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第2話 探索兵長(探索者協会所属——霧島京子)



「〝音声操作起動(ウェイクアップ)〟コメント入力開始——『落ち込むことはありませんよ、姫。我々はいつでも姫の味方です』——入力終わり……確定、送信……〝操作終了(シャットダウン)〟っと」


 ソファにダラっと座って、ビールを片手に——〝照面鏡(ホロスク)〟で空中に表示している——姫の配信動画を観ながら、私は音声入力にてコメントを送る。


『————それじゃあ……〝観測者(ウォッチャー)〟のみんな、今日も観てくれてありがとね。ではでは……ごきげんよう。それでは諸君、また次の配信で会おう……バイバイ』


「うん、ばいばい、姫……。——んぁあ、終わっちゃった……。今回はいつもより短かったなぁ。でもリアタイ出来たから良かったー。あー、祝日……バンザイ」


 推しの配信も終わってしまったので、いったん〝通信端末(ホロスク)〟を外そうと思ったところで……メールの受信通知が目に入る。

 ちょうど端末に手をかけていたので、そのまま手動操作して通知を確認する。


「ん……? え、支局長から? しかも全体に向けた一斉送信? 何だろ……やだな、休みの日に読みたくない……けど、しゃあないか。急ぎの案件かもしれないし……はぁ」


 滅多に来ない上司の上司的存在からのメールとなると、休日だからといっても見ないわけにはいかない。

 気が乗らないながらもメールを開いて、ささっと目を通す……


 ——ふむ……急ぎの全体周知、ね……となると、何か事件でも起きたか。まあ、とはいえ、問題は……


「それが、いい事件なのか悪い事件なのか、そして、何より重要なのは……その事件が、私に直接関わってくる(たぐ)いのものなのか、よね」


 わざわざ支局長が全体に向けて通知するのだから、相当大きな何かが起こったってことなんだろうけれど……だからと言って、それが自分に関係する出来事だとは限らない。

 どうにか自分とは関わりのない出来事でありますように、と思いながらメールを確認していった私は、文末に添付されていたリンクにまで目を通したところで、ひとまずは胸を撫でおろす。


「良かった……なぁんだ、何かと思えば、海外のトップ探索者チームの特ダネかぁ。それにしても、『聖戦の先駆者パラディン・パイオニーア』といえば、合衆国を拠点にする正真正銘、世界トップレベルの探索者チームじゃないの……それが? 世界初の深層での境界主(エリアボス)との戦闘の様子を——公開配信……っ!? って……本当なら、確かに驚きのニュースだけれど。え、本当なの……?」


 にわかには信じられない……けど。

 いや……そうか、むしろ、だからこそ、なのか。

 探索者に関わる一大事件となれば、他でもない、探索者協会に所属している人間が間違った情報を扱うわけにはいかないから、今回は特別な周知対象としてこうして知らされたということなんだろう。

 ——おそらくは、この情報も事前に合衆国(向こう)の協会を通して()()()リークを受けてのことなんだろう。

 ——一般に広まる前に、混乱を避けるために協会の間では事前に通達しておく。滅多にないけれど、稀にはあることだ。

 ——ただ、今回については……どうやら『先駆者(パイオニーア)』の独断専行の色が強かったみたい……? ということ?

 ——え、動画はもう全世界に公開されてしまってるの? ああ、だから至急のメールを一斉送信なのか……。

 私とて、一応は協会所属の一職員なのだから、人ごとではない。しっかりと真偽を確かめて、内容を把握しておかないといけない。

 ——まあ、支局長から直々に通知されている時点で、偽情報ってことはないと思うけれど。

 そうと決まれば、不本意ながらも頭の中を休日モードから仕事モードに切り替えていく。


 まずはざっと流し読みした文面を改めて精読しつつ——同時並行して、自分でも今回の事案について、独自に情報を集めて裏取りもしながら——最後まで読み進めたら、再び例のリンクが出てくる。


 さて、これがその動画へのリンクってわけね。

 言ってることが本当なら、これは一般に向けて公開された、初のダンジョン〈深層〉の映像——ということになる。


 人類がダンジョンと邂逅してから、すでに半世紀も経とうかという今日この頃……

 しかし——当時はここで終わりだと思われていた——〈下層〉と呼ばれた〝界層〟の先にもまだまだ続きがあったと人類が知ることになった、下層の〝終界主(エンドボス)〟の撃破という快挙は、まだまだ記憶に新しい出来事だ。

 新たに〈深層〉と名付けられた、下層よりさらに深い未知の領域についての詳しい情報は……まだ誰も知らない——ということになっている。そう、少なくとも、表向きには。


 すでに世界トップクラスの探索者チームは、続々と深層の攻略に乗り出している……ということは、協会では把握しているし、一般にも噂として流れているところではある。

 

 ——それこそ、中でも自己主張が強い傾向にある『先駆者(パイオニーア)』は、詳細こそ明かしていないけれど、深層を攻略していることを名言している数少ない配信探索者チームでもある。

 

 ——それに一応、この国のトップ配信探索者チームの一つである『勇敢なる挑戦者(ブレイブランナー)』……通称「勇者パーティー」も、深層に挑んでいることを公言しているし、協会の方でもそれが事実だと確認している。

 

 しかし、そんな最前線組の探索者たちが、皆そろって情報の公開を制限しているから、その内実を知る者はごく一部しかいないというのが現状だ。

 ダンジョン攻略はいまや国家規模の事業だし、とはいえ実際に成果を出せるのは探索者本人たちでしかないので、彼らが慎重になるのは頷ける。

 ——実際、過去には協会がやらかしたこともあったからね……。せっかく探索者側が攻略情報を共有してくれていたのに、不届きものが情報を漏洩(ろうえい)させてしまったせいで、大問題になった末に、以降は探索者たちが固く口を閉ざすようになってしまった、という事件がね……。

 ダンジョン攻略は巨大な利権が絡む以上、様々な理由から他者が足を引っ張ることも無いとは言えないわけで……そうなるともはや、協会にすら秘匿するという判断が、むしろ一番賢い選択と言われても何も反論は出来ない。

 ——協会としても、トップレベルの探索者はアンタッチャブルというか、ひたすらにご機嫌を伺わないといけない存在だから、当然こちらから強く言うことなんて出来ないし。

 しかし今回、その最前線組の一角である『先駆者(パイオニーア)』が——()しくも、その名の通りに——それらの〝暗黙の了解〟という無言の沈黙を破って、センセーショナルな発表をぶち上げて、全世界に衝撃を与えようとしている……。


 一体その裏には、どんな思惑があるのか——?

 その答えが、彼らが公開した動画を見れば分かるのか——


 そう思うと、何だか観るのが怖くなっている自分がいるのだけれど……でも同時に、(こら)えようもなくワクワクしているもう一人の自分が「とっととリンクを開いて動画を再生しろ!」と、さっきから私をせっついているのも感じていた。

 まあ、そうでなければ、私は今、協会に所属してはいない。

 (みずか)ら探索者になる度胸は無かったけれど、ならせめてダンジョンという未知の存在に関わる仕事がしたいと思ったからこそ、今の私は協会の職員として働いているのだから。


 まるで、自分自身がダンジョンに入るかのような緊張感の中で——声を出すのも何だか(はば)られたので、動作入力(ハンドサイン)にてリンクを開き——私はいよいよ、(くだん)の配信動画の視聴を開始した。


 そうしていよいよ、目の前の視界にデカデカと映し出された、人類にとっては未知の領域となる深層にて、初めて現れたエリアボスとの戦いの様子は……

 ——さっきまで推しの配信を観ていた時の設定のままだったので、かなり大きめに設定していた空中表示の画面内にて、出てきた怪物(ボス)の姿は……

 なんだか、とても既視感のあるものだった。

 

 いや、というか、これって……………………ヒュドラじゃん。

 さっき姫が戦ってたヤツじゃん。


 画面にはデカデカと、その怪物の姿が映し出されていた。


 (ここの)つの頭を持つ、見上げるほどの巨体を持つ大蛇……そんな異形の怪物なんて、当然今回初めて見ることになる——はずだったのだけれど……本来なら。でもうん、めっちゃ見覚えある。

 てか、見覚えどころか、ついさっき見た。

 いまだかつて誰も見たことないはずの、深層のエリアボスのはずなんだけれど…………あれ、おかしいな……?


 や、待て、いや、そうか、リンクを間違えたんだ?

 間違って姫のさっきの配信をまた開いてしまった——わけはないよね。

 うん、違うわ。ヒュドラは同じだけど、戦ってるのは六人組の外国人チームだし。『先駆者(パイオニーア)』だし。夜叉姫じゃない。


 …………………………っえ????


 一気に混乱する私の頭の中で……しかし冷静な部分が、高速で思考を進めていた。

 そしてその思考は、一つのとんでもない結論を受け入れれば、すべてが綺麗に理解できることを示していた。

 それすなわち……


 〝今まで「おそらくはかなり特殊な映像加工・編集技術を持ちつつ、また探索者としてもかなり高い実力を持つ者がやっている、謎のコンセプトのダンジョン攻略に見せかけた雑談配信」……だと思っていた夜叉姫の()()配信は、実はガチのダンジョン攻略配信であり……姫はすでに深層のエリアボスを倒せるほどの人類トップ(を超える)レベルの実力者だった〟——


 という、自分でもどうかと思う結論を〝正〟だとするのなら。


 もしも、そんな予感が本当に正しいのだとしたら……


 ……もしかして私って、実はとんでもない配信チャンネルを、今までそうと知らずに観ていたってことになるのでは?


 そうと気がついた瞬間——


 私の背筋に——これまでの人生で感じたことがないくらいに——強烈な衝撃が駆け抜けていったのだった……。


 

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