第16話 【夜叉姫&ソラ——コラボ配信】アンチ二号(女子高生——甘内美織)【二週目・二日目】
昨夜はなかなか寝つけなくなるくらいに楽しみに待ち望んでいた配信が、もうすぐ始まるので……私はいそいそと長時間視聴の準備を終わらせると、ソファにどかりと座り込む。
——メインスクリーンのタブレット端末に、コメントや別窓用のスマホ、そして飲み物と、おやつ……それから、お気に入りのクッションも、準備よし!
華の女子高生が、休日なのに日がな一日、家の中に篭って配信を観るだけなんて……と、以前の私なら、自分で自分の行いに眉をひそめていたかもしれない。
それこそ……ヤシャコがクソザコ底辺ナメクジ配信者だった頃は、暇さえあれば観てやっている反面、内心では(——こんなくだらない配信なんて観てていいんだろうか、私……)と、常に葛藤を抱えていた。
しかし、なんの因果か——まさに棚からぼた餅的に、自分が〝特別な選ばれし者〟になってしまった——今となっては……それが一転して、他に(女子高生らしい)何をするよりも、この配信を観ることの方が優越感に浸れる……それくらい、夜叉姫のリスナーをすることが高尚な趣味へと昇華されていた。
今となっては、本当に観続けてきて良かったと思う。
最初はそれこそ、私の親友のラブちゃん——じゃなくて、陽菜ちゃんのイチ推し配信者ってことで、むしろ対抗心を燃やしていたというのに……
——だからこそ、「アンチ二号」なんて名前にして、ボロクソに叩いてたんだけれど……
でも、何やかんやと観続けている内に、いつしか私もヤシャコの配信を楽しみにするようになっていた。
——けっきょく、引っ込みがつかなくて名前はそのままだけれど……
ヤシャコが有名になって、しかも私は陽菜ちゃんと同じオリメンで……なのに私は、そんなキャラにしてしまったせいで、肝心の陽菜ちゃんには、いまだに自分の正体を明かせずにいる……。
はぁ……やっちゃったなぁ……本当に今更だけど、アンチなんて名乗るんじゃなかったなぁ……。
『やあ、みんな……ごきげんよう。今宵もまた、この夜叉姫様による深淵なる配信の時間がやってきたのだよ————』
なんて……もう何度目か分からない後悔を反芻しているうちに、ヤシャコの配信が始まった。
すると、さっそく——
〈ミュートの無色ん:説・明! 説☆明! 説◎明! 説◇明! 説×明!〉
〈ミュートの無色ん:ダークエルフじゃ無くなってる!? 戻して!!!!!〉
〈ミュートの無色ん:女王って何なんですかぁ!? シェイプシフターって何なんですかぁ!? そもそもアンタはマジで何者なんすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???〉
〈ミュートの無色ん:ソラちゃんを解放しろ! 変なヤツをテイムさせるな!怒怒怒怒怒怒〉
〈ミュートの無色ん:夜叉姫ぇ〜!! 今日も可愛いゾ〜〜♡♡ それはともかく、いつになったら俺をオリメンにしてくれんの? ねぇ、そろそろキレるよ???〉
開始と同時に、大量のコメントが投下されるけれど……夜叉姫はまるで反応しない。
それも当然……この有象無象のコメントなんて、アイツにはまったく見えてないんだから。
——ふっ、いくら吠えても一切反応されることないのに……〝みゅん〟たちってばホント、ご苦労なことね。
文字通りというか名前通りに、私もコイツらのことをミュートにしてしまってもいいんだけれど——ほんと……見れば見るほど地獄みたいなところだし——でも、その方が優越感に浸れるから、あえてミュートにせずに表示している。
なにせ——お前たち〝みゅん〟とは違って、この私は常にピックアップされて夜叉姫に反応されるんだからね……!
——そう思うだけで、背筋がゾクゾクするような快感が駆け抜けていく……っ!
なんといっても、こちとら天下のオリメン様なんだからっ……!!
『昨日は最後バタバタしてて言いそびれてたけど、今日はこの〈精霊ダン〉中層中域で、エリアボスラッシュをやっていくつもりだよ。
まず初めに、北のエリアボスを倒して……それをシェイプシフター——改め、〝コクトー〟に取り込ませるつもりなんだよね。
——ああ、そうそう……新入りのアイツ、シェイプシフターの名前だけれど、コクトーと呼ぶことにしたよ。
というのも……前回の配信が終わった後に、女王に続いて実は黒套もシェイプシフターに取り込ませていたんだよね。
まあ、そんなワケで……みんなが黒套を始末するなっていうから、これからもコクトーの変身枠の一つとして、黒套は続投することになったってワケさ……』
へぇ……コクトーも無事(?)だったんだ。
ヤシャコのことだから、知らない内にしれっと始末しててもおかしくないわよね——って思ってたけど……さすがに、そこまではしなかったか。
ヤシャコはそれからも、シェイプシフターについて改めて軽く説明したり、今日の予定について紹介していく……のだけれど、その辺は特に興味無いので、私は流し聞きする。
私がヤシャコを観始めたのは、ひとえに陽菜ちゃんの影響だから……元々、ダンジョンにも探索者にも、さして興味は無いのだ。
それこそ、超有名な配信探索者である勇者や姫巫女様くらいになると、さすがに私も知っているけれど……他は全然知らないくらいだし。
まあでも、今やヤシャコも、そんな二人に並ぶくらいの超有名配信者だからね……
そう思うと——やっぱり、つくづく惜しいわ……こんな名前を名乗ってなければ、学校でも自分がオリメンだって言って、めっちゃ自慢できたのに。
——とはいえ、さすがの私も、いくらなんでも自分がアンチだと公言してまで注目されたいとは思わない……
だけど、私と違って、公言してもなんら問題ないどころか、むしろめちゃくちゃチヤホヤされるであろう陽菜ちゃんは……なぜかまったくそのつもりが無いようで、学校でヤシャコの話題が出されても、当たり障りのない反応をしている様子しか見せていなかった。
不思議と言えば不思議だけれど……まあでも、陽菜ちゃんは元から学校でも超がつくほどの有名人だから、今さらそんなことで注目を集める必要も無いといえば、そうなんだけれどね。
なにせ、本人がそもそも——学業成績は常に学年トップが当たり前なレベルの頭脳明晰で、おまけにスポーツ万能、さらには超がつくほどの美少女ってんで……学校イチの人気者なんだからね。
——そんな彼女の取り巻きナンバーワン、もとい親友の私としても、そりゃあ鼻が高いってもんよね〜。
そんな彼女からすれば、ヤシャコのオリメンだという立場だって、わざわざ利用するまでもないということなんだろう。
まあ、元々、陽菜ちゃん本人は、周囲の評判とかを全然気にしてない感じだったし……だからまあ、変に目立ち過ぎるのも嫌だから、あえて言ってないってことなのかな……?
——この辺りのことは、訊きたくても訊けないからなぁ……自分の正体を明かせないせいで、下手に深掘りするワケにもいかないし。
まあそもそも……陽菜ちゃんが周囲の評判を気にする人なんだったら——いくら、家族ぐるみで付き合いのある幼馴染みだからって、あんなヤツ——黒月なんて変人の陰キャと、今も関係を持ち続けてるはずないものね。
そういやアイツ——黒月も、まだ高校生なのに探索者やってるんだったっけ……
ほんと、あんな変人のどこがいいんだろう……こればっかりは、本当に謎よねぇ。
案外、陽菜ちゃんも探索者に興味あったりするんだろうか……?
いや、まさかね……。
なんて適当なことを考えながらも観ていた配信は、昨日とは違ってわりとサクサクと進行していた。
ヤシャコたちはまず、北のエリアボスだとかいう、巨大な人型の雲(?)のモンスターと戦っていた。
——まあ、実際に戦っていたのは女王とかいう、やが灰チームの新入りメンバーのダークエルフだったけれど。
その女王の実力のお披露目も兼ねているという初戦は、やたらと張り切っている女王が圧倒的な威力の魔法を見せつけたことで、ホントにアッサリと終わってしまった。
——これじゃあ、女王が強いのか、それともボスが弱いのか……分かりゃあしないわね。
とはいえ、女王の実力披露も実はついででしかなく……本命はこのボス(の魔石)を、コクトーに取り込ませることだった。
実際、この巨大な雲のモンスターに変化できるようになったコクトーが、全員をその雲の体の上に乗せて、ビュンと飛んでいったお陰で……ヤシャコたちは、北の山のてっぺんから、あっという間に次の目的地に着いていた。
——なるほどねぇ……まあ確かに、これだけ便利なモンスターなら、確かに倒して取り込んでおきたいところよね。
雲に乗って、空を飛んで……ヤシャコたちが次にやってきたのは、東の広大な湖エリアの——そのまた最奥にあるボスエリアだった。
東の湖のボスは……人魚姫だった。
もはや大海と見紛うほどに——巨大な湖の中にポツンとある岩礁の上に佇む、ハープを持った美しい人魚の姫が……配下の魚モンスターや魚人たちを、その歌声と音色で操ってけしかけてくる。
しかし、雲に乗って宙に浮いているヤシャコたちには、攻撃がそもそもほとんど届かない。
だというのに、ヤシャコたちの乗っている雲は、それ自体がボスだから普通に強いし……さらには、水に棲むモンスターには弱点となる〝雷属性〟の攻撃——というか、もはや落雷そのもの——を使えたので、戦いは終始、一方的に進んでいった。
頭上から降り注ぐ雷が、湖の中に浸透していき、次々に人魚姫の配下を仕留めていく。
——周囲の湖水はもはや完全に帯電してしまっており、すでに人魚姫には狭い岩礁の上以外に逃げ場が無くなっていた。
そうなると、人魚姫に残された手段は、ハープと歌による催眠音波攻撃とかいうソレだけになっていたのだけれど……これは普通に、完全に耳を塞いだり——それこそ、イヤホンで爆音で音楽を流したりすれば、それだけで防げるらしく、実際にやが灰やヤシャコもそうやって防いでいた。
〈(・・?):いま聴いてる曲って何?〉
〈☆脳空◎:あ、それ、ぶっちゃけのあも知りたいカモ。。。?〉
『え? あー、これはねぇ……ボクの好きな——Vシンガーの『キミヲ・ハコブネ』ってアーティストの楽曲を集めたプレイリストだよ〜』
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:キミヲちゃ〜ん! 私も大好き〜♡〉
〈宝塚ジュエルちゃん最推し勢:え、お前ってキミヲちゃんのファンだったのっ? マジかよ、それならそうと……呼び捨てしてないで〝さん〟をつけろよ、向こうは今のお前より人気も実績も上なんだぞ? 敬意を払え敬意を〉
〈アンチ二号:ウソでしょっ、ヤシャコがキミヲちゃんのファン?! うわ、マジで意外じゃん。。。〉
『いやぁ、私も意外でした……まさかやっさんと好きなアーティストさんが被るなんて……えへへ』
陽菜ちゃんがファンだってのは知ってたけど——私がキミヲちゃんを知ったのは、それこそ陽菜ちゃんがキッカケだし——でもまさか、ヤシャコとやが灰もキミヲちゃんのファンだったなんてねぇ……ビックリして思わずコメントしちゃったわ〜。
まあ、キミヲちゃんって私たちと同世代らしいし……十代を中心に圧倒的な支持を集める現代の歌姫だからなぁ、そんなこともあるかぁ。
なんて思っているうちに……気がつけば人魚姫も倒されていて、残すは西のボスだけになった。
そしてそのまま、最後のエリアボスがいる西の沼地へと飛んでいくヤシャコたち。
本来は移動するのがかなり大変らしい西の沼地エリアを、雲に乗って空を飛んで楽々ショートカットしていくヤシャコたち——
そんな一行が早々にたどり着いた沼地の最奥部にて、待ち構えていたエリアボスは……巨大な毒蛙だった。
そして、この毒蛙のボスとは——コクトーを抜いた——やが灰のチームだけで挑むのだという。
そのことについては、ここに来るまでの道中(というか、飛行中)にも話していた。
ここまでのエリアボスは、女王も含めて、どれもがやが灰が自分の力で倒したわけじゃないので……最後のエリアボスについては、やが灰が(コクトーすら抜きの)自分たちだけで倒すことによって、ちゃんとこの〈中層・中域〉を自力で突破できるだけの実力があることを証明するために、やが灰たちだけで戦うことにしたらしい。
そうして始まった——これまでにも何度も挑んだ経験があるらしい因縁のボスと、やが灰チームの戦いは……そこそこ苦戦していたけれど、最終的にはやが灰たちの勝利で終わった。
中でも一番に活躍していたのは、意外なことに、やが灰本人だった。
——まあ、それはあるいは、やが灰の持つ新たな武器である『七矢の弩』の活躍と言い換えてもいいのかもしれないけれど。
この『七矢の弩』から放たれる雷属性の矢というのが、毒蛙には覿面に効果を発揮していた。
——あと地味に、予備の『七矢の弩』とかいって、ヤシャコが持っていた(強化改造はされていないらしい)『七矢の弩』を渡されていたにゃんたろーも、攻撃に参加できていたというのも、けっこう大きかったのかも……?
有効な攻撃を行える者が二人も増えてしまえば——元から実力としては十分にこのエリアボスにも通用するレベルであり、なんなら、ここ最近のコラボ配信での経験によって一気に成長したやが灰の敵ではなく……結果的には、それなりに時間はかかったけど、危なげなく倒すことに成功していたのだった。
(女王を除く)この階層の、すべてのエリアボスを一日で倒してしまったところで……今日の配信も終わりの時を迎えていた。
『ふうぅ……何とか一日で全部回れたね。いやぁ、ね、昨日がだいぶ時間ギリギリだったから、今日はちょっと急ぎで進めてみたんだけれど……お陰で余裕を持って予定通りに終わらせられたから良かったよ。
ともかくこれにて、ソラもめでたくこの階層を突破できたからね……次からはいよいよ、〈中層・深域〉に挑戦していくつもりだよ。
というわけで……次の配信はまた来週の週末にやるから、よろしくね〜。じゃ、ばいばーい』
ふぅ……まったく、しょうがないわね……
ここまできて、最後まで付き合わないわけにもいかないし——
どうやら、来週の週末も、ガッツリ予定を空けておかないといけなくなりそうだわ……。




