マハー・カーリン。
遂に復活します。
【フィルモア城・城前広場】
「わぁ~悪魔の羽が生えたお人形さんだわ~」
慌てて装備を整え、城外へ飛び出した華奈たちの前に、一人の少女が立っていた。
ピクスドールのような愛らしい容姿。
だが、その背には漆黒の翼が揺れ、纏う神気は世界そのものを震わせる。
――その少女の名は破壊女神マハー・カーリン。
「匠殿、あれは何なんでしょうか……」
「まぁ間違いなく、近衛では勝負にならない程の強者ですね」
近衛騎士も異変を感じバラバラと集まり始める。
それを待っていたのか、悪魔人形はニヤリと口角を上げ、大剣を大空へと掲げた。
「我は戦う女神マハー・カーリンである。さあ、戦闘狂と勝負を望む!」
艶やかな格好と、威勢よく振り回す大剣とのアンバランスさ、そしてなにより、脳筋的発言を聞いた瞬間――。
匠と華奈は思わず苦笑いをしてしまう。
「ここは私が対応します」
ウィラードが前に躍り出ながら、力強く言い放つ。
この城の守護者である彼が先鋒を務めるのは当然だ。
「相当強いので、気をつけてください」
直感が警鐘を鳴らしていた匠は、ウィラードに注意を促す。
眼前に佇むマハー・カーリンから発する圧力は、魔王にも引けを取らないのだ。
轟――!
気合一閃、抜剣したウィラードは一瞬の迷いもなく踏み込み、同時に怒涛の突撃を繰り出した。
バキャーン!
疾風のごとき剣閃がマハー・カーリンを急襲する。
しかし片手で受け流し、圧倒的な強さを示す。
「中々の腕前と見た。本気で行かせてもらうわ」
「笑止。貴様に本気を出させるために剣を振るっているわけではない」
ウィラードは間髪入れず、鋭い連撃を繰り出す。
流れるような剣筋は一切の隙を見せず、絶え間なくマハー・カーリンへ襲い掛かった。
だが――。
マハー・カーリンは口元に愉快そうな笑みを浮かべ、大剣を片手で軽々と操る。
迫り来る斬撃を紙一重でいなし、時に刃で受け、時に柄で弾き返す。
その余裕は最後まで崩れなかった。
「面白い」
そう呟くと、彼女は重力など存在しないかのように、ふわりと宙へ舞い上がった。
――轟。
黒翼が羽ばたき、その瞬間空気が爆ぜ、マハー・カーリンの姿が掻き消えた。
ガギィィン!!
「ぐっ……!」
咄嗟に大楯で受け止めたものの、凄まじい一撃にウィラードの足元が砕け、大地へ深々とめり込む――。
「強者はそうでなくては」
空中を自在に駆けるマハー・カーリンは、上空から縦横無尽に襲い掛かる。
人外の膂力で振り下ろされる大剣を受け止めるたび、衝撃が大地を揺らした。
「くっそ、ワイバーンよりタチが悪い」
空を支配するカーリンに対し、地上のウィラードは迎撃するだけで精一杯だった。
「ならば足を付けてやろう」
ザッ――。
地を蹴ったマハー・カーリンの姿が掻き消えた。
残像だけをを残し、ウィラードの目の前に現れる。
――ガァァンッ!!
「ガハァ!」
凄まじい衝撃音が響く。
盾ごと弾き飛ばされたウィラードの巨体が、大地を何度も転がった――。
「中々良い勝負であったぞ」
斜めに立つマハー・カーリンは、大剣を鞘に仕舞う。
それ以上追撃する気もないし、殺そうともしない、純粋な戦闘狂だった――。
「そこの剣士、我と剣で語り合おうじゃない」
そして呆然とする華奈たち一向へと向けられる挑発の言葉――。
新たな挑戦者を渇望するマハー・カーリンの赤い瞳が、匠を捉えて離さない。
※※※※※
【フィルモア城・地下魔法陣】
祭壇には、かつてガルド村で蘇生された子供たちの息絶えた姿があった。
それは救済ではなく、ルシファー復活のため、一時的に魂を繋ぎ止められただけの仮初めの命だった――。
「役に立たない虫けらめ、生娘を用意できぬとは――」
その祭壇の魔法陣から、一人の男が姿を現した。それは――。
大悪魔――ルシファー。
深紅の髪と漆黒の瞳が、ゴッドフリーを冷たく見据える。
「ルシファー様、ご容赦を! 必ず生娘を手に入れ――」
ルシファーは無言のまま、その胸へ手を差し入れた。
肉体には傷一つ付かない。
ぎゃあああぁぁぁっ!――
だが、ゴッドフリーの絶叫だけが地下空間に響き渡る。
「ククク……此奴の汚れた魂は美味だな」
ドサリ――。
魂を喰われたゴッドフリーは、ミイラのように干からび、その場へ崩れ落ちた。
※※※※※
【フィルモア城・城前広場】
満身創痍状態のウィラードは、剣を支えにやっと立っている。
マハー・カーリンは匠はまだかと、苛つきを見せていた。
「匠殿……すまない……後を頼めるか」
「ああ、問題ない。俺が沈めてくるわ」
そう言い残した匠は、すでに視界から消えていた。
次の瞬間にはマハー・カーリンの背後に姿を見せる。
「そこまでだ」
コツン――。
鞘がカーリンの後頭部を軽く叩いた。
「なっ!?」
真剣なら勝負は終わっている。だが、殺す理由がないのと、レベル差がありすぎるので完全に遊んでいた。
「くっそ、 名を名乗れ!」
振り向き様に抜刀しようと、柄に手を掛けたが、上から抑えられ匠の腕はピクリとも動かない。
「俺の名は匠だ」
「匠と申すのか、強いな貴様。今日から我の伴侶として――」
「駄目神、お前を殺す!」
――ピキィィィィン!
凄まじい音と共に、華奈の容赦ない一撃が炸裂する――。
「殺す!」という殺気の一言から、マハー・カーリンが「戦意喪失」の憂き目に遭うまで、文字通り一瞬の出来事だった。
「あ、あうぅぅ……」
鳩尾に一撃を喰らい、苦痛に満ち、今にも崩れ落ちそうだ。
助けを求め匠に手を伸ばすが――。
コツン!
「ピャ!」
華奈は鞘で頭をこずく。
そして破壊女神マハー・カーリンは、完全に戦意を失い、ペタンと地面へ座り込んでしまった。
「ちょっと! なんでいきなり現れて人の男を寝取ろうとしてんのよ!」
華奈はふんっと鼻を鳴らし、腰に当てて見下ろす。
「いきなり現れたとは失礼な! 私は彷徨っていた魂を、無理やりここで具現化された被害者なのよ~!」
マハー・カーリンは涙ぐみながら、理不尽だと言わんばかりにジタバタと地団駄を踏む。
「じゃ、また彷徨える魂に戻ればいいじゃない、脳筋マハー・カーリン!!」
「それ酷くない!というか、なによあの男! 《《ア》》《《ン》》《《グ》》より強いなんて反則じゃない! 私の全盛期でもあんな速度の攻撃、見えやしないわよ!」
「はっ? ……今、アングって言ったか?」
匠が首を傾げながら聞き返す。その名には聞き覚えがあった。
「アングって……あのアングィスのことか?」
「そうよ! アングィスは我の相棒よ! 二千年前、ルシファーを封印する時に、私の実体は霧散しちゃったんだから~」
「…………」
「それなのに、それなのに、目覚めて早々こんな暴力に遭うなんて、ひどすぎるわ……!」
ぐすぐすと鼻をすするマハー・カーリンを前に、匠と華奈は顔を見合わせた。
破壊女神という大層な二つ名の割に、どうにも締まらないポンコツ女神の登場に、二人は深い溜め息をこぼすのだった――。
「アングィスの野郎、分かっているくせに黙ってやがったな!」
「それでな、あのね、ルシファーが復活しそうなの、阻止したいから手伝って!」
ポンコツ戦女神マハー・カーリンは、軽く重要なことを言ってのける。
華奈と匠は顔を見合わせ、即座に討伐するしかないと無言で、拳を突きつけ合う。
「ポンコツ戦女神ちゃん、その場所に案内しなさい」
「言われなくても、連れてくよ。城の地下だからすぐそこよ!急いで!」
三人は近衛騎士団と共にフィルモア城へ向かって駆け出した――。
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