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第78話 蒼の乱入――西門前、円陣と包囲

◆西側・城門前広場◆


囚人たちは、

まだ百以上は残っていた。


むさい巨漢が、

西門前でひしめき合う。


血。


汗。


腐った肉。


そして――


墓場から掘り出した

死骸のような匂い。


湿った土と、

腐肉の臭気が混ざり、


夜風に乗って、

広場へ流れ込んでいた。


鼻の奥に、

こびりつく悪臭。


西門前は、

もう戦場ではない。


闘技場だった。


石畳の向こうで、

暴徒が笑う。


歯の隙間に、

黒ずんだ血がこびりついている。


「次は俺だ!」


「ぶっ殺せ!」


武器を振り上げ、

再び押し寄せる。


石畳が、

巨体の足音で鳴った。


ドン。


ドン。


ドン。


ソルディオが剣を構えたまま、

低く言う。


「頭を殺っても……崩れないか」


ニコルが肩をすくめた。


鼻先をしかめる。


「まぁ、こいつら

 空気読むタイプじゃなさそうだしねぇ」



その時だった。


西門の南側。


囚人の群れの外側で、

石畳を叩く足音。


ドドドドド――!


ニコルの横の兵が気づく。


「遊撃隊!」


囚人の一人が振り向いた。


「新手か?」


マクレブたち遊撃が、

盾と槍を抱え、走り込んでくる。


だが――


囚人たちはすぐに、

歯をむき出して笑った。


「気にすんな」


「たった二十だ」


「踏み潰せ!」


ニコルが声を張る。


「マクレブ!」


「隊長」


マクレブが手を広げ、

遊撃兵を止めた。


「なんとかしろ!

 デカい奴らに囲まれて動けない!」


「なんとかしろって言われても、

 多勢に……」


ニコルの目が細くなる。


「だったら――あれだぁ」


「……あれ?」


ニコルは、


自分の顔の横で、


人差し指を、


くるくる


回した。


合図。


マクレブの眉が動く。


「あっ……ああ」


すぐ理解した。


低く言う。


「円陣!」


遊撃兵が一斉に動く。


マクレブが叫ぶ。


「円陣、第三形態!」


―――◆図解◆――――


   盾 盾 盾

  盾 槍 槍 槍 盾

 盾 槍 槍 槍 槍 盾

  盾 槍 槍 槍 盾

   盾 盾 盾


―――――――――――


「外は盾!」


盾。


盾。


盾。


鋼の板が閉じる。


ガンッ。


ガンッ。


円ができる。


「中は槍!」


穂先が、


盾の縁を越えて突き出す。


囚人が叫ぶ。


「なんだこいつら!

 ――亀かッ!」


「どうでもいい!

 踏み潰せ!」


暴徒が押し寄せる。


その瞬間。


円陣の中心から、

マクレブの怒号。


「回せ!!」


外の盾が動いた。


ギィィィ……


ゆっくりと、


回転。


中の槍は動かない。


ニコルが叫ぶ。


「マクレブ、忘れてんぞ!」


「は?」


「名前だ、名前!」


「……ぐるぐる盾の」


「違う!

 《恐怖のぐるぐる盾ハリネズミ》だ!」


クレセントが小声で言う。


「……いつも長いんだよなぁ」


ニコルのネコ耳がぴくりと動いた。


「クレセント、なんか言ったか?」


「いえ!

 とてもいい名前です!!」


その時。


囚人が斧を振りかぶる。


「遊んでんじゃねぇよ!」


だが――


前衛の盾。


ガンッ!!


弾かれる。


次の瞬間。


中から槍。


ズブッ!!


喉を貫く。


血が噴く。


円陣は止まらない。


回る。


回る。


回る。


盾が押す。


槍が刺す。


ザシュッ!


ボキッ!


ギャァァ!!


まるで


肉を削る


鉄の臼。


囚人の列が


横から


削られていく。


「こいつら!?」


「盾が――」


その時。


円陣の後ろから、


囚人たちの足元へ


黒い影が走った。


低い。


速い。


アズだった。


双短剣が


石畳すれすれを走る。


ザシュッ。


脚の裏。


アキレス腱。


巨漢が


ぐらりと揺れる。


「なっ――」


膝が折れる。


短剣が走り、


喉を斬り裂く。


ドサッ。


「……あれは?」


レッドバルムの横で、


黒帝兵が声を上げた。


突然の援軍に、


黒帝軍がざわつく。


レッドバルムは、


眉ひとつ動かさない。


「騒ぐな」


冷たい声。


「たかが二十だ」


視線を外さず、


命じる。


「そこのお前」


「第一牢の戦士囚人を出して来い」


一拍。


「全部は開けるな」


「人質は残しておけ」


低く続ける。


「戦わなければ

 仲間を殺すと脅せ」


「はい!」


重層鎧の黒帝兵が、


牢獄塔へ走り出した。



「臭っさ――」


アズが、

可愛い顔を歪めた。


巨漢の下。


小さな身体をひねり、

太い足の間へ滑り込む。


ザシュッ。


また――


アキレス腱。


「ぎゃっ!」


男が崩れる。


三人。


四人。


ザシュッ。


ザシュッ。


ザシュッ。


巨漢たちの足が、


裂ける。


膝。


膝。


膝。


巨体が、


次々と、


石畳へ沈む。


黒だかりの巨漢の群れの中で、


頭が、


一つ、


また一つ、


沈んでいく。


「下だ!」


「足を狙ってるぞ!」


だが――遅い。


アズはもう、


次へ跳んでいる。


低く。


速く。


踊るように、


足元を駆け抜ける。


ザシュッ!


また一人、


巨漢が膝をついた。


その喉へ、


刃が突き刺さる。


ドサッ。


その瞬間。


回転する盾陣が、


ニコルの前へ、


突っ込んだ。


ガンッ!!


盾が押す。


ズブッ!!


槍が貫く。


倒れた囚人を踏み越え、


円陣は、


さらに進む。


ニコルが、


口笛を鳴らした。


「いいねぇ~」


膝に手をつき、


顔を上げて笑う。


だが――


額から、


大粒の汗。


息が荒い。


敵の数が、


多すぎる。


「――くっ」


先頭で戦うソルディオが、


低く声を漏らした。


斧が、


頬をかすめる。


血。


一筋。


石畳へ落ちた。


すでに、


十人近くは斬り倒している。


だが――


体力は、


確実に削られていた。


ソルディオ隊の足が、


少しずつ、


重くなり始めていた。



その時だった。


レッドバルムの後方。


牢獄塔へ続く薄暗い石畳の先。


角を曲がった黒帝兵が――

なぜか。


後ろ向きのまま、

ふらりと姿を現した。


足がもつれる。


二、三歩。


そして、そのまま。


仰向けに倒れた。


ドサッ。


大の字。


兜の隙間――

喉が、深く裂けている。


「……なっ?」


黒帝兵たちが振り向く。


その瞬間。


風が、止んだ。


いや。


止まったのは、

風だけではない。


西門前広場を埋めていた怒号が、

ほんの一拍だけ、

遠のいた。


血の匂い。


腐肉の臭気。


鉄の匂い。


その全部を押しのけるように――


別の“気配”が来た。


曲がり角の奥。


暗がりから、


黒を纏った蒼。


ゆっくりと、

一つの影が現れる。


ロザリーナだった。


左手は、腹を押さえている。


指の隙間から、

赤が滲む。


右手には、剣。


黒帝兵のマントを肩に掛けている。


だが――


隠しきれない。


蒼の鎧。


そして。


いつもの静けさとは、違う。


静かだ。


静かすぎる。


それなのに。


近づくだけで、

喉が塞がる。


息が、浅くなる。


戦場に立つ者なら

誰でも分かる。


あれは――


もう

“剣士の気配”ではない。


何人も斬った後の、

研ぎ澄まされた

圧倒的な“死”の気配だった。


ロザリーナは、


石畳の中央まで来ると、

そこで止まった。


顔を伏せたまま。


ただ、立っている。


剣の先から血だけが、


ぽたり。


ぽたり。


石へ落ちた。


ゆっくりと、


ロザリーナが顔を上げる。


剣を持つ手で

フードを後ろへ払う。


栗色の髪。


青銀の瞳。


その視線が、


黒帝兵を捉えた。


黒帝兵の一人が、

たまらず叫ぶ。


「……なんだ、あの女」

「人間か?」


レッドバルムでさえ、

一拍遅れた。


そして怒鳴る。


「そこの二人!

 奴を倒して来い!!」


命じられた黒帝兵が、

顔を見合わせる。


剣を抜く。


ジャリッ。


鉄が石畳を擦る。


二人が、

左右から走る。


ロザリーナは、

動かない。


最初の兵が、

真正面から斬りかかった。


次の瞬間。


ギィンッ!!


火花。


ロザリーナの剣が、

斬撃を外へ流す。


そのまま――


一歩。


踏み込む。


ズブッ。


突き。


刃が、


喉の根元へ沈んだ。


「がっ……!」


兵が崩れる。


だが。


もう一人が、


背後から斬りつけている。


ロザリーナは振り返らない。


頭を、わずかに沈める。


刃が、


髪をかすめる。


そのまま。


相手の懐へ潜る。


近い。


近すぎる間合い。


左手が、


胸鎧を掴む。


引き寄せる。


剣――

いや、剣の後ろ。


柄。


ゴンッ!!


兜が潰れる。


兵が、よろめく。


その首へ――


ズブッ。


剣が、

正面から突き刺さった。


血が噴く。


ロザリーナも、

胸鎧を掴んだまま、

兵の胸に膝をつき、

その場に崩れ落ちる。


左手を石畳につく。


顔は上げない。


肩が上下する。


はぁ


はぁ


荒い呼吸。


左手の指の隙間から、

赤が漏れる。


静かな戦場。


一瞬だった。


だが――


ロザリーナも、


限界が近い。


レッドバルムが

薄く笑った。


「見ろよ」


顎で示す。


「もう立ってるのもやっとだ」


前へ指を突き出す。


「お前ら、

 殺ってこい」


黒帝兵が走り出す。


ロザリーナの鼓動だけが、

世界を叩いていた。


はぁ……


はぁ……


……はぁ。


その時。


ロザリーナの背後。


石畳の奥から、


重い足音。


ドン。


ドン。


ドン。


ロザリーナは、


兵の胸に膝をついたまま、


首だけで振り返る。


そこにいた。


第一牢。


戦士囚人たち。


剣を握り、


こちらへ走ってくる。


十。


二十。


足並みが揃っている。


――三十。


まだ後ろにも続く。


黒帝兵がざわめく。


「……なんだ?」


「誰かが出したのか?」


レッドバルムが目を細める。


「面白い」


薄く笑う。


「どっちにしても――」


顎をしゃくる。


「逃げ場は無いな」


前。


黒帝兵。


後ろ。


戦士囚人。


ロザリーナは、

立ち上がれない。


青銀の瞳が、

わずかに揺れた。


腹から、


血が落ちる。


ぽたり。


ぽたり。


降り注ぐ月光が白く滲み、

敵の輪郭がぼやけている。


だが――


ただ一つ。


斬るべき

『命の灯火』だけが、


異様なほど、

鮮明に見えていた。


剣を握る右手が、


わずかに震える。


黒帝兵が、


前から迫る。


戦士囚人が、


後ろから走る。


どちらも――


剣先を下げない。


どちらも――


敵かもしれない。


西門前広場の空気が、

凍りついた。


その中心で。


ロザリーナは、


ゆっくりと顔を上げた。


「まだ、……終われない」


次の瞬間。


黒帝兵たちが――


叫びながら、


一斉に剣を振り上げた。


ロザリーナへ向かって。

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