第5話:元婚約者の来訪と、皇帝陛下の『ゴミ捨て』
帝国の謁見の間に、一人の男が転がり込んできました。
かつての婚約者、ラングリス王国の王太子レナードです。
かつての華やかさは消え失せ、服は薄汚れ、目の下にはひどい隈ができています。彼は玉座に座るジークハルト陛下と、その隣で宝石に囲まれて座るエルナを見て、叫びました。
「エルナ! 探したぞ! さあ、すぐに我が国へ戻るんだ!」
エルナは驚いて目を瞬かせました。
「レナード殿下? どうしてこちらに……。それに、ずいぶんお召し物が汚れていますわ。お洗濯はなさっていないのですか?」
「洗濯どころではない! お前がいなくなってから、城の中はカビと瘴気まみれだ! 結界はボロボロ、国民は病に倒れ、もうお前の『掃除』がなければ国が保たないんだよ!」
レナードはエルナの手を掴もうと駆け寄りますが、その前にジークハルト陛下が冷たく一歩踏み出しました。
「……私の城に、ずいぶんと薄汚れたゴミが紛れ込んだようだな」
陛下の放つ威圧感に、レナードは蛇に睨まれた蛙のように硬直しました。
「ひっ……! い、皇帝陛下! そ、その女を返していただきたい! それはもともと、我が国の『掃除女』なのです!」
「掃除女、だと?」
ジークハルト陛下の瞳に、暗い怒りの炎が宿ります。
「私の命を救い、帝国の闇を払ったこの聖女を、お前たちはそんな言葉で扱っていたのか。……万死に値するな」
「殿下、私はもう戻れませんわ」
エルナは静かに、しかしはっきりと言いました。
「あちらにいた頃、私は毎日必死に磨いていました。でも、殿下はそれを『無能な暇つぶし』だとおっしゃった。今の私には、私の掃除を『救い』だと言ってくださる方がいるのです」
「そんなこと言ってる場合か! これは王命だ! 戻って掃除をしろと言っているんだ!」
逆上して手を振り上げたレナード。しかし、その手は空を切りました。
ジークハルト陛下がレナードの首根っこを掴み、そのまま軽々と持ち上げたのです。
「エルナ、見ていなさい。汚れた『ゴミ』はこうして捨てるんだ」
陛下はそのまま、謁見の間の大きな窓を開けました。
「待て! 何をする! 放せ、放せえええ!」
「……二度と、私の宝に触れようとするな」
陛下はゴミを投げ捨てるように、レナードを中庭の池(ちょうど掃除が終わったばかりの、綺麗な水場)へと放り投げました。
「うわあああぁぁぁ!」
水しぶきと共に、元婚約者の叫びが遠ざかっていきます。
陛下はパッパッと手を払い、何事もなかったかのようにエルナを抱き寄せました。
「すまない、エルナ。視界が少し汚れてしまったな。すぐに消毒させよう」
「陛下……。でも、あの人の汚れは、お水だけでは落ちないかもしれませんわ。心が真っ黒でしたから」
エルナの天然な一撃に、陛下は今日一番の満足げな笑みを浮かべるのでした。




