行った大聖寺城攻めでも活躍した古豪である。

今回の戦でも前田家の先鋒を任されていたが、戦が始まってみれば真田丸という強固な要塞に対して何の策もなく、ただ人数まかせに突撃を命じる本多政重に辟易としていただけであった。

徳川譜代でもない外様の前田家としては、損害が出ても退くに退けず、かといってあまり損害を受けすぎると自らの家の力を落とす事になる。

まして、本多政重の指揮では戦う気も起きず、ただ無策に突撃する前田勢を歯噛みしながら見ていただけであった。

しかし今は岡島一吉が指揮官である。

「作業を続けよ。ただし、奥村をあの出丸の抑えに置く」

そう言って彼は奥村栄頼の部隊を真田丸の正面に動かした。もし相手が討って出てくれば奥村の部隊がこれを防ぎつつ、岡島の部隊が応援し、押し返す事になるだろう。

(奥村が崩れても自分の部隊が加われば問題あるまい)

岡島はそう思い、作業を続けさせた。

奥村栄頼は前田利常に重用されている武士であり、家内ではそれなりに権勢を持っている。

当然、武勇もある。

この部隊を真田丸の正面に置いた岡島の采配は、常識的に考えて普通の処理であろう。攻城陣地を構築する前田勢を真田丸の兵が黙って見ているとは考えにくかった。

が、兵は真田丸からは来なかった。朝からの作業が一段落しようかという頃、突如として銃声が響き渡った。

岡島は一瞬、真田丸を見た。

しかし真田丸の様子は先ほどと変わらない。なにやら旗指物がしきりに動いているだけである。

(篠山か!)

岡島が篠山を振り返ると、はたしてそこには銃口を並べた兵が、篠山に近い攻城陣地を構築していた兵を撃ち倒しているところであった。

(いつの間に篠山に!)

岡島はすぐさま陣地を構築中だった兵を下げた。彼らは土木作業中のため、鎧具足を着けていない。撃たれれば撃たれるままである。急ぎ収容せねばならない。

だが、既に恐慌状態にある兵にはなかなか指令は届かない。兵は次々と倒れていった。

「真田丸の動きは囮か!」

岡島が叫ぶが、時既に遅かった。



結局、前田勢は篠山からの射撃で被害を受けた。

人数にすればそれほどの打撃ではないかも知れない。が、陣地構築中に受けた被害である。このまま陣地構築を続行すれば、さらに被害は拡大しかねない。

「篠山に兵がある限り、陣地構築はかなわぬな」

岡島はそう呟いた。篠山を放置したまま再度陣地を構築しようとしても、再度銃撃を受けるだけであろう。

「篠山の兵を追い払う事が先ですな」

そう岡島に言ってきたのは、奥村栄頼である。真田丸に正対していた彼は、自分の部隊で篠山の兵を追い払うと進言してきた。

追い払わなければならないのは岡島も分かっている。

問題はどれほどの兵力でそれを行うか、である。

(篠山から撃ちこまれた鉄砲は百程度か。そこから考えると、多くても三百。おそらく陣地構築の妨害のために出てきた部隊だ。こちらが本格的に兵を向ければ真田丸に戻ろう)

そう判断した岡島は奥村隊に篠山に攻撃を仕掛けるよう命じた。

「篠山から追い払えばそれでよい。深追いは無用じゃ」

頷いて、奥村栄頼が隊を率いて篠山へと向かった。



「来ました! 前田勢です!」

鉄砲隊を指揮していた男が叫ぶ。

篠山より前田勢を奇襲した真田軍だが、あくまで鉄砲による陣地構築作業の妨害に終始していた。

「予定通りだ。鉄砲隊は一度だけ発砲した後、撤収せよ」

真田幸昌はそう言うと馬首をめぐらせて篠山の下へ降りて行った。

篠山に前田勢が登って来る。高所より鉄砲の一斉射撃を受けて僅かに隊列が乱れるが、登って来る速度は落ちない。鉄砲隊は即座に篠山を真田丸側へと逃走を開始した。

奥村隊はそれを追い、篠山から完全に真田兵を追い払おうとする。

すると奥村隊の眼前に、少数の兵が姿を現した。逃げる鉄砲隊を援護するように、鉄砲隊の後ろにつき、じりじりと退く。

(あれを倒しておけば、後は鉄砲隊のみか)

そう判断した奥村は攻撃を命じた。

だが、真田の殿部隊に奥村隊が襲い掛かろうとしたその時、突如として周囲から兵が起き上がった。

真田幸昌の用意した伏兵である。

あらかじめ逃げる道は決められており、そこを追ってきた部隊を叩く。それが名将・真田幸村の考えた作戦であった。

篠山からの攻撃により陣地構築を邪魔すること、それを追い払おうと追ってきた部隊を伏兵によって叩く事が目的の二段構えの作戦であった。

伏せられていた兵は五百。奥村隊とほぼ同数だが、完全に囲んでいる。

「かかれ!」

幸昌の命により伏兵は一斉に奥村隊に襲い掛かった。

この待ち伏せにかかった奥村隊は混乱し、効果的な手を打てなかった。

これに気付いた岡島一吉は慌てて自分の部隊を救援に回すが、一足遅かった。

奥村隊はさんざんに打ち負かされ、敗残兵となって篠山を転げ落ちて来る。その混乱の収拾と兵の収容をなんとかこなすと、岡島は篠山の頂上付近まで進出した。

そのころには幸昌の部隊も篠山を降りており、真田丸へと引き揚げていくのが見えるだけであった。

伏兵による襲撃によって、奥村栄頼は左腕を刺し貫かれるという重傷を負っていた。

さらには岡島が見るところ、真田丸は前田勢が追撃してくれば、そのままなし崩しに攻城戦に突入させようと待ち構えているのは明白であった。

「やられたか……」

岡島は追撃を中止し、兵を戻した。

(これでまた、あの真田丸の士気が上がるな。真田幸村、なんともやりにくい相手だ。ただ出丸に篭っているだけではなく、機を見て兵を出してくる)

「……作戦を練り直す。まずは負傷した者を後方に下げよ」

指示を出しながら岡島は考えていた。

(利常様の部隊も前に進めて頂くしかないか。全軍を持って鉄砲の届かぬ距離まで近づき、そこから陣地を造るしかあるまい。あの真田幸村が二度も同じ事をしてくるとは思わぬが、篠山への手当ても必要か)

こうして真田丸と前田勢の初戦は終わった。

被害を出したのが前田勢だけだったので、幸村の勝利と言えるのだが、膨大な兵力を持つ前田家にとっては、さほどの損害とは言えない。

しかし幸村の戦術目標は大坂方の優勢を維持する事である。その点で言えば、小さいとはいえ勝利を重ねる事には意味があった。

「しばらくは士気も高かろう。だが、前田は本格的に長期戦を覚悟したはずだ。勝負はこれからか……」

真田丸から戦場を見る幸村の眼には活力が漲っていた。

「これからだ。まだまだ、我らは勝ち続ける。この真田丸、安くはないと思い知れ」


一週間に一度程度、更新再開します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ