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不合格から始まる聖医の絆 ―踏切を越えた先、異世界で命を繋ぐ―  作者: ねこあし


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第5話 「初めての依頼」

 訓練を始めてから一週間が経った。


 あかねの一日は、規則正しいリズムで刻まれていた。


 夜明け前、まだ街が眠っている時間に起床する。簡単に顔を洗い、訓練着に着替える。


 セリアも同じ時間に起きていて、二人で無言のまま訓練場へ向かう。朝の空気は冷たく、肺に心地よい。


 訓練場に着くと、まずは準備運動。体をほぐし、筋肉を温める。


 そして、短槍の基本動作。


 突き。何百回と繰り返す。フォームを確認しながら、一回一回を丁寧に。


 払い。左右に槍を振る。体の軸を保ちながら、槍の重みを利用する。


 回転。槍を回して勢いをつける。手首のスナップが大事だと、セリアが教えてくれた。


「いいわよ、あかね。フォームが安定してきた」


 セリアが声をかけてくれる。


「一週間前とは、別人みたい」


 確かに、最初の頃とは違う。体が槍を覚えてきた。動きが自然になってきた。


 でも、それだけではなかった。


 密かに、能力の練習もしていた。


 早朝、誰もいない訓練場で。夜、皆が寝静まった後の部屋で。


 アイテムボックスの練習。


 最初は短槍だけだったが、今では様々な物を出し入れできるようになった。服、食料、水筒、小物。


 取り出す速度も上がった。戦闘中、瞬時に武器を取り出せるようになった。


 鑑定能力も進化していた。


 訓練場の藁人形を見れば、『訓練用藁人形。製作から2年。損傷度:中程度』という情報が浮かぶ。


 セリアの木剣を見れば、『訓練用木剣。オーク材。重量:1.5kg。使用者:セリア・ブライトブレード』と表示される。


 人の情報も読み取れるようになってきた。ただし、基本的な情報だけ。名前、年齢、大まかな健康状態。


 試しに、セリアを鑑定してみたことがある。


『セリア・ブライトブレード。17歳。剣士。健康状態:良好。戦闘能力:高』


 思ったより詳しい情報は得られなかった。おそらく、能力がまだ未熟なのだろう。


 医学知識は、自分の体調管理に役立っていた。


 筋肉痛を和らげるマッサージの方法。疲労回復に効果的な食事の組み合わせ。睡眠の質を上げる方法。


 母の知識が、確かに役立っている。


 聖魔法は、まだ練習段階だった。


 夜、部屋で一人の時に練習する。


 手のひらに意識を集中させると、淡い光が漏れ出す。温かく、優しい光。


 試しに、訓練で擦りむいた膝に手を当ててみた。


 光が傷に染み込んでいく。すると、痛みが和らぎ、傷が少しだけ小さくなった。


 完全には治らない。でも、確実に効果はある。


 この力を、もっと使いこなせるようになれば……


 でも、誰にも話せない。


 セリアたちへの信頼は、日に日に深まっている。


 一緒に訓練し、一緒に食事し、一緒に笑う。


 彼女たちは、本当に良い人たちだ。


 でも、まだ「確信」には至っていない。


 もし、能力のことを話して、それが誰かに漏れたら。


 王家や貴族に知られたら。


 首輪をつけられて、道具として扱われたら。


 あかねは震えた。


 まだだ。もう少し待とう。


 もう少し、彼女たちのことを知ろう。


 本当に信頼できると確信できるまで。


 三日目の朝、訓練中にセリアが言った。


「あかね、そろそろ実戦形式の訓練をしましょう」


「実戦形式……?」


「ええ。私が本気で攻撃するわ。もちろん、怪我をさせないように手加減はするけど」

 あかねは緊張した。


「準備はいい?」


「はい」


 セリアが木剣を構えた。その目つきが変わった。訓練モードから、戦闘モードへ。


「来るわよ!」


 セリアが突進してきた。速い!


 木剣の連続攻撃。右、左、上段、下段。


 あかねは必死に槍で受けた。でも、ついていけない。


 一撃が、あかねの槍を弾き飛ばした。


「まだまだ!」


 セリアの木剣が、あかねの喉元に迫る。


 咄嗟に、あかねは体を捻った。木剣が頬を掠める。


 そして、反撃。槍を捨て、セリアの懐に飛び込む。


 手首を掴む。体重移動。回転。


 背負い投げ!


 セリアの体が宙を舞い、地面に落ちる。


 でも、セリアは受け身を取って、すぐに立ち上がった。


「いいわ! 格闘技への移行が早い!」


 セリアが笑顔で言った。


「でも、もっと早く反応できるようになりましょう。もう一回!」


 何度も何度も繰り返した。


 倒され、立ち上がり、また挑む。


 体中が痛い。息が上がる。でも、止まらない。


「よし、今日はここまで」


 セリアが言った時、あかねは地面に倒れ込んだ。


「お疲れ様。でも、いい訓練だったわ」


 セリアが水筒を渡してくれた。


 あかねは水を飲み干した。体が水を求めていた。


「あかね、本当に強くなってる。一週間前とは別人よ」


「ありがとう……」


「でも、まだまだ。これから、もっと強くなりましょう」


 あかねは頷いた。


 五日目の午後、エルミナから文字の読み書きを習っていた。


「これは『火』という文字。こっちは『水』」


 エルミナが羊皮紙に文字を書いていく。


 あかねは見よう見まねで、同じ文字を書いた。


「上手ね。もう基本的な文字は読めるようになったわ」


「ありがとうございます」


「ところで、あかね」


 エルミナが真剣な表情になった。


「この一週間、ずっと気になってたんだけど……」


 あかねの心臓が早鐘を打った。能力のことに気づいた?


「無理してない?」


「え?」


「毎朝、誰よりも早く起きて訓練してるでしょ。夜も遅くまで起きてるみたいだし」


 あかねはホッとした。能力のことではなかった。


「大丈夫です。早く強くなりたいので」


「気持ちは分かるけど、無理は禁物よ。体を壊したら、元も子もないわ」


「はい、気をつけます」


 エルミナは微笑んだ。


「あかねは頑張り屋さんね。でも、時には休むことも大事よ」


「分かりました」


「それと、もう一つ」


 エルミナが声を潜めた。


「何か、悩み事がある?」


「え……」


「この一週間、時々、すごく暗い顔をしてる時があるの。何か抱え込んでない?」


 あかねは動揺した。


 悩み事。ある。能力を隠していること。


 でも、それは言えない。


「少し……故郷のことを思い出して、寂しくなる時があるんです」


 嘘ではない。でも、全てではない。


「そう……無理もないわね」


 エルミナがあかねの手を握った。


「でも、あかねには私たちがいるわ。何かあったら、いつでも話してね」


「ありがとうございます」


 あかねは罪悪感に苛まれた。


 エルミナは、こんなに優しくしてくれているのに。


 自分は、嘘をついている。


 いつか、話さなければならない。


 でも、今はまだ……


 七日目の夜、リーナと二人で宿の屋上にいた。


 リーナが、星を見ながら弓の手入れをしている。


 あかねも隣に座り、短槍を磨いていた。


「ねえ、あかね」


 リーナが口を開いた。


「慣れた? この世界に」


「少しずつ……」


「そう。でも、まだ不安もあるでしょ?」


「はい……」


 リーナは弓を置き、夜空を見上げた。


「私もね、最初は不安だったわ」


「リーナも?」


「ええ。私、孤児だったの」


 あかねは驚いた。


「両親は、私が五歳の時に魔物に殺された。それから、孤児院で育ったの」


「そんな……」


「孤児院を出て、冒険者になった時、すごく不安だった。一人で生きていけるのか、って」


 リーナは遠い目をしていた。


「でも、セリアと出会って、エルミナと出会って。仲間ができた」


「今では、彼女たちが家族よ。血は繋がってないけど、本当の家族」


 リーナがあかねを見た。


「あかねも、私たちの家族。だから、何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね」


「ありがとう、リーナ」


 あかねは涙が出そうになった。


 こんなに温かい言葉をかけてくれる。


 でも、自分は秘密を隠している。


 申し訳ない。


 でも、まだ話せない。


「リーナ、私……」


「ん?」


「その……みんなに感謝してます。本当に」


「ふふ、堅苦しいわね。でも、気持ちは伝わったわ」


 二人は、しばらく無言で星を見ていた。


 そして、八日目の朝。


 訓練を終え、ギルドに向かうと、セリアが一枚の依頼書を指差した。


「これ、どう思う?」


『依頼内容:薬草採集の護衛

 依頼主:薬師ロレンツ

 報酬:50シルバー

 危険度:低

 詳細:北の森で薬草を採集する。魔物の襲撃に備え、護衛が必要』


「薬草採集の護衛……」


「ええ。危険度は低い。あかねの初依頼に丁度いいと思うんだけど」


 あかねは依頼書を見つめた。


 初めての依頼。初めての実戦。


「やってみます」


「よし。じゃあ、明日の朝出発ね。今日は準備と、最終調整をしましょう」


 その日の午後、セリアと最後の模擬戦をした。


「あかね、明日は本番よ。全力で来て」


「はい」


 セリアが攻撃してくる。速い。でも、一週間前よりは反応できる。


 槍で受け流し、反撃の突き。


 セリアが盾で防ぐ。


 何度も攻防が繰り返される。


 そして、あかねは隙を見つけた。


 セリアの攻撃を払いで逸らし、懐に飛び込む。


 でも、セリアも予測していた。体を引いて、距離を取る。


「読まれた!」


 あかねは追撃しようとしたが、セリアの反撃が来た。


 木剣の一撃。受けきれず、槍が弾かれる。


 セリアの木剣が、あかねの首に当たった。


「そこまで」


 セリアが木剣を下ろした。


「惜しかったわ。でも、いい判断だった」


「負けました……」


「気にしないで。私は、五年以上戦ってるんだから。一週間のあかねが勝てるわけないでしょ」


 セリアが笑った。


「でも、あかねは確実に強くなってる。明日、その力を見せてね」


「はい」


 翌朝。


 あかねは緊張で早くから目が覚めた。


 左手首の紋章を確認する。今は見えないが、確かに存在している。


 アイテムボックスに、短槍を仕舞った。他にも、水筒、簡易的な医療キット(包帯など)を入れた。


 便利な能力だ。でも、誰にも知られてはいけない。


 今日も、秘密を守り通す。


「あかね、準備できた?」


 セリアが部屋に入ってきた。


「はい」


「じゃあ、行きましょう」


 一階に降りると、リーナとエルミナが待っていた。そして、見知らぬ老人が一緒にいた。


 白髪で、腰が少し曲がっている。しかし、目は鋭く、知性を感じさせる。顔には深いしわが刻まれ、長年の経験を物語っている。手には、大きな布袋と杖を持っていた。


「紹介するわ。こちらが依頼主の、薬師ロレンツさん」


「初めまして。ロレンツと申します」


 ロレンツが丁寧に頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。今日はよろしく頼みます、若いの」


 ロレンツの目が、あかねをじっと見た。


「ほう……君が、セリアの言っていた新人か」


「はい」


「見たところ、まだ幼いが……大丈夫かね?」


「ロレンツさん、あかねは一週間でかなり成長したんですよ」


 セリアがフォローした。


「ほう。それは頼もしい。では、期待しておこう」


 五人は宿を出て、ギルドに寄ってから、街の北門へ向かった。


 朝の街は、活気に満ちていた。商人が店を開き、職人が仕事を始めている。


「いってらっしゃい!」


 マーサが手を振ってくれた。


「気をつけてね!」


 北門に着くと、衛兵が立っていた。昨日見た、厳しい顔の衛兵だ。


「行き先は?」


「北の森です。薬草採集の護衛任務です」


 セリアが説明した。


 衛兵は依頼書を確認し、頷いた。


「北の森か。気をつけろ。最近、魔物の動きが活発だという報告が上がっている」


「承知しています」


「特に、森の奥は危険だ。昼間でも油断するな」


「分かりました」


 門が開かれ、五人は外に出た。


 平原が広がっている。遠くに、森が見える。


「さあ、行きましょう」


 セリアが先頭を歩く。


 あかねは、アイテムボックスから短槍を取り出した。


 光の粒子が集まり、槍が手に現れる。


「おや?」


 ロレンツが驚いた顔をした。


「それは……魔法の袋かね?」


「あ、えっと……はい」


 あかねは誤魔化した。


「珍しいものを持っているね。魔法の袋は高価だぞ」


「これは……セリアたちに借りてるんです」


「そうか。大切に使いなさいよ」


 あかねは内心、冷や汗をかいた。


 アイテムボックスの能力は、魔法の袋として説明できる。でも、あまり注目されるのは避けたい。


 平原を歩きながら、ロレンツが話しかけてきた。


「君、名前は?」


「あかねです」


「アカネ……変わった名前だね。どこの出身だ?」


「遠い東の国です」


「東か……私も若い頃、東方を旅したことがある。懐かしいな」


 ロレンツは遠い目をした。


「東方には、この辺りにはない薬草が沢山あってね。特に、赤い実をつけるアカネという植物があった」


「アカネ……という植物?」


「ああ。根から取れる赤い染料は、布を染めるのに使われる。薬草としても、止血効果があってね」


 ロレンツがあかねを見た。


「君の名前も、その植物から取られたのかね?」


「分かりません……両親に聞いたことがなくて」


「そうか。でも、いい名前だ。アカネは、生命力の強い植物でね。どんな環境でも根を張る」


 ロレンツが微笑んだ。


「君も、強く生きなさい」


「はい……ありがとうございます」


 一時間ほど歩いたところで、森に到着した。


 木々が密集している。陽光が遮られ、薄暗い。空気が、ひんやりとしている。


「ここからは、警戒しながら進みます」


 セリアが剣を抜いた。


 リーナが弓を構える。エルミナが杖を持つ。


 あかねも、槍を構え直した。


 森の中を進む。


 鳥の声が聞こえる。木々の葉が風に揺れる音。遠くで、何かの鳴き声。


 あかねは周囲を警戒しながら、鑑定能力を使ってみた。


 木々に視線を向けると、情報が浮かび上がる。


『オークの木。樹齢約80年。状態:健康』


『パインの木。樹齢約50年。状態:やや病気』


 地面に生えている植物も鑑定できる。


『毒キノコ。食用不可。接触注意』


『薬草ハーブ。治癒効果あり。採集可能』


 この能力は便利だ。でも、使っていることを悟られてはいけない。


「ロレンツさん、ブルーリーフはどの辺りに生えてるんですか?」


 エルミナが尋ねた。


「水辺に多いんです。小川や湖の近くを探しましょう」


 ロレンツが地図を見ながら答えた。


「この森には、小川が流れているはずです」


 さらに奥へ進む。


 突然、リーナが手を上げた。


「止まって」


 全員が立ち止まる。


「何かいる?」


 セリアが小声で尋ねた。


「分からない。でも、何か……視線を感じる」


 あかねも周囲を見回した。


 鑑定能力を使って、茂みを調べる。


 すると――


『ウルフベア(幼体)。生後6ヶ月。状態:警戒中』


 茂みの中に、魔物がいる。


「あの茂み! 魔物がいます!」


 あかねが叫んだ瞬間、茂みから小さな狼のような生物が飛び出してきた。


 体長は一メートルほど。牙はまだ短いが、目は赤く光っている。


「ウルフベアの子供!」


 セリアが叫んだ。


「でも、子供がいるということは……親もいる!」


 その言葉の直後、別の茂みから、巨大なウルフベアが現れた。


 体長三メートル。筋肉質の体。鋭い牙と爪。


「親だ! 構えて!」


 親のウルフベアが、低く唸りながら近づいてくる。子供を守ろうとしているのだろう。


「ロレンツさん、下がってください!」


 セリアが前に出た。


 ウルフベアが突進してきた。


 セリアが盾で受け止める。ガキンッという音。


「リーナ!」


「分かってる!」


 リーナが矢を放つ。矢はウルフベアの肩に刺さった。


「ガルルルッ!」


 ウルフベアが悲鳴を上げ、怒りでさらに攻撃的になった。


「エルミナ!」


「『火よ、我が意志に従え――ファイアボール!』」


 火球がウルフベアに向かって飛んだ。


 しかし、ウルフベアは素早く避けた。


「速い!」


 その時、子供のウルフベアが、あかねに向かって突進してきた。


「あかね!」


 セリアが叫んだ。


 あかねは短槍を構えた。


 子供とはいえ、魔物は魔物。油断はできない。


 父の声が聞こえた。


『落ち着け。呼吸を整えろ。敵の動きをよく見ろ』


 深呼吸。


 子供のウルフベアが近づいてくる。


 あかねは槍を構え直し、タイミングを計った。


 そして――


 突き!


 槍の先端が、子供のウルフベアの前足に当たった。深くは刺さらなかったが、動きを止めるには十分だった。


「キャン!」


 子供が悲鳴を上げた。


 その声を聞いて、親のウルフベアが激昂した。


「危ない! 親が来る!」


 リーナが叫んだ。


 親のウルフベアが、あかねに向かって突進してくる。


 セリアが割って入ろうとしたが、間に合わない。


 あかねは、鑑定能力を使った。


『ウルフベア(成体)。攻撃パターン:突進→噛みつき。弱点:前足の関節』


 情報が浮かび上がる。


 突進の後、噛みつきが来る。


 そして、弱点は前足の関節。


 あかねは決断した。


 突進を受けるのではなく、避ける。


 ウルフベアが迫る。その瞬間、あかねは横に飛んだ。


 ウルフベアの巨体が、あかねのいた場所を通過する。


 そして、予測通り、ウルフベアが振り返って噛みつこうとした。


 その時――


 あかねは槍を回転させ、ウルフベアの前足の関節を狙った。


 槍が命中する。


「ガルルッ!」


 ウルフベアが倒れた。前足が動かない。


「今よ!」


 セリアが剣で止めを刺した。


 ウルフベアが動かなくなった。


 静寂。


 あかねは息を切らしながら、槍を握りしめていた。


 手が震えている。


「あかね、すごい! よく避けた!」


 リーナが駆け寄ってきた。


「それに、弱点を的確に狙った!」


 セリアも驚いた表情だった。


「どうやって、弱点が分かったの?」


「えっと……父から、動物の体の構造を少し習ってたんです」


 嘘ではない。医学知識の一部だ。


「そうか……でも、実戦であれだけ冷静に判断できるなんて。素晴らしいわ」


 エルミナが微笑んだ。


 ロレンツが近づいてきた。


「見事だったよ、アカネ。初陣とは思えない動きだった」


「ありがとうございます……」


 あかねは倒れたウルフベアを見つめた。


 命を奪った。


 二匹も。


 胸が苦しい。


「あかね、大丈夫?」


 セリアが心配そうに尋ねた。


「初めて命を奪うのは、辛いわよね」


 あかねは頷いた。


「でも、これが冒険者の仕事。襲ってきた魔物を倒すことは、悪いことじゃない。私たちは、生きるために戦ってるの」


 セリアが肩に手を置いた。


「それに、あかねは子供のウルフベアを殺さなかった。前足を傷つけただけ。優しい選択だったわ」


「でも……」


「気持ちは分かる。でも、ここで立ち止まってたら、次は私たちが殺される。強くなりなさい」


 セリアの言葉は厳しかったが、温かかった。


 あかねは深呼吸した。


 そうだ。これが、この世界の現実。


 生きるために、戦わなければならない。


「分かりました」


「よし。じゃあ、この魔物の素材を回収しましょう」


 セリアとリーナが、ウルフベアを解体した。


 あかねは、その様子を見ながら、医学知識が自動的に浮かんでくるのを感じた。


 解剖学的な視点で、魔物の体の構造が理解できる。筋肉の配置、骨格、内臓の位置。


 この知識は、今後の戦闘に役立つだろう。


 でも、この知識も秘密だ。


 あかねは、複雑な気持ちだった。


 能力のおかげで、戦闘に勝てた。でも、それを誰にも言えない。


 セリアたちは、あかねの実力を褒めてくれている。でも、それは能力のおかげなのに。


 罪悪感が込み上げてくる。


「あかね、どうしたの? また暗い顔して」


 エルミナが心配そうに見ている。


「あ、いえ……なんでもないです」


「そう? 無理しないでね」


 あかねは頷いた。


 でも、心の中では葛藤していた。


 いつ、打ち明けるべきか。


 もう少し。もう少しだけ、様子を見よう。



 解体が終わり、一行は再び進んだ。


 しばらくすると、小川の音が聞こえてきた。


「あった!」


 ロレンツが声を上げた。


 小川の岸辺に、青い葉を持つ植物が群生していた。


「これがブルーリーフです」


 ロレンツが嬉しそうに近づいた。


「素晴らしい。こんなに沢山」


 ロレンツは布袋を開き、採集を始めた。


「皆さん、護衛をお願いします」


「分かりました」


 セリアが周囲を警戒する。


 リーナが木に登り、見張りをする。


 エルミナが結界魔法を張る。


 あかねは、セリアと一緒に近くを見回った。


「さっきは、本当によくやったわ」


 セリアが言った。


「ありがとう」


「でも、一つだけ注意」


「はい?」


「突進を避けた後、すぐに反撃に移ったでしょ? あれは良かった。でも、もし避け損ねたら、大怪我してたわ」


「……はい」


「次からは、もう少し安全マージンを取って。避けきれる自信がない時は、防御を優先して」


「分かりました」


 あかねは反省した。


 鑑定能力で弱点が分かったから、自信を持ちすぎた。


 でも、能力は完璧じゃない。失敗することもある。


 過信は禁物だ。


「でも、本当にすごかったわよ。一週間でここまで成長するなんて」


 セリアが微笑んだ。


「あかねは、本当に才能がある」


 あかねは複雑な気持ちだった。


 才能……本当にそうだろうか。


 能力のおかげではないだろうか。


「セリア……」


「ん?」


「私、本当はそんなに強くないです」


「何を言ってるの? さっきの戦闘、見てたでしょ?」


「でも……」


 あかねは言葉に詰まった。


 能力のことを話したい。でも、まだできない。


「あかね、自信を持って」


 セリアが肩を叩いた。


「あなたは強い。それは、あなた自身の力よ」


 あかねは、もう何も言えなかった。


 ただ、頷くしかなかった。


 採集が終わり、一行は森を出た。


 帰り道、ロレンツが話しかけてきた。


「アカネ、さっきの戦闘だが……」


「はい?」


「君、動物の体の構造に詳しいようだね」


「少しだけ……」


「いや、少しじゃない。弱点を正確に狙った。あれは、知識がないとできない」


 ロレンツが鋭い目であかねを見た。


「誰から習ったんだ?」


「母からです。母は医者で……少しだけ、教えてもらいました」


「医者か……なるほど。医学知識があるなら、冒険者として大きな強みだ」


 ロレンツが頷いた。


「大切にしなさい、その知識を」


「はい……」


 あかねは、ロレンツの言葉が心に刺さった。


 医学知識。それは、母から受け継いだもの。いや、紋章によって授けられたもの。


 でも、確かに自分の中にある。


 この知識を、どう使うべきか。


 街に戻ると、ギルドで報酬を受け取った。


「お疲れ様でした。依頼完了です」


 マリアが笑顔で言った。


「報酬は50シルバー。それに、魔物討伐のボーナスで20シルバー追加です」


「ウルフベアを二匹も倒したんですね。素晴らしい」


 マリアがあかねを見た。


「あかね、初依頼でウルフベアを倒すなんて。将来有望ね」


「ありがとうございます……」


 セリアが報酬を分けてくれた。


「一人17シルバーずつね。あかね、これが初報酬よ」


 あかねは銀貨を手に取った。


 ずっしりとした重み。


 自分で稼いだお金。


 初めての報酬。


「どう? 冒険者の仕事」


 リーナが尋ねた。


「大変だけど……やりがいがあります」


「そう。それが大事よ」


 エルミナが微笑んだ。


「これから、もっと色々な依頼を受けましょう」


 その夜、宿で四人は食事をしながら、今日のことを振り返った。


「あかね、初依頼は大成功だったわね」


 セリアが言った。


「ウルフベアを倒して、怪我人もなし。完璧」


「あかねの判断が良かったわ」


 リーナが付け加えた。


「弱点を狙ったのは、見事だった」


「でも、もう少し安全に戦えるようになりましょう」


 エルミナが言った。


「避けるのは良かったけど、リスクも高かった」


 あかねは黙って聞いていた。


 皆、褒めてくれている。


 でも、自分は能力を使った。


 それを隠している。


 罪悪感が、どんどん大きくなっていく。


「あかね、どうしたの? また暗い顔」


 セリアが心配そうに見ている。


「いえ……今日、初めて命を奪ったから。少し、考えてました」


「そう……無理もないわね」


 エルミナが優しく言った。


「でも、あかねは間違ってない。襲ってきた魔物を倒すのは、正当防衛よ」


「それに、子供のウルフベアは殺さなかった。優しさがあるわ」


 リーナが言った。


「ありがとう……」


 あかねは、三人の優しさが嬉しかった。


 でも、同時に苦しかった。


 彼女たちは、本当に良い人たちだ。


 だから、嘘をつき続けるのが辛い。


 でも、まだ話せない。


 確信が持てるまで。


 本当に信頼できると、心から思えるまで。


 もう少しだけ、待とう。


「おやすみ、あかね」


 セリアが言った。


「おやすみなさい」


 部屋に戻り、ベッドに横になる。


 天井を見つめながら、今日のことを振り返った。


 初依頼。初戦闘。初めて命を奪った。


 そして、能力を実戦で使った。


 鑑定能力のおかげで、弱点が分かった。


 医学知識のおかげで、戦い方が分かった。


 でも、それを誰にも言えない。


 あかねは、左手首を見た。


 紋章は見えない。でも、確かに存在している。


 そして、自分の中には四つの能力がある。


 この力を、いつ明かすべきか。


 セリアたちを、本当に信頼できるのか。


 まだ、分からない。


 でも、確かなことが一つある。


 彼女たちは、良い人たちだ。


 信頼できる仲間になれる、可能性がある。


 もう少し時間をかけて、見極めよう。


 そして、本当に信頼できると確信できたら、その時に全てを話そう。


 あかねは、そう心に決めて、目を閉じた。

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