第4話 「目覚めし才能」
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んできた。
あかねは目を開けた。一瞬、ここがどこか分からなくなったが、すぐに思い出した。異世界。フィルダの街。『銀の月亭』の一室。
そして――昨夜の紋章の啓示。
左手首を確認する。紋章は、今は光っていない。まるで、何事もなかったかのように皮膚に溶け込んでいる。
でも、確かに存在している。そして、自分の中には四つの能力が宿っている。
誰にも言えない秘密。
あかねは深く息をついた。
「おはよう、あかね」
振り返ると、窓辺でストレッチをしているセリアがいた。朝日を浴びながら、柔軟な動きで体をほぐしている。剣士らしい、無駄のない動き。
「おはよう……ございます」
「よく眠れた?」
「はい」
嘘だった。実際には、紋章の啓示のことで頭がいっぱいで、ほとんど眠れなかった。でも、それを言うわけにはいかない。
セリアは鋭い目であかねを見た。
「本当に? なんだか、顔色が悪いけど」
「だ、大丈夫です。少し緊張してるだけで」
「そう。今日は忙しくなるわよ」
セリアがタオルで汗を拭きながら言った。
「まずは朝ごはんを食べて、それからギルドの訓練場に行くの。あかねの戦闘適性を見極めないと」
「訓練場……」
「ええ。どんな武器が合うか、魔法の才能はあるか、調べる必要があるわ」
あかねの胸が高鳴った。魔法の才能を調べる? 聖魔法のことがバレてしまうのでは?
いや、落ち着け。紋章のメッセージには、聖魔法は「授けられた」とあった。おそらく、普通の測定方法では検知されないはず。
そう自分に言い聞かせる。
「大丈夫。怖がることないわ。みんな通る道よ」
セリアが微笑んだ。
二人で身支度を整え、一階の食堂に降りた。
すでにリーナとエルミナが席に着いていて、朝食を食べている。
「おはよう、二人とも」
エルミナが明るく声をかけてきた。
「あら、あかね。ちょっと顔色悪くない?」
リーナが心配そうに見つめる。
「あ、大丈夫です。ちょっと緊張してるだけで」
「初めての訓練だものね。無理はしないでね」
マーサが朝食を運んできてくれた。焼きたてのパン、ゆで卵、チーズ、ベーコン、そして温かいスープ。
「しっかり食べてね。訓練は体力使うから」
「ありがとうございます」
「いただきます」
朝食を取りながら、今日の予定が話し合われた。
「まずは魔力測定ね」
エルミナが説明した。
「水晶球を使って、魔力の量と属性を調べるの。それによって、魔法使いになれるか、どんな魔法に適性があるか分かるわ」
「魔法の属性って、どんなものがあるんですか?」
あかねが尋ねた。
「火、水、風、土の四大属性。それから、光と闇。そして、無属性」
エルミナが指を折りながら説明する。
「火は攻撃的な魔法に向いてる。水は防御や治癒。風は速度や移動。土は防御や拘束」
「光と闇は?」
「光は浄化や治癒、結界。闇は呪いや弱体化。どちらも希少な属性よ」
「無属性は?」
「汎用性が高いけど、特化した力はないわ。でも、訓練次第であらゆる魔法を習得できる可能性がある」
あかねは黙って聞いていた。自分は聖魔法を持っている。それは、光属性に近いのだろうか。
「魔力測定の後は、武器の適性チェック」
セリアが続けた。
「剣、槍、斧、弓、短剣……色々試してみて、一番しっくりくるものを見つけるの」
「時間かかりそうね」
リーナが苦笑した。
「でも、大事なことよ。武器選びは、冒険者人生を左右するから」
朝食を終え、四人はギルドへと向かった。
朝の街は、昨日とはまた違った活気があった。商人たちが店を開き、客を呼び込んでいる。子供たちが通りを駆け抜けていく。鍛冶屋からは、金槌で鉄を打つ音が響いている。
「いい天気ね」
リーナが空を見上げた。雲一つない青空。
ギルドに着くと、すでに何人かの冒険者が集まっていた。
「おう、セリア!」
大剣を背負った、筋骨隆々とした男が声をかけてきた。顔には傷跡があり、歴戦の戦士という雰囲気を醸し出している。
「おはよう、ガレスさん」
「依頼は順調か?」
「ええ、おかげさまで」
ガレスの視線があかねに向けられた。鋭い目つき。
「おう、新人か? 随分と頼りなさそうだが」
「これから鍛えるところよ」
セリアが苦笑した。
「ふん。まあ、頑張れよ。この世界は甘くないからな」
ガレスは去っていった。
「気にしないで。ガレスは口が悪いけど、悪い人じゃないから」
「は、はい……」
あかねは少し萎縮していた。
カウンターでは、マリアが仕事をしていた。
「おはよう、セリア。訓練場を使うの?」
「ええ。鍵を貸してくれる?」
「はい、どうぞ」
マリアが鍵を渡しながら、あかねに視線を向けた。
「頑張ってね、あかね。でも、無理はしないように」
「ありがとうございます」
ギルドの奥へと進む。廊下を抜け、裏口から外に出ると、そこには広い中庭があった。
石畳の地面。周囲は高い石壁に囲まれている。壁際には、様々な訓練用の武器がラックに並べられていた。木剣、木製の槍、革製の盾、木製の弓、短剣、斧。
中庭の中央には、人型の藁人形がいくつか立っている。壁には、弓の練習用の的が掛けられている。地面には、剣の型の練習用に、足の位置を示す印が描かれている。
「ここが訓練場よ」
セリアが紹介した。
「冒険者は、ここで技を磨くの。実戦に出る前に、必ず訓練を積む」
「広いんですね……」
「ええ。同時に十人くらいは訓練できるわ」
「まずは、魔力測定からね」
エルミナが小さな革袋から、拳大の水晶球を取り出した。透明で、内部にかすかな光が渦巻いている。
「これは魔力測定器。古代魔法で作られた、貴重な道具よ」
エルミナが水晶球を両手で大切そうに持っている。
「使い方は簡単。両手で包み込んで、目を閉じて、自分の内側に意識を向けるの」
「内側……?」
「ええ。自分の中にあるエネルギーを感じ取るの。生命力、というか……心臓の鼓動を感じるように」
あかねは頷いた。
「準備はいい?」
「はい」
エルミナが水晶球をあかねに渡した。ひんやりとした感触。思ったより重い。
「両手で包み込んで。そう。目を閉じて」
あかねは目を閉じた。
「深呼吸して。ゆっくり、自分の内側に意識を向けて」
あかねは言われた通りにした。
深呼吸。自分の内側。
心臓の鼓動が聞こえる。血液が体を巡る感覚。
そして――
何か温かいものが、体の中心から湧き上がってくるのを感じた。
それは胸の辺りから始まり、徐々に全身に広がっていく。
同時に、手の中の水晶球が温かくなってきた。
「反応があるわ!」
エルミナの驚きの声。
あかねは目を開けた。
水晶球が、淡い白色の光を放っていた。柔らかく、優しい光。
「すごい……綺麗」
セリアが感嘆の声を上げた。
しかし、エルミナは難しい顔をしていた。
「うーん……」
「どうしたの?」
リーナが尋ねた。
「魔力はあるわ。でも……」
エルミナが水晶球をじっと見つめる。
「量が少ない。普通の魔法使いになるには、ちょっと足りないかも」
「属性は?」
「白色……無属性ね」
エルミナが説明した。
「無属性は、特定の魔法に偏らない。汎用性は高いけど、強力な魔法を使うのは難しいわ」
「つまり……?」
あかねが尋ねた。
「魔法使いとしての道は、かなり険しいってこと。でも、不可能じゃない」
エルミナが微笑んだ。
「訓練次第で、魔力は増やせる。それに、無属性は希少だから、珍しい魔法を習得できる可能性もあるわ」
あかねはホッとした。聖魔法のことはバレなかったようだ。
でも、心のどこかで罪悪感も感じていた。
セリアたちに、嘘をついている。隠し事をしている。
彼女たちは、こんなに親切にしてくれているのに。
「あかね、どうしたの? 顔が暗いわよ」
セリアが心配そうに尋ねてきた。
「あ、いえ……魔法使いになれないかもって、少し落ち込んでて」
「そんなことないわ。魔法使いだけが冒険者じゃないもの」
リーナが肩を叩いた。
「私だって、魔法は使えない。でも、弓があるから十分戦える」
「そうよ。それに、あかねには別の才能があるかもしれない」
エルミナが水晶球をしまいながら言った。
「さて、次は武器の適性チェックね」
セリアが壁際の武器ラックに向かった。
「まずは基本の剣から」
セリアが木剣を二本取ってきた。一本をあかねに渡す。
「持ってみて。どう? 重さは?」
あかねは木剣を握った。ずっしりとした重み。木製とはいえ、かなりの重量がある。
「重い……です」
「そうね。でも、慣れれば平気よ。まずは構えてみて」
あかねは、映画で見たような構えを真似てみた。剣を右手で握り、左手を添える。両足を開いて、腰を落とす。
「うーん……」
セリアが首を傾げた。
「力が入りすぎてるわね。肩に力が入ると、動きが鈍くなるわ」
セリアが後ろから手を添えて、姿勢を直してくれた。
「肩の力を抜いて。剣は体の一部だと思って。呼吸も大事よ」
何度か素振りをさせられた。
縦斬り、横斬り、袈裟斬り。
しかし、どうもしっくりこない。重いし、バランスも取りづらい。十回ほど振ると、腕が疲れてきた。
「うーん、剣は向いてないかもね」
セリアが判断した。
「次は弓を試してみましょう」
リーナが木製の弓と矢を持ってきた。
「弓は、力よりも技術が大事。筋力じゃなくて、姿勢とタイミングで引くの」
リーナが手本を見せた。
的に向かって構える。弦を引く。その動きは優雅で、まるで舞踊のよう。
矢が放たれる。
シュッという音とともに、矢は的の中心に吸い込まれるように刺さった。
「すごい……」
「さあ、あかねもやってみて」
あかねは弓を受け取った。思ったより軽い。これなら扱えそう。
矢をつがえる。弦に矢をセットして、引こうとする。
しかし――
「痛っ!」
弦が頬を擦った。
「ああ、姿勢が悪いわ。顔をもっと横に向けて。そう、肘をもっと上げて」
リーナが手取り足取り指導してくれた。
何度か挑戦したが、上手くいかない。矢は的に届くことすらなく、地面に落ちてしまった。
「難しい……」
「弓は、見た目以上に難しいのよ。習得に時間がかかるわ」
リーナが苦笑した。
「次は槍ね」
エルミナが長槍を持ってきた。木製の槍。長さは二メートル以上ある。
「槍は、リーチが長いから、敵との距離を保てるわ。魔物と戦う時に有利よ」
あかねは槍を握った。剣よりは軽い。でも、長すぎて扱いづらい。
「突きの練習をしてみて。藁人形に向かって」
あかねは槍を構え、突いた。
しかし、バランスが取れず、槍の先端が地面に当たってしまった。
「ああ、もっと腰を落として。槍は下半身が大事なの」
何度か練習したが、長槍はどうも合わない。
「次は短剣」
「斧」
「メイス」
様々な武器を試したが、どれもしっくりこなかった。
あかねは次第に落ち込んできた。
自分には、何の才能もないのだろうか。
一時間ほど経った頃、セリアが提案した。
「ちょっと休憩しましょう。水を飲んで」
エルミナが水筒を渡してくれた。
あかねは水を飲みながら、壁に寄りかかった。体が疲れている。
「落ち込まないで、あかね」
セリアが隣に座った。
「私だって、最初は全然ダメだったのよ」
「本当ですか?」
「ええ。初めて剣を持った時、重くて振り回すこともできなかった。訓練中に何度も吐いたし、筋肉痛で動けなくなったこともある」
「でも、今はパーティのリーダーで……」
「継続は力なりよ。毎日訓練して、少しずつ強くなった。あかねも、絶対に強くなれる」
セリアの言葉が、あかねを勇気づけた。
「さて、休憩終わり。最後に、模擬戦闘をしてみましょう」
セリアが立ち上がった。
「模擬戦闘……?」
「ええ。実戦形式で、あかねの反応を見たいの。武器の適性だけじゃなく、反射神経や判断力も大事だから」
あかねは再び木剣を握った。
セリアも木剣を持ち、あかねの数メートル前に立った。
「ルールは簡単。私が攻撃するから、あかねは防いで。本気じゃないから、安心して」
「は、はい……」
「準備はいい?」
あかねは剣を構えた。心臓が激しく鳴っている。
「じゃあ、行くわよ」
セリアがゆっくりと歩いてきた。そして、右からの横薙ぎ。
あかねは木剣で受けた。カンッという音が響く。衝撃で腕が痺れた。
「いいわ。でも、もっと力を抜いて。次」
今度は左から。あかねは何とか受けた。
セリアは徐々に攻撃の速度を上げていった。
右、左、上段、下段、斜め。
あかねは必死に受け続けた。しかし、次第についていけなくなる。
汗が目に入る。呼吸が荒くなる。
そして――
カーンッ!
強い一撃で、あかねの木剣が手から弾き飛ばされた。
「あっ!」
木剣が地面に転がる音。
セリアは攻撃を止めず、さらに前に踏み込んできた。
あっという間に肉薄距離。木剣の切っ先が、あかねの喉元に迫る。
その瞬間――
あかねの体が、勝手に動いた。
考えるより先に、体が反応していた。
セリアの右手首を左手で掴む。同時に、右足を前に踏み出し、セリアの懐に潜り込む。右手でセリアの肘を押さえ、腰を深く落とす。
体重移動。回転。
父の声が聞こえた気がした。
『相手の力を利用しろ。自分の力で投げるんじゃない』
セリアの体が宙に浮いた。
「えっ!?」
驚きの声。
完璧な背負い投げ。
ドスンッ!
鈍い音とともに、セリアが地面に叩きつけられた。土煙が舞い上がる。
静寂。
リーナとエルミナが、口をポカンと開けて立ち尽くしていた。
あかねも、自分が何をしたのか理解するのに数秒かかった。
「せ、セリア! ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
慌ててセリアに駆け寄る。
セリアは地面に仰向けで倒れたまま、呆然と空を見上げていた。
「い、痛い……」
ゆっくりと体を起こす。背中を手で押さえながら。
「本当にごめんなさい! 怪我は……」
「だ、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」
セリアは立ち上がり、あかねを見つめた。その目は、驚きと、興味が混じっていた。
「あかね……今の技、どこで習ったの?」
「えっと……父が、教えてくれたんです」
「お父さん? ケイサツカンって言ってたわね?」
「はい。この世界の衛兵のような仕事です。父は、護身術として、柔道とか合気道とか、色々教えてくれました」
「ジュウドウ? アイキドウ?」
三人は顔を見合わせた。聞いたことのない言葉らしい。
「えっと……素手で戦う武術です。相手の力を利用して投げたり、関節を極めたりする技術で……」
「素手の格闘技……」
エルミナが興味深そうに呟いた。
「この世界にも素手の戦闘術はあるけど、あんなに綺麗に投げる技は見たことないわ」
「もう一度やってみせて」
セリアが立ち上がった。背中の土を払いながら。
「え、でも……」
「大丈夫。今度は受け身を取るから」
セリアは再び木剣を構えた。目は真剣だ。
「同じシチュエーションで。木剣を弾いて、肉薄するわ。準備はいい?」
「は、はい……」
あかねも構える。
セリアが攻撃してくる。木剣が弾かれる。セリアが踏み込む。
今度は、あかねは意識的に動いた。
セリアの手首を掴む。懐に入る。腰を落とす。体重移動。回転。
セリアの体が宙を舞う。
しかし今度は、セリアは空中で体を丸め、地面に手をついて受け身を取った。転がって、すぐに立ち上がる。
「すごい……」
リーナが拍手した。
「見事な技だわ。力じゃなくて、技術で投げてる」
「ねえ、あかね。他にも技を知ってるの?」
エルミナが身を乗り出した。
「えっと……少しだけ」
「見せて!」
あかねは少し躊躇したが、父から教わった基本的な技を実演することにした。
まず、一本背負い。セリアの腕を取り、肩に担ぐように投げる。
次に、小手返し。手首を極めながら投げる技。
四方投げ。相手の体勢を崩して投げる。
関節技の基本。肘を極める、肩を極める。
三人は食い入るように見ていた。
「信じられない……」
セリアが感嘆した。
「こんな技術があるなんて。しかも、力をほとんど使わない」
「相手の力を利用するから、体格差があっても有効ね」
エルミナが分析している。
「あかね、これは才能よ。本物の才能」
リーナが興奮気味に言った。
「近接戦闘の才能。しかも、独特のスタイル」
「でも……」
セリアが難しい顔をした。
「素手だけで戦うのは、危険すぎる。魔物は爪も牙も持ってるし、鎧を着た敵もいる。素手で魔物の体に触れれば、怪我をする」
「確かに……」
リーナが頷いた。
「ブラッククロウみたいな魔物に素手で挑むのは、自殺行為ね」
「でも、この技術を無駄にするのは勿体ないわ」
エルミナが考え込んだ。
「あかねの格闘技を活かせる武器……近接戦闘ができて、でもある程度距離を保てる武器……」
四人で考えた。
「ナックルガードは?」
リーナが提案した。
「拳につける金属の装備。素手の攻撃力を上げられる」
「でも、リーチが短すぎるわ」
セリアが首を横に振った。
「短剣は?」
「それも近すぎる」
「なら……短槍は?」
エルミナが提案した。
「短槍?」
「ええ。長さが一メートル半くらいの槍。片手で扱えるから、機動性が高い」
「片手?」
「そう。短槍は片手持ちが基本。もう片方の手は自由に使える」
セリアの目が輝いた。
「それだ! 短槍なら、突きや払いで距離を保てる。そして、もし敵が懐に入ってきたら、槍を捨ててあかねの格闘技で対応できる」
「それに、短槍は杖としても使えるわ」
エルミナが付け加えた。
「杖?」
「ええ。魔法使いは杖を使って魔法を増幅させるの。もし、あかねが将来魔法を使えるようになったら、短槍を魔法の杖として使うこともできる」
「魔法の杖……」
あかねの心が動いた。
聖魔法を持っている自分にとって、杖は重要になるかもしれない。
「いいんじゃない? 短槍、試してみる価値あるわ」
リーナが賛成した。
「よし、決まりね。短槍で訓練しましょう」
セリアが壁際の武器ラックから、短槍を持ってきた。
木製の槍。長さは約1.5メートル。槍先は木製だが、形は本物に近い。太さは親指と人差し指で囲めるくらい。
「持ってみて」
あかねは短槍を握った。
不思議なことに、しっくりきた。
剣よりも軽く、長槍よりも扱いやすい。片手でも両手でも持てる。バランスがいい。
「どう?」
「いい……感じです」
「構えてみて」
あかねは自然に構えた。槍を右手で持ち、斜めに構える。左手は腰の位置。前足に重心を置く。
「いいわね。バランスがいい。センスあるわよ」
セリアが頷いた。
「じゃあ、基本の突きから教えるわ」
セリアも短槍を持ち、手本を見せた。
「短槍の基本は、突きと払い。まず、突きは――」
セリアが素早く槍を突き出した。その動きは流れるように美しい。
「腕だけじゃなく、体全体を使うの。腰の回転が大事」
あかねは真似してみた。
槍を突き出す。意外とスムーズにできた。
「いいわ! もう一度」
何度か繰り返すうちに、動きが洗練されていった。
「次は払い。敵の攻撃を槍で弾く技」
セリアが槍を横に振った。
あかねも真似する。
「そう、いい感じ。じゃあ、今度は回転。槍を回して勢いをつける技」
セリアが槍を回転させた。まるでバトンのように。
あかねも挑戦する。最初は上手くいかなかったが、次第にコツを掴んできた。
「素晴らしい! 飲み込みが早いわ」
こうして、あかねの本格的な訓練が始まった。
それから数時間、あかねは短槍の基本を徹底的に叩き込まれた。
基本の突き。下段からの突き上げ。横薙ぎ。回転攻撃。連続突き。
セリアが手本を見せ、あかねが真似する。最初はぎこちなかったが、次第に動きがスムーズになっていった。
途中、リーナが弓の訓練をしている横で、エルミナが魔法の練習をしていた。
「『火よ、我が意志に従え――ファイアボール』」
エルミナの杖から、火球が飛び出した。藁人形に当たり、燃え上がる。
「すごい……」
あかねは思わず見とれた。
「あかねも、いずれ魔法を使えるようになるかもよ」
エルミナが微笑んだ。
「魔力は少ないけど、訓練次第で伸びるわ。諦めないで」
「はい……」
あかねは複雑な気持ちだった。
自分は、すでに聖魔法を持っている。でも、それを隠している。
嘘をついているような、罪悪感。
でも、紋章のメッセージは明確だった。『信用に足ると確信できる人物以外には、絶対に明かしてはなりません』。
まだ、セリアたちと出会って三日しか経っていない。
確かに親切にしてくれている。命の恩人でもある。
でも、本当に信頼できるだろうか?
もし、能力のことが漏れて、王家や貴族に知られたら?
首輪をつけられて、道具として扱われたら?
あかねは震えた。
「あかね、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
セリアが心配そうに近づいてきた。
「あ、いえ……ちょっと疲れて」
「そうね。今日は十分頑張ったわ。休憩しましょう」
四人は訓練場の隅に座った。エルミナが水筒を回してくれる。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
あかねは水を飲みながら、三人を見た。
セリア。凛々しい剣士。でも、優しい。
リーナ。少し皮肉屋だけど、面倒見がいい。
エルミナ。知的で、母親のように温かい。
三人とも、いい人たち。
でも、まだ分からない。本当に信頼できるかどうか。
もう少し、時間が必要。
「ねえ、あかね」
セリアが尋ねた。
「お父さんは、他に何か教えてくれた? 護身術以外で」
「えっと……勉強ですかね。父は厳しくて、毎日宿題をチェックされました」
「厳しかったんだ」
「はい。でも……今思えば、愛情だったんだと思います」
あかねは父との思い出を語った。
毎晩、宿題を見てくれた父。間違いがあると、丁寧に説明してくれた。
休日には、柔道や合気道の練習に付き合ってくれた。
厳格だったけど、愛情深かった。
「素敵なお父さんね」
エルミナが微笑んだ。
「お母さんは?」
「母は医師で……忙しかったけど、時間を作って話を聞いてくれました」
あかねは母の顔を思い浮かべた。
優しくて、聡明で、強い女性だった。
「会いたい……?」
リーナが尋ねた。
あかねは考えた。
会いたい。でも――
「分からないです。会いたい気持ちもあるけど……今は、ここで頑張りたいです」
「そう。なら、私たちが家族よ」
セリアが手を差し伸べた。
「一緒に冒険して、一緒に成長しましょう」
あかねはその手を握った。
「はい」
温かい手。信頼できる手。
もう少し時間をかけて、本当に信頼できると確信できたら、その時に能力のことを打ち明けよう。
そう、心に決めた。
「さて、そろそろ昼食にしましょう」
エルミナが立ち上がった。
「お腹空いたでしょ?」
「はい……」
訓練場を出て、ギルドに鍵を返し、四人は食堂へ向かった。
「『金色の麦亭』に行きましょう。あそこの魚料理が美味しいのよ」
リーナが先導する。
街を歩きながら、あかねは左手首をそっと確認した。
紋章は、今は見えない。でも、確かに存在している。
そして、自分の中には四つの能力が宿っている。
いつか、この力を使う時が来るだろう。
その時まで、強くなろう。
訓練を続けよう。
そして、信頼できる仲間を見つけよう。
その夜、宿に戻ってから、あかねは一人で部屋にいた。
セリアは一階の食堂で、リーナとエルミナと何か話している。
あかねは窓辺に立ち、夜空を見上げた。
星が綺麗に輝いている。日本で見た星空とは、配置が違う気がした。
これは、本当に別の世界なんだ。
ふと、短槍を手に取った。訓練用の木製の短槍を、セリアが貸してくれた。
「練習したいなら、部屋で素振りしてもいいわよ」
そう言ってくれたのだ。
あかねは短槍を構えた。
突き。払い。回転。
動きを反復する。
体が覚えるまで、何度も何度も。
父の声が聞こえた気がした。
『あかね、技は心なり。心が乱れれば、技も乱れる』
そうだった。父はそう言っていた。
あかねは短槍を止め、深呼吸した。
心を落ち着ける。
そして、左手首を見た。
紋章に意識を集中させる。
すると、頭の中に異空間の感覚が広がった。アイテムボックス。
試しに、短槍を仕舞ってみようと思った。
短槍を持ったまま、「仕舞う」と心の中で念じる。
すると――
短槍が、光の粒子となって消えた。
「えっ!?」
驚いて、手を見る。何もない。
でも、確かに異空間に仕舞われたのを感じる。
今度は、「取り出す」と念じる。
すると、光の粒子が現れ、短槍が手の中に戻った。
「すごい……」
あかねは何度か試した。仕舞う、取り出す。スムーズにできる。
これは便利だ。武器を持ち歩かなくても、いつでも取り出せる。
次に、鑑定能力を試してみた。
短槍に意識を向ける。
『訓練用短槍。オーク材。製作から3年。状態:良好。重量:1.2kg』
詳細な情報が浮かび上がる。
次に、自分の手を見る。
『進藤あかね。年齢18歳。健康状態:やや疲労。筋肉の軽い損傷。十分な休息を推奨』
自分の状態まで分かる。
確かに、今日は訓練で体を酷使した。筋肉痛になるだろう。
医学知識も試してみた。
自分の腕を見ながら、筋肉の名前を思い浮かべる。
すると、頭の中に知識が流れ込んでくる。
上腕二頭筋、上腕三頭筋、前腕の筋肉群。それぞれの機能、損傷時の症状、治療法。
母の知識が、確かに自分の中にある。
最後に、聖魔法。
これはまだ使ったことがない。使い方も分からない。
でも、試してみよう。
あかねは手を見つめ、「癒し」を念じた。
すると――
手のひらから、淡い光が漏れ出した。
温かい光。優しい光。
「これが……聖魔法」
光は数秒で消えた。まだ制御できていない。
でも、確かに存在している。
あかねは深く息をついた。
四つの能力。すべて確認できた。
これを使いこなせるようになれば、きっと強くなれる。
誰かを助けられる。
でも、今はまだ秘密。
信頼できる人にしか、明かしてはいけない。
その時まで、耐えよう。
ドアがノックされた。
「あかね、いる?」
セリアの声。
「はい」
ドアが開き、セリアが入ってきた。
「何してたの? 素振り?」
「はい、少しだけ」
「頑張り屋さんね。でも、無理しないでね。明日も訓練するから」
「分かりました」
セリアはベッドに座った。
「あかね、今日はよく頑張ったわ。本当に」
「ありがとうございます」
「短槍、似合ってたわよ。これから毎日訓練すれば、きっといい冒険者になれる」
「セリアみたいに……なれるでしょうか」
「なれるわよ。私が保証する」
セリアが微笑んだ。
「おやすみ、あかね」
「おやすみなさい、セリア」
明かりが消され、部屋は暗闇に包まれた。
あかねは天井を見つめながら、今日一日を振り返った。
魔力測定。武器の訓練。背負い投げ。短槍。
色々なことがあった。
そして、自分の能力も確認できた。
これから、どうなるんだろう。
不安もある。でも、希望もある。
仲間がいて、目標がある。
そして、秘密の力がある。
あかねは、静かに目を閉じた。
明日からも、訓練が続く。
強くなろう。
生き延びよう。
そして、いつか――この能力を、誰かのために使おう。
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