第5話 ③——「プランBって……なんかプランAより上手くいく気がしないでもないよね」
ッ——?!
〝回復〟だとっ!?
クソッ、そうかっ! 〝模倣〟かッ!
ヤツが〝回復〟をコピーしやがったんだ……!
このままいけば倒せる——その勝算は大いにあった。
しかし、これは……予想外の展開だ。
本来は、最優先で〝回復〟を仕留めるようにして、倒した首が一度も復活しないままになんとか倒し切るつもりだった。
——それが最も簡単で、一番勝率の高いやり方だったから。
一度でも回復を使われてしまえば、ただでさえギリギリの勘定が一気に崩されてしまう。
『“これは……クソッ! やられたな……アレックス、どうする?”』
『“そうだな……”』
不測の事態に、指揮を任せたマイケルもとっさに決めあぐねている。
この辺はさすがに、普段から指揮官をやっている者との違いか。
とはいえ、マイケルもオレに並ぶ一流の探索者だ。あくまでもこれは、一応の確認という意味でのものだろう。
リーダーに限らず、探索者に最も必要な能力は、迅速かつ的確な判断力だ。
特に、生き死にに直結する戦闘時のそれは、かなりシビアじゃないといけない。
探索者の戦闘というのは、実際のところは二つに一つだ。
余裕を持って完勝するか、不意を突かれてアッサリと屍を晒すハメになるか。
両極端に思えるが、現実というのはそんなもんだ。
ボロボロになりながらも戦い、ギリギリのところで勝利を掴む——なんてのは、物語の中だけの話だ。
現実では、そんなギリギリの事態に陥っている時点で探索者失格だし、奇跡はそう何度も続かないから、いずれ必ずダンジョンを甘く見たツケを支払うことになる。
ゆえに、ここでオレが出す答えは決まっている。
即断即決——
『“みんな、不測の事態が起きた……から、撤退だ! 今回の挑戦は、ここで諦める!”』
『“おう”』
『“そうね”』
『“了解です”』
『“しゃあねぇ”』
『“承知にござる”』
全員にそう通達しても、文句を言うようなヤツは一人もおらず、皆一瞬で意識を撤退に切り替え始める。
『“とはいえ、まだ余裕はあるし……一応、最後にプランBを試す。撤退はそれからだ”』
『“うわ、それ本当にやるの? まあ、いいけど。じゃあ、首を飛ばすのはどっちがやる?”』
『“そうだな……任せていいか? レイチェル。オレはサポートに回る”』
『“いいわよ。それじゃ、最後にもう一発だけ、ブチかましてやるとしましょうか”』
すでに失敗して敗走することがほぼ確定した今回のヒュドラ戦だが、しかし結果的には得られたものはとても大きかった。
一番の収穫はもちろん、あの〝攻略法〟が本物だったという確信が持てたことだ。
実際に試して確認してみたのだから、もはや間違いない。
ヒュドラの九つの首が、それぞれどの能力を持つのか——その並び順には、〝攻略法〟が言っていた通りに明確な法則性があった。
その法則を当てはめれば、一目ですべての頭の能力を判別することができる。
さらにはそれだけでなく、〝攻略法〟は〝回復〟の首に変わる際の法則すら熟知していた。
この情報があれば、回復を使われる前に倒すことが出来るし、どの順番で倒していくのかの戦略を立てることすらできる。
今回は半信半疑だったから最低限の策しか考えてこなかったが、次回以降は〝攻略法〟をフルに活用した戦法を編み出してから挑戦してやればいい。
なんなら、今回だって〝模倣〟が余計なことをしなけりゃ、そのまま突破できた可能性は大いにあるのだ。
あのイレギュラーも考慮した作戦を考えておけば、次こそは確実に突破できる。
頭の中ではすでに次のことを考えていながらも、オレはヒュドラ相手に危なげなく渡り合っていた。
もはやそれほどまでに、コイツとの戦いには慣れている。それで油断することはないが、いまさら緊張することもない。
大事なのはバランスだ。命のやり取りに恐怖や緊張はつきものだが、過度な緊張は身を竦ませ、さらなる窮地を招く。かといって、恐怖を完全に克服してしまうのもよくない。
適度な恐れが残っていればこそ、人は慎重になるのだ。それを忘れてしまえば、ソイツは容易く死線を踏み越えて帰らぬ人になるだろう。
恐怖を感じつつも、それに慣れないのは苦痛だ。人間は何にだって慣れることが出来る。それこそ、死と隣り合わせの日常を送れば、恐怖にさえもいずれは慣れる。いっそのこと、そうやって慣れてしまえば、どれだけ楽かと……探索者なんてイカれた稼業を続けていれば、そう思わない日はない。
しかし、誘惑に負けて楽な道に進んでしまえば、その先は地獄に繋がっているということを理解しているヤツは、決して自分を甘やかさない。
もっとも困難な道こそが、もっとも堅実な道なのだ。
魔物に臆さず、しかし危険に慣れず、常に怯え続け、己の弱きを自覚し、決して驕らず、精神の均衡を保ち、ただひたすらに耐え続ける。
地獄というなら、これも地獄だろう。それこそ、生き地獄とでもいうべき類いの。
ふっ、生き地獄か……言い得て妙だな。しかしそれも、ダンジョンという地獄で生きていくためには、むしろ当然の宿命でしかない。
それが嫌なら、とっとと地上に戻るべきなんだ。
しかし、探索者をしているからには、ソイツは生き地獄を味わってでも先に進みたい理由を持っているはずなのだ。
オレだってそう。
未知なるダンジョンの、その先へ、さらに先へ……!
まだ誰も見たことのない場所へ、誰よりも先に到達する。
〝先駆者〟になる。
その決意だけを胸に、オレは今もここにいる。
この野望を叶えるためなら、どんな苦痛にだって耐えられるし、あらゆる困難に立ち向かってみせる。
利用できるものは何でも利用するし、どんなに馬鹿げた話でも、決して頭から否定したりはしない。
ダンジョンに絶対はない。
あらゆる可能性が眠っているのが、この場所だ。
常識なんて、もうとっくに何度も塗り替えられてきた。
「それじゃ、いくわよ!」
『“雷光の穿孔杭”』
レイチェルの魔法が発動し、ヒュドラの首に命中、盛大に吹き飛ばす。
『“今だニコラ、ヤツを回復しろ!!”』
「い、いきます!」
『“治癒の光球”』
レイチェルの魔法陣を利用して加速された初級の回復魔法が、狙い過たず、ついさっき吹き飛ばされたヒュドラの首に着弾し、わずかに傷を癒す。
すると……
ざわっ……ざわっ……
一気にヒュドラの様子がおかしくなり——まるで首を傾げるかのような動作をしながら——目を見開いてこちらを見据えて停止する。
その様子はまさに、かの少女が言っていた——『なんで?』と反応する姿と言って、そのままだった。
マジかこれ……
マジで止まるんだ……
めっちゃこっち見てくる……
それこそ、事前に「そうなる」と言われていなければ、むしろこっちもこっちで困惑させられてしまうほどに異様な状況だったが……
——優秀な探索者は、それでも呆然としたりなどしない。それこそ、この〝攻略法〟を自力で発見した彼女のような探索者なら。
当然、事前に聞いていたオレも——それでもなお驚きはあったが——動揺することはない。
ゆえにオレの体は目の前のヤツとは違い、なんら止まることなく動いて——
気がついた時には、間抜けな棒立ちを晒したヒュドラの首の一つ、次に〝回復〟の首に変わるはずだったソレを、さっきと同じ要領で斬り飛ばしていた。
「ジーザス!」
「マジでか……こっちもマジの話だったのかよ……!」
「と、止まった……!」
「あれが『なんで?』の顔でござるか! いやまさに! そうとしか言いようがない!」
「嘘でしょ……」
「……ニコラ、もう一度だ」
「あ——は、はい!」
再びニコラが回復魔法をぶつけると、動き出そうとしていたヒュドラがまたもや止まった。
ホーリーシット……!
やってくれたな、夜叉姫サン……!
まさかこんな、こんな方法で……っ。
先を越された時点で、もはやプライドなんてあってないようなもの。
これを教えてくれた彼女に、少しでも追いつくためには、ヒュドラなんてさっさと乗り越えてしまうしかない。
胸中には複雑な思いを抱えながらも、体はそつなく動き……
ほどなくして、我らが『先駆者』は、ヒュドラを初めて討伐することに成功したのだった。
。
。
。
「……本当に今回の戦闘も公開するの? ……あんな戦闘を?」
「もちろん、そうさ。それがケジメってもんだろ。——ああそうだ、〝彼女〟にはちゃんと、忘れずにお礼を言っておかないとな」
それからオレは、ヒュドラ戦の最初から撮影していたドローンカメラに向き直り、メッセージを伝えて締めくくる。
——自分でも先駆者を名乗るからには、偉大なるファーストペンギン……もとい、先陣を切ってくれた先人に対する敬意だけは、決して忘れちゃいけないからな。
「ヘイ、リスナーのみんな。観てくれたか?! ついにヒュドラを突破したぞ! ようやくだ。最高の気分だよ。
さて、今回オレたちがコイツを突破できたのは、とある『極東のキュートな探索者』の助言があったからだ。だから動画の最後は、そのことへの感謝の言葉で終わらせてもらおうと思う。
というわけで……ハロー、〝夜叉姫〟サン、君の動画のおかげでヒュドラを倒せた。本当にありがとう! これでオレたちはもっと先に進める。いずれは君にも追いついてみせる。だから今回のこれは、君からの貸しだと思っておく。いつか返せる日がくることを願ってるよ。
これからも君の動画はチェックさせてもらうから、気が向いたら、この先の攻略法も配信してくれよ。——なんてな。それじゃあ……ゴキゲンヨウ」




