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不合格から始まる聖医の絆 ―踏切を越えた先、異世界で命を繋ぐ―  作者: ねこあし


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第7話 「訪れる影」

 あかねが能力のことを打ち明けてから、三日が経った。


 セリアたちとの関係は、以前とは明らかに違っていた。より深く、より強い絆で結ばれている。もう、秘密の壁はない。


 朝、目を覚ますと、セリアがすでに起きて窓辺でストレッチをしていた。


「おはよう、あかね」


「おはよう、セリア」


 以前は「おはようございます」と敬語を使っていたが、今は対等な仲間として話している。


「今日も訓練、頑張ろうね」


「うん」


 二人で訓練場に向かう道すがら、セリアが言った。


「あかね、能力のこと話してくれて、本当にありがとう」


「え?」


「前より、ずっと近くに感じる。隠し事がないって、こんなに楽なんだね」


 セリアが微笑んだ。


「私も、昔は秘密があったの」


「秘密?」


「ええ。私、実は貴族の娘なの」


 あかねは驚いた。


「貴族……?」


「下級貴族だけどね。でも、家を出て冒険者になった」


 セリアが遠い目をした。


「家族は反対したわ。貴族の娘が、冒険者になるなんてって。でも、私は自分の人生を生きたかった」


「それで、家を出たの?」


「ええ。三年前。それ以来、家族とは連絡を取ってない」


 セリアの声に、少し寂しさが混じっていた。


「セリア……」


「でもね、後悔はしてない。冒険者になって、リーナやエルミナに出会って、そしてあかねに出会えた」


 セリアがあかねの肩を叩いた。


「だから、秘密を共有するって、大事なことなの。お互いを本当に理解できるから」


「ありがとう、セリア」


 二人は訓練場に着いた。すでに、エルミナが待っていた。


「おはよう、二人とも」


「おはよう、エルミナ」


「さて、今日は能力の訓練をしましょう」


 エルミナが、大きな袋を開けた。中には、様々な物が入っている。


 薬草、鉱石、武器、防具、魔法の道具、食料、布、紙。


「まずは、鑑定能力の訓練から」


 エルミナが薬草を並べた。十種類ほど。


「これらの薬草を、全部鑑定してみて。どんな情報が得られるか」


 あかねは、一つずつ視線を向けた。


『ヒーリングハーブ。効果:軽傷の治癒。副作用:なし。採集地:北の森。鮮度:良好』


『ポイズンリーフ。毒性:高。用途:解毒薬の材料、毒薬の材料。取扱:要注意』


『マナグラス。効果:魔力回復(小)。味:苦い。採集地:東の山脈。鮮度:やや古い』


『スリーピングモス。効果:睡眠誘発。副作用:頭痛。採集地:湿地帯』


 次々と情報が浮かび上がる。


「すごい……」


 エルミナが感心した。


「採集地や鮮度、副作用まで分かるなんて。これは、一流の薬師でも難しいわよ」


「でも、まだ不完全です。詳しい成分や、調合方法までは分からなくて」


「それでも十分すぎるくらいよ」


 エルミナが微笑んだ。


「この能力、もっと磨きましょう。色々な物を鑑定する練習をすれば、精度が上がるはずよ」


 次に、エルミナは武器を取り出した。


 剣、槍、短剣、斧。


「これらも鑑定してみて」


 あかねは、一つずつ鑑定した。


『鋼鉄の剣。材質:中級鋼。製作:5年前。製作者:鍛冶師ガレス。状態:良好。切れ味:中。耐久度:70%』


『訓練用短槍。材質:オーク材。製作:3年前。状態:やや損傷。使用者:複数。耐久度:50%』


『銀の短剣。材質:銀。製作:10年前。特殊効果:アンデッド系に有効。状態:良好。耐久度:85%』


「製作者の名前まで……」


 エルミナが驚いた。


「それに、特殊効果も分かるなんて」


「あかね、この能力、本当にすごいわ」


 エルミナが真剣な表情で言った。


「でも、使う時は注意して。じっと見つめすぎると、相手に気づかれるわ」


「どうすれば……」


「さりげなく見る練習をしましょう。一瞬だけ視線を向けて、情報を読み取る」


 エルミナが、様々な物をランダムに並べた。


「私が『今』と言ったら、一瞬だけ見て、鑑定する。何度も練習して、体に染み込ませましょう」


 何度も何度も繰り返した。


 最初は、一瞬では情報を読み取れなかった。でも、次第にコツを掴んできた。


 視線を向けた瞬間に、意識を集中させる。そして、浮かび上がる情報を瞬時に記憶する。


 一時間ほど練習した頃には、かなりスムーズにできるようになっていた。


「いいわよ、あかね。これなら、戦闘中でも使えるわ」


 エルミナが褒めてくれた。


「次は、人を鑑定する練習」


 エルミナが、自分を指差した。


「私を鑑定してみて」


 あかねは、エルミナに視線を向けた。


『エルミナ・フレイムハート。年齢:23歳。職業:魔法使い。属性:火・水。魔力量:高。健康状態:良好。戦闘能力:高。特記事項:火魔法に特化』


 情報が浮かび上がる。


「エルミナは、火と水の属性なんですね」


「ええ。火が得意で、水は補助的に使ってる」


 エルミナが頷いた。


「他に、何か分かった?」


「魔力量が高いって出ました。それと、火魔法に特化してるって」


「正解。でも、もっと詳しい情報は? 例えば、私の弱点とか」


「弱点……は、分からないです」


「そう。人の鑑定は、物よりも難しいの。特に、相手が強ければ強いほど、詳しい情報は得られない」


 エルミナが説明した。


「おそらく、相手の意志や魔力が、鑑定を妨げるんだと思うわ」


「なるほど……」


「でも、基本的な情報は分かる。それだけでも、十分有用よ」


 午後は、セリアとの模擬戦だった。


「あかね、今日は特別な訓練をするわ」


 セリアが真剣な表情で言った。


「鑑定能力を使わずに戦う訓練」


「能力を使わずに……?」


「ええ。能力に頼りすぎると、いざという時に対応できなくなる」


 セリアが木剣を構えた。


「それに、能力を使うと、魔力を消費するでしょ? 長期戦になったら、魔力切れになるかもしれない」


「確かに……」


「だから、能力なしでも戦えるように訓練しましょう」


 あかねも短槍を構えた。


 セリアが攻撃してくる。速い。


 あかねは鑑定能力を使わずに、目で見て、体で感じて、反応する。


 セリアの動きを観察する。剣の軌道、体の動き、呼吸のタイミング。


 何度も戦っているから、ある程度パターンが分かる。


 セリアの横薙ぎ。あかねは槍で受け流す。


 反撃の突き。セリアが盾で防ぐ。


 攻防が続く。


 最初は、セリアの攻撃についていくのがやっとだった。でも、次第に慣れてきた。


 セリアの癖が見えてくる。右からの攻撃の後は、必ず左からの攻撃が来る。上段の攻撃の後は、下段を狙ってくる。


 あかねは、それを予測して動いた。


 セリアの攻撃を予測し、先回りして防ぐ。


 そして、隙を見つけた。


 セリアの攻撃を払いで逸らし、懐に飛び込む。


 槍を捨て、セリアの手首を掴む。


 小手返し!


 セリアが倒れる。でも、受け身を取って、すぐに立ち上がった。


「いいわ! 能力なしでも、ちゃんと戦えてる」


 セリアが嬉しそうに言った。


「でも、まだまだ。もっと速く、もっと正確に。もう一回!」


 何度も繰り返した。


 倒され、立ち上がり、また挑む。


 体が痛い。息が上がる。でも、止まらない。


 徐々に、あかねの動きが洗練されていった。


 無駄な動きが減り、反応速度が上がる。


 一時間後、あかねは地面に倒れ込んだ。


「もう……無理……」


「お疲れ様」


 セリアが水筒を渡してくれた。


「あかね、本当に強くなってる。能力に頼らなくても、十分戦えるわ」


「ありがとう……」


 あかねは水を飲み干した。


「でも、セリア」


「ん?」


「能力を使わない訓練も大事だけど、能力を使う訓練もした方がいいんじゃない?」


「もちろんよ」


 セリアが頷いた。


「能力は、あかねの強みなんだから。使いこなせるようになるべきよ」


「ただ、バランスが大事。能力に頼りすぎず、でも必要な時は使う」


「分かった」


「さて、休憩したら、次は能力を使った戦闘訓練よ」


 その夜、宿で夕食を取っていると、マリアが訪ねてきた。


「セリア、ちょっといい?」


「どうしたの?」


 マリアは、周囲を確認してから、四人のテーブルに座った。


「悪い知らせよ」


 マリアの顔が、暗かった。


「王都から、貴族が来るわ」


 あかねの心臓が跳ねた。


「貴族……?」


「ええ。ヴァレンタイン伯爵。異世界人を探してる貴族」


 セリアたちの表情も、曇った。


「いつ来るの?」


「明日。明後日には、街に着くはず」


「何をしに?」


「異世界人の捜索。街の全ての冒険者を調査するらしいわ」


 マリアが、あかねを見た。


「あかね、大丈夫?」


「分かりません……」


 あかねの声は震えていた。


「どんな調査をするの?」


 エルミナが尋ねた。


「身元確認と、魔力測定」


「魔力測定……」


 あかねは不安になった。


「聖魔法のこと、バレるでしょうか」


「大丈夫よ」


 マリアが言った。


「普通の魔力測定器では、聖魔法は検知できない。あかねが前に測定した時も、無属性って出たでしょ?」


「でも……」


「それに、あかねの記録は『東の国から来た普通の旅人』。異世界人だとは書かれてない」


 マリアが安心させるように微笑んだ。


「私が、ちゃんと手配したんだから」


「ありがとう、マリア」


「でも、念のため、気をつけて」


 マリアが真剣な表情で言った。


「伯爵は、執念深いって聞いてる。少しでも怪しいと思ったら、徹底的に調べるらしいわ」


「分かったわ」


 セリアが頷いた。


「対策を考えましょう」


 マリアが去った後、四人は部屋に集まって作戦会議をした。


「まず、あかねは絶対に能力を使わない」


 セリアが言った。


「特に、聖魔法は絶対に」


「分かった」


「アイテムボックスも、使わない方がいいわ」


 エルミナが付け加えた。


「光の粒子が出るから、目立つ」


「鑑定能力は?」


「それも、使わない方が安全ね」


「つまり、普通の冒険者として振る舞う」


「そう。能力のことは、完全に隠す」


「でも、もし怪しまれたら?」


 リーナが尋ねた。


「その時は……」


 セリアが真剣な表情で言った。


「私たちが守る。何があっても、あかねを貴族には渡さない」


「セリア……」


「あかねは、私たちの家族。守るのは当然よ」


 エルミナとリーナも頷いた。


「そうよ。何があっても、一緒よ」


 あかねは、涙が出そうになった。


「ありがとう……みんな」


 翌日の夕方、ヴァレンタイン伯爵が街に到着した。


 豪華な馬車が、城門をくぐってきた。馬車の周りには、武装した衛兵が十人ほど。


 街の人々が、遠巻きに見ている。


「すごい行列ね」


 リーナが呟いた。


「貴族の権力を見せつけてるのよ」


 馬車は、街の中央広場に止まった。


 そして、中から一人の男が降りてきた。


 五十代くらいの、太った男。豪華な服を着て、指には宝石の指輪。顔には、傲慢な表情が浮かんでいる。


「あれが、ヴァレンタイン伯爵……」


 セリアが小声で言った。


 伯爵は、周囲を見回した。その目は、冷たく、計算高い。


「聞け、この街の者たちよ!」


 伯爵が大声で言った。


「私は、王の命により、異世界人を探している!」


「明日より、この街の全ての冒険者を調査する!」


「従わぬ者は、王への反逆と見なす!」


 街の人々が、ざわついた。


 伯爵は、満足そうに微笑んだ。


「調査は、明日の朝から行う。冒険者ギルドに集まれ!」


 伯爵は馬車に戻り、衛兵たちと共に宿へ向かった。


「嫌な感じね……」


 エルミナが呟いた。


「あの伯爵、何か企んでる気がするわ」


「でも、調査には応じるしかないわね」


 セリアが言った。


「逃げたら、余計に怪しまれる」


「明日、気をつけましょう」


 その夜、あかねは眠れなかった。


 明日、伯爵の調査を受ける。


 もし、異世界人だとバレたら?


 もし、能力のことが知られたら?


 不安で、胸が苦しい。


 ふと、左手首を見た。


 紋章は見えないが、確かに存在している。


 この紋章が、自分の運命を変えた。


 能力を授けてくれた。


 でも、同時に、危険も招いた。


 あかねは、窓の外を見た。


 月が綺麗に輝いている。


 日本でも、同じ月を見ていたのだろうか。


 父と母は、元気だろうか。


 自分がいなくなって、心配しているだろうか。


 それとも、もう諦めているだろうか。


「あかね、眠れないの?」


 セリアの声が聞こえた。


「うん……明日のことが、心配で」


「大丈夫よ」


 セリアがベッドから起き上がり、あかねの隣に座った。


「私たちが、絶対に守るから」


「でも……」


「あかね、聞いて」


 セリアが、あかねの手を握った。


「私、貴族の娘だって言ったでしょ?」


「うん」


「だから、貴族のことは良く知ってる。彼らの考え方、やり方、弱点」


「弱点……?」


「ええ。貴族は、体面を重んじる。だから、公の場では、あまり強引なことはできない」


「でも、伯爵は……」


「確かに、権力はある。でも、絶対じゃない」


 セリアが微笑んだ。


「もし、本当に危なくなったら、私の家の名前を使うわ」


「セリアの家?」


「ブライトブレード家。下級貴族だけど、それなりに名前は知られてる」


「でも、それって……」


「家を捨てた私が、家の名前を使うのは、矛盾してるわね」


 セリアが苦笑した。


「でも、あかねのためなら、やるわ。家族のためなら、何でもする」


「セリア……」


 あかねは、セリアを抱きしめた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 二人は、しばらく抱き合っていた。


「さあ、寝ましょう。明日に備えて」


「うん」


 あかねは、ベッドに戻った。


 セリアの言葉が、心を温めてくれた。


 一人じゃない。


 家族がいる。


 その思いが、あかねを眠りへと導いた。


 翌朝、あかねたちはギルドに向かった。


 すでに、多くの冒険者が集まっていた。みんな、不安そうな顔をしている。


 広場には、大きな天幕が張られていた。


「あれが、調査所ね」


 セリアが言った。


「行きましょう」


 冒険者たちが、次々と天幕に入っていく。


 そして、しばらくすると、出てくる。


 ホッとした顔の者もいれば、青ざめた顔の者もいる。


「何が起きてるの?」


 誰かが呟いた。


 やがて、あかねたちの番が来た。


「次、どうぞ」


 衛兵に促され、天幕の中に入った。


 中は、予想以上に広かった。


 豪華な椅子に、伯爵が座っている。その両脇には、衛兵が立っている。


 テーブルの上には、水晶球と、様々な書類が置かれている。


「ほう、若い冒険者たちか」


 伯爵が、値踏みするような目であかねたちを見た。


 その目は、冷たく、計算高い。まるで、商品を査定する商人のよう。


「名を名乗れ」


「セリア・ブライトブレード」


「リーナ・ウィンドウォーカー」


「エルミナ・フレイムハート」


「シンドウ・アカネ」


 伯爵の目が、一瞬鋭くなった。


「シンドウ……変わった名だな」


「東の国の名前です」


 あかねは、できるだけ平静を装って答えた。


「東の国……」


 伯爵が、側近に目配せした。側近が、書類を取り出す。


「シンドウ・アカネ。東方諸国連合のハルカ村出身。年齢十八歳。冒険者歴、一ヶ月」


 側近が読み上げた。


「短いな」


 伯爵が興味を示した。


「なぜ、冒険者に?」


「生活のためです」


 あかねは、用意していた答えを言った。


「村が貧しくて、出稼ぎに来ました」


「ふむ……」


 伯爵は、しばらくあかねを見つめた。


 あかねは、視線に耐えた。動揺を見せてはいけない。


 伯爵の目は、まるで人を見透かすよう。


 でも、あかねは、父から教わった。


『嘘をつく時は、自分も信じろ。そうすれば、見破られない』


 あかねは、自分が本当に東の国から来たと信じることにした。


「まあよい。魔力測定を行う」


 側近が、水晶球を持ってきた。


「手を」


 あかねは、水晶球に手を当てた。


 心臓が激しく鳴っている。


 水晶球が、淡く光った。白い光。


「無属性か。魔力も少ない」


 伯爵が、興味なさそうに言った。


 あかねは、内心ホッとした。やはり、聖魔法は検知されなかった。


 でも、伯爵は、まだあかねを見ていた。


「お前、何か隠しているな」


 あかねの血が凍った。


「え……?」


「目を見れば分かる。怯えている」


 伯爵が立ち上がった。


「なぜだ? 何を恐れている?」


「いえ、その……貴族様を前にして、緊張してるだけで……」


「嘘をつくな」


 伯爵が近づいてきた。


 あかねは、後退しようとしたが、背後に衛兵がいた。


「待ってください」


 セリアが前に出た。


「あかねは、ただの田舎娘です。貴族様を前にして、怯えるのは当然でしょう」


「黙れ」


 伯爵がセリアを睨んだ。


「貴様に聞いていない」


 緊張が高まる。


 その時、天幕の外から声が聞こえた。


「伯爵様! 大変です!」


 衛兵が飛び込んできた。


「何事だ」


「異世界人を見つけました! 森の中で!」


 伯爵の目が輝いた。


「本当か!?」


「はい! 間違いありません!」


「よし、すぐに行く」


 伯爵は、あかねたちを一瞥した。


「お前たちは、もういい。下がれ」


 四人は、急いで天幕を出た。


 外に出ると、あかねは膝から力が抜けた。


「大丈夫?」


 セリアが支えてくれた。


「うん……ありがとう」


「危なかったわね」


 エルミナが言った。


「伯爵、あかねを疑ってた」


「でも、運が良かったわ」


 リーナが言った。


「異世界人が見つかって、そっちに気を取られた」


「でも、その異世界人……」


 あかねは、罪悪感を感じた。


「誰か、捕まってしまう……」


「仕方ないわ」


 セリアが厳しい口調で言った。


「あかねを守るのが、私たちの優先事項」


「でも……」


「あかね、聞いて」


 エルミナが真剣な表情で言った。


「世界は、残酷よ。全員を救うことはできない」


「私たちにできるのは、大切な人を守ること。それだけ」


 あかねは、複雑な気持ちだった。


 誰かが犠牲になった。


 自分の代わりに。


 でも、それを止めることはできなかった。


「帰りましょう」


 セリアが言った。


 四人は、宿へ戻った。


 その夜、宿の食堂で食事をしていると、ギルドの冒険者たちが騒いでいた。


「トムが、連れて行かれたらしいぞ」


「トムが? あの、三年前に街に来た?」


「ああ。異世界人だったんだって」


「嘘だろ……普通の冒険者だと思ってたのに」


 あかねは、耳を傾けた。


「トムって、誰?」


「この街の冒険者よ」


 リーナが説明した。


「三年前に来た。東の国から来たって言ってたけど……本当は、異世界人だったのね」


「能力は、あったの?」


「さあ……聞いたことないわ。普通に、剣と盾で戦ってた」


「じゃあ、能力がなくても、連れて行かれるの?」


「そうみたいね」


 エルミナが暗い顔で言った。


「伯爵は、異世界人を研究してるらしいわ」


「研究……?」


「なぜ、異世界から来るのか。どんな能力を持っているのか。それを調べてるんだって」


 あかねは、震えた。


 もし、自分が捕まっていたら。


 研究対象にされていたら。


「大丈夫よ、あかね」


 セリアが手を握ってくれた。


「あなたは、捕まらない。私たちが守るから」


 その夜、あかねは再び眠れなかった。


 トムという冒険者のことを考えていた。


 彼も、異世界から来た。


 彼も、この世界で生きようとしていた。


 それなのに、捕まってしまった。


 あかねは、窓の外を見た。


 月が、雲に隠れていた。


 まるで、自分の未来のように。


 不確かで、暗い。


 でも、セリアたちがいる。


 その光が、あかねを照らしてくれている。


 あかねは、そう信じることにした。

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