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突然の来訪。

【緊急会議から約六ヶ月弱・早朝】


 平和な停滞を引き裂くように、王城に激震が走る。


「へ、陛下! ま、魔王の使いと自称する――悪魔が北門に現れました!!」


 今朝しがた、息を切らせた伝令兵が飛び込んできた。

 人通りが極めて少ない王城の『北門』に、ポツリと一匹の小悪魔が現れたのだという。

 その知らせは即座に近衛騎士団に伝わり、城内には緊急事態宣言が発令され、一触即発の緊迫状態に陥っていた。


 しかし、その不気味な小悪魔は、色めき立つ騎士団を前にしても一切怯むことなく、泰然と言い放った。

 自分は『魔王の使い』であり、人間側との休戦協定の確認に来た、と――。


「承知した。会談の日程を設定するので暫し待たれよ」


 急報を受けて北門へ駆けつけたウィラードが応じると、小悪魔は翼をパタパタと動かしながら、不敵に笑った。


「我が城内に入ると、お互いに何かと不都合だろう? 私はここで『お茶』でもして、ゆっくり待つとする所存だ」


 要するに、城内には入らないから野外にお茶の準備でもして待たせろ、ということらしい。

 だが――。


「い、いや、嫌です! 悪魔にお茶を淹れるなんて、絶対に無理ですぅぅぅ!」


 それは至って普通の反応だった。

 ウィラードが慌てて侍女に頼もうとするも、お抱えの侍女たちはもちろん、ベテランの侍女頭にすら全力で拒まれてしまう。そりゃあ相手は人間に害なす悪魔なのだ、怖がって当然である。


【北門】


 困り果てた末に人間側が出した答えを見て、小悪魔はにやにやと下卑(げび)た笑みを浮かべた。


「ほう? この王国では、男が客にお茶を淹れる習慣なのだな(笑)」


「……ええ。我が国の『豪快な』お茶を、どうぞお楽しみください(苦笑)」


 そこで最終的に駆り出されたのは――なんと、近衛騎士団長ウィラードその人であった。時間もないし、脳筋(部下)バカには任せられないし、頼みの腹心にすら全力で断られたのだ。


 ピキピキと額に青筋を立てながら、人類最強の男(仮)が、小さな小悪魔のために丁寧にお茶を淹れている。

 その姿はあまりにも、あまりにもシュールすぎる光景だった。


(ぶっ……ククク……っ!)

(おい、笑うな、団長に見つかったら殺されるぞ……!)


 張り詰めた緊急事態の現場だったはずの北門で、周囲を取り囲む騎士たちは、総出で肩を震わせて笑いを堪えていた。

 だが、そんな部下たちの生温かい視線を、最強の男(仮)が見逃すはずもない。


「(後でお前ら、全員地獄の底までしごいてやる)」


 一切口は動かさず、目力だけでそう語りかけてくる団長の凄まじい威圧感に晒され、騎士たちの笑顔が瞬時に凍りついたのは言うまでもなかった。


【国王執務室・ミラードの執務室】


 小悪魔に会談は3日後に行いたいと伝えたあと、終わる事なく会議は続いていた。


「……うわっははは、貴様がお茶を淹れただと!その光景我も見たかったぞ」

「……」


 部屋に戻った早々、ミラードは先にあの件の事を聞いたのか腹を抱えて笑っていた。流石に国王を殴り飛ばすわけにもいかず。物凄く顔を硬直させ、一瞬だけジロリと睨んでいた。


「余興にしては最高だったぞウィラード――、それでこれは好機だ。大義名分が向こうから転がり込んできたではないか」


 ミラード王の目が怪しく光り、ウィラードを一瞥する。ようは匠の暗殺計画のすべては、『魔族の仕業』ということにして、華奈を納得させろ。という事だ。


「まさしく好機ですが――、そううまくことが運べば良いのですが……」


 全くもって気乗りしないウィラードは華奈と剣で語り合い、誠実と強さを知り、このような調略に巻き込んだことに対して気を病んでいた。


(知れた時の反動を考えると、この作戦は無謀すぎる)


 ミラードはすでに勝ち誇った表情を浮かべ、髭をいじり始める。誠実など存在しないこの場から早く離れたくなっていた。が、そんなことお構いなしのミラードはポツリと呟く。


「華奈と引き離すなら、人質外交が一番波風立たないだろうな。納得させるため会談の前日にでも暗殺未遂を企てろ」


 余りにも身勝手過ぎる王の考えに、賛同できないウィラードは従う振りをして頷くだけに止めていた。


【フィルモア城・華奈の客間(執務室)】


 近衛騎士団の修練場で引き起こしたあの大立ち回りの一件以来、二人の城内での生活はほぼルーティン化していた。

 早朝、まだ他の近衛騎士たちが誰も来ない時間帯に、匠と華奈は修練場に出向き、二人だけの合同トレーニングを行っている。


「今日も鍛錬ご苦労様。タクちゃん、お腹すいたね」

「ああ、大して相手出来なくてごめんな。それじゃ、飯にしよう」

「華奈様、匠様、本日はタンパク質を中心としたメニューになります」

 

 以前、部屋付きだった傲慢な侍女とはとうに反りが合わなくなっていたが、現在は直接面接して選んだ、素直で若い十代の侍女に交代してもらっていた。そのおかげで、二人のプライベートはとりあえず落ち着きを取り戻している。

 新しく入った侍女は献身的によく働き、華奈もすっかり彼女を気に入り、懇意にしていた。


「それにしても、タクちゃんは前の世界にいた時のままなのに……力が出ないって、なんだか不思議だよね」


「ああ、それは俺もいつも思ってる。前より確実に筋量が増えてる気がするんだけど、ステータスだけがダメなんだよなぁ」


 匠は自分の身体を確かめるように、何気なくTシャツを捲り上げ、鍛え抜かれた腹筋を覗かせた。


「――って、キャッ!? もう、いきなり見せないでよ!」


 無防備に大好きな男の裸体を見せつけられ、華奈は一瞬で顔を真っ赤にする。

 城内では余計な悪評や政治的なスキャンダルを避けるため、二人は夜を共にすることもない。それどころか、この世界へ来てからは、転移直前に交わした一度きりの口づけ以来、恋人らしい触れ合いすら避け続けていた。


 だからこそ、不意に匠の鍛え上げられた身体を目の当たりにしただけで、華奈の胸は激しく高鳴ってしまう。


 華奈としては匠を溺愛すればするほど、結果的に彼の身に精神的な負担がかかってしまうと理解しているため、これでも必死に自己抑制を強いられていた……。


「それにしても、結局のところ、裏で魔王軍と停戦協定が結ばれているなんて完全に想定外だったよ」


 今朝の騒動は城中を駆け巡り、侍女から北門での一悶着と停戦に関する情報がもたらされていた。このまま続けば華奈が戦場に出ることはないだろう。先行きは不透明だったが、一抹の安堵を覚えていた。


「んまぁ、戦わないに越したことないじゃん? ねぇ、今日の朝食はあっちのテラスで食べようよ!」


 朝食を美味しく平らげた後は、二人で城内の図書室へと出向く。

 勉強のために使えそうな歴史書や地理の書籍をいくつか見繕い、客間を簡易的な『執務室』に改装して、そこで二人で勉強するのが毎日の日課だった。

 その甲斐あって、この世界や周辺諸国の歴史を深く学ぶことができ、現在の世界が極めて絶妙なパワーバランスの上で成り立っていることを知ることができた。


 そんな静かな勉強の時間の中、改装した執務室の扉がトントン、と叩かれる。


「――華奈様、ウィラード騎士団長様が、お見えになりました」


「ああ、通してください」


 ウィラードは近衛騎士団長という要職であるが故、そうそう頻繁にプライベートで顔を出すことはない。だが、気が向くと必ずこうして二人の顔を見にやってくるのだ。

 先の狼藉の一件に対し、団長として色々と責任を感じていることを知っているため、華奈も彼の訪問だけは快く好きにさせていた。それに何より、ウィラードは王城の中で、匠が唯一心を通わせることのできる『大人の男の友人』でもあるからだった。


「……華奈様、大変申し上げにくいのですが。匠殿を、少しだけお借りしてもよろしいかな?」


「……団長様のお願いなら。まぁ、いいでしょう」


「おい華奈、俺には拒否権はないのか!?」


 匠が突っ込みを入れる。あの最低最悪な差別の日から、華奈の優しさに触れ、ようやくいつもの元気なタクちゃんが戻っていた。

 とはいえ、いきなりの連れ出しの申し出に、華奈は少しだけ戸惑いを隠せない。そんな彼女の視線に気づき、ウィラードはフッと優しく微笑んだ。


「なに、心配召されるな。男同士でしか話せない、男のロマンというやつがあるのですよ」


【近衛騎士団・修練場】


「あのー……団長。俺のレベルは『1』ですからね? 本気でやられたら一合で人生が終わりますよ」


「ああ、構わない。ちょっとだけ付き合ってくれ」


 ウィラードが匠を連れ出した先は、何を隠そう、あの近衛騎士団の修練場だった。

 現在、そこには他の兵の姿は一切ない。ウィラードはどうしても自分の目で確かめたいことがあり、嫌がる匠の手に無理やり一本の木剣を握らせた。


「では、軽くということで。――宜しいかな?」


「お手柔らかにおねが――」


 匠が言い終えるよりも早かった。

 ウィラードの目がギラリと光った瞬間、凄まじい風圧とともに木剣を振りかぶり、一気に匠の懐へ踏み込む。

 いくら「軽く」と口では言っても、その踏み込みは常人なら目で追うことすら叶わない神速だった。


 匠のレベルは『1.0』。まともに受ければ命はない。だからこそウィラードは、寸前で必ず止められる間合いを保ち、威力を完璧に制御したうえで匠を試していた。


 ――フッ


 やはり匠の剣は間に合わず、髪が風圧で靡くとウィラードの木剣がその首筋へとピタリと吸い付く。誰がどう見ても、完全に勝負ありの盤面。だが――。


(……いや、違う。私の神速に対し、この少年の肉体は確かに反応していた。それに、俺の剣筋を完全に見切っている、この眼球の動き……!)


「……っ」


 一方の匠は、思うように剣を振るえなかった悔しさと寂しさが入り混じった表情を浮かべていた。内心では(なんでわざわざ、こんなトロい俺を試すのだろう)と疑問符しか浮かんでいない。だが、ウィラードの方はまだ疑問が解けないのか、渋い顔をしたままだ。

 次にウィラードは、すぐさまきびすを返して距離を取る仕草を見せる。間合いを取り直して仕切り直しか――そう思わせた次の瞬間だった。


 ゴワァッ!


 匠の隙を突くようにして上半身を鋭く翻し、次は匠の脳天に向かって、先ほどを遥かに凌駕する豪速の剣を振り下ろしてくる。


 ――フッ


 二度目の神速の一撃もまた、匠の頭部まであと僅か数ミリのところで静止した。先ほどと同じように、匠の防御の木剣は中途半端な位置にあった。


「……っ」


 今度のウィラードは渋い顔をするものの。剣を納めるように腰に添え、静かに距離を置いた。もう流石に三度目を繰り出す気はないのか、表情が途端に柔らかくなる。だが、その内心は驚愕に支配されていた。


(……あり得ん。二度目の不意打ちにすら、眼球も筋肉も完璧に追従している……!)


 達人の域にあるウィラードだからこそ、それが才能の欠如ではなく、「何かに封じられている動き」だと悟った。

 何者かによって力を制限されている――疑惑は、確信へと変わる。


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