第1話 ②——「魔眼 詠唱 秘奥の開帳!」
ボスエリアの中は……闘技場のようになっていた。
円形のだだっ広い広場の周りを取り囲む高い壁の上に、観客席のようなものがズラリと並んでいる。
そんなボスエリアの様子を眺める私の視界の中で、耳にかけた空中投影型表示端末——通称〈照面鏡〉——によって(前方の何もない空間の端っこに)表示されているコメント欄に、新たなコメントが現れる。
〈流浪の探索者:闘技場型のボスエリアか、わりとオーソドックスなタイプやな〉
〈ニートの無職ん:いやなんかヤバそうなボスいて草〉
〈探索兵長:あれが、なんとかヒュドラ、なんですか……?〉
「そうそう、あれが九頭大蛇ね。見ての通り、九つの頭を持つ大蛇だから、ノナプルヘッド・ヒュドラって名付けたのさ」
〈ニートの無職ん:ヤマタノオロチでいいだろ〉
「はっ……バカめ、ふし穴なのは目? それとも耳? 見ての通りに頭は九つだし、八つなんて誰も言ってないんだけど?」
〈ニートの無職ん:バカはお前だ。股が八つなら、頭は九つになるわけだが?〉
「……? ……そうか? ……ん、あー、そうか。……いや、でも……ヤマタノオロチって、確か頭は八つって話じゃなかったっけ?」
〈ニートの無職ん:アホが数え間違えたんだろ。どっかの夜なんとか姫さんみたいな〉
「コイっツ腹立つ〜……なんだよお前、そりゃ、あんなデカくて頭が何個もある大蛇とか出てきたら、焦ってロクに数なんて数えられなくても別におかしくないだろ!」
〈流浪の探索者:いや言ってる場合か?〉
〈探索兵長:敵の前でお喋りは危ないですよ、姫。まあ、いつものことですけど〉
〈アンチ太郎:どうせこのヘビも瞬殺するから平気だろ。コイツの心配なんてするだけ無駄〉
〈アンチ二号:結局アレはオロチなのかヒュドラなのか、どっちなの?〉
「べっつに〜、どっちでもいいけどさ〜……」
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:スネちゃう夜ちゃんも可愛いけど、そろそろ本題に戻らない?〉
「おっと、ごめんねラブちゃん。じゃあ説明する——その前に、どっちか決めとこ……うん、もうヒュドラでいくから。んで、このヒュドラは——」
私がヒュドラについての説明を開始しようとした、その時——不意に、ピコンという通知音がして……
【〝名無しの視聴者〟さんが視聴を開始しました】
という、新規の(それも、初めましての)視聴者が現れたことを知らせるポップアップが視界に出てきた。
——っ、新規視聴者だとっ!? めっちゃ久々だ……っ!
——というか、久々過ぎて、新規さん相手の対応の仕方を完全に忘れたっ……!
〈ニートの無職ん:え、名無しなんて名前のやついたっけ——ってこれ、新規リスナーの初期ネームだったか、滅多に来ないからすっかり忘れてたぜ笑〉
〈アンチ太郎:新規か、確かに久々に見たな〉
〈アンチ二号:やめときゃいいのに、こんな配信観たって時間を無駄にするだけなんだから〉
——おい黙れっ、この三バカどもがっ……!
「お、おほん……ご新規さんも来たことなので、改めて今回の配信の趣旨を説明しようかね」
私は気を取り直して、一つ咳払いをすると、振り返って背後のカメラに向き直る。
「ボクは夜叉姫、深淵なるソロの探索者だよ。今日は後ろにいる——あのヒュドラを上手く倒す方法について、実際に戦いながら解説していくつもりだから……」
『“破矢結界”』
その時、ついに背後のヒュドラが動き始めたけれど、行動パターンはすでに分かっているので、特に慌てず私は続きを話す。
「今宵、ボクを見守るリスナー——じゃなくて、〝観測者〟のみんなは、バッチリ応援よろしくね!」
〈流浪の探索者:あんなヤバそうなヒュドラ無視して平気で振り返ってくるの、さすがに草なんやが〉
〈探索兵長:ヒュドラ動き出しましたよ、姫。大丈夫ですか?〉
〈ニートの無職ん:なんだろなぁ、多くても十数人ぽっちしかリスナーいないくせに、一丁前に専用の呼び方とか自分で言い出して恥ずかしくないんか?〉
〈アンチ太郎:前もそれ言ってたが、ほとんど誰も使ってないからな?〉
〈アンチ二号:新規が来たからってすぐ調子に乗るの、マジでダサいよ〉
〈†漆黒の堕天使†:オレは応援してるぞ、†深淵†の。君の〝観測者〟として、な〉
「……っ、……じゃ、じゃあ、ウォ、リ……みんな、ヒュドラも動き出したから、もうやるよ。えっと、まずはヒュドラがどれだけ厄介な敵なのかを見せるためにも、攻撃は控えて相手の動きを引き出していくからね。それと同時にアイツの能力の解説も、その都度入れていくから」
〈ニートの無職ん:リスナーかウォッチャーか迷った挙句に「みんな」とか言ってヘタレるのマジで草〉
振り返って見据えるヒュドラ——その巨体を、さらに大きく囲うように、半球状の巨大な結界が展開されていた。
〈流浪の探索者:夜の字がこっち向いてる間に、なんぞ半透明の膜みたいなのが現れとるんやが、なんやアレ……?〉
「あれは遠距離攻撃を防ぐバリアだよ。詳細は省くけど、アレを使われたらバリアの外からの攻撃は全部防がれるから、バリアの中に侵入するしかなくなるんだよね」
言いながら、ヒュドラに向かって歩いて接近しつつ、私はいつもの武器——ではなく、今回はいつもとは少し違う武器を呼び出す。
『“武装召喚——戦乙女の大斧槍槌”』
すると、亜空間に収納していた私の今回のメイン武器が、光と共に手元に現れる。
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:出たっ、夜ちゃんのトレードマークのハルバード!〉
〈ニートの無職ん:いつも思うが、先端に槍の穂、片側に斧の刃、その反対に槌の突起……こんなアホが考えた最強の武器みたいなんを使うのはアンタくらいや〉
〈もっこり助兵衛:美少女が身の丈を超える大型武器を持つ姿を見ることでしか摂取できない栄養がっ、今宵もおねーさんに活力を与えてくれるぅ……! って、あれ、でもなんか、いつものとちょっと違くない?〉
〈†漆黒の堕天使†:ふむ、確かに、いつも愛用しているものとそっくりで惚れ惚れする造形美だが、どことなくいつもの「戦女神の大斧槍槌」とは違うようだな。そういえば、今日は服装も細部が異なっていないか、†深淵†の〉
「ふふ、分かっちゃうか、流石だね、二人とも。そうなんだよね、今日のボクの武器と装いは、普段と少しばかり違っているのさ」
いつも使ってたハルバードと同シリーズのダウングレード版だから、性能はともかく見た目はほとんど変わらないんだけれどね。
身につける装備——防具はかなり変わってるけど、こっちもこっちで私の場合、とある事情によりどれも似たような見た目になってしまうし。
「まあ、それについては後で詳しく話すよ。ヒュドラも動き出したし、まずは実際に戦ってみせるね」
そう言うと私は、巨大なハルバードを軽々と携えて走り出した。
すると、高速で接近する私に対して、ヒュドラも迎撃の構えを見せる。
「おっと、そうそう、戦闘に巻き込まれると危ないから、ドローンカメラは遠くに配置しておくよ」
言いつつ私は、事前に登録しておいた動作を、〝照面鏡〟を介してドローンに伝えることで、撮影を遠景モードに切り替える。
——このプロっぽいハンドサインの動作が、カッコよくて地味に気に入っているのは秘密ね。
「あのヒュドラは、九つの頭がそれぞれ別の能力を持っているんだよね。最初に使ったバリアもその一つ。だから他にも、あと八つの能力があるんだけれど……」
かなり接近して、もう少しでバリアに届こうかというところで、ヒュドラの迎撃がくる。
グイッと蛇の体を大きく上に伸ばして——バリアの範囲から頭を出した一頭が、その口から燃え盛る炎を吐いて攻撃してきた。
『“豪炎息吹”』
すごい勢いと迫力で眼前に迫りくる、灼熱の炎の奔流を——私は大きく横に跳んで回避する。
〈ニートの無職ん:九つの頭に九つの能力とか、まるっきりバカが考えたモンスターって感じだなw〉
「これがそのうちの一つ、見ての通りの『炎のブレス』ね!」
解説しつつも、ヒュドラに対して円を描くように走り抜け、首を回して炎のブレスを当てようとするヒュドラの視線を置き去りにする。
そのままバリアの中に入れば——攻撃ではなく移動なら、バリアは素通りできる——炎の追跡は終わるが、代わりにさっそく他の頭が攻撃を開始してくる。
『“舌槍刺突”』
一頭の口から繰り出される、目にも止まらぬ速さの舌による刺突攻撃を——軽く首を捻ってあっさり躱しつつ、私は真横に来た舌に向けて、目を光らせつつ、ひと睨みする。
『“魔王の瞳——停滞の魔眼”』
同時に、目元を片手で隠すようなポーズを取りつつ、叫ぶ。
「我が深淵なる眼光の前に、疾く跪けっ……! いざ、鳴けよ下郎、吼えろ、我が秘奥! 喰らうがいいっ、これこそは、魔の王たる瞳、悠遠なる輝きの絶招……停滞の魔眼——『停滞の魔眼』……ッ!」
〈ニートの無職ん:長い、三点、やり直し〉
——低い、点数、満点は……?
〈アンチ太郎:前の詠唱のがマシだったくね?〉
——前もそう言ってたよな、アン太。
〈アンチ二号:なんで最後に二回言ったの? 同じ意味なんでしょ?〉
——やかましい。
〈浮世の社畜ん:ああこれこれ、特に言う必要のない詠唱らしいけど、これが聴きたくて配信見ているところある〉
——喜んでいいんだよね?
〈流浪の探索者:まず発動して、次に詠唱するってのもかなり斬新なんよなw〉
——しょうがないじゃん……だって、
〈探索兵長:仕方ありませんよ。発動前に詠唱していては間に合いませんから〉
——そうなんだもん。
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:いいのいいの、詠唱とかなくても魔眼は発動できるけど、そんなの関係ないよ。なぜなら、詠唱している夜ちゃんが可愛いから!〉
——まあ、元々詠唱しようって最初に言い出したの、キミなんだけどね。
〈もっこり助兵衛:激しく同意。この一瞬に、よっきゅんの愛くるしさのすべてが詰まっていると言っても過言ではない〉
——照れるね……。
〈♡←(〃ω〃):よるピの魔眼すき♡わたピのハートをとめる気なんでしょ♡もう♡ばか♡目をぬいつけるぞ♡〉
——……むしろ、キミの顔文字の方が、すでに目を縫い付けられているように見えてきて怖いよ。
〈ねっこ寝子:危ないところかとハラハラしたけど、さすがはやっしゃんだね〉
——ねっこしゃん……心配してくれるのはアナタだけです。ホントありがとう。
〈†漆黒の堕天使†:ふっ、流石だな、†深淵†の。今宵の魔眼にも痺れたぜ。それこそ、画面越しに見ているばかりのこのオレも、危うく〝停滞〟させられてしまうかと思うくらいに、な……〉
——画面越しには効かないから、安心してね。
〈キチガイバーサーカー:も゛は゛や゛舌゛の゛攻゛撃゛だ゛け゛じ゛ゃ゛な゛く゛て゛ヒ゛ュ゛ド゛ラ゛が゛全゛部゛止゛ま゛っ゛て゛ん゛だ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛!゛〉
——うん、舌だけ止めるつもりだったんだけれどね……ちょっとやり過ぎちゃった。
〈ツッコミ番長:マジでキチ◯イの言う通りなの、普通に笑うだろこれw〉
——いやほんと、誰よりも早く一番しっかりと現状を把握できてるコメントしてるのがキッチーだって事実と、他のみんなが慣れすぎてて詠唱にしか意識向けてないことについてと、一体どっちに呆れればいいのか、私も分かんない。
とまあ、そんな感じに……
一通り、視界の端を流れるコメントに内心でツッコんでから……
意味深なポーズをやめて、視線を前方に戻した私の視界には——我が魔眼の力により——向かってきた舌のみならず、どころか舌で攻撃してきた頭だけに留まらず、他のすべての頭を含めた全身が、〝停滞〟の効果により完全に停止してしまっているヒュドラの……その銅像めいた奇妙な姿が鎮座しているのであった。




