私を捕まえてください!
「おまわりさん、私を捕まえてください!」
ある晴れた日の昼下がり、五十歳くらいのオールバックの髪をした男が、交番へ入ってくるなりそう言った。
「まあまあ落ち着いて。ゆっくり話しなさい」
四十二歳の中堅警察官は慣れた様子で、男を奥のソファに座るよう勧める。彼は何度も、出頭してきた犯人を捕まえた経験があった。
「実はですね、私夢を見たんです」
「うん、夢くらい誰だって見るよな。いったいどんな夢だったんだい?」
警官は、一応メモを取りながら耳を傾ける。男がごくっとつばを飲み込んだ。
「私、夢の中で人を殺したんです」
男の言葉に、警官はふっと笑う。
「あなたね、夢の中で殺人をしても罪にはならないんだよ。皆が夢の中だけに留めておいてくれたらどれだけ平和になる事か」
「いえ、私は現実でも人を殺しそうなんです」
警官に少し緊張の顔が浮かんだ。
「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
「はい、私は友人から借金をしていまして……。もう簡単には返せない金額になってしまったんです」
「だから相手を殺してしまうんじゃないかというわけか。でもそれを自分で分かっているんだから大丈夫だろう?」
「でも、テレビでよくあるじゃないですか。ついカッとなって殺してしまったって。私もいつかそうなってしまうと思います。いえ、絶対なります。夢はその予言ですよ」
男が頭を抱え込んでうなり始めた。警官が困った顔をする。
「そう言われてもねえ……。まだ何もしていないのに逮捕するわけにはいかないよ。そうしたらこっちが捕まりかねない」
なおも話し続けようとする男を止め、警官は名前と住所を聞いた後、男に家に帰るように言った。男は黙って交番を出ていった。
三日後の昼ごろ、五十歳くらいの頭が禿げている男が交番にやってきた。
「おまわりさん、私を逮捕してください!」
警官はいつもしているように、奥へと案内する。
「また出頭か……。ちっとも落ち着いていられないよ」
警官が空気の読めない発言をしたが、男は気にしていないようだ。
「そんなにここへ来る人が多いのですか?」
はあ、と警官はため息をつく。
「ああ。三日前にも、夢の中で人を殺して本当に殺人を犯しそうだ、と言って来た人がいてね」
「私は夢ではありません。現実で人を殺してしまったのです」
男は、はっきりした口調でそう言った。警官は、手の上でクルクル回していたペンを落っことしてしまった。
「なんだって? 一体誰を殺したんだ?」
すると禿げ男は、緊張した声である人の名前を言った。三日前にここを訪ねてきた男だった。
「なっ……」
警官は開いた口をあわてて閉じると、心を落ち着かせるため咳払いを一つした。
「この前来た人が死んだなんてこと初めてだ……。詳しく話してくれ」
「はい。実は私、彼に金を貸していまして。それが結構な金額になったんです。それで殺したのです」
「そんなことで、なぜ殺さなくてはいけないんだ?」
警官は訳が分からず、首をかしげた。
「よくテレビであるじゃないですか、お金の返済に困った人が、相手を殺してしまう事件が。私の場合もそうなるのではないかと思いまして。借金は返ってこなくなりますが、自分の命には代えられないので、やられる前にやってしまったというわけです。でも、殺した後にだんだん怖くなってきて、逃げるよりもここに来たほうが楽になると思ったのです。だから、私を捕まえてください」
翌日禿げ男の部屋から、のどに包丁が突き刺さったままの男の死体が発見された。彼の服はボロボロになっていた。
久しぶりの字数制限のない短編です。ツイッター小説の方もよろしく!