第4話 【ぷちバズ】ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡(女子高生——日白陽菜)
「ヤバい……マジでどうしようラブちゃん。見てよこれ! ボクのチャンネル——万年登録者数二桁しかなかった、『【ソロ】夜叉姫様の深淵なる魅せプレイ配信【ダンジョンアタック】』チャンネルの……現在の登録者数がっ……すでに四桁超えて、ついに五桁までいってるんだけどぉぉっ!?」
「落ち着きなさい、夜。慌てるあまりに、口調が夜叉姫になってるわよ」
「はわっ、ついうっかり……! ごめんごめん、ラブちゃん——じゃなくて、陽菜」
学校帰りにそのまま私の家に来たヨルが、万が一にも周囲に聞かれる恐れのない私の部屋というプライベート空間に到着した途端に、そう捲し立ててきた。
「でもこれは……ゆゆしき事態でしょ。いまだかつてない衝撃を受けてるよ……だって五桁って——登録者数10000人って……うちの高校の全校生徒より余裕で多いんだよ!?」
「そう言われると多く感じるけれど……でも配信の世界じゃ、1万を超えてもまだまだよ。これじゃバズはバズでも、せいぜい〝ぷちバズ〟ってところね。まだまだ慌てるほどじゃないわ。だから落ち着きなさい、ヨル」
「——バズ……! 私もついにその二文字と関わるようになったってコト!? でもプチ?! 1万いってもプチなの??」
「そりゃあそうよ。そもそも、その1万の内で実際に観るのは何割かしかいないんだから、実際の視聴者はもっと少ないものよ。だから、本当に1万の視聴者が観るってなると、実際はそれこそ、もう一段階上の10万を超える登録者数が必要になるでしょうね」
「ああ、なるほど……そりゃそうか、1万の登録者がみんな観てくれるわけじゃないよね。だとすると確かに、本当に観てくれるのはもっと少なくなるか……」
自分の持つ配信チャンネルの登録者数が一気に増えて、大いに慌てているヨル。
その配信でやっているキャラである夜叉姫の時とは違い、今の彼女は私の幼馴染みで親友の黒月夜の姿をしている。
——幻想的なまでに美しく、どこか人智を超えた雰囲気を持つ夜叉姫の時とは打って変わって、今のヨルはごくごく普通の……というか、かなり地味目な見た目をした女子高生でしかない。
——しかし、一番の仲良しである私だけは、その長すぎる前髪と俯きがちな姿勢に隠されている素顔が、夜叉姫の時にも劣らぬ整った顔立ちをしていることを知っている。
——まあ、それも当然といえは当然なのだけれど。なにせ夜叉姫も、あれはあくまで服装や髪型が変わっているだけで、素顔まで変わるわけではない……ということらしいから。
にしても……夜叉姫として、この一年くらいは配信活動をしていたくせに、中身のヨルは相変わらず人が苦手なままのようだ。
何やかんや、ちょうどいいくらいのリスナー数で、むしろ居心地が良かった自分のチャンネルの登録者が今回一気に増えすぎたことに、自分でも気持ちの整理がついていないからこそ、喜びとかよりもまず狼狽や困惑が先にきているのだろう。
しかし、このままでは話が先に進まないので……
どうだろう、適当に詭弁を弄して煙に撒く作戦が……成功してくれているといいのだけれど。
「そうそう。だからこの程度なんて、まったく慌てる必要はないわ」
「だよねぇ……ってそうはならんでしょ。だとしても数千人は観るってことじゃん! それって今までの何倍だと思ってるの? 百倍だよ百倍! これまでは十数人しかリスナーいなかったんだから!」
「数千も十数も変わらないでしょ。ほら、字面なんてほとんど一緒じゃない」
「その一本の線の違いで、十は千になるんです! 一気に百倍になるんです!」
「あら、それだけ慌ててるわりには、ちゃんと漢字や計算は出来てるのね」
「いやそりゃ、これくらいはね……って、気にするのそこ? ……てかさ、ほんと、なんでヒナはそんなに落ち着いていられるの……?」
「むしろ、どうしてヨルはそんなに慌てているの?」
「いやそりゃ、誰だってこんなに一気に自分のチャンネルの登録者数が増えたら慌てるでしょっ」
「別に、それっていいことじゃない。なら喜びこそすれ、慌てなくてもいいでしょ」
「んっ……まあ、そうか? そうかな? いやでもさ……」
まあさすがに、あのくらいで誤魔化されはしないか。
とはいえ、最初に比べたら落ち着いてきたみたいね。
ならいよいよ、本題に入りますか。
「登録者数が増えるのは悪いことじゃないし、むしろ良いことなんだから、あとはヨルの受け止め方の問題だと思うわよ」
「それは……そうだけどさぁ」
「というか……そもそもヨルって、人が増えてもそんなに嬉しくないんじゃないの? 違う? そうでしょ」
「それはっ……違わない、かも。言われてみれば、ああ、確かに……。最初の頃ならともかく、今さら増えても別に——って、感じかもしれない」
「まあ、本来なら登録者数が増えるのは無条件に喜ぶべき話なんでしょうけれどね、配信者なら。でもヨルは、人が多いのは苦手だから、むしろ今までくらいの人数の方が気楽で良かったんでしょ?」
「んー……ぶっちゃけ、そうだね。多すぎるよりは、いつもの人数くらいが私にはちょうど良いと思う」
やっぱりね……黒月夜とはそういう人間なのだ。そこんところを、親友である私はちゃんと分かっている。
別に、多くの人間にチヤホヤされたいみたいな——そういう承認欲求を満たすために配信をやっているわけじゃないのだ、この子は。
だってそもそも、ヨルが配信を始めたのは、他でもない私が、試しにやってみたらって勧めたからなのだし。
「ヨルはただ、気心知れたメンバーと今までみたいにワイワイ出来れば、それでいいんでしょう?」
「そう、だね……いきなりいっぱい人が増えても、どんな対応したらいいのか分からないし……」
「ただでさえ、これまでの魅せプレイから攻略メインに方針を変えるべきか、とか……悩んでいるところだったのにね」
「そうそう、それだよ! そりゃあ私としても、観てくれる人がより楽しんでくれる方がいいと思うし。だから、そっちの方が評判がいいなら、魅せプレイだけじゃなくて、攻略法の紹介とかもやってみようかなって思ってたけど……こんだけ人が増えちゃうとさ、なんか簡単には決められなくて、余計に悩んじゃうっていうか……」
そう、ヨルが配信をしている理由は、視聴者の数を増やすことが目的じゃなくて、あくまでも自分が納得できる「より良い、面白い動画」を作って、それを観ている人と一緒に楽しむため——でしかない。
本来なら、「面白い動画を作れば、たくさん人が来る——だから、面白い動画を作ろう」……と、そうなるのが普通だ。
多くの配信者は、より多くの人に見てもらうことが目標なのだから。
でも、ヨルはそうじゃない。数は気にしない。自分が満足できる動画が出来ればそれでいい。究極的にはそうで、後は自分が作ったものを一緒に楽しんでくれる人がいれば最高で、だから極論を言えば、それは一人でも構わない。
事実、視聴者が私一人しかいない最初期の時だって、ヨルは気にしていなかったし、とても楽しそうだった。
「別に……気にしなくていいじゃない。新しく増えた人たちのことなんて」
「えぇっ? でも……」
「どうせそいつらは——例の、パイオニーアとかいう世界的に有名な配信者と夜叉姫の動画の内容がたまたま被ったからって、何か起こるんじゃないかと期待してるだけの野次馬なんだから。言ってしまえば、まだまだアンタの本当のファンじゃないのよ、この人たちは」
「……確かに、そうだよね」
「だから、アンタが——夜叉姫が気にするべきは、野次馬根性で観にきた大量の新規リスナーなんかじゃなくて、今までずっと観て応援し続けてくれていた古参ファンたちの方なんじゃないの?」
「……その通りだ」
「じゃあ……アンタの幼馴染みの日白ヒナじゃなくて、あえて最古参ファンの〝ラブちゃん〟として、〝夜叉姫〟に一言だけ言わせてもらうわね」
「ん……うん」
改まったようにそう言いつつも、私が言いたいことは一つだった。
「夜ちゃん……私も含めた古参ファンのみんなは、夜ちゃんがやりたいようにするのを楽しむために観ているんだから……迷うのは構わないけれど、最後はちゃんと、自分のやりたいことをやってね」
「ラブちゃん……」
改まったことを言うのはなんだか恥ずかしいけれど……当のヨルが嬉しそうだからよしとする。
とはいえ……照れ隠しにこれくらいは言ってしまう。
「……今さらだけど、もっとマシな名前つければ良かったかしら」
「ええっ!? なんで?! ダメダメ! ラブちゃんはラブちゃんだから!」
「はいはい……」
なぁんてね。
もちろん……そんなことを言いつつも、私の方こそ、この名前を変えるつもりはこれっぽっちもないんだけれどね。




