表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不合格から始まる聖医の絆 ―踏切を越えた先、異世界で命を繋ぐ―  作者: ねこあし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

第4話 「目覚めし才能」

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んできた。


 あかねは目を開けた。一瞬、ここがどこか分からなくなったが、すぐに思い出した。異世界。フィルダの街。『銀の月亭』の一室。

 

 そして――昨夜の紋章の啓示。


 左手首を確認する。紋章は、今は光っていない。まるで、何事もなかったかのように皮膚に溶け込んでいる。


 でも、確かに存在している。そして、自分の中には四つの能力が宿っている。


 誰にも言えない秘密。


 あかねは深く息をついた。


「おはよう、あかね」


 振り返ると、窓辺でストレッチをしているセリアがいた。朝日を浴びながら、柔軟な動きで体をほぐしている。剣士らしい、無駄のない動き。


「おはよう……ございます」


「よく眠れた?」


「はい」


 嘘だった。実際には、紋章の啓示のことで頭がいっぱいで、ほとんど眠れなかった。でも、それを言うわけにはいかない。


 セリアは鋭い目であかねを見た。


「本当に? なんだか、顔色が悪いけど」


「だ、大丈夫です。少し緊張してるだけで」


「そう。今日は忙しくなるわよ」


 セリアがタオルで汗を拭きながら言った。


「まずは朝ごはんを食べて、それからギルドの訓練場に行くの。あかねの戦闘適性を見極めないと」


「訓練場……」


「ええ。どんな武器が合うか、魔法の才能はあるか、調べる必要があるわ」


 あかねの胸が高鳴った。魔法の才能を調べる? 聖魔法のことがバレてしまうのでは?


 いや、落ち着け。紋章のメッセージには、聖魔法は「授けられた」とあった。おそらく、普通の測定方法では検知されないはず。


 そう自分に言い聞かせる。


「大丈夫。怖がることないわ。みんな通る道よ」


 セリアが微笑んだ。


 二人で身支度を整え、一階の食堂に降りた。


 すでにリーナとエルミナが席に着いていて、朝食を食べている。


「おはよう、二人とも」


 エルミナが明るく声をかけてきた。


「あら、あかね。ちょっと顔色悪くない?」


 リーナが心配そうに見つめる。


「あ、大丈夫です。ちょっと緊張してるだけで」


「初めての訓練だものね。無理はしないでね」


 マーサが朝食を運んできてくれた。焼きたてのパン、ゆで卵、チーズ、ベーコン、そして温かいスープ。


「しっかり食べてね。訓練は体力使うから」


「ありがとうございます」


「いただきます」


 朝食を取りながら、今日の予定が話し合われた。


「まずは魔力測定ね」


 エルミナが説明した。


「水晶球を使って、魔力の量と属性を調べるの。それによって、魔法使いになれるか、どんな魔法に適性があるか分かるわ」


「魔法の属性って、どんなものがあるんですか?」


 あかねが尋ねた。


「火、水、風、土の四大属性。それから、光と闇。そして、無属性」


 エルミナが指を折りながら説明する。


「火は攻撃的な魔法に向いてる。水は防御や治癒。風は速度や移動。土は防御や拘束」


「光と闇は?」


「光は浄化や治癒、結界。闇は呪いや弱体化。どちらも希少な属性よ」


「無属性は?」


「汎用性が高いけど、特化した力はないわ。でも、訓練次第であらゆる魔法を習得できる可能性がある」


 あかねは黙って聞いていた。自分は聖魔法を持っている。それは、光属性に近いのだろうか。


「魔力測定の後は、武器の適性チェック」


 セリアが続けた。


「剣、槍、斧、弓、短剣……色々試してみて、一番しっくりくるものを見つけるの」


「時間かかりそうね」


 リーナが苦笑した。


「でも、大事なことよ。武器選びは、冒険者人生を左右するから」


 朝食を終え、四人はギルドへと向かった。


 朝の街は、昨日とはまた違った活気があった。商人たちが店を開き、客を呼び込んでいる。子供たちが通りを駆け抜けていく。鍛冶屋からは、金槌で鉄を打つ音が響いている。


「いい天気ね」


 リーナが空を見上げた。雲一つない青空。


 ギルドに着くと、すでに何人かの冒険者が集まっていた。


「おう、セリア!」


 大剣を背負った、筋骨隆々とした男が声をかけてきた。顔には傷跡があり、歴戦の戦士という雰囲気を醸し出している。


「おはよう、ガレスさん」


「依頼は順調か?」


「ええ、おかげさまで」


 ガレスの視線があかねに向けられた。鋭い目つき。


「おう、新人か? 随分と頼りなさそうだが」


「これから鍛えるところよ」


 セリアが苦笑した。


「ふん。まあ、頑張れよ。この世界は甘くないからな」


 ガレスは去っていった。


「気にしないで。ガレスは口が悪いけど、悪い人じゃないから」


「は、はい……」


 あかねは少し萎縮していた。


 カウンターでは、マリアが仕事をしていた。


「おはよう、セリア。訓練場を使うの?」


「ええ。鍵を貸してくれる?」


「はい、どうぞ」


 マリアが鍵を渡しながら、あかねに視線を向けた。


「頑張ってね、あかね。でも、無理はしないように」


「ありがとうございます」


 ギルドの奥へと進む。廊下を抜け、裏口から外に出ると、そこには広い中庭があった。


 石畳の地面。周囲は高い石壁に囲まれている。壁際には、様々な訓練用の武器がラックに並べられていた。木剣、木製の槍、革製の盾、木製の弓、短剣、斧。


 中庭の中央には、人型の藁人形がいくつか立っている。壁には、弓の練習用の的が掛けられている。地面には、剣の型の練習用に、足の位置を示す印が描かれている。


「ここが訓練場よ」


 セリアが紹介した。


「冒険者は、ここで技を磨くの。実戦に出る前に、必ず訓練を積む」


「広いんですね……」


「ええ。同時に十人くらいは訓練できるわ」


「まずは、魔力測定からね」


 エルミナが小さな革袋から、拳大の水晶球を取り出した。透明で、内部にかすかな光が渦巻いている。


「これは魔力測定器。古代魔法で作られた、貴重な道具よ」


 エルミナが水晶球を両手で大切そうに持っている。


「使い方は簡単。両手で包み込んで、目を閉じて、自分の内側に意識を向けるの」


「内側……?」


「ええ。自分の中にあるエネルギーを感じ取るの。生命力、というか……心臓の鼓動を感じるように」


 あかねは頷いた。


「準備はいい?」


「はい」


 エルミナが水晶球をあかねに渡した。ひんやりとした感触。思ったより重い。


「両手で包み込んで。そう。目を閉じて」


 あかねは目を閉じた。


「深呼吸して。ゆっくり、自分の内側に意識を向けて」


 あかねは言われた通りにした。


 深呼吸。自分の内側。


 心臓の鼓動が聞こえる。血液が体を巡る感覚。


 そして――


 何か温かいものが、体の中心から湧き上がってくるのを感じた。


 それは胸の辺りから始まり、徐々に全身に広がっていく。


 同時に、手の中の水晶球が温かくなってきた。


「反応があるわ!」


 エルミナの驚きの声。


 あかねは目を開けた。


 水晶球が、淡い白色の光を放っていた。柔らかく、優しい光。


「すごい……綺麗」


 セリアが感嘆の声を上げた。


 しかし、エルミナは難しい顔をしていた。


「うーん……」


「どうしたの?」


 リーナが尋ねた。


「魔力はあるわ。でも……」


 エルミナが水晶球をじっと見つめる。


「量が少ない。普通の魔法使いになるには、ちょっと足りないかも」


「属性は?」


「白色……無属性ね」


 エルミナが説明した。


「無属性は、特定の魔法に偏らない。汎用性は高いけど、強力な魔法を使うのは難しいわ」


「つまり……?」


 あかねが尋ねた。


「魔法使いとしての道は、かなり険しいってこと。でも、不可能じゃない」


 エルミナが微笑んだ。


「訓練次第で、魔力は増やせる。それに、無属性は希少だから、珍しい魔法を習得できる可能性もあるわ」


 あかねはホッとした。聖魔法のことはバレなかったようだ。


 でも、心のどこかで罪悪感も感じていた。


 セリアたちに、嘘をついている。隠し事をしている。


 彼女たちは、こんなに親切にしてくれているのに。


「あかね、どうしたの? 顔が暗いわよ」


 セリアが心配そうに尋ねてきた。


「あ、いえ……魔法使いになれないかもって、少し落ち込んでて」


「そんなことないわ。魔法使いだけが冒険者じゃないもの」


 リーナが肩を叩いた。


「私だって、魔法は使えない。でも、弓があるから十分戦える」


「そうよ。それに、あかねには別の才能があるかもしれない」


 エルミナが水晶球をしまいながら言った。


「さて、次は武器の適性チェックね」


 セリアが壁際の武器ラックに向かった。


「まずは基本の剣から」


 セリアが木剣を二本取ってきた。一本をあかねに渡す。


「持ってみて。どう? 重さは?」


 あかねは木剣を握った。ずっしりとした重み。木製とはいえ、かなりの重量がある。


「重い……です」


「そうね。でも、慣れれば平気よ。まずは構えてみて」


 あかねは、映画で見たような構えを真似てみた。剣を右手で握り、左手を添える。両足を開いて、腰を落とす。


「うーん……」


 セリアが首を傾げた。


「力が入りすぎてるわね。肩に力が入ると、動きが鈍くなるわ」


 セリアが後ろから手を添えて、姿勢を直してくれた。


「肩の力を抜いて。剣は体の一部だと思って。呼吸も大事よ」


 何度か素振りをさせられた。


 縦斬り、横斬り、袈裟斬り。


 しかし、どうもしっくりこない。重いし、バランスも取りづらい。十回ほど振ると、腕が疲れてきた。


「うーん、剣は向いてないかもね」


 セリアが判断した。


「次は弓を試してみましょう」


 リーナが木製の弓と矢を持ってきた。


「弓は、力よりも技術が大事。筋力じゃなくて、姿勢とタイミングで引くの」


 リーナが手本を見せた。


 的に向かって構える。弦を引く。その動きは優雅で、まるで舞踊のよう。


 矢が放たれる。


 シュッという音とともに、矢は的の中心に吸い込まれるように刺さった。


「すごい……」


「さあ、あかねもやってみて」


 あかねは弓を受け取った。思ったより軽い。これなら扱えそう。


 矢をつがえる。弦に矢をセットして、引こうとする。


 しかし――


「痛っ!」


 弦が頬を擦った。


「ああ、姿勢が悪いわ。顔をもっと横に向けて。そう、肘をもっと上げて」


 リーナが手取り足取り指導してくれた。


 何度か挑戦したが、上手くいかない。矢は的に届くことすらなく、地面に落ちてしまった。


「難しい……」


「弓は、見た目以上に難しいのよ。習得に時間がかかるわ」


 リーナが苦笑した。


「次は槍ね」


 エルミナが長槍を持ってきた。木製の槍。長さは二メートル以上ある。


「槍は、リーチが長いから、敵との距離を保てるわ。魔物と戦う時に有利よ」


 あかねは槍を握った。剣よりは軽い。でも、長すぎて扱いづらい。


「突きの練習をしてみて。藁人形に向かって」


 あかねは槍を構え、突いた。


 しかし、バランスが取れず、槍の先端が地面に当たってしまった。


「ああ、もっと腰を落として。槍は下半身が大事なの」


 何度か練習したが、長槍はどうも合わない。


「次は短剣」


「斧」


「メイス」


 様々な武器を試したが、どれもしっくりこなかった。


 あかねは次第に落ち込んできた。


 自分には、何の才能もないのだろうか。


 一時間ほど経った頃、セリアが提案した。


「ちょっと休憩しましょう。水を飲んで」


 エルミナが水筒を渡してくれた。


 あかねは水を飲みながら、壁に寄りかかった。体が疲れている。


「落ち込まないで、あかね」


 セリアが隣に座った。


「私だって、最初は全然ダメだったのよ」


「本当ですか?」


「ええ。初めて剣を持った時、重くて振り回すこともできなかった。訓練中に何度も吐いたし、筋肉痛で動けなくなったこともある」


「でも、今はパーティのリーダーで……」


「継続は力なりよ。毎日訓練して、少しずつ強くなった。あかねも、絶対に強くなれる」


 セリアの言葉が、あかねを勇気づけた。


「さて、休憩終わり。最後に、模擬戦闘をしてみましょう」


 セリアが立ち上がった。


「模擬戦闘……?」


「ええ。実戦形式で、あかねの反応を見たいの。武器の適性だけじゃなく、反射神経や判断力も大事だから」


 あかねは再び木剣を握った。


 セリアも木剣を持ち、あかねの数メートル前に立った。


「ルールは簡単。私が攻撃するから、あかねは防いで。本気じゃないから、安心して」


「は、はい……」


「準備はいい?」


 あかねは剣を構えた。心臓が激しく鳴っている。


「じゃあ、行くわよ」


 セリアがゆっくりと歩いてきた。そして、右からの横薙ぎ。


 あかねは木剣で受けた。カンッという音が響く。衝撃で腕が痺れた。


「いいわ。でも、もっと力を抜いて。次」


 今度は左から。あかねは何とか受けた。


 セリアは徐々に攻撃の速度を上げていった。


 右、左、上段、下段、斜め。


 あかねは必死に受け続けた。しかし、次第についていけなくなる。


 汗が目に入る。呼吸が荒くなる。


 そして――


 カーンッ!


 強い一撃で、あかねの木剣が手から弾き飛ばされた。


「あっ!」


 木剣が地面に転がる音。


 セリアは攻撃を止めず、さらに前に踏み込んできた。


 あっという間に肉薄距離。木剣の切っ先が、あかねの喉元に迫る。


 その瞬間――


 あかねの体が、勝手に動いた。


 考えるより先に、体が反応していた。


 セリアの右手首を左手で掴む。同時に、右足を前に踏み出し、セリアの懐に潜り込む。右手でセリアの肘を押さえ、腰を深く落とす。


 体重移動。回転。


 父の声が聞こえた気がした。


『相手の力を利用しろ。自分の力で投げるんじゃない』


 セリアの体が宙に浮いた。


「えっ!?」


 驚きの声。


 完璧な背負い投げ。


 ドスンッ!


 鈍い音とともに、セリアが地面に叩きつけられた。土煙が舞い上がる。


 静寂。


 リーナとエルミナが、口をポカンと開けて立ち尽くしていた。


 あかねも、自分が何をしたのか理解するのに数秒かかった。


「せ、セリア! ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 慌ててセリアに駆け寄る。


 セリアは地面に仰向けで倒れたまま、呆然と空を見上げていた。


「い、痛い……」


 ゆっくりと体を起こす。背中を手で押さえながら。


「本当にごめんなさい! 怪我は……」


「だ、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」


 セリアは立ち上がり、あかねを見つめた。その目は、驚きと、興味が混じっていた。


「あかね……今の技、どこで習ったの?」


「えっと……父が、教えてくれたんです」


「お父さん? ケイサツカンって言ってたわね?」


「はい。この世界の衛兵のような仕事です。父は、護身術として、柔道とか合気道とか、色々教えてくれました」


「ジュウドウ? アイキドウ?」


 三人は顔を見合わせた。聞いたことのない言葉らしい。


「えっと……素手で戦う武術です。相手の力を利用して投げたり、関節を極めたりする技術で……」


「素手の格闘技……」


 エルミナが興味深そうに呟いた。


「この世界にも素手の戦闘術はあるけど、あんなに綺麗に投げる技は見たことないわ」


「もう一度やってみせて」


 セリアが立ち上がった。背中の土を払いながら。


「え、でも……」


「大丈夫。今度は受け身を取るから」


 セリアは再び木剣を構えた。目は真剣だ。


「同じシチュエーションで。木剣を弾いて、肉薄するわ。準備はいい?」


「は、はい……」


 あかねも構える。


 セリアが攻撃してくる。木剣が弾かれる。セリアが踏み込む。


 今度は、あかねは意識的に動いた。


 セリアの手首を掴む。懐に入る。腰を落とす。体重移動。回転。


 セリアの体が宙を舞う。


 しかし今度は、セリアは空中で体を丸め、地面に手をついて受け身を取った。転がって、すぐに立ち上がる。


「すごい……」


 リーナが拍手した。


「見事な技だわ。力じゃなくて、技術で投げてる」


「ねえ、あかね。他にも技を知ってるの?」


 エルミナが身を乗り出した。


「えっと……少しだけ」


「見せて!」


 あかねは少し躊躇したが、父から教わった基本的な技を実演することにした。


 まず、一本背負い。セリアの腕を取り、肩に担ぐように投げる。


 次に、小手返し。手首を極めながら投げる技。


 四方投げ。相手の体勢を崩して投げる。


 関節技の基本。肘を極める、肩を極める。


 三人は食い入るように見ていた。


「信じられない……」


 セリアが感嘆した。


「こんな技術があるなんて。しかも、力をほとんど使わない」


「相手の力を利用するから、体格差があっても有効ね」


 エルミナが分析している。


「あかね、これは才能よ。本物の才能」


 リーナが興奮気味に言った。


「近接戦闘の才能。しかも、独特のスタイル」


「でも……」


 セリアが難しい顔をした。


「素手だけで戦うのは、危険すぎる。魔物は爪も牙も持ってるし、鎧を着た敵もいる。素手で魔物の体に触れれば、怪我をする」


「確かに……」


 リーナが頷いた。


「ブラッククロウみたいな魔物に素手で挑むのは、自殺行為ね」


「でも、この技術を無駄にするのは勿体ないわ」


 エルミナが考え込んだ。


「あかねの格闘技を活かせる武器……近接戦闘ができて、でもある程度距離を保てる武器……」


 四人で考えた。


「ナックルガードは?」


 リーナが提案した。


「拳につける金属の装備。素手の攻撃力を上げられる」


「でも、リーチが短すぎるわ」


 セリアが首を横に振った。


「短剣は?」


「それも近すぎる」


「なら……短槍は?」


 エルミナが提案した。


「短槍?」


「ええ。長さが一メートル半くらいの槍。片手で扱えるから、機動性が高い」


「片手?」


「そう。短槍は片手持ちが基本。もう片方の手は自由に使える」


 セリアの目が輝いた。


「それだ! 短槍なら、突きや払いで距離を保てる。そして、もし敵が懐に入ってきたら、槍を捨ててあかねの格闘技で対応できる」


「それに、短槍は杖としても使えるわ」


 エルミナが付け加えた。


「杖?」


「ええ。魔法使いは杖を使って魔法を増幅させるの。もし、あかねが将来魔法を使えるようになったら、短槍を魔法の杖として使うこともできる」


「魔法の杖……」


 あかねの心が動いた。


 聖魔法を持っている自分にとって、杖は重要になるかもしれない。


「いいんじゃない? 短槍、試してみる価値あるわ」


 リーナが賛成した。


「よし、決まりね。短槍で訓練しましょう」


 セリアが壁際の武器ラックから、短槍を持ってきた。


 木製の槍。長さは約1.5メートル。槍先は木製だが、形は本物に近い。太さは親指と人差し指で囲めるくらい。


「持ってみて」


 あかねは短槍を握った。


 不思議なことに、しっくりきた。


 剣よりも軽く、長槍よりも扱いやすい。片手でも両手でも持てる。バランスがいい。


「どう?」


「いい……感じです」


「構えてみて」


 あかねは自然に構えた。槍を右手で持ち、斜めに構える。左手は腰の位置。前足に重心を置く。


「いいわね。バランスがいい。センスあるわよ」


 セリアが頷いた。


「じゃあ、基本の突きから教えるわ」


 セリアも短槍を持ち、手本を見せた。


「短槍の基本は、突きと払い。まず、突きは――」


 セリアが素早く槍を突き出した。その動きは流れるように美しい。


「腕だけじゃなく、体全体を使うの。腰の回転が大事」


 あかねは真似してみた。


 槍を突き出す。意外とスムーズにできた。


「いいわ! もう一度」


 何度か繰り返すうちに、動きが洗練されていった。


「次は払い。敵の攻撃を槍で弾く技」


 セリアが槍を横に振った。


 あかねも真似する。


「そう、いい感じ。じゃあ、今度は回転。槍を回して勢いをつける技」


 セリアが槍を回転させた。まるでバトンのように。


 あかねも挑戦する。最初は上手くいかなかったが、次第にコツを掴んできた。


「素晴らしい! 飲み込みが早いわ」


 こうして、あかねの本格的な訓練が始まった。


 それから数時間、あかねは短槍の基本を徹底的に叩き込まれた。


 基本の突き。下段からの突き上げ。横薙ぎ。回転攻撃。連続突き。


 セリアが手本を見せ、あかねが真似する。最初はぎこちなかったが、次第に動きがスムーズになっていった。


 途中、リーナが弓の訓練をしている横で、エルミナが魔法の練習をしていた。


「『火よ、我が意志に従え――ファイアボール』」


 エルミナの杖から、火球が飛び出した。藁人形に当たり、燃え上がる。


「すごい……」


 あかねは思わず見とれた。


「あかねも、いずれ魔法を使えるようになるかもよ」


 エルミナが微笑んだ。


「魔力は少ないけど、訓練次第で伸びるわ。諦めないで」


「はい……」


 あかねは複雑な気持ちだった。


 自分は、すでに聖魔法を持っている。でも、それを隠している。


 嘘をついているような、罪悪感。


 でも、紋章のメッセージは明確だった。『信用に足ると確信できる人物以外には、絶対に明かしてはなりません』。


 まだ、セリアたちと出会って三日しか経っていない。


 確かに親切にしてくれている。命の恩人でもある。


 でも、本当に信頼できるだろうか?


 もし、能力のことが漏れて、王家や貴族に知られたら?


 首輪をつけられて、道具として扱われたら?


 あかねは震えた。


「あかね、どうしたの? 顔色が悪いわよ」


 セリアが心配そうに近づいてきた。


「あ、いえ……ちょっと疲れて」


「そうね。今日は十分頑張ったわ。休憩しましょう」


 四人は訓練場の隅に座った。エルミナが水筒を回してくれる。


「お疲れ様」


「ありがとうございます」


 あかねは水を飲みながら、三人を見た。


 セリア。凛々しい剣士。でも、優しい。


 リーナ。少し皮肉屋だけど、面倒見がいい。


 エルミナ。知的で、母親のように温かい。


 三人とも、いい人たち。


 でも、まだ分からない。本当に信頼できるかどうか。


 もう少し、時間が必要。


「ねえ、あかね」


 セリアが尋ねた。


「お父さんは、他に何か教えてくれた? 護身術以外で」


「えっと……勉強ですかね。父は厳しくて、毎日宿題をチェックされました」


「厳しかったんだ」


「はい。でも……今思えば、愛情だったんだと思います」


 あかねは父との思い出を語った。


 毎晩、宿題を見てくれた父。間違いがあると、丁寧に説明してくれた。


 休日には、柔道や合気道の練習に付き合ってくれた。


 厳格だったけど、愛情深かった。


「素敵なお父さんね」


 エルミナが微笑んだ。


「お母さんは?」


「母は医師で……忙しかったけど、時間を作って話を聞いてくれました」


 あかねは母の顔を思い浮かべた。


 優しくて、聡明で、強い女性だった。


「会いたい……?」


 リーナが尋ねた。


 あかねは考えた。


 会いたい。でも――


「分からないです。会いたい気持ちもあるけど……今は、ここで頑張りたいです」


「そう。なら、私たちが家族よ」


 セリアが手を差し伸べた。


「一緒に冒険して、一緒に成長しましょう」


 あかねはその手を握った。


「はい」


 温かい手。信頼できる手。


 もう少し時間をかけて、本当に信頼できると確信できたら、その時に能力のことを打ち明けよう。


 そう、心に決めた。


「さて、そろそろ昼食にしましょう」


 エルミナが立ち上がった。


「お腹空いたでしょ?」


「はい……」


 訓練場を出て、ギルドに鍵を返し、四人は食堂へ向かった。


「『金色の麦亭』に行きましょう。あそこの魚料理が美味しいのよ」


 リーナが先導する。


 街を歩きながら、あかねは左手首をそっと確認した。


 紋章は、今は見えない。でも、確かに存在している。


 そして、自分の中には四つの能力が宿っている。


 いつか、この力を使う時が来るだろう。


 その時まで、強くなろう。


 訓練を続けよう。


 そして、信頼できる仲間を見つけよう。


 その夜、宿に戻ってから、あかねは一人で部屋にいた。


 セリアは一階の食堂で、リーナとエルミナと何か話している。


 あかねは窓辺に立ち、夜空を見上げた。


 星が綺麗に輝いている。日本で見た星空とは、配置が違う気がした。


 これは、本当に別の世界なんだ。


 ふと、短槍を手に取った。訓練用の木製の短槍を、セリアが貸してくれた。


「練習したいなら、部屋で素振りしてもいいわよ」


 そう言ってくれたのだ。


 あかねは短槍を構えた。


 突き。払い。回転。


 動きを反復する。


 体が覚えるまで、何度も何度も。


 父の声が聞こえた気がした。


『あかね、技は心なり。心が乱れれば、技も乱れる』


 そうだった。父はそう言っていた。


 あかねは短槍を止め、深呼吸した。


 心を落ち着ける。


 そして、左手首を見た。


 紋章に意識を集中させる。


 すると、頭の中に異空間の感覚が広がった。アイテムボックス。


 試しに、短槍を仕舞ってみようと思った。


 短槍を持ったまま、「仕舞う」と心の中で念じる。


 すると――


 短槍が、光の粒子となって消えた。


「えっ!?」


 驚いて、手を見る。何もない。


 でも、確かに異空間に仕舞われたのを感じる。


 今度は、「取り出す」と念じる。


 すると、光の粒子が現れ、短槍が手の中に戻った。


「すごい……」


 あかねは何度か試した。仕舞う、取り出す。スムーズにできる。


 これは便利だ。武器を持ち歩かなくても、いつでも取り出せる。


 次に、鑑定能力を試してみた。


 短槍に意識を向ける。


『訓練用短槍。オーク材。製作から3年。状態:良好。重量:1.2kg』


 詳細な情報が浮かび上がる。


 次に、自分の手を見る。


『進藤あかね。年齢18歳。健康状態:やや疲労。筋肉の軽い損傷。十分な休息を推奨』


 自分の状態まで分かる。


 確かに、今日は訓練で体を酷使した。筋肉痛になるだろう。


 医学知識も試してみた。


 自分の腕を見ながら、筋肉の名前を思い浮かべる。


 すると、頭の中に知識が流れ込んでくる。


 上腕二頭筋、上腕三頭筋、前腕の筋肉群。それぞれの機能、損傷時の症状、治療法。


 母の知識が、確かに自分の中にある。


 最後に、聖魔法。


 これはまだ使ったことがない。使い方も分からない。


 でも、試してみよう。


 あかねは手を見つめ、「癒し」を念じた。


 すると――


 手のひらから、淡い光が漏れ出した。


 温かい光。優しい光。


「これが……聖魔法」


 光は数秒で消えた。まだ制御できていない。


 でも、確かに存在している。


 あかねは深く息をついた。


 四つの能力。すべて確認できた。


 これを使いこなせるようになれば、きっと強くなれる。


 誰かを助けられる。


 でも、今はまだ秘密。


 信頼できる人にしか、明かしてはいけない。


 その時まで、耐えよう。


 ドアがノックされた。


「あかね、いる?」


 セリアの声。


「はい」


 ドアが開き、セリアが入ってきた。


「何してたの? 素振り?」


「はい、少しだけ」


「頑張り屋さんね。でも、無理しないでね。明日も訓練するから」


「分かりました」


 セリアはベッドに座った。


「あかね、今日はよく頑張ったわ。本当に」


「ありがとうございます」


「短槍、似合ってたわよ。これから毎日訓練すれば、きっといい冒険者になれる」


「セリアみたいに……なれるでしょうか」


「なれるわよ。私が保証する」


 セリアが微笑んだ。


「おやすみ、あかね」


「おやすみなさい、セリア」


 明かりが消され、部屋は暗闇に包まれた。


 あかねは天井を見つめながら、今日一日を振り返った。


 魔力測定。武器の訓練。背負い投げ。短槍。


 色々なことがあった。


 そして、自分の能力も確認できた。


 これから、どうなるんだろう。


 不安もある。でも、希望もある。


 仲間がいて、目標がある。


 そして、秘密の力がある。


 あかねは、静かに目を閉じた。


 明日からも、訓練が続く。


 強くなろう。


 生き延びよう。


 そして、いつか――この能力を、誰かのために使おう。

お読みいただき、ありがとうございます!

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ