熾烈。
さあさあ大詰めですよ。
【フィルモア城・大聖堂】
ルシファーとの攻防は熾烈を極めていた。
ウィラード以下、近衛騎士たちはパパ・ヤーガの展開する結界の中から戦況を見守るしかない。
「華奈殿!」
耐えきれず前へ出ようとしたウィラードを、パパ・ヤーガが片手で制した。
「誰一人、前へ出るでない!……今、結界の外へ出れば、奴の重力魔法で身動き一つ取れん」
老人の声が大聖堂に響く。
額から汗を流しながら、それでもパパ・ヤーガは結界を維持し続ける。
「みんな……出てきちゃだめ……」
華奈も血に染まった近衛服のまま、小さく首を振った。
助けを求めているのではない――匠へ繋ぐ時間を稼いでいるのだ。
魔法剣を握るその手に、闘志だけは微塵も揺らいでいなかった。
「ククク、私に勝てるとお思いか。無力! 無力! 散って糧となれ!」
グラビティ――《ヘイトシーカー》
「グッ!お前なんかに私は負けない!」
身動きが取り辛い中、華奈は必死に自分の敵意に反応する高速の矢を払っている。
口には出せない作戦を分かってくれと、その苦しい表情は訴えていた。
(タクちゃん、頼んだわよ)
「華奈……少し待っていてくれ、俺が決める」
玉鋼の刀を鞘へ納める。
匠は息を吐き、殺意、闘志、気配、存在――そのすべてを無へ沈めた。
生き物ではなく、ただの空間と同化した。
ふらり――
まるで無気力な死に人のように、ゆっくりとルシファーとの距離をつめる。
ルシファーの視界から、匠という存在が完全に消えていた――。
「死ね死ね死ねぇぇぇえ!」
「ガハッ!――まだ……まだよ……私だけを見なさい!」
重力魔法に贖いながら懸命にルシファーの攻撃を受ける華奈。
また一つ、また一つ、光の鏃が彼女を突き刺す。
「お前だけは絶対に許さない。絶対私が息の根をとめる!」
「あらあら、立っているだけで精一杯のご様子。早くお逝きなさい」
腕、肩、脚に鏃が食い込み、そして――。
ズブゥゥ――。
「カハッ!……」
ついに、凶悪な鏃が華奈の胸を貫いた。
その鏃が消滅した途端、鮮血が吹き出した――
「いいねいいね、そのままお逝きなさい、私が魂を吸ってあげるからぁぁ」
「今よ……!」
ドサ!
力尽きた華奈が床に沈んだ――。
殺気も、闘志も、生命の気配すら感じられない。
じわりと床に鮮血が広がってゆく――。
「少しは手応えがありましたねぇぇ、さて――」
「喰らえ!」
――出雲神速剣・最終奥義『無』
「ひゃ?」
ズバァァァァ!!
「ギャー、そ、そんな馬鹿な、いつの間に……」
「これはカーリンの分だ!」
ズバァァァァ!!
「これは、ラインハルトの分だ」
ズバァァァァ!!
「これは、お前に奪われた全ての命の分だ。さあ、終わりにしよう――」
――出雲神速剣・二の形『斬首』
――音は、しなかった。
匠は静かに刀を鞘へ納める。
ルシファーは首を傾げる。
「……ヘ?」
世界が、一拍だけ止まった。
そして、ゆっくりと傾いた。
ゴトリ――。
大悪魔ルシファーの首が、床へ転がった――。
「華奈……ごめん……」
ルシファーを倒した匠は、華奈に駆け寄り抱きしめる。
だが――。
既に息は止まり、抱きしめても鼓動を感じる事はできなかった――。
「華奈!!」
亡骸を抱きしめる匠。
一筋の涙が頬を濡らす。
その時――。
突如空間が光り輝き、一人の男が現れた。
――絶対神サーペントだ!
「匠、少し待たれよ。まだ終わってはいない。これより先は、神でなければ成せぬ領域だ」
「……」
サーペントは方々に散らばる亡骸を静かに見渡した。
「二千年前、我は奴を封じることしかできなかった。だが今は違う――」
「匠がその肉体を滅ぼした今、残るは魂のみ」
神だけが踏み込める領域に、終止符を打つ時が来たのだった。
サーペントは静かに右手を掲げ、世界の理へ命を下す。
「万物を司る理の名において命ず。黄泉の扉よ開け。常闇の抱擁をもって、不浄なる魂を呑み尽くせ――」
黄泉の抱擁!
次の瞬間、ルシファーの首が黒い瘴気を噴き上げた。
「クッソ、クソ……やめろ、サーペント!」
切り落とされた首から細い脚が生え、不気味に蠢きながら逃げ出そうとする。
だが、世界の理そのものを司る絶対神から逃れる術はなかった。
「さらばだ、我が友よ。二度と目覚めることなき、永遠の安らぎを――」
「やめろぉぉ! やめ――」
黒く渦巻く黄泉の魔力がルシファーを呑み込む。
最後まで醜く足掻き、絶叫を響かせた大悪魔は、一筋の光となって黄泉の国へと沈んでいった。
そして静寂が訪れる――。
「これでもう、ルシファーが再びこの世に現れることはない。我が子供達よ、よくやってくれた。改めて礼を言う」
絶対神サーペントは、至らなかった自分を責めるように深く瞼を閉じた。
無言の匠は震える手で華奈の頬に触れた。
だが返事はない――。
温もりだけが、ゆっくりと失われていく。
「……華奈」
だが、多数の魔法の槍をその身に受けた華奈は、静かに横たわったまま、既に息絶えていた――。
匠を見つめていた魔王レオンは、周囲を見渡し、最後にサーペントへ視線を向ける。
「ここから先は、お前の仕事だ」
「ああ。理に反する行いだが……今回ばかりは我の失態だ。責任は我が取ろう」
散っていった戦士たちの亡骸を見つめ、サーペントは静かに両手を掲げる。
「戦いに捧げられし魂よ――今ここへ還れ。リザレクション!」
光は亡骸を包み込む。だが、誰も動かない。
そして誰もが息を呑んだ――。
「パアァァァ――」
ルシファーとの戦いで命を落としたラインハルト、マハー・カーリン、そして華奈の亡骸へ、無数の光の粒子が舞い降りた。
冥府へ旅立った魂が肉体へと還り、止まっていた鼓動が再び動き始める。
最初に華奈の指先がぴくりと震えた。
「……ん」
ゆっくりと閉じていた瞼が開く。
「華奈!」
匠の声に応えるように、華奈はうっすらと瞼を開き、小さく微笑んだ。
続いてラインハルトが苦しそうに息を吸い込む。
「ンッ……ハァッ!」
「……ラルト!」
涙を浮かべたメアリーが彼へ飛びついた。
最後にマハー・カーリンが大きく伸びをする。
それとほぼ同時に、空間が輝き始めアングィスが現れた。
「アング、抱っこ!」
「何故そこで俺なんだ……」
「だって相棒だし!」
アングィスは苦笑いをしてマハー・カーリンを抱き上げた。
「……ただいま」
華奈はゆっくりと身体を起こし小さく笑った。
匠は目尻を緩める。
「……おかえり」
匠はそっと華奈を抱き寄せた。
張り詰めていた戦場の空気は、ようやくほどけた。
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