第3話:帝国の重鎮たち、掃除の女神にひれ伏す
ジークハルト陛下が奇跡の復活を遂げたという報せは、一晩で帝国中を駆け巡りました。
「陛下を救ったのは、隣国から来たあの娘なのか?」
「聖女というより、ただの……掃除婦に見えるが」
疑念を抱きつつ寝室に集まった側近や将軍たちは、扉を開けた瞬間に絶句しました。
そこには、あまりの眩しさに目が眩むほど「磨き上げられた」空間があったからです。
「……空気が、美味い。数十年悩まされていた偏頭痛が消えたぞ?」
「見てくれ、あのボロボロだった呪いの甲冑が、鏡のように光っている!」
エルナは側近たちの驚愕をよそに、部屋の隅でせっせと棚を拭いていました。
「あ、皆さま。そこ、まだワックスが乾いていないので滑りますわ。お気をつけて」
その言葉も虚しく、冷徹で知られる帝国宰相が床でツルリと滑り、膝をつきました。しかし、彼は怒るどころか、その床に映る自分の顔を凝視して震えています。
「……ああ、なんと清らかな輝きだ。我々はこの数年、呪いという名の『汚れ』に目を曇らされていたのか」
重鎮たちが次々とエルナに跪きます。
彼らにとって、エルナはもはやただの令嬢ではなく、帝国を浄化する「掃除の女神」となっていました。
そんな中、ジークハルト陛下はエルナに歩み寄り、彼女の細い腰を引き寄せました。
「エルナ、もう十分だ。今日は帝国で一番の宝石商を呼んである。君を飾る準備をさせてくれ」
「えっ? でも陛下、まだあそこの廊下のクモの巣が……」
「クモの巣なら騎士団にやらせる。……いいか、君は私の恩人であり、未来の妃だ。掃除道具を持つのは、私の目の届かないところだけにしてくれないか。……嫉妬してしまう」
「雑巾に、ですか……?」
首を傾げるエルナでしたが、陛下の瞳は真剣そのものでした。
呪いから解放された陛下は、驚くほどの美貌と、それ以上に驚くほどの「独占欲」を剥き出しにし始めていたのです。
一方その頃。
エルナを追い出した母国の王宮では、不穏な空気が漂っていました。
「……おい、なんだこの汚れは! 拭いても拭いても落ちないぞ!」
王太子レナードが叫びます。
エルナがいなくなった王宮は、たった数日で壁が黒ずみ、悪臭が立ち込め、豪華だった絨毯はカビに覆われていました。
どれほど下働きに掃除をさせても、汚れは増すばかり。
「エルナがいれば、こんなことには……」
誰かが漏らしたその言葉に、レナードは顔を真っ赤にして激昂しました。
しかし、彼らはまだ気づいていません。エルナが磨いていたのは、床ではなく「国の命運」そのものだったことに。




