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黄昏。

いよいよこの物語も終わりになります。

【ウィッシュランド皇国・客間】


 謁見室ではなく客間。

 フィルモア特使・華奈と、デゥエンディは、二人きりで向かい合っていた。


 表向きは、両国の友好を深めるための会談。


 ――だが、それは建前に過ぎない。


「華奈……損な役回りだったな。本当にありがとう」


 深々と頭を下げるデゥエンディに、華奈は静かに首を振った。


「いえ、両国の関係を守るのも、特使である私の務めですから」


 本来なら、拉致されたエルフを送り届けたフィルモア側が、責任を問われてもおかしくはない。


 だが今回は事情が違った。


「裏組織は王家や貴族とも繋がっていてな。私でも手を出せずにいた」


 エルフを売買していた奴隷商は、国内で王族や貴族とも深く結び付いており、デゥエンディでさえ容易には手を出せなかった。


「皆さん、私を見るなり逃げ出しましたよ(笑)」


 その闇を――しがらみを持たない華奈が、商人を一掃したのである。


 その後、王族や貴族の元にも出向き、同じことをすれば次は容赦しないと警告して回り、完全に鳴りを潜めたのだった。


「戦う事なく終わったと聞いていたが、鬱憤は貯まらないのか」


 かつて勝負した二人——。


 デゥエンディは再戦したそうな顔をする。

 が、華奈は真っ平ごめんなのか、涼しい顔をして挑発に乗ろうとはしない。


「うふふ、旦那様が最強ですので困っていませんのよ」


 そして華奈は、スキルウインドウを見せた。


「……もはや人外だな……」

「ええ、そのようで(笑)」


 ウィッシュランド皇国は華奈。

 ツヴェルク帝国は匠。


 華奈と匠という二本の柱が両国を支え続けたことで、、この大陸に戦火が広がることはなかった。



 ※※※※※



【数年後、フィルモア城・客間】


「もう!聞いてよ!華奈!」

「どうしたのよメアリー」


 久しぶりにフィルモアに出向いた華奈は、即座にメアリーに捕まっていた。


「来月、ウィラード様が退位するの!ラルトが王様になるから、私が女王だよぉぉぉ!」


 ウィラードは退位するにはまだ若く、決断した理由を聞くと――。


「私は戦乱の時の王だ。これからは平和な時代を築く王が必要だ!」


 華奈と匠という二本の柱によって外交は安定し、ラインハルトも王として十分な力量を身につけていた。

 堅物のウィラードは、自らの役目は終わったと判断したのだ――。


 「そりゃ、エリオットが結婚すればそうなるよ!世代交代の時期だものね(笑)」


「分かってるけど、分かってるけど……心の準備がぁぁぁ!」


 いつものメアリーからは想像がつかないほど、自信なさげだ。

 華奈は、クスッと笑い、軽く肩を叩く――。


「いつもメアリーでいいのよ、周りもそれを望んでいるからね」


「もう、他人事なんだから(笑)」


「麗羅も来年結婚だからね〜数年後には、おばあちゃんよ(笑)」


 第一王子エリオットと麗羅の二人が結ばれるものと思っていたが、当人たちは剣友以上の感情を抱くことはなかった――。


 麗羅は近衛騎士団の若き騎士と交際を実らせ、来春結婚する予定だ。


「二人とも、もうおばあちゃんになるのね。早いよね〜」


「うふふ、それだけ歳をとったのよ、メアリー」


 城前決戦から十数年の月日が流れていた――。


 まだ三十代の二人にとって、孫を抱く未来など、想像もしていなかったのかもしれない。

 それでも二人の笑顔は、あの頃と何も変わらなかった。


 屈託のない笑顔を浮かべる美しい二人は、戦場で輝いていた時とは違う、穏やかな光をまとっていた。



 ※※※※※



【数ヶ月後・魔人族領・魔王城】


 平和条約締結後、両国の交流は急速に増え、定期的な訪問外交が行われるようになっていた。


 今回は新任のラインハルト国王と魔王レオンとの交流会が開かれる。


「イヒィィィィ、お待ちしていましたメアリー嬢ォォォォ」

「女王様とお呼びなさぁぁぁい!」


 魔王城の大広間に入るなり、アビルゲイとメアリーは、昔からの友人のように言い争いを始めた。


「……」


 無論、女王御付きの護衛連中の顔は青ざめている――。


「メ、メアリー、このお方を紹介してくれないか」


「ああ、嘘を見抜く悪魔のアビルゲイよ、こちらは私の夫、フィルモア王国国王、ラインハルトよ」


「ようこそお越しくださいました。ラインハルト陛下、アビルゲイと申します」


 気味の悪い喋りは形を潜め、優雅な所作で挨拶をするアビルゲイ。

 ラインハルトは、ピエロの様な悪魔を見て、ちょびっとだけビビっていた。


「今回は主役が多いですねェェェ」


 もちろん、あの二人も呼ばれている――。


「アビー、シェラの姿が見えないが……」


「彼女は結婚しまして、5児の母親で御座います」


 思い返せば最後に会って十数年も経っている。

 彼女も華奈と同じ母親になっていた。

 嬉しい反面、会えないと分かると少し寂しくなる。


「匠!よく来たな、さあ歓迎するぞ!」


 残念な気持ちを吹き飛ばすように、魔王レオンが現れた。

 護衛騎士に緊張が走るが、匠が近づき手を差し出すと、一気に空気が変わる。


「ほら、レオン様に挨拶よ!」


 背中を押されたラインハルトが進み出た。


「今度の王様は女房の尻に敷かれているのか、あはは平和だな」

「お恥ずかしい、ラインハルトと申します。お見知り置きをレオン様」


 普段ならこのような失態を犯すラインハルトでは無かった。

 レオンと匠の関係が羨ましく思ったのが間違いだったのだ。

 気を取り直し、少し赤面したまま挨拶をする――。


「硬っくるしい挨拶はこれまでだ。食事をしながら語ろう」


 レオンはどこまでも、懐の深い支配者だ。

 皆を導く様に、場の空気を一瞬で掴む。

 そして、会場は交流を深めるため、立食形式だった――。


 ※※※※※


 会食は恙無く進み、これからも交流を続ける事が決まる。


「それでは皆様、暫しご歓談下さい――」


 そして宴もたけなわになると、レオンは酒瓶を手に取り、匠の杯へ琥珀色の酒を注いだ。


「なっ……!」


 その瞬間、控えていた七魔神の間に緊張が走った――。


 魔王が、自ら誰かの杯を満たす――それは魔人族にとって、信じられない光景だった。


 魔王とは、全ての者が頭を垂れる存在。

 誰かに仕える姿など、彼らは一度も見たことがない。


 だが――。


 レオンにとっては、当然のことだった。


 初めて会った時、少年は恐れることも、媚びることもなく、ただ一人の相手として向き合った。


 だから、あの日から決めていたのだ。


 いつか、この男と酒を酌み交わす日が来ることを――。


「俺はな、匠とこうやって杯を交わす日を、心待ちにしていた。やっと実現したな」


「あ、ありがとうございます」


 レオンはニヤリと笑い、匠の肩を抱く。

 そして匠は、琥珀色の酒を口に含んだ――。


「あっ、美味い」


 ヨハネと飲んだ時には感じなかった芳醇な香り。

 ピリッとくる大人の味に、匠は思わず頬を緩めた。


(レオンは大人になるまで待ってくれたんだ)


 出会った時は世界の敵だった。

 時を重ね、その魔王と酒を酌み交わすことになるとは思いもしなかった。


 人生とは、本当に何が起こるか分からないものだ――。


「さぁ匠、大人を楽しめ」

「……そうですね……乾杯」


 匠は感謝の気持ちを込め、レオンの杯へ琥珀色の酒を注いだ。



 ※※※※※



【数十年後・港街バース】


「すっかり色付きましたわね」


「ああ、陽だまりが恋しくなる季節だね」


 華奈と匠は、紅葉で色付いた林の中を散策している。


 美しかった華奈の黒髪はシルバーグレイに、匠は黒髪が混じる白髪に変わっていた――。


「この街は本当に過ごしやすい、ここに来て良かったね」


「ああそうだね」


 ゆっくりと歩く二人は、港町バースを見下ろす丘に来ると、懐かしそうにその風景を眺めていた。


「色々あったけど、楽しい人生だったな」

「そうですね。幸せでした」


 そして、切り立つ岬のような高台にあるベンチに腰掛ける。


「風が気持ちいいな」

「ええ」


 どちらからともなく肩を寄せ合い、二人は静かに目を閉じる。


 戦いに身を投じていた頃とは違い、穏やかな時間だけが、ゆっくりと流れていた――。



 ※※※※※



【高台の家】


「父さんと母さんはどこだ」


 高台にある自宅に、息子の玲恩が駆け込んでくる。

 まだ日が高く、普通なら帰宅しない時間帯だ――。


「いつもの丘じゃないかしら、どうしたのそんな慌てて」


 エプロン姿の妻が、不思議そうな顔をしていた。

 しかし、玲恩の慌てようは尋常ではなかった。


「わ、若い姿のふたりが現れて、何も言わずに消えたんだ!」


「えっ、ほんと、探しに行きましょう」


 昼下がり、玲恩が社長室でうとうとしていた時、気がつくと、若い姿の匠と華奈が愛おしそうに、はにかんでいたらしい。


 もう、あの二人は鶏が目覚めると起き、眠ると寝室に入る老人だった――。


 一抹の不安が胸を過ぎる。


「多分いつものベンチで、仲良く座っている筈よ」


 高台の家からほど近い、岬のように切り立つ丘にあるベンチは、二人のお気に入りの場所だ。


 清々しい季節になると、お茶とお菓子を用意して、日がな一日過ごす。そんな場所だった――。


「思い過ごしなら良いんだけど」


 玲恩は最近、急に身の回りの品を片付ける二人を見て、違和感を覚えていた。

 大切にしていた玉鋼の刀を孫に譲ったり、古い防具なども売りに出し、生前整理に感じていた――。


「ほら、仲良く座っているじゃない」


「……そう、だね」


 急ぎ足の玲恩は、いつものように肩を並べる二人の後ろ姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす――。


「……父さん母さん……ここにいたんだね」


「……」


 二人は手を繋ぎ、肩を寄せ合ったまま、穏やかな表情で眠るように目を閉じていた。


 寄り添う仲睦まじい姿を見た玲恩は、二人の手に自分の手を重ねる――。


「……えっ……父さん母さん」


 二人の手から伝わって来たのは、硬く冷たい。

 ――魂が抜けた後の感覚。


「……最後に、会いに来てくれたんだね」


 不意に、秋の風が丘を静かに吹き抜ける――。


「……ありがとう」


 その涼やかな風は、寄り添う二人を優しく包み込み、長い旅路を終えた英雄たちを祝福するように、どこまでも青い空へと流れていった――。

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